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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガーⅡ カゴの苑の円舞曲
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第四章


「ようこそいらっしゃいました。スハシム筆頭補佐殿」

「こちらこそ、お世話になりますわ」

 スハシム筆頭補佐と警護の部下を出迎えると共に、頭を下げる英装術士長。他の英装術士隊員たちも一斉に頭を下げた。アヤメもその中に混じって礼をする。


 ユヒカの護衛達が英装術士兵団本部に到着していた。


「王国の噂は聞いていますわ。あの王都陥落の事件が合ったばかりだと。そして、それを防いだ英雄が新しく誕生したと」

 その言葉にアヤメが反応しそうになるが、自分が口を出せる雰囲気でも無かった。

「流石はかの英装術士兵団ですわね。あれほどの事件でも、王都を守れているのですから」

「光栄です。スハシム筆頭補佐殿。」頭を下げる上官。


「ここは治安も良いですし、ユヒカも安心して任せられますわ」

「いえ、油断は禁物です。警備は強化していますが、この間のような事件があったばかりです。我々も至らない所が合った証拠ですので」

「まあ、今のこの都市の存続が安全の証拠ですわ。警備には変わらず期待しておりますわよ」

「はい……。我々も全力をもって警護に当たります。ところで、ユヒカ様はどちらに?」


「ええと……その事に関してなのですが……」

 何やら意味有り気な表情を見せるスハシム筆頭補佐。詳しい話は後ほど別の場所で、という事になっていた。






 出迎えの任を終えて廊下を歩いていると、サナが待ち遠しそうにしながら気分を高揚させている。

「とうとう来たわね! あのルノダ・ユヒカがこの街に!」

「ルノダ・ユヒカって、どんな人なの?」

 嬉しそうにしているサナに、アヤメが尋ねる。

「うそ、アヤメ知らないの?!」

「そんなに有名なの?」


 先程から隊内でもハタハタ耳にする名前だ。有名な人物という事はわかるのだが、それ以外はよくわからない。


「世界的に有名な歌手よ! 私も音源で歌を聴いたことあるけど、あの歌声は一度聞いたら忘れないわ。なにせ世界中にファンがいる位なんだから」

「へえー……」

 説明を聞くアヤメ。何だかスケールが大きすぎて、何か今一要領をつかめない。

 どこか街が賑やかになっていると感じたのは、きっとその為かもしれない。


「姫様としても危うい国の建て直しの為に、若くして世界を回っているんだとか……。凄いわよねえ……」

「そうなの……」

 感心しているサナの話を、アヤメは静かに聞いていた。


「サイン貰おうかしら」

 そんな事をサナが口走っている。何やらワクワクしているようだ。それほどに凄い人物なのだろうと言うことは、何となくわかった。


「………。」

 しかし、そんな人が国を挙げてまでここに来るなんて、スケールが大きすぎて、実感が沸かない。


「でも、なんだかまだ姿を見せていないようだったわね。何かあったのかしら」

 サナが口走る。何か様子がおかしかったのは先程の挨拶でもわかった。「ええ……ユヒカの事はこれからご説明したいので、詳しい事は後程」などと、何やらいわくありげな様子だった。

