第十一章
「警護術士隊本部より連絡です! 魍魎が散り散りになって後退していく模様です!」
その知らせに、アヤメは驚いていた。本当に魍魎が撤退していったのだ。
「まあ、こんな感じだ」
「………。」
報告を終えるクシビだが、それでもアヤメの疑うような目つきは変わらなかった。
なぜか白々しい物を見るような……痛い目線が飛んでくる。
まだ何かを許してくれないらしい……。
「な、なんでそんな疑ってるんだよ……」思わず身を引いてしまいそうになるクシビ。
「別に」
ふん、と素っ気なく顔を逸らすアヤメ。
次に何かされるのかと少し恐怖するクシビ。これは何かを納得していない顔だ……。
これは後が怖いな……。昔からの頑固者は……。どうしたものか……。
「ま、まあ、そういう事だから、この先は俺に任せてお前も持ち場に戻れ。後は俺一人で十分だ」
横に立っていたアヤメに、クシビがそんな言葉を投げかける。
「冗談じゃないわ。私も行く」
アヤメは引き下がろうとはしないが、クシビがきっぱりと否定する。
「いいや、足手まといだ。お前は来るな」
「嫌! またそうやって危険な事に一人で突っ込む気でしょう!」
アヤメの声に、クシビは気圧されそうになる。表情も険しくなり、こちらに詰め寄ってくる。
「クシビがどうして違法術士になったのかは分からない。けど、もうこれ以上危険な真似を平気でするような事はしないで……! もうこれ以上、私がそんな事はさせない!」
「な……」剣を取り出すアヤメに唖然となるクシビ。
「連れて行かないなら、私がここでクシビを食い止めるから」
クシビの前に立ちふさがり、自分も連れていくように強要するアヤメ。
もうこれ以上、クシビの好きなようにはさせるわけにはいかない。また逃げられれば、この状況は変わらないままだ――。
クシビも、そのアヤメに気圧されるままになっていた。ここで首を縦に振らなければ、本当に厄介なことになりかねない勢いだ。
「わかったよ……。勝手にしろ」
「うん」
そこでようやく納得のいく笑みを浮かべるアヤメ。それを見ては、溜息を吐きたくなるクシビだった。頑固者はいつもこうだ……。
「だが、この先は今までとは違って危険だぞ。単純なヘマはするなよ」
「う……」
その言葉に、アヤメが動きが止まった。この前の事が脳裏に蘇る。この前は確かに自分のせいで足手まといになったのだ。あ、あの時は……本当に悪かったと思っている……。
で、でも……自分も英装術士なのだ。同じ鉄を踏むような真似はしない……!
「わ、私は、これでも英装術士だもの……! この間みたいな同じ失敗はしないわ!」
「はいはい」
アヤメを無視し、淡々と準備をしていくクシビ。まるで信じていないその態度に、アヤメも不満が募る。自分は英装術士だと言うのに……クシビの態度ったら、まるで未熟術士のような扱いだ。
少しは自分の実力を認めてくれてもいいのではないだろうか……。
昔は自分がよく魔術を教えて上げていたのに……。あの時の素直なクシビはどこへ行ったのやら……。
「準備は出来てるか? ボーッとしてると置いていくぞ」
「わ、わかってる……!」
クシビに急かされ、アヤメも慌てて準備を整えた。
クシビに負けないように、急いで武具の調整をしていく。
お互いに準備を終えると、クシビが向き直った。
「少しでも遅れたら置いて行くからな。易々と俺に遅れを取るような真似はしてくれるなよ」
「うわあ……」
