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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガーⅡ カゴの苑の円舞曲
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第二章

「さすが男の子ですね。働き量が段違いです」

「ええ……」

 巫女達が感心する。クシビの働き量は目に見えて多い。


「できました。もう一セット追加です」

「はーい!」

 次々に焼き物をしていくクシビ。会長が横から顔を覗かせる。


「クシビ君、流石ね。まだまだ手慣れているわね」

 昔のままだと納得するソノカ。その働きぶりは昔から変わっていない。あの頃は、本当によく手を貸してくれた。


「と言うより、雑用に慣れているだけですよ。会長の下で働いていた時の名残でもあります」クシビがフライパンを扱いながら言う。クスリと笑うソノカ。掃除や洗濯、荷物運びはいつも行っていた。

「でも君一人に全部やらせるのは悪いし、私も手伝うわ」

「いいですよ。火元が有りますから。会長は他の指示に回ってください。」

「で、でも……」

 ソノカが戸惑うが、クシビが言う。


「こういう事は俺に任せておいてください。会長は会長の役目を優先してください」

「……わかったわ」

 譲る気がないようなので、ソノカは仕方なく諦めるしかなかった。

 そして、支度が全て終わると、巫女達が声を掛けた。


「お疲れさま~。クシビ君」

「ええ、お疲れ様です」

「すごく助かったわよ。流石は男の子ね~」給食係の巫女が、笑みを浮かべて礼を言う。

「いえ、自分はこういう事に馴れているだけですから。お役に立てたのなら、よかったです」

 巫女達がクシビに話しかける。賑やかな宴会のような雰囲気が漂っていた。


「流石ね。クシビくん。昔からの働きぶりは、変わっていないようね。感心だわ」

「その英雄とやらに、こんな配給食の手伝いをさせるなんて、会長も人使いの荒さは相変わらずですね」

「その反抗的な態度。感心しないわ。君はいつからそんな反抗期になったのかしら……?」

 疑るように目を向けるソノカ。あの戦いの時もそうだ。あの大人しく従順だった生徒が、強引に反抗して刃までを向けて来た。


「俺も、いつまでも後輩ではありませんからね」

「まったく……口も達者になっているわね」

 クシビの生意気とも取れるその言葉に、ユヒカはそう返す。

 だが、内心では察しが出来ていた。

 こんな違法術士なんて仕事を続けて、アヤメちゃんと対峙した時からだろう。

 それだけ、今の彼には気苦労が多かったという事のように感じる。


「………。」

 クシビは息を吐いて事を終えると、ようやく休憩の許可が下りるのだった。











「それで、今回の焼き方なんだけど、あれどうやって焼いたの?」

「あれは火の加減に魔術的な工夫を――」

 クシビが丁寧に説明をしていく。さらに話は進み、盛り上がりを見せていた。


「では、あの味付けはどうやって?」今度はクシビが尋ねる。

「あれは調味料なのよ。山菜から取れる出汁に、ちょっとした隠し味を――」

「なるほど……」

 クシビが頷いている様子を端から眺めるソノカ。何やらすっかり談議に嵌っているようだ。不思議なほどに不釣り合いな絵面だが……。

 そんな話し合いが終わると、クシビくんが頭を下げた。


「ありがとうございます。勉強になりました」

「いいのよ。また来てね。クシビ君なら、いつでもご馳走して上げるから」

 笑みを浮かべているクシビを見ては、ソノカは驚く。態度だけ見れば、違法術士とは微塵も思えない。

 話が終わると、ソノカはクシビに声を掛けた。


「なんだか盛り上がっていたみたいね」

「ええ、勉強になりました。巫女の精霊術というのも、やはり先立つものがありますね」

 クシビが笑みを浮かべて楽しそうにしているので、ソノカは驚く。その様子は、やはり違法術士とは微塵も思えない。

 自分達と変わらない、ごく普通の青年に見える。


 昔と変わらない、普通の少年に――。


「そういえば、昔からクシビ君は料理が上手だったものね。はい、これ」

「ありがとうございます」

 ソノカからお握りを手渡されると、クシビは腰かけてそのお握りを口へと運んだ。とても美味しい……。


「私、すごく悔しかったのよ。本当は」

「悔しい?」疑問を返すクシビ。

「こうした事は女性の方が得意なはずなのに、君ったら私よりも上手なんだもの。下級生なのに、女性としてもショックだったわ」

「会長は料理が苦手でしたね。そう言えば」クシビが記憶を辿り、昔を思い返す。

