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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガー 
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第十章

警護術士隊の本部でも、慌ただしい状況が続く。

「防衛の状況はどうなっている?」

「英装術士兵団のおかげで、魔物の進行は食い止められていたようです。ですが、他のバリケード周辺の魔物は我々だけでは今は時間を稼ぐ事で精一杯かと……。残りは都市部へと侵入している魍魎への対応が必須です」

 その報告に、監視していた室長も唇を噛んだ。今も色々な算段を立てているが、よい案は思い当たらない。


「く……っ。魍魎の防衛状況はどうなっている?」

「避難を終えた警護術士と、精霊施設の巫女達が食い止めている模様です。それでどうにか住民への被害は食い止められているようですが……発生を抑えられる目途がなく……」

「発生場所は特定できないのか?」

「地下には水路から通路まで様々な物が複雑に存在しています。それを一つ一つ探っていくには、やはり時間が掛かり過ぎるかと……」

「っ……!」


 室長が提案をするが、やはり実行するには及ばなかった。地下内の複雑な構造は、今でも把握しきれていないのだ。


「急げ! 対策員を増員し、魍魎の発生原因を特定するんだ!」

「は、はい!」

 指令を出す室長。今までになかった前代未聞の事態だ。

 長年守られてきた都市防衛が、こんな形で破られる事になるとは思ってもいなかった。


 平和を長寿し、発展をしてきたこの都市が――。


「だが、統治精霊の力が戻れば、あるいは……」

 そう考える室長だったが、今の状況ではそれも不可能と思われた。

「せめて、この転移を行っている者を見つけられれば……」

 そう希望を口にする室長。この事態を収めるには、転移行使者を見つける事が最優先だった。











「逃げるんだ! 早く!」

 リョクが精一杯に誘導する。外周区に住んでいた住民が開いたバリケード内へと退避していく。


「都市部へ行けるの?」

 避難を誘導していると、一人の子供がリョクにそう尋ねた。


「ああ、そうだ。でも、危ないからすぐに避難するんだ。わかったね?」

「うん!」

 リョクがそう答えると、子供は嬉しそうに頷き、走っていった。


 いつも夢見ていた――都市部内へと入っていく。


 次々に都市部へと避難していく外周区の住民達を横目に、リョクはすぐに向き直る。


 ――クシビ……。一体、どうしたんだ……。

 クシビから連絡が途絶えて、もう何時間になるだろうか……。


 こんなことは初めてだ――。


 あいつがこんな状況になっても姿を見せないとなると、なにか相当な出来事があったのだ。

 ここには来れないような何かが……。


 ――だが……あいつが、そう簡単にやられるわけがない……。


 だとすれば、クシビは……。

 リョクは考えるが、目の前の魍魎は待ってはくれなかった。次々に大量の魍魎が迫って来ている。

 ここはクシビが守っていた場所だ。魍魎の発生から、まだ時間が経過していない。


「く……っ!」

 リョクが魍魎の攻撃を防ぐ。しかし、魍魎の勢いは強く、こちらの術士部隊は押さてる。


「あちら側で魍魎が流れている! この場を食い止めるには大型兵器の設置が……!」

 他の警護術士が叫ぶ。しかし、マルチロイドや大型兵器の配置できるようなスペースは存在しなかった。建物は複雑に入り組み、押し入りを拒むようにして存在している。


「っ!」

 だが、外周区に住むここの住民は全員が避難している。普段から逃げる準備をしていた。

 いつでも逃げられるように、とクシビが万全に備えてくれていたのだ……。


 ――クシビ……!