辛辣に言い放ったクシビの言葉に、今度はアヤメの表情が曇る。
出発する直前になり、クシビはそんな事を言い放ったのだ。
こっちが下手に出ていれば、平気でこんな事を言う人間になってしまった。
「なんだ、その顔は……」
アヤメに向けられた表情に、クシビは尋ねる。まるで変人を見るような表情に変わっている。
「……凄いセリフね。クシビからそんなセリフが出てくるなんて思ってもいなかった」
少し引いているアヤメ。改めて聞いてみると、昔のクシビからは考えられないセリフだ。
そうだ……昔は本当に優しかったのに……。
前々から思っていたが、今のクシビは色々と性格がおかしくなっているのだ。
「違法術士なんてやってるからこんな事になるのよ……。性格変わっちゃったんじゃないの? 正直変よ?」
「なっ……! 余計なお世話だ! お前は俺の親か!」
クシビが慌てて反論する。なぜいきなり非難されねばならんのか。
「……昔はもっと純粋ないい人柄だったのに……。」
「う、うるさいわ! いつの話をしてるんだ! いちいち古い話を持ち出しやがって……! 悲しそうな目でこっちを見るな!」
慌てながら持ち場に戻るように促すクシビ。
「大体な、お前が変な所まで首を突っ込むから、こっちも色々と予定を変える羽目に――!」
「し、知らないわよ! そんな事! そっちの都合なんか分からないんだから!」
お互いに語気を荒くして言い争う。
「お前はいつも首を突っ込んでは、周りを引っ掻き回して!」
「そ、そんな事、先に言ってくれれば良いだけじゃない! 勝手にそっちの都合を押し付けないで!」
「だから、お前は元の持ち場に戻れ!」
しかし、アヤメは顔を横に振るだけだった。
「いいえ。帰れって言っても付いて行くわよ。やったぱり、あなたを真っ当な人間にするのが私の使命だって再確認したわ」
「なに!?」
わけのわからない言い分に、さらにクシビの表情が険しくなる。こいつは俺を何だと……。
「違法術士になって、性格がめっきりと歪んじゃったのよ……。やっぱり違法術士なんて職業は良くないわ。だから、私が元に戻してあげる」
やはりと、アヤメは思い直し、決意を新たにする。やはり、クシビはどこか性格がおかしくなっているのだ。あれだけ違法術士を長く続けてきたんだもの。こうなってしまうのも自然な事なのかもしれない。
外の世界は厳しい世界だ。人の温かみに触れられなかったのだろう。可哀想に……。
やはり、自分が真っ当な人間に戻さなければならない。
「嫌だって言っても付いて行くからね。また逃げられたら困るもの」
「………。」
そして、そんなアヤメの頑固さに、クシビはもはや声も出すことができなかった。
同時に、クシビは過去の出来事を今再び繰り返しているような錯覚に陥っていた。
そうだ、こいつは一度こうなったら、冷めるまで治らなかった。
こんなふうに頑固になり、思い出すだけで何度も何度も……。
「くっ……。とにかく、俺は好きにさせてもらうからな。付いてくるのは勝手だが、遅れたら構わず置いていくからな」頭を抱えるクシビ。
「二度も言わなくていいわよ。心配はいらないわ。まったく、キザなセリフ。かっこつけちゃって」
「っ……!」
クシビは反論したいが、このままでは埒が明かないので、そのまま目的地の方角に向かった。
「時間が無い……先に行くぞ」
これはどうあっても付いて来るつもりだと判断すると、クシビは諦めるしかなかった。