 窓の外に目を向けるアヤメ。世界的な歌姫がこの都市に来ているためか、なんだか外が賑やかになっているように感じた。これから、何が始まるのだろう。









 次の日、クシビは薄暗い路地に来ていた。いつもの見慣れた場所、見慣れた光景の待ち合わせ場所だ。

「あらあら、かの英雄のご登場ね」

「またその皮肉か」

 待っていた情報屋に切り返すクシビ。情報屋に毎度の会うたびに言われる。


「裏の世界じゃ、あなたの話で持ちきりだものね。ヤタノハ・クシビが街を守った英雄かもしれないってね」

「………。」

 なにやら、妙な噂が一人歩きしているようだ。自分がこの都市を守ったのではないかという噂が各所で広がっているようだった。


 主に裏の世界での話だが……。


「今度はお姫様を守る騎士になっちゃって……。ふふ、なかなか似合っているんじゃない?」

「冗談はいい。はやく報告書をよこせ」

「はいはい」

 笑みを浮かべたまま報告書を手渡す情報屋。クシビはそれを受け取ると、さっさとその場を後にする。こんな薄暗い場所であの笑みを向けられるのは我慢ならない。


「さっきの人は?」

 裏路地で待っていたユヒカは、クシビが戻って来ると尋ねる。

「何でもない……ただの腐れ縁の同業者だ」

 短く答えるクシビに、ユヒカは目を丸くする。


「あとクシビさん、やっぱり英雄なんですか!? 一体どんな事をしたんです?!」

 今度は目を輝かせて勢いよく尋ねてくるユヒカに、クシビは思わず気圧される。


「ち、違う。あれはただの皮肉だ。俺は何もしていない」

「ほんとですか? えー、クシビさんって、絶対にどこかで活躍してそうな雰囲気があるんですよねえ。ただ者じゃない雰囲気も出してますし」

「誤解だ。俺はただの違法術士だ。見てくれもそうだろう」

「うーん、怪しいです!」

 クシビが誤解を説明するが、ユヒカは納得しないままだった。キラキラとしたまま疑いの目を向けられている。とても強い好奇心の含まれた眼差しだ……。


「格好いいですよね! なんだか秘密に包まれた謎の存在って感じです!」

「大袈裟だ。大層な者じゃない」

 あまり影響を与えないよう、そんな言葉を述べておくクシビ。


「じゃあ、今日はどこへ行くんですか? クシビさんの仕事って、どんな物なのか、私わくわくします……」

「そんなに楽しい物でもないぞ……?」

 決して期待に沿うような物ではないのに、ユヒカがどうしてもというので断れなかったクシビ。


 ――彼女は自由を欲しておる。


「いいんです。私が見たいんですから、クシビさんの仕事を」

「………。」

 これも歌姫の命令だ。クシビは諦めて案内をする。魔術で素顔を隠し、周りにも細心の注意を払いつつ移動する。

 この状況は、本当に人攫いになったような気分だ……。


 ――丁重に持て成し、ご機嫌を取れ。

「………。」

「どうかしましたか? クシビさん」

「いや、何でもない……」

 クシビは気持ちを切り替えて案内し、リョクの元へと向かう。


「今日はクシビさんのお友達の所へ行くんですよね?」

「まあ、そんな所だが」

 歩きながら嬉しそうに話すユヒカ。


「やっとクシビさんのお友達に会えるんですね。どんな人なんだろう。すごく気になります!」

「……おれに友達がいるのがそんなに気になることなのか……」

「ええ! とても見るのが楽しみです!」

 自信満々に肯定されるクシビ。確かに一般人と接点を持つには相応しくない立場の人間かもしれないが……。なぜこうも驚かれる……。


 ――クシビは、もうちょっと愛想良くしないと。

「………。」 


 外周区周辺にまで到着すると、クシビはユヒカに向き直り確認を取る。


「見るのは構わないが、ここで大人しくしていてくれ。周りにバレたら大変だ」

「ええ」

 釘を刺し、クシビが外へと出て行く。地下通路の前にリョク達のギルドがいた。


「リョク、少しいいか?」

「クシビか。どうしたんだ?」

 リョクは驚いて顔を出した。こんな昼間に姿を現すなんて珍しい。


「少し注意をと思ってな。ここの所、都市内が騒がしくなっている。妙な奴が都市内にも紛れ込んでいるみたいなんだ。だから――」


 そこで、言葉を遮るように後ろから大声が響き渡る。


「あーーっ!!」

 思わずその場にいた全員が何事かと振り返った。


「ルノダ・ユヒカさんじゃないですか!!」

「えっ? 嘘だろ?」

 その声と同時に、一瞬で周りにいたギルド員達が集まって来る。


 あっという間にユヒカは囲まれていた。


「ファンなんです! 握手してください!」「本物なんですよね? 本物ですよね!?」「ど、どうしてこんな所に!?」

 質問責めが飛ぶ。リョクとクシビは割り込む暇もなかった。これが有名人というものか……。


「クシビ、これは一体……」

「いや、これには色々と事情があってだな……」

 呆気にとられるリョクに、どうにも説明し辛いクシビ。何から話せばいいのやら……。


「初めまして。ルノダ・ユヒカです。訳あって、今はクシビさんの友達です。ボディーガードをして貰っています」

 驚く団員達。リョクも驚いた表情に変わる。


「友達!?」「ボディーガード!? 一体なぜ……!?」「あ、あの、サインください!」

 次から次へと質問責めにされるユヒカ。しかし、ユヒカの表情は至って穏やかだった。

 頭を抱えるクシビ。まいった……どうすればいいのやら……。


「クシビ、お前、歌姫とお友達になったのか……?」

「……いや、そう言う訳じゃないんだが……」

 呆気にとられるリョクに、クシビは何と言っていいのか分からない。


「いや、素直に驚いたぞ。今の状況を考えれば、お前に友達が増えるのは良いことだが……。色々と苦労も多いだろうからな。お前がそんな風になってくれるのは、喜ばしいことだとは思うが……」