「わ、私は君みたいに器用じゃないから……」

 手を押さえて俯く会長。こうして照れている会長も珍しい。

 そうだ……。会長はいつもこうした事を指摘されるのは苦手だった。

 普段はみなの先輩として引っ張って行っていたが、こうした事には弱かったのだ。


「誰にでも得意不得意はあるって、会長がよく言ってたじゃないですか。俺もそれでよく励まして貰いました」

 魔術の訓練で上手く行かないときは、そうして勇気づけて貰っていたものだ。


「なんだか先輩としての威厳も台無しだった気がするわ」

「そんな事はありませんよ。会長の信頼は生徒の誰もが認めていたはずです」

 そうクシビが言う。これも確信ができる。みんなは、それでもソノカ会長に絶大な信頼を置いていた。魔術の教えからしても、生徒達からの信頼が揺らぐという事は有り得ないだろう。


「でも、この話……前にもしたわね、そう言えば……」

「ええ。学生の頃でしたね」

 クシビは今も覚えている。普段は凛々しい会長が、その時だけは弱々しくなったのだ。物珍しかっただけに、よく覚えている。


 随分と昔の話だが……。なぜか別の世界の出来事のように思える。

 それだけ、自分が変わってしまったという事なのだろう……。


「君には、二度も助けられたわね」

「いいえ……。俺は巻き込んだだけです。会長達を……。せめて不用意なことだけは避けたかったのですが……」

「だから、あんな……事情を隠すような真似をしていたのね?」

 そう口にするソノカ。今回の件でようやく納得ができたのだ。彼はずっと事情を隠して行動をしていた。

 魔物がこの町を襲ったとき、それが確信できた。


「不用意に巻き込みたくはありませんでしたから。こちらから何も言わずに申し訳ありませんでしたが……」

「本当に申し訳ないわ。事情を話してくれれば、私達も快く協力したのに。どうして私達を信用してくれなかったの?」

 その言葉に思わず苦笑するクシビ。協力などしたら、目を付けられるハメになる。


「これは俺の問題でもあります。英装術士が見張っている以上は、余計なトラブルは避けなければいけません」

「君のそういう所は感心しないわ。まるで先輩のような振る舞いじゃない。先輩は私なんだから、もっと信用して頼りなさい。」

「ふふ、まあ会長ほど心強い人はいませんが」

 過去を思い出して笑みを浮かべるクシビ。確かに、会長が味方に付いてくれるなら心強い事この上ない。


 しかし、ソノカの表情は硬い。


「後輩なのに、そんな先輩のような真似事はしなくていいの。まだまだ早いわ」

 キッチリと言い放つソノカ。


「君はまだまだ後輩。いくら私より強いからって、私より先輩になったように振る舞うのは、まだまだ早いの」

「……ひょっとして悔しいんですか?」クシビが尋ねてみる。

「ち、違うわ! そんなことだから、君はまだまだ後輩なの!」

 ぷんと表情を膨らませるソノカ。どうしてか、クシビにはその表情がとても新鮮に見えた。








 精霊院から帰る間際になると、クシビは巫女の一人であるイサラ・カヤに声を掛けられる。

「ありがとう、クシビ君。会長を助けてくれて……。」

「いや、こっちも手荒い真似をして申し訳なかった。会長にも謝っておいてくれ」帰る支度を整えながら答えるクシビ。決闘場での出来事はこちらも強引を迫られた。

「ううん。会長は感謝してたよ。それに私達じゃ会長を止められなかったから……」

 重荷が降りように安心するカヤ。私達が何を言っても、会長を止められなかった。


「クシビ君が止めてくれて、ほっとしたの」

「………。」

 黙ったまま、クシビは昔の会長を思い出す。


「ありがとう……クシビくん」

 カヤに真剣に礼を言われる。


「いや……礼には及ばない」

 クシビは静かにそう返した。自分は不必要に巻き込んでしまった。あの決闘場でも、強引な手段を取るほかに無かった。


 この精霊院にも、色々と迷惑を掛けた……。


 脅しとして、この精霊院に情報提供を無理やり強要していたのは事実なのだ。

 それに、ここに魍魎が来る危険性は考慮していたのに……。


「ソノカ会長ったら無理にでも乗り込もうとするんだもの。まるで聞き分けがなくなって、変な所で意固地になって」

「まあ、会長も頑固だな……」

 カヤの言葉で昔を思い出し、笑みが漏れるクシビ。


 巫女達が必死に止めていたのに、一人で乗り込んだのだろう。

 あの人は生徒が危険に晒された時も、相当な無茶をする人だった気がする……。


「でも、やっぱり会長には適わないな。まだ魔術の腕は衰えていなかったよ。精霊の魔術も見事だった。少し手順を間違えば、こちらが負けていたかもしれない」そうクシビが答える。