クシビは装脚具に魔力を込め、街中を素早く移動していく。目指すべき場所は知っている。統地精霊の知らせたあの場所なら……。
そして、背後から付いて来るアヤメをしっかりと確認しては、クシビもため息を漏らすのだった。
どうしてか、どこかしら機嫌がいいように見える。
「まったく……。お前も変わったな……。昔よりも聞き訳が無くなってる気がするぞ」
「それはお互い様よ。クシビったら、いつの間にそんな変な性格になったの? 全然似合ってないからね?」
「っ……!」
その言葉に、クシビはまたもや大声を上げそうになる。変とは何か、変とは。
「昔のがもっと可愛げがあって素直だった!」
「だ、だから、いつの話をしてんだお前は!」
過去を掘り返されて、少し足が覚束なくなるクシビ。体制を立て直しながらも反論するが、アヤメはもはや聞く耳は持っていなかった。
「私はなんだか悲しいわよ。クシビがどんどん変人になっていくみたいで……!」
「う、うるさいわ!」
目的地へと向かう中で、言葉の応酬を行う二人。クシビは過去の自分を振り払うように足早に進むが、時間の余地がない事も自覚していた。
そして、そのまま急ぎながら都市部内にある目的地へと辿り着く。
確か、ここが統地精霊の記憶にあった場所だ……。
「ここなの?」アヤメが建物を見て尋ねる。
「ああ。ここの建物に地下へと繋がる隠された通路がある。俺が見た意識では、それがこの都市部内から外周区にまで伸びている。魍魎の発生もここが原因だ」
「本当なの……?」
アヤメは驚いていた。この都市部のバリケードを超える地下道がこんな所に隠されているなんて……。
この都市の下には、張り巡らされるように地下道が存在する。複雑すぎて、それは今でも完全に把握できていない。
もしそれが本当なら、ただ事ではない。
自分達が過ごしてきた時間……絶対の安全だと思い、平和に生きていた時にも、そんな平和を脅かす穴場がここにあったとしたら――。
それを何年も気付かずに見逃してきたのならば、一大事だ。
そんな所から、本当に転移や魍魎達を操っていたと言うのだろうか……。
「………。」
クシヒが建物を見る。
そうだ。この街のバリケードを超えて繋がる通路がある。
だとすれば、あの仕業に気付かれなかったのも頷ける。
統地精霊が教えてくれた、この通路に間違いない。
「グルルル……!」
するとそこへ、すぐに別の大きな怪物が現れる。そのままこちらに向けてするどい眼光を向けてきた。
「怪鬼……! こんな所に……!」
怪鬼と呼ばれたそれは、二本足で立つ大きな怪物だった。
魔物と比較すると小さいが、危険には変わりない。
大きな図体、鋭い牙――通常の物より大きく、目は赤く血走るように輝いており、人一人なら握り潰せそうな腕を持っている。
別の土地では、オーガ種とも呼ばれている。
すぐにクシビとアヤメが応戦する構えを取った。この怪鬼は転移されたものではない。
クシビが確信する。ここに奴がいる――。
怪鬼が攻撃を仕掛けてくる前に、二人が同時に素早く動き出した。
「魔力は残ってるんだろうな」
「心配には及ばないわよ! 訓練生時代のことを忘れたの?」
「今は昔と違うぞ!」
そう言うアヤメに、クシビも強く言い返す。クシビは訓練生時代に、アヤメの魔術を何度も目にしてきた。
いつも、自分の方が先に魔力を切らしていた――。
だが、今は違う。こいつに遅れを取ることもない!