「……いや、だから」

 まるで親のような言葉を口にして誤解したまま先へと進むリョクに、どう説明するべきかをクシビは考えていると。


「へー、ここではそんな事をするんですね」

「はい、俺達がここの地下通路の調査と警備をしているんです」自分達の仕事を説明する団員達。


「じゃあ、私も見せて貰いたいです! 少し見学させて貰っていいですか?」

「いや、いくら何でもそれは……」

 クシビが止めようとするが、リョクは笑みを浮かべて言う。

「いいじゃないか、クシビ。俺は別に構わないぞ。むしろお前に友達が増えてほっとしてる。この際だから楽しんで貰ってくれ」

「………。」

 なぜかリョクに背中を押されるクシビ。


 ――あの子は、自由を欲しておる。


「じゃあ、私も仲間にいれてほしいです! それなら良いですよね?」

「ええ、勿論! いいですよね、団長!」団員達が一斉に言う、

「ああ。構わないぞ」

「やったー!」

 直にリョクの許可が下り正式に仲間となるユヒカ。それに息を吐くクシビ。


「……本当にいいのか? リョク」 

「構わないさ。せっかくの機会だ。今回の調査はあまり深入りしいない所で行うとしよう」

 リョクが嬉しそうに手を合わせる。


「それに、なにやら積もる話もあるようだしな。後でじっくりと話は聞かせて貰うさ」

 そうして団員達と共に準備に取り掛かるリョクだった。

 そうしてクシビも折れるしかなかった。もはやバレてしまったものは仕方がない。本来は引き返したい所だが。


 ――あの子は、籃の中の鳥じゃ。








「わあ、すごい。街の近くに、こんな地下通路があるんですね!」

 案内されて地下通路を進むユヒカ。周りの団員達も活き活きとしながら案内をしていた。


「俺達の仕事は、ここの調査なんです」団員達がそう説明する。

 周りを興味津々で眺めているユヒカ。普通ならこんな薄暗い場所は怖々とするものだが……。


「脇道には気を付けてくれ。逸れたら戻ってはこれない可能性もある」クシビが警告する。ここの通路は迷路そのものだ。

「大丈夫です。 私、迷路は得意ですから!」

 こちらの警告を聞いてはいない。遊びの迷路とは訳が違うのだが、その辺はわかっているのだろうか……。

 はしゃいでいるように前を進んでいくユヒカを眺めては、クシビは息を吐く。


「………。」

 今のユヒカは活き活きとしている……。これはこれでいいのかもしれない……。

「すまない。リョク。時間を割いて貰って」

「かまわないさ。こんな所が息抜きになるなら光栄だ」

 笑みを浮かべて眺めているリョク。クシビは息を吐く。お姫様とは言え流石に少し訳有りの存在だということは、もう気付いてはいるだろうが……。


「魍魎が出たら危ないからな。一国のお姫様に何かあったら大変だ」

 リョクもそれは心得ているようだった。

 そのまま先へ進んでいくと、暗く狭い道の中で魍魎に出くわした。


「こうやって駆除するんです! 」

 総員で駆除に掛かる団員達。魔術によって魍魎を払いのけた。

 しかし――。


「す、すごいですね。私もやってみていいですか?」

「え!? それは流石に危険じゃないかと……」

 ユヒカの言葉に団員達も動揺する。魔術で駆除して見せたが、術士ですらないユヒカにそれは難しいのではないだろうか……。


「ぶ、武器はありませんが、す、素手でどうにか……!」

 頑張る姿勢を見せるユヒカだが、目の前に迫る魍魎には効果は無いだろうと思われた。


「無茶は駄目だ……。ここは後ろに下がっていてくれ」クシビが背後から差し止める。流石にこれ以上の危険なことをさせるわけにはいかない。

「そ、そんな……ずるい、クシビさんまで仲間に入るなんて……」

「いや、仲間外れとか、そう言う事ではなく……」

 しぶしぶ後ろに下がるユヒカ。そのまま見学をしていたが、やはり我慢は出来ないようだった。