「会長にも言っておくわ。きっと喜ぶと思う」

 お互いに笑みを浮かべるカヤとクシビ。


 本当に見事な腕前だ。術士でないとは言え、まるで魔術は衰えていない。


「会長は本当にすごいわ……。私達も未だに信じられないと思うもの」

「………。」

 会長には特殊な力がある。精霊と近い位置にあるあの人は――。


「だからこんな無茶も出来るんだろう。あの人は」

「そうかもしれないわね」

 そうして、お互いに笑い合う。あれだけの行動力、普通ならば真似できない。

 会長には不思議な力がある――。それは昔の生徒だった人間なら誰もが知っている事だった。

 












 精霊院の報告を終えて、長らくの時間が経過する。クシビは自分達の隠れ家へと戻っていた。そろそろ話し合いは終えている頃だろうと思い、部屋に入る。


「ずいぶんと遅かったではないか。何をしておったのじゃ」

「少し野暮用をな……」

 ヒマリがそう尋ねて来るので、クシビは短く答える。


「それで、話し合いはすんだのか?」

「もちろんじゃ。我らは、あのルノダ・ユヒカ嬢の護衛を引き受けることにした」

「……護衛?」

 ヒマリの言葉に、思わずクシビは我を忘れる。


「だから、彼女が匿ってほしいと言うておるのじゃ。クシビ、彼女がこの国にいる間は、ルノダ・ユヒカ嬢を護衛しろ」

「護衛……。俺がか?」

「そうじゃ」

 なぜ俺が、という疑問が真っ先に浮かぶクシビ。


「彼女は歌姫なのじゃ」

「歌姫?」

 クシビがさらに疑問を返す。先程の情報屋もそんな事を言っていた。確かお姫様とか……。


「なんじゃ知らんのか? おぬし、おっくれておるの~?」

「……。」

 おちょくるように馬鹿にされるクシビ。ヒマリはまるで自分が流行に乗る若者だとでも言いたげな口調だった。


「ほれ。今大人気の歌姫。ルノダ・ユヒカじゃ」

「………。」

 一枚のチラシを受け取るクシビ。そこには綺麗に彩られて歌う一人の女性が映っていた。


「容姿端麗、才色兼備、その歌声はどんな疲弊した心にも潤いを与え、人々を癒すと言われている。世界的な歌姫じゃ。時の人じゃよ。」

「………。」

 全く知らないクシビ。しかし、確かに写っている人物と、先ほどの目にした女性は似ている。


「こんな所に来たのも、お仕事だったのじゃ。今は他国を巡るツアーのようで、わざわざ遠出してまでファンに歌声を届けに来たらしいのう。いやあ~何十万人という人間が彼女の歌声を待ちわびていたそうじゃ。流石じゃのう」

「………。」

 チラシを眺めながら、ヒマリの言葉を黙って聞くクシビ。歌姫というのはそんな事をするのか……。


「国のために幼い少女ながら世界各地を回っておるのだ。熱狂的なファンも数多く存在し、その名は世界中に知れ渡っているくらいだからな。おぬしも少しは勉強したらどうじゃ」

「……」

 ただ黙ってチラシを眺めるクシビ。そのチラシを眺めれば眺めるほど、実感は沸かない。


「国の者達が護衛をしておったのだが、それでは彼女が自由を謳歌できぬようなのじゃ。だから、お主が護衛するのじゃ。彼女が仕事を終えた後に、彼女を追手から匿え」

 キッパリと言うヒマリ。


「少し無理があるだろう……」

 素直な感想を漏らすクシビ。本来の護衛達から護衛するというのも変な話だ。


「いいか? くれぐれも扱いには気を付けるのじゃぞ? 僅かな傷一つでも負わせてみろ……。おぬしは世界を一つを敵に回すからのう……? その事を深く肝に銘じよ」

 黙ってヒマリを見るクシビ。俺は今から世界を敵に回すかもしれないのか……。

 とろこで、傷はどれくらい負わせるとまずいんだ……? 顔に傷負わせるとかしたらどうなるんだ? やっぱり処刑されたりするのか?