クシビは剣と銃を握ると、そのまま猛獣に向かって突き進んだ。
クシビとアヤメが二人で構造物の中を進んでいく。辺りには様々な凶暴化した異変種が立ち塞がっていた。明らかに誰がか意図したものとしか思えない禍々しい代物だ。
しかし、それでもクシビとアヤメは、諸共せず突き進む。
次々に変異した生物を倒していく二人。
クシビが先頭を走るが、アヤメも奥せず前に出て、危険を省みないままに戦っていた。
猪突猛進な部分を思い出すが……相変わらず魔術の扱いは見事だった。
学生の頃から、何も変わっていない腕前だ。
「ったく……前に出すぎだ」
「ふふ、サポートありがとう」
クシビが銃を収めながら注意をするが、アヤメは笑みを浮かべていた。
その様子に呆れそうになるクシビ。あれほど注意してきたのに、昔からの性格は今も変わっていないようだ。
そんなアヤメは、クシビとは対象的に笑みを見せていた。昔はこうしていつもサポートを任せていたものだ。それが懐かしくなり、思わず表情が穏やかになる。
共に幾度もの窮地を潜り抜けてきた。
あの頃と――まったく変わっていない。
「………」
そして、そのまましばらく建物の中を進んで行くと、辺りは魔術薬品などから発せられる異臭が立ち込めるようになる。
その中を、瘴気に満ちた猛獣や魍魎が阻んでくる。
クシビとアヤメは、その猛獣と戦い続けながら先へと進んで行った。
『ガアアアアッッ……』
目の前に迫っていた何匹目かの異変種を倒したとき、アヤメの肩の力が抜けた。
片膝をつき、呼吸が乱れる。
「もういい、少し休んでろ」
クシビが急いで側による。やはりと言うべきか、アヤメの魔力が無くなってきていた。
「……やっぱり優しいのね。クシビ……」
ふら付きそうになるアヤメの肩を支えるクシビ。すぐに治癒魔法を唱えた。
「この前はごめん、私のせいで迷惑かけて……。違法術士になって……悪い事してるって噂を聞いて、どうなるかって思ってたのに」
そんな事を――アヤメが話し出す。
「これでクシビが本当の罪人になったら、もうどうしたらいいかわからなかった……」
「な、なんだよ。急に……。お、おまえ、また泣いて……!」
急の事に驚くクシビ。またもやアヤメの目には涙が浮かんでいた。こいつに泣かれると、俺はどうしていいのか――。
「でも、やっぱりクシビはクシビのままね……」
泣きながら――笑みを浮かべているアヤメ。
心から安心しているような、そんな笑みだった。
「……悪い。色々心配かけたみたいだな……」
そう答え、クシビは治癒魔法でアヤメの体調を整える。
「よかった……ほんとに……。クシビが悪い人じゃなくて……」
そのまま治癒魔法を施していくクシビ。自分が、悪い人ではない……?
「いや、俺は悪人だ……今でも」
クシビはそう静かに呟いた。その言葉はアヤメには聞こえていなかった。
そして魔術の治癒が終わると、アヤメの体調は元通りに回復していた。
「すごいのね、クシビ。治癒魔法も上手になってるんじゃない?」
「これは……まあ、練習したからな。だが、魔力が回復したわけじゃないからな? もう無茶はするなよ?」
「わ、わかってるわよ……。」
言いよどむアヤメ。まだ戦える気でいたので、少し釘を差された。
しかし、そこでアヤメはクシビの治癒魔法が気になった。
「でも……へえー……。あのクシビがねえ……。治癒魔法まで」
思わずニヤリと笑みを浮かべるアヤメ。
「な、なんだよ。俺が治癒魔法を使っちゃ悪いのかよ」
「ふふ、昔は苦手であんまり使えなかったじゃない。それなのに、ここまで上手くなるなんて、しっかり練習した証拠よ。危なっかしい武器ばっかり使ったのに」
「う、うるさい。ただ単に俺が成長しただけだ」
顔を背けるクシビを見ては、笑みを浮かべるアヤメ。クシビは魔術の練習よりも、銃火器などの危なっかしい武器ばかりを使っていたのだ。