 しかし、今は打開できる状況ではなく、このまま際限のない戦いが続くのだろうかと、そんな不安だけが脳裏をよぎっている。状況が好転するような気配がまるでなかった。


 ――クシビの言っていた通りだ……。

 リョクはクシビの警告を思い返す。あいつがこの地下のことを心配していたのは、この出来事を不安視しての事だったのだ。


 何度も見回りしてくれ、何かがあればすぐに連絡をしてくれと度々促していた。逃げる算段まで整

えてくれていた。


 自分達や大勢の仲間が守ってきたこの場所だけは……何としても守らなくては……。













「まさかここを放棄する事になるとはな……」

「そうですね……。」

 ヒマリとシズネが店を見る。何年も過ごしてきた場所だが、どう見ても外装は普通の骨董屋だ。


「………」

 口惜しさが残るヒマリ。そんな自分たちの家をこうして手放す事になるとは……。


「今は止む終えぬ……。街が危機的状況なのだ……。だが事を終えた後に、いつか必ずここへ戻ってくるぞ、シズネよ」

「はい。もちろんです。私達の居場所ですから」

 ヒマリとシズネがそう決意をすると、大量の荷物を抱えてその家に背を向けた。


「……この荷物、少し重いのう……」

「私が持ちましょうか?」

「いや、いい。自分で持つ」

 子供の姿のまま荷物を抱えるヒマリ。少し重いが、今はそれも仕方なかった。


「くっ……こんな時に一番いなければならぬ奴がおらんとはのう……。まったく……!」

 ヒマリはイライラとしながらも歩を進めた。あやつならば、こんな荷物を運び込むことは日常茶飯事だというのに……。


 あやつがこんな所で居なくなるとは……。


 大きな風呂敷を背中に抱えて、キビキビと歩いて行くヒマリ。町の中で、できるだけ隠れられる場所を探さなくてはならなかった。


「くそう、少し重いぞ。この荷物……!」

「やはり私が持ちましょうか。ヒマリ様」

「いい。私が持ってみせる!」

 ヒマリのイライラは収まる事なく続き、シズネは苦笑を浮かべながらも、共に長らく過ごしていた居場所に背を向けた。
















 アヤメは指定された目的地へと到着する。指定された区域では、すでに避難が行われているようだった。

「え……?」

 しかし、そこでアヤメが奇妙な光景を目にする。

 街にいるはずの警護術士隊の姿がない。もうすでに避難を終えたのだろうか……。

 嫌な予感がして、アヤメは魔力の反応を探りながら辺りを見回っていく。


「うう……」

 すると、どこかから呻き声が上がる。


「あなた、どうしたのっ!?」

 アヤメはすぐに駆け寄ると、そこには倒れている警護術士がいた。かなり負傷しており、立ち上がれる状態ではなかった。アヤメはすぐに回復の呪文を唱える。


「魔物が……街の中に……」

「本当なの!?」

 枯れるような声で発せられたその言葉は、とても信じられない物だった。


「そんな……! 探知反応は!?」

「な、何者かの妨害にあっており……連絡もできずに……直接連絡に向かった他の警護員も、魍魎の妨害に合って……私も……」

「――!」

 その言葉に、アヤメはすぐに無線機器で通信を試みる。しかし、流れてきた音は音信不通の乱れた電波だけだった。


「っ!」

 アヤメは、すぐに緊急連絡用の魔術を空に打ち上げる。だが、それは途中で見えない壁に阻まれた。恐らく、この周辺一体に魔術的な結界が張られているのだ。


「仲間がまだ戦っています……救援を……」

「わかったわ! あなたはここで助けを待って!」

 アヤメは隊員に回復の魔法を施し終えるると、アヤメはすぐに駆け出した。他の英装術士の援護がこちらに回ってくるには、少し時間がかかるだろうと思われた。誰かが魍魎の群れを突破するのには時間が掛かるだろう。