「……。」

 その時、ユヒカを突き飛ばした時の事を思い出す。


「敵は英装術士だけで十分じゃ。これ以上の厄介事は抱え込むでないぞ」

「なら、何故そんな任務を引き受けた」

「馬鹿者。そんな世界の姫君と関係を持てるのじゃ。これはチャンスなのじゃ」

 その言葉が分からないクシビ。またロクでも無い事を企んでいる気がする。


「とにかく彼女の護衛を務めてもらう。この王国都市のツアーの間はな。彼女が仕事を終えた後のプライベートタイムを守ってもらうぞ」

「………。」

 いまいち要領を掴めないままのクシビだった。自分には拒絶の権利は残されていないようだ。

 ヒマリから聞かされた話し合いの手筈を聞いて、さらにクシビの表情が固まる。


「となると……俺はお姫様が毎回仕事を終えた後に拐えばいいのか?」

「そうじゃ」

 端から見れば、まるで人拐いだ……。しかも、毎回仕事を終えた後に拐うというのが何とも質が悪い……。俺は人拐いや強盗じゃないんだぞ……。


 俺に別のあだ名が付けられるかもしれない。


「……まあ、せいぜい処刑されないように気を付ける」クシビが言う。

「それくらいなら安いものじゃろうなあ……」

 悲しげな表情を見せてくるヒマリ。もはやどうしようもない現実を憐れむ目だ。何をされるんだ……。

 途方に暮れるクシビ。処刑が安いものか……。世界には色々な拷問あるとか聞いた事はあるが……。


「まさか……お主、すでに何かをやらかしたのではあるまいな?」

「いや……仕方なく突き飛ばした。」

「………。」

 もはや、どうしようもない物を見る目つきになるヒマリ。


「いや、仕方なかったんだ。戦闘の最中だったからな……危険が及ぶ前に何とかしないと駄目だった」

「………。もはや何も言うまい。お主が咎められないことを祈っておる。今後はくれぐれも同じ事を繰り返す事の無いようにな……」

 どこか諦めの混じった表情で、ヒマリはそれだけを告げてきた。


「それと、もう一つ気になるのは、あの影じゃな」

「影?」逃走していた時の戦いを思い出すクシビ。

「ああ。あの影、もうずいぶんと前から憑かれているようじゃ。何者かはわからぬが……。」

 少し考える表情になるヒマリ。


「もう歌姫となったその時から、色々な連中から命を狙われているようじゃ……。それで、大勢の護衛が張り付くようになったらしいのう。あの影も、その要因の一つのようじゃ」