しかし、それでも色々と練習を積み重ねてきたのだろう。昔から、魔術を必死に上手くなろうと四苦八苦していたのを覚えている。
――怪我した時に、俺だけお荷物になるわけにはいかないだろ。
アヤメは、クシビがそんな事を言っていたのを思い出していた。チーム内での負担を無くすために、クシビも治癒魔術を練習していたのだ。
自分が怪我をした時にも、クシビが必死に治癒をしてくれようとしていた。
だが結局完治せず、半分ほどしか治癒できなかった……。
魔術には先天的な部分もある。誰にでも得意不得意はあるのだ。だが、それでもクシビは意固地に練習を続けていた。
今になっても、それは変わらなかったのだ――。
そして、二人はそのまま最深部へと進む。向かってくる異変種も減ってきており、すぐに最深部の扉は見えてきた。目的地であるとされている場所は、この部屋のはずだ。
扉を開けると、そこには大きな広い部屋があった。
並んでいるのは研究の資料や、特殊な魔方陣などが数多く見受けられる。
そして、その部屋の中心に一人の男が立っていた。
「ようこそ。ヤタノハ・クシビ君。世紀の大逃亡者がこんな街の片隅まで遥々来てくれるとは、実に光栄な話だ」
「アマゼ・カダだな」
その言葉に、クシビも名前を返して応じる。
「やはり、私の事も調べていたようだな。色々と嗅ぎまわれているのは感じていたが、まさか君がここまで来れるとは思っていなかったよ」
「確信を得られたのは統地精霊のおかげだがな」
そこで、アマゼが隣にいる術士に目を向ける。
「そこの英装術士は君の仲間か? なぜ英装術士が逃亡者と手を組んでいる?」
当然ともいえる疑問を口にして来るアマゼ・カダ。
「まあ、色々あってな」
それに対し、クシビはあえて何も言わないでおく事にする。色々ありすぎて説明するには時間が足りない。
「お守りと言うわけか? あの無法者も、大した物だな」
お守りと言う言葉にムッと来たのか、アヤメが前に出てくる。
「アマゼ・カダ。循環施設の一人ですね……。あなたがこの事件の犯人だったなんて……。信じられません」
威勢よく剣を向けるアヤメ。
「循環施設は、この街の統地精霊のエネルギーを管理する重要な物。その一端を担う者として、このような行為が許されると思っているのですか?」
アヤメが問いただす。さすがに街を守る英装術士なだけある。
それに対して、アマゼは笑いながら答えた。
「別にこの街に貢献するなどと言うつもりは最初からなかった。この場所に入ったのも、身を隠すのに最適だったからだ。実に研究のし甲斐があったよ」
「あなたは……!」
アヤメが語気を強めるが、そこでクシビが前に出る。
「それだけじゃないはずだ。あんたの後ろには、もっと大勢の仲間がいるだろう?」
身を隠すと言った――クシビはその意味を問う。
「なるほど、君の目的はそれか……」
アマゼ・カダが納得のした表情を浮かべた。
「いいだろう、ヤタノハ・クシビ。ここで生き残り、真実にたどり着けるのは君か私か……。はっきりさせようではないか」
アマゼ・カダの魔力が膨れ上がる。呪文を唱えると、魔方陣の中から異変種の生命体が姿を現した。
しかも、現れた三体のうち一匹は凶暴なドラゴンの形状をしているのだが、他にも別の生物の特徴をしている箇所がいくつか見られた。
「それも研究の副産物か」
見た事もない異形の怪物に、クシビが指摘する。
「そうだとも……。実に素晴らしいだろう?」
「趣味が悪いとしか思えん……」
クシビが銃を構え、それを素早く撃ち放つ。
アマゼは異変種に指示を出すと、皮膚だけでその弾丸を防いだ。アマゼがさらに合図を出すと異変種はクシビに勢いよく襲い掛かっていた。
「クシビ!!」
あまりの勢いに、アヤメが叫ぶ。クシビは突進を受け止めながらも、弾き飛ばされそうになっていた。
アヤメも援護をしようとするが――。
「君はこっちだ」