「やっぱり、私だけ仲間外れなんですね……。」

 寂しそうに呟くユヒカに、団員達も動揺する。泣きそうな様子にクシビも慌てた。


「み、みんな君を心配して言ってるんだ。怪我をさせるわけにもいかないだろう」

「……。」

 黙ったまま明らかに暗く悲しい顔で俯くユヒカだった。表情は暗くなる一方だ。それを見ては焦るクシビ。

 ま、まずい……。こんな時はどうすれば……!


 一国の王女を泣かせる訳には……!


「私にも、魔力があれば……」

 静かにユヒカは呟く。自分にも魔力があれば、こうして戦えるのだろうか……。

 悪い敵をやっつけるかのように……。護衛に守られる事も無く、一人で……。


「それなら、私が何とかしましょうか?」

 そこでOSが応答した。ユヒカの腕の中でリモート起動している。


「できるんですか?」

「ええ。私は警護用ですので、ある程度の防護機能は備わっています」

 ユヒカの問いに答えるOS。


「待て。緊急時でもないのに防護機能を使うのは――」

「まあいいじゃないか、クシビ。せっかくの体験だ。やれることは経験して貰おう。」

「お、おい。リョク……」

 リョクまでそんな事を言い出し、後始末が付かなくなるクシビ。

 まさかOSが、そんな余計な知恵を回すとは……。


「あるじ、相手は少量の魍魎です。心配には及びません。それに、いざという時の練習にもなります」


 ――あの子のご機嫌を損なわぬようにな。


「……わかった。俺が周りの瘴気を払うから、その内に済ませてくれ」

 リモートOSの防護機能が働き、カモフラージュ銃に変化する。それで照準を合わせるユヒカ。


「クシビさんみたいに、バッチリ狙って見せますよ!」

「………。」

 目を輝かせて、意気込むユヒカ。この間の遊具を思い出した。


「キシャアアア!」

「きゃ……!」

 しかし、目の前で威嚇する魍魎にユヒカは慌てる。


「ま、待て! やっぱり無理なら……」

 クシビが魍魎を食い止めつつ周りの瘴気を払うが、それでもユヒカは下がろうとしない。


「い、いえ! もう少しですから……!」 

 ユヒカが狙いやすいように、瘴気を掃い続けるクシビ。いつまでこの状況を続けるのだろうか……。ハラハラして、こちらの精神が持たない。


「え、えっと……クシビさんみたいに……! こうして……!」

 クシビの撃ち方を必死で真似ようとするユヒカ。


「………。」

「頑張れ……ユヒカちゃん……!」

 固唾を飲んで見守る団員達。リョクも、もしもの時に備えて待機してくれている。


「キシャアアア!」

「きゃあっ!」

 驚いて引き金を引くユヒカ。その反動と共に撃ち出された魔力は魍魎を射抜き、その姿を消失させた。

「や、やりました!」

 尻餅をついたまま声を上げるユヒカ。それに団員達も歓声を上げた。


「やったね! ユヒカちゃん!」「すごいよ!」

 褒めている団員達。拍手をして讃えている。


「えへへ……。ありがとうございます」

 照れながら返事をするユヒカ。


「これで、私も一人前の術士ですよね!」バッチリと銃を構えるユヒカ。

「いや……。それは……」

 返答に困りながら剣を閉まうクシビ。何なく無事に終えたが、何だか異様に疲れた気がする。

 それにやはり、あまり良い真似事ではない……。


「お疲れだな、クシビ」瘴気を払っていたのを労うリョク。

「魔力の消費よりも、精神疲労の方が大きかった気がする……」

 喜んでいるユヒカを横目に、服を整えてから息を吐くクシビ。俺の真似事なんかして、楽しそうにしているのは……。


 リョクは、そんな様子のクシビを見ては笑みを浮かべるしかなかった。まったく、こいつは相変わらずだ。





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