「………。」

 その話を聞いて合点がいくクシビ。


「どうやら、あの歌姫様は、そんな監視の厳しい護衛達から逃げていたようじゃの……。」

「じゃあ、最初に彼女を追っていたのは……」

「うむ。彼女の国の護衛達じゃ。どうやら複雑な事情があるらしいのう」


 最初に追ってきていた術士達が彼女の護衛だった。ならば、あの影は――ルノダ・ユヒカの命を狙う犯罪者なのか……。


「あの子は、自由を欲しておる。もうずっと、そんな監視の中で生活を続けていたらしいのう。だから、今回も追手から逃げるために急いでいたようなのじゃ」

「………。」

 その言葉に、クシビは黙ったままだった。


「もはや捕らわれの身でいるより、命の危険を覚悟してでも、自由の身になる事を選んだのじゃろう」


 ヒマリの言葉が脳裏に焼き付いた。捕らわれの身、か……。

 見えない檻でずっと生き続けるとは、まさに牢獄なのだろう。


「………。」

 なんの罪も無い人間でも、そんな牢獄が――。















 そして、話を終えると、ヒマリとクシビは共に部屋を出た。

 広間では、シズネがユヒカに丁度お茶をご馳走している所だった。


「あの、ありがとうございます。頼みを引き受けてもらって」頭を下げて礼を言う。

「いやいや、気にする事はない。存分にこの国の観光を楽しんで行ってくだされ。安全は我々が保証するでのう」

 良い笑みを浮かべているヒマリを見ては、クシビは信じがたい思いに駆られる。


「このクシビが貴方の安全と責任を持って保証しましょうぞ。我が自慢の配下です。どうぞご存分にこき使ってやってくだされ」

「………。」

 反論したいのを我慢するクシビ。なにやら凄いプレッシャーを掛けられた気がする。


 部屋を移動するヒマリ。二人はその場に残された。


「クシビさん? あなたが私のボディーガードを勤めてくれるんですね?」

「ああ、そうだ……。何か不備があるようなら言ってくれ……。俺も要人の警護には、あまり経験がない」

 準備と覚悟を整えるクシビ。この先、何が待ち受けていようとも。


「じゃあ、まずはその銃を見せてもらって良いですか?」

「……銃?」

 思いもしないユヒカの言葉に、クシビは一瞬思考が止まる。 


「その腰に付けている銃です! かっこよかったです! さっき使ってましたよね!? 」

 キラキラと目を輝かせて迫ってくるユヒカに、クシビは気圧される。


「待ってくれ。これは玩具じゃない。そう簡単に見せられるものでもない」

「えー、そんな……。でも私のボディーガードをしてくれるんですよね? 」

「ああ、そうだ……」しぶしぶ答えるクシビ。

「私の命令にも従ってくれるんですよね?」

「いや……それは……」

 何か尋問をされているような気分になるクシビ。ここで命令を聞かなければ、何かまずいのだろうか……。


 ――よいか? 機嫌を損ねるでないぞ? 


「それに、この部屋の品物もすっごく面白そうなものばかりですし……!」

「………。」

 今度は部屋の隅々に目を向けるユヒカ。


「すごいですね。私こんなそれっぽいのを見たのは初めてです! 私、昔からこういう危ない物には触れるなって叱られてきましたから」

 その言葉に、クシビは少し考える。世間一般では、銃は危険な物として認識されている。

 主に違法術士が扱う武器として認識されているのだ。


 ――俺には、こんな武器しか扱えないからな。


「………。」

 過去を思い返すクシビ。魔法に慣れない自分は武器を持って戦っていた。銃や短剣が自分の唯一の武器だった――。


「い、いや…無闇に触るのは止してくれ。危険な代物が多い」騒いでいる姫君にどうにか注意を促すクシビ。

「大丈夫です。私こう言うの一度見てみたかったんです! かっこいいですよね、この銃とか!」

 棚にある銃をガチャリと構えてポーズを取るユヒカ。


「ふふ、クシビさんみたいに上手くないですけど、私だって練習すれば、様になりますよね?」

 銃を持つポーズを真似て見せる。流石は役者なだけあって、演技が立つが……。


「や、やめてくれ。心臓に悪い。無闇に触ると暴発の恐れがある。それに俺の真似事をしても格好良くはならない。これは世間一般では違法術士が持つ物として認識される」そう注意を促すクシビ。昔から、こうした銃は魔術の使えない物達が使うものとされていた。今では違法な術士が多く使う。


「そうですけど、でも私を助けてくれたクシビさんは格好良かったですよ?」

 そんな事を口走るユヒカに、クシビは何を言えばいいか分からない。

 これは怖い物知らずと認識するのがいいのか、それとも別の解釈をすべきなのか――。

 あまり経験したことのない感覚だ。


「……すまないが、それでも安全が第一だ」

「そんな……私には使えないんですか……?」

「申し訳ないが、我慢してくれ」

 ユヒカが心底残念そうに俯くが、クシビは念を押した。身の安全が第一に優先されるべきだ……。でないと俺の身も危ない。


「そんな……ずるいです。クシビさんだけ……。私だって、クシビさんみたいに格好良くなりたいのに……」

 思わず言葉が出なくなるクシビ。銃を持つ自分が格好いいとは……これは悪い影響を与えたのか……?

 いや、俺にはどうしていいのか……。


「こんな物、持っていても格好いい代物じゃない。それに、こんな危険な代物はお姫様には不似合いだろう」

 慌てて言うクシビ。なにやら表情が暗くなっている……!?


「あーっ! 酷いです! こんな時だけお姫様扱いなんて!」

「い、いや……そう言われても……」

 戸惑うクシビ。こう言われては、どう扱って良いものか……。


「クシビさんって、口先も上手いんですね! なんだか上手く誤魔化されそうな気がします!」

「……ええっと……」

 どう言葉を返そうかと考えるクシビ。上手く納得してくれるような案は思い付かない


「私だって、こんな立場じゃなければ、もっと……。クシビさんのように魔法が使えたら、こんな風には……」

 顔を俯かせるユヒカ。涙目になるその様子を見て、クシビは慌てた。

 まずい……俺は何か粗相をしたのか……。だが、これは本当に危険なことで……!


 こんな時はどうしたら……!


 要人の警護は、経験が――!!