アマゼか指で合図をすると、別の異変種がアヤメの前に立ちはだかる。
それに対応せざるを得ないアヤメ。クシビの様子を確認すると――すでにクシビはアマゼ・カダに向かって攻撃を仕掛けていた。
大型の異変種を操り、クシビの攻撃を受け止めるアマゼ・カダ。
「アヤメ、お前は無理せず下がってろ」魔物に対応しながらクシビが言う。
「こんな所でもかっこつけるの?! ちょっとそれはキザすぎるんじゃない?!」
「う、うるさいわ!? おれは、あいつの術を知っている。対策も考えてある。二人同時じゃ、逆に何が起こるかわからないんだよ」
慌てるクシビ。アヤメはそれに一先ず頷いておく。
「わかった……。でも、かっこつけて変な事しようとしたら許さないからね」
「お前は何を変な心配しとるんだ」
まったく、自分はどんな人間に見られているのやら。そんな危なっかしい真似はしない。
すぐにアマゼに向き直る。
「話は済んだのかい? それが最後の言葉となるかもしれないぞ?」
「かまわないさ。あんな言葉を遺言にする気は毛頭ないからな」
そんな事は死んでも真っ平ごめん被る。変人の誤解を受けたまま死ぬ訳にはいかない。
大型の猛獣を向けてくるアマゼ。クシビも剣に魔力を込めて応戦する。しかし、体格の違いに劣勢を強いられる。
「はは、悲しいなあ。ヤタノハ・クシビ」
あまりの無力な行動に、アマゼは笑みを浮かべて言い放った。
「今は大罪人として追われる身。無法者の術士。後は自分に背負う罪を裁かれるのを待つのみ。なんとも悲しき末路だな?」
クシビが剣を引く。すかさずアマゼの掌から魔力の衝撃波が放たれるが、こちらも魔力でそれを防いだ。
「君の先に待っているのは、牢獄というわけだ」
アマゼの強い魔力を帯びて、異変種が襲い掛かってくる。
「くっ……!」
攻撃が次々に降りかかってくる。異変種の異常なまでに強化された力が、地面をも抉り取っていく。
クシビは押されるままに、異変種に必死に対応する。
「はははっ!! 弱いなあ、ヤタノハ・クシビ! 実に弱くて哀れだ!!」
体格差で押し潰すように、そのまま一気に攻め込んでくる異変種とアマゼ・カダ。
「何のために戦っている? なぜそこまでする? 何かを成す、それほどの価値が君の中にあるというのかね? 私には、とてもそうは思えない」
「お前には関係ない……」
クシビが吐き捨てるように答える。異変種の攻撃に必死に対応する。しかし、アマゼは高笑いをしながら続けた。
「私の最高傑作の方がよほど素晴らしいだろう!!」
襲い来る異変種。
クシビが銃を構える。魔力を込めて威力を増し、それをアマゼに向けて撃ち放つが、それを異変種は鋼鉄の皮膚で防いだ
「無駄な足掻きだ……。犯罪者がいくら手を伸ばそうとも、そこには血塗られた道しか残っていない! 他には何もありはしない! そして、君は死ぬのだ。誰にも認められぬままに、闇のその生涯の一生を……!」
「クシビ!!」
アヤメが叫んだ。クシビが異変種に吹き飛ばされる。あれほどの大きな化け物に、後手の対応を迫られている。
「さて、まずはこちらを排除しておくか……」
「――!」
別の変異した怪物が、アヤメに向かって襲いかかった。鋭い眼光を向け、雄叫びを上げて突進してきた。
意表を突かれるアヤメ。大型の異変種の攻撃が、一瞬で目の前に迫ってきていた――。
しかし、その異変種の攻撃が止まる。
『ゴアアアアッッ!?!』
「ほう……中々やるじゃないか」
異変種の胴体が両断されていた。そして大型の異変種にも、クシビが剣を構えて受け止めている。
「はあっ、はあっ……!」
「く、クシビ……!」
あれだけの手傷を負っているというのに、これだけの力をまだ出している。
「だが、それだけでは持ちそうにないぞ? まだこちらにはとっておきの手駒がある」
アマゼが余裕を見せている。状況はアマゼに有利なのは変わりはしなかった。