 もしかしたら、状況次第ではこちらに手が回らないかもしれない。


 それまでに、自分が何とかしなくては……。












 魍魎を掃討していく巫女達。施設を守る為に、必死の攻防が続いていた。大量の魍魎が牙を向き、普段とは違う凶暴な魍魎となって襲いかかっていた。

 今までに見たこともない狂暴さだ。


「ソノカ会長……! これはクシビくんの言っていた……!」

「そうね……。おそらく、これが彼の言っていた異変種なのでしょうね」

「じゃ、じゃあ、彼はやっぱり……」

 同僚の巫女であるカヤの表情が悲しみに変わる。クシビから度々渡された資料には、魍魎に関するが記されていたのだ。

 それに関する動向の注意まで精細に書かれていた。

 初めはなぜそんな事が記されているのかまるで分からなかったが……。


「私は酷い誤解をしていたみたいね……。今度会ったら彼に謝らなくてはならないわ……」

 しかし、そのクシビも連絡が取れていない状態だった。

 何かあったら連絡をしてくれと言っていたのは彼のはずだったのだが……。


「下がって!」

 ソノカが叫ぶ。前に出て、湧き出た魍魎の進行を食い止めた。しかし、その際、魍魎の攻撃を背中に受けてしまう。


「っ……!」

「巫女士長!」

 仲間が悲鳴を上げるが、それでもソノカは精霊の魔術を駆使し、その魍魎を払い除ける。


 その直後、ソノカはその場に倒れてしまった。


「巫女士長……!今治癒の魔術を施します……!」

 他の巫女達が急いでソノカの周りに集まった。出血が起きており、傷跡は浅くはない状態だった。


 意識が朦朧とする中で、ソノカはクシビが今どうしているのかを考えていた。


 彼が連絡をしてこないなんて……。こんなことは初めてだ……。

 彼に申し訳がない……。せめて、謝らなくては……。











 アヤメが魔物が侵入したと思われる場所へ到着すると、そこでは信じ難い光景が広がっていた。

「これは……!!」

 辺りには破壊の限りを尽くされた爪痕だけが残されていた。


 変異した猛獣や魍魎だけではない――そこには魔物も存在していた。


 街と言う街を限りなく破壊されている。入り組んだ地形や崩壊した建造物に邪魔されて――それらに大型兵器が十分に対応できていない。

 住民区の付近まで、魔物の侵入を許していた。


「ひっ……!」

 しかも、大型兵器の戦力を補うため、警護術士隊が生身のまま魔物に真正面から立ち向かっている状態だった――。


「下がって!!」

 アヤメが叫ぶ。急いで援護に回るが、振り下ろされた鋭利な爪は地面諸共えぐり取った。


「も、申し訳ありません……助かりました!」焦りながら謝る警護術士。

「大型兵器での援護を! ここを離れて、どこか見晴らしのいい広場まで!」

 急いでアヤメが指示するが、警護術士は戸惑った表情のままだった。


「こ、この後ろは民間避難区域になっているのです……! この場を放棄するのは……!」

 警護術士隊のその答えに愕然となるアヤメ。この後ろが、民間避難区域――?


 もう魔物が迫ってきているというのに……。

 アヤメは通信機のスイッチを入れるが、まだ回復はしない――。


『ゴアアアアッ!!!』

 そこへ、間髪入れず魔物の爪が迫っていた。


「ううっ!!」

 直撃を受けていない。それでも衝撃が全身に行き渡り、辺りいた警護術士もろとも地面を吹き飛ばす。

 アヤメは、すぐに立ち上がるが、他の警護術士達は次々に負傷をしていく。


「ゴアアア!」

 魔物は攻撃の手を休めず口から炎を吹いてくる。それを防ごうとアヤメは剣を構えたが――。


「うわあああッッ!!!」

「っ……!」

 撒き散らされた炎が、辺りにいた警護術士達を襲った。警護術士隊の防衛魔法や盾を超過し、いとも簡単に焼き払っていた。

 意識を失った負傷者が辺りに横たわる。


「ふ、負傷者の救助を……!!」警護術士が慌てる。

「――!」

 その惨状に、アヤメは目を疑った。

 辺には何十人という術士が倒れていた。魔物の攻撃をまともに受けて、すでに身動きすらできていない。自身は無事だったが、それでも周りへの被害は防げない。 


 ――私だけじゃ……!