「私だって、魔法で銃とお話がしてみたかったのに……」

 ――あの子は、自由を求めておる。


 そこでヒマリの言葉が脳裏に浮かんだ。

「………。」

 参ったように肩を落とすクシビ。


「これは魔法じゃない。ただの機械だ」

 銃を差し出すクシビに、驚いて顔を上げるユヒカ。


『始めまして。ルノダ・ユヒカ。有名人にお会いできるとは、光栄です』

「え!?」

 勝手に喋る銃の自己紹介に、ユヒカは驚く。


「すごい! 私を知ってくれていたんですね! とても賢い機械なのかな?」

『ええ、情報ネットにアクセスすれば、あなたの事はすぐに分かりました。世界的な有名人ですからね。こうしてお会いできるとは光栄です』

「ちゃんと挨拶もできるなんて……」

 驚いて目を丸くするユヒカに、クシビはとりあえず安堵した。


『……って、少し待ってください。そこを弄られると、私の活動に支障が……!』

 OSが奇怪な声を上げ始めたので、クシビが驚く。

「ま、待て。あまりいじくり回して壊すのは……」

「大丈夫です! 保証はちゃんとしますから! 私を誰だと思っているんですか! 」

 なぜか得意気な顔になるユヒカ。興奮して周りが見えていない。


 保証と言っても、金でどうこうできる機械ではないのだが……。

 溜息を吐いたクシビは「そうか……。」と呟いて椅子に腰掛けるのだった。気を使ったから少し休むか……。


『助けてください、あるじ。』OSの悲痛な叫びが飛んでくる。

「我慢しろ」

『主、私を見捨てるのですか?』

 俺も疲れているんだ、とクシビは内心で返事をする。これで少しは休めるだろう。


「安心して、どうなっているのか、中身を確認するだけだから……!」

『ギャ……! ピー……』 

 何か聞いたことのない悲鳴の後にエラー音がしたが、まあ大丈夫だろう……。


「クシビさん! これは幾らで買えるんですか?!」

「すまないが、それは売り物じゃない」

 興奮気味に尋ねてくるユヒカに、クシビは一応釘を刺すのだった。


 銃の扱いか……。

 クシビは、ふと昔の出来事が脳裏に浮かぶ。こんな銃を好むのは、違法術士以外にはいなかった。


 ――お前、銃の扱いは苦手だったよな。


 ――そんなんじゃ、他の奴に先に撃たれちまうぞ。


「………。」

 少しずつ記憶が蘇ってきている。あの時、自分は人を刺した。そして、アヤメが俺に銃を向けていた。鮮血の記憶がぼんやりと浮かんでいる。

 椅子に腰かけたまま、クシビは目を閉じていた。


 あの時……アヤメの手は震えていた……。












 ――もう、なんでこんな扱いにくい武器を作るのよ……。こんなの、ただ重いだけじゃない。うう……。クシビは男の子だからいいわよね。


 愚痴をこぼすアヤメに、クシビが笑いかける。


 ――無理して扱うなよ。お前は別にそんな武器の採点には関わってこないんだから。

 すでに他の魔術点で好成績を納めているアヤメにすれば、これは必要の無いことだった。それでも無理に銃を構えて、的を絞っている。


 ――ううん。これも訓練の一環だからね。こういった事もちゃんと覚えておかないと。


 ――お前らしいな。まあ、無理するなよ

 そうして多くを言わないクシビ。こいつは一度言ったら聞きはしない。好きにさせておくのがいい。


 ――悔しいわ。なんだか武器に遊ばれているみたい。うう、うまく狙えない。


 魔力の放出調整で戸惑うアヤメ。

 それを見て、クシビは苦笑をするしかなかった。相変わらず頑固というか、意固地というか。

 的を外す姿を見て、クシビは思う。魔術の才能はあるのに、こうしたことは平均的だ。

 本来、銃などは術士兵が正当に使う物ではない。抗争の火種や争いの種にもなっている凶器だ。規制や制約も多く、本来は術士は持つべき物では無い。


 それでも、アヤメがこんな授業を受けているのは――。


 古代から受け継がれて来た本来の魔術とは違う、近代的な発展で作られた武器……。世界に蔓延する、違法術士が弱い者を簡単に殺すための道具となっている。


 ――やっぱり、お前には似合わないよ。

 ――え?


 クシビは端から様子を見守りながら、アヤメに言った。


 ――お前に人殺しの道具なんて……。







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