すかさず、アマゼの傍らにいる大型の異変種が暴れだす。咆哮を上げて、クシビに襲い掛かる。
「くっ!!」
「哀れだな、ヤタノハ・クシビ……」
傷だらけになっても、なお立ち向かう姿勢を崩さないクシビを見て、アマゼ・カダが哀れむように呟いた。
「君が身を捨てて得た力も、私の前では何にも成すことはできない……。実に空しく、愚かな時間だった事だろう……」
大型の異変種が迫ってくる。クシビが剣を構えて応戦しようとする。
再び、異変種の猛攻が辺りを衝撃に包み込んだ。
「君が私を倒しても、世界は君を認めてはくれない。誰も違法術士の君を労ってくれたりはしない。誰一人として……!」
「クシビっ!!」
アヤメが悲鳴を上げる。異変種の攻撃を正面から受けて、クシビの体が紙切れのように吹き飛んだ。
「愚かなで、嘆かわしい、無駄な時間だった事だろう!」
トドメを刺すためにアマゼと大型の異変種が迫った。
「………!」
残ったアヤメが立ちはだかる。クシビを守るようにして剣を構える。しかし、アヤメの魔力もほとんど残っていない。
だが、それでも絶対に動くつもりはなかった。
「さらばだ。これで二人仲良く眠りたまえ……」
大型の異変種の爪が、二人に向けて振り下ろされた。
アヤメは、最後までクシビを守ろうと――その場で剣を構えていた。
しかし、そのままアヤメに爪が突き立てらることはなかった。
「なっ――」
何事かと思った時、異変種の腕が切り取られている事に気づくアマゼ。
鋼よりも固いと言われている合成獣の皮膚を、いとも簡単に切断している。
「俺には守りたい物がある」
アマゼの背後に回るクシビ。異変種を見据えて、そのまま魔力を込める。剣が魔力で満ちていく。
装脚具が光り輝き、一瞬にして間合いを詰めた。
「くっ!」
アマゼが急いで異変種を前に出す。巨大な爪が――クシビを引き裂こうとしていた。
「それを守れるだけで十分だ」
いくらこの身を引き裂こうとも……。
「俺は、お前に負けはしない」
クシビの剣が、異変種の爪を――腕諸共、さらにその上半身をも切り裂いた。
『ゴアアアアアッッ!!!』
雄叫びを上げて呻く異変種。
もはや成す術もなくのた打ち回るしかない。
「な、なぜだ……。鋼をも凌駕する私の最高傑作が………! こうも簡単に……!」
信じられない事実に、アマゼは戸惑うしかなかった。
「これで終わりだ。アマゼ・カダ」
クシビが、銃に魔力を込める――。呻き回る異変種に狙いを定めると、そのトリガーを引いた。
切り裂かれて虫の息となった異変種は、弾丸によるトドメを受けると、そのまま蒸発して消え去った。
「………」
これでアマゼ・カダを守るものは――何もなくなる。
無言でアマゼの前に近寄るクシビ。
もはや為す術もなく、茫然とその場に倒れこんでいるだけのアマゼ。目の前に迫ったクシビに、抵抗の余力すら残っていなかった。
「くっ………! ふふ、ははは……っ!」
そこで突如、奇怪な笑いを浮かべるアマゼ。守るものは何もなく、全ての異変種の猛獣もないこの状況で――奇妙に笑い出す。
「はっはっは……! まさか、私の最高傑作が、こんな者達に……! まだまだ研究の必要があるようだな……!」
「何言ってる。おまえは捕まって、これから牢獄で暮らすんだよ」
「う、嘘だ……。嘘だ……! 私の最高傑作が劣るわけがない……。そうとも、これは何かの間違い
だ……っ!!」
茫然自失となったアマゼに、もはやクシビは何もしなかった。
剣を収めて、銃を内ポケットに戻す。異変種は蒸発し、静かな元通りの空間が戻ってきていた。
「お、終わったの? クシビ」
「ああ。たぶんな」
アヤメの言葉に、クシビも頷く。あれだけの異変種を倒した後だと、もう出てこないだろう。
「や、やった。すごいじゃない……!」
「まあ、お互いにお疲れ様だ。どこか怪我はないか?」
心配してくれた事にドキリとするが、アヤメはクシビの姿の方が気になった。