 盾になるようにして魔物の進路を防ぐアヤメ。負傷者救助の間だけでも、この場を守らなくてはならない。


「おい、しっかりしろ!」

「う、ううっ……」

 複数の術士が急いで救助を行っていく。しかし、魔物は進む足を止めない。アヤメが必死に抵抗するが、自分だけではこの魔物は止められない。


 自分では、彼らを助けられない――。


「ゴアアアア!!」

「!」

 その時、魔物の振り抜いた腕が、アヤメの腹部を強打した。


「ううっ……!」

 そのまま吹き飛ばされ、建物の破片に叩きつけられる。意識が薄くなり、激しい痛みが体を蝕む。


 ――このままじゃ……。


 それでも、すぐに起き上がろうとするアヤメ。最悪の想像が脳裏に浮かんでいた。このままでは、部隊が壊滅しかねない。

 そうなっては、彼らを見殺しにしてまう……。


「おい、しっかりしろ!」

「うう……」

 その時、アヤメは倒れている術士を見つける。建造物の破片に埋もれた術士を、他の二人が助け起こそうと必死に破片を退かせていた。


『グルルル……』

 そして、目の前に迫った魔物に気づく警護術士。


「逃げてっ!!」

 アヤメが叫んだ。警護術士にもその声が届いていたが、それでも何もしないまま動けなかった。目の前に迫る魔物に対し、何もすることができなかった。


 アヤメが助けに入ろうとするが、体は動いではくれない。手を届かせようにも、その先はあまりにも遠すぎた――。


「っ……!」

 それでも、アヤメは必死に体を起き上がらせようとする。自分は、こんな所でさえ人を救えないのだろうか……。

 クシビに守られた分まで、私がみんなを守らなくてはならないのに……。

 英装術士になったのに……。大変な思いをして、やっとなれた正規の術士なのに……。


 大切な人間すら助けられず、こんな大事な時でも人を守れない……。


 自分では彼らを助けられない。誰か……彼らを……。

 彼らを助けて……。


「はあああっ――!!」

 その時、建造物を突き破って何者かが現れる。素早く飛び出したその術士は、魔力に満ちた剣を魔物に突き立て、そのまま勢いよく押し通した。

 自身の何倍もの大きさの魔物を、壁を突き破ってさらに押し込んでいく。


『ゴアアアアアッッ!』

 建造物の壁に突き立てられ、魔物は身動きを封じられた。魔力に満ちた剣が、魔物を捉えたまま絶対に放さなかった。


「っ……。」

 アヤメはその姿を見た途端に足が動かなくなってしまう。信じられない思いが胸に広がる。

 あれほど探し続けた――それでも見つからなかったはずなのに……。

 この大きな騒動の中、一体どこにいたのか――。

 そこには魔物の前に立ち塞がっている、見間違いのないヤタノハ・クシビの姿があった。


『ゴアアアアッッ!』

「くっ……!」

 異変種が暴れまわるのを抑え込み、さらに強大な魔力で動きを封じるクシビ。大きな魔物が呻き声を上げて苦しんだ。


「こ、これは……」

 目の前の出来事に呆気に取られる警護術士。


 今しがた自分達を助けたのはヤタノハ・クシビ――?


「なにしてる! 早く術士を連れて下がれ!」棒立ちでいる警護術士に、クシビが叫ぶ。

「っ! あ、ああ……」

 急いで負傷した術士を担ぎ上げると、警護術士は急いでその場から離れた。


 それを確認すると、クシビは暴れ回ろうとする魔物に剣を突き立てたまま、魔力を集中させて撃ち込む。


『ゴアアッ!! ガアアアッッ』

 何度も魔力を撃ちこむクシビ。これで仕留められばと思っていたが――やはり魔物はすぐに起き上がってきていた。


「東区の警護担当の術士全員に指示する。住民の避難が完了した。現在、街中に魔物が進行している。 南区と東区の魔物を誘導しつつ、東部中心区まで移動せよ! 繰り返す、東部中心区まで移動せよ!」

 突如、そんな指示が通信機器から出された。通信が復活したのだ。他の区域にも魔物が進行しているようだ。

 だが、警護術士達は戸惑って顔を見合わせる。魔物は今、ヤタノハ・クシビが応戦しているのだ――。


 アヤメは通信機のスイッチを入れた。


「指令長、ヤタノハ・クシビを発見しました。魔物と交戦している模様です。私は彼の後を追います」

「なんだと!? アヤメ隊員! どう言うことだ!?」

 よくわからない事態に、指令長もすぐに問い返す。


「大丈夫です。住民の安全の確保の為に、この戦線だけは維持してみせます。他の術士達は、そちらの援護に回してください」

「お、おい! くっ……、何がどうなっている!」

 指令長は何が起こっているのかわからない状態だった。だが魔物との戦闘は待ってはくれない。アヤメもすぐに動き出した。


「っ――!!」

 クシビは装脚具に魔力を込めると、それを一気に開放させた。エネルギーを纏ったクシビの剣が、異変種の魔物を切り裂いていく。

 避難区の外れまで一気に魔物を押しやっていくクシビ。しかし、魔物の皮膚は硬い――。


「っ……!」

 すると、そこへ援護をするように炎の魔術が魔物に浴びせられた。

 見覚えのあるその魔術を目の当たりにするクシビ。鮮やかな力強さを纏い、辺りを明るく照らす赤炎――昔に何度も目にした魔術そのものだった。


 アヤメがクシビの背後から援護をしかけた。


 その魔力は、かつての輝きに満ちていた。


『ガアアアアッッ!』

 魔物は苦しみの声を上げるが、暴れるようにして起き上がり、こちらに向かって突進してくる。

 クシビが攻撃をかわし、剣と銃を持って魔物に対応していく。


「っ!」

『ゴアア! ガアアアアアッッ!』

 魔物が暴れ回るのに対し、クシビは脚部強化の魔術を施して対応する。鋭いキバや爪での攻撃を、絶対に受けないようにしながら応戦する。

 そして、アヤメの的確な援護が魔物に効き、こちらの攻撃の勢いは衰えなかった。


 先程までとは違った魔力の輝き――。


『ガアアアアーーッ!!!』

 魔物が大きな雄たけびを上げ、クシビに向かって突進してくる。


 その雄叫びは、辺りを震わせるほどの大きな物だった。勢いもこれまでにない程に増し、一歩走る事に力強い衝撃を与えている。地面が揺れ、激しい衝撃が辺りを包む。

 それでもクシビは剣に魔力を込めると、それを魔物に向けて構える。

 突進してきた魔物とクシビが交錯すると、魔物の激しかった動きが止まり、あれほど騒がしかった周囲が静になった。


 クシビの剣が、魔物の心臓を貫いていた。


 剣を抜くと魔物は倒れ付し――そのまま蒸発して、その姿を消した。

 戦闘を終えて息を吐くと、クシビはようやく肩の力を抜いた。


「ふう……なんて出力だ……」足に着いた装脚具を見るクシビ。

「稼働出力68%。流石は対マルチロイド用の装脚具ですね。桁違いの速度です」

「オート制御が無かったら、俺も激突して致命傷だな……」

「私に感謝してくださいね」

 OSの言葉を無視しつつ、はあ、と息を吐くクシビ。危険だが今ではそれが役に立っている。魔物に対しても有効性は証明された。

 しかし、こんな危ない兵器を平然と押しつけてくるのは気が知れない。


 クシビはようやく戦闘を終えると、隣にいるアヤメに目を向けた。


「また俺を捕まえるつもりか?」

 剣を収めながら、ボロボロになった服装を整えるクシビ。


「……そんなことしないわよ。それよりどこにいたのよ……。あの後、色々と探し回っても見つけられなかったのに」

 静かに返答するアヤメ。あの後、ずっと探し回ったはずなのだ。


「色々と調べてたんだ。少し時間が掛かったけどな。この土地は複雑だからな」

「そんな事が聞きたいんじゃないの」

 きっぱりと言い放つアヤメ。そんな……答えをはぐらかすような物言いを望んでいない。


 そのアヤメの態度に、クシビは気圧される。


「っ、そう言われてもな。おれ自身にもよくわからな――」

 しかし、言い終わらないうちに、アヤメがクシビの胸に顔を埋め――声を殺すようにして泣き付いていた。


 いきなりの出来事で、クシビは意表を突かれた。


「よかった……無事で……。死んでたら、絶対に許さなかった……っ!」

 そして、アヤメが声を絞り出すように口にする。あんな事があって……本当に二度と会えないのではないかと心配していたのだ。


 勝手に居なくなって……何も話してくれないまま死んでいたら――絶対に許さなかった。


「お、おい……何をいきなり……」

 抱きつかれて、クシビは戸惑うしかない。少し落ち着くように促そうとする。


「ありがとう……。みんなを助けてくれて」

 そして、アヤメは掠れた声のまま、まず御礼だけを言う。何もできないまま、みんなを見殺しにしてしまう所だった……。


 クシビには、これで二度も助けられた。


「べ、別に礼なんていらない……。」

 クシビはバツの悪そうに頭を掻いていた。こうしていると、昔の光景が脳裏に蘇ってくる。


 ――私は、みんなを守れる正規の術士になりたい。


 明るい笑みを浮かべて、アヤメはそんな事を言い張ったのだ。あの頃の自分達は、そんな夢を同じように描いていた気がする。


 ――だから、クシビも一緒に。


「………。」

 クシビは今もはっきりと――その約束を覚えている。


「まあ、統地精霊と意識を一体化させたお陰で色々とわかった。これでこの事件の全貌も見えてきたぞ」

「どういう事よ」

 そして泣いて怒った顔のまま、アヤメが説明を求める。まるで責任を追求しているかのような目だ。また妙な嘘を付いているのではないかと疑っている。


「ま、まあ、待て。まずは……」

 その気迫に押されつつも、クシビがはぐらかすように通信端末を取り出して、ヒマリに連絡を入れた。

「きちんと説明してくれるんでしょうね?」

「う……。」

 有無を言わさない問い詰めるような視線が突き刺さる。

 やっと端末の通話が繋がったと思いきや、いきなりヒマリの声が飛んできた。


「クシビか!?」

「ヒマリ、俺だ。この事件についての――」

「どこにおったのじゃーー! この阿呆ーっ!!」

 あまりに大きな声で叫んだ為、通信端末から顔を離したクシビ。


「こ、声が大きい。それより俺の話を……」

「うるさいわ!! 主を放ったらかしにしてどこかをほっつき歩く部下などおるものかー!」

「お前の方がうるさいぞ……」

 もはや何を言っているのかわからないクシビ。俺が話せないじゃないか……。


「ひぐっ……。えうう……」

「なんでお前も泣く……。」

 そして、繰り返される出来事に物も言えないクシビ。なにか妙な法則でも存在するのか。


「どりあえず、話を続けてもいいか……?」

「えうっ、えうう……! うるっ……い! ひぐっ! う、うるしゃ……ひぐっ、う、うる……!」

「わかったわかった。うるさいね」

「えううっ!」

 うまく喋ることができず、必死に訴えかけるように拳をぶんぶん振るうヒマリ。その場にクシビがいないのに、まるで殴り掛かるようだ。


「ヒマリ様、はいこれ。落ち着いてください」

 そんなヒマリに、横から笑みを浮かべてハンカチを渡すシズネだった。しかし、拗ねた表情のヒマリ様も可愛らしい。


「とりあえず、統地精霊と一体化したおかげで色々とわかった。この事件の全貌もな。まずは、この転移を行っている人間の探索を頼む」クシビがそう伝える。

「ぐすっ、なんじゃと? 統地精霊と一体化した?」

 唐突な信じがたい言葉にヒマリが聞き返す。一瞬、何を言っているのか分からなくなった。


「索敵情報のデータを送る。情報屋にも見せておいてくれ」

「お主、これは……」

 送られてきたデータを見て、ヒマリの表情が変わる。それには地下を巡る魔力の流れまでもが詳細に記されていた。

 魍魎の出処まで、しっかりと特定されている。


「統治精霊が魍魎の出所はすでに断った。転移も封じた。後は魔物の転移を行っている本拠地に突撃をかけるだけだ」

「まさか、これほどの量をどうやって……」

 目を疑うヒマリ。普通では考えられない程の魔力量を詳細に測定している。人間ができる認知の範囲を大きく超えている。


「統地精霊のおかげだな。色々と力を貸してくれた」

 クシビが思い返す。あの日――統地精霊に意識を一体化させた日から、ずっとこの都市についての事を教えられた気がする。









 時間が経過し、精霊院ではいつまでも続くと思われていた状況に変化が訪れていた。

「これは……。」

 魍魎達の異変に巫女達が気づく。まるで統制を失ったかのように動きが覚束なくなっている。