「私は大丈夫。それよりクシビは自分の心配をしてよ!」
そんな事を言うアヤメ。クシビは対照的に傷だらけだった。今も意識があるのが不思議なくらいボロボロだ。
「俺はこの程度なら問題ない。心配するな」
「う、うん……。でも、ありがとう……。クシビのお陰で、色々と助かったわ」
そんな事を照れながら話すアヤメ。自分を助けに入ってくれた事を思い出す。
「少ししか魔力が残ってないけど……」残った魔力で治癒魔法を唱えるアヤメ。
「助かる……」
クシビが屈みながら、アヤメの治癒魔法を受けていた。ふと、過去の光景が思い浮かぶクシビ。
昔は怪我をしたら、こうしてアヤメが治癒魔法をよく掛けてくれていたのだ。
やはり、アヤメの治癒魔法は一級だ。昔から、こうした魔法も上手だったのをハッキリと覚えている。自分が怪我をしたら、すぐに治癒を受けていたものだ。自分よりも数段上手で、いつも世話になっていた。
あの頃は、随分と助けられた――。
「よかった……。無事で……」
「誰かがついて来たおかげで、余計に魔力を使っちまったからな」
「何を言ってるのよ。こんなにボロボロになってるくせに……!」
「ふん………」
不愛想に答えるクシビ。魔法の劣る昔のような悔しさが胸に沸いている。ボロボロの状態で、意識もあまり定まっていなかったが、すぐに楽になった。
「無茶ばっかりして……。死んだらどうするつもりだったのよ……。昔から、クシビは体を張り過ぎなのよ……」
「お前……それは……」
それはお前こそだ。いつも前に出るお前を援護するのに必死だった――。
昔は強引に前に出るアヤメに必死に付いて行っていたのだ。その時に付いた癖なのだろうか……。
ここだけは反論したいクシビだったが、もはやその気力が残っていなかった。
「今度からは、もうこんな事はしないでよね」
「もういい……。それで……」
それでも、涙目になっているアヤメの治癒魔法を受けていると、痛みは徐々に引いていった。
そして、治癒を終えて、しばらく休んだ後、クシビは自由に動けるまでに回復していた。
そのまま引き上げる為の支度を整え、アマゼの研究の情報を探って一通りこの場所を確かめ終えると、クシビはアヤメに向き直った。
「アヤメ、後はお前らに任せるぞ。こいつの研究と、しでかした事、全部調べて洗っておいてくれ」
ボロボロになった部屋を見回しながら、クシビがアヤメに言う。
「うん、それはいいけど……。クシビはどうするの?」
そんな事を尋ねるアヤメ。ようやく異変種を全て駆逐する事ができたのだ。
「俺はこのまま戻る。おまえも気を付けて帰れよ」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。あなたはこのまま私と一緒に来てくれるんでしょ?」
「なんで?」
アヤメの顔色が変わる。アマゼを倒し、やっとクシビも足を洗って真っ当な人生を送るのだと思っていた矢先なのだ。
それなのに、このまま帰るとはどういう事だろうか……。
「なんでって――! 決まってるじゃない! もう違法術士なんてやめて、きちんと罪を償って真っ当な人間として生きていくって約束してくれたでしょ!?」
「俺がいつそんな事を言った」
そんな事を――さも当然のように口にするクシビ。
まるで罪人の意識がない。
「じゃあな。もう無理するなよ。あと追ってくるなよ」
そう言って、窓の外へと――クシビは飛び出していく。
信じられないまま、アヤメは茫然となるしかない。
「ま、待ちなさ――!」
しかし、窓の外を覗くと、すでにクシビの姿は無かった。いつものように――忽然とその姿を消していた。
「こらああっ!! クシビーーッ!!」
またもや取り逃がしてしまった自分に――アヤメは後悔と恨みの念が胸に渦巻いてくるのだった。
すみません、まだ使い方をよく分かっていません。とりあえず、ここで一巻目が終わりです。
次作目に続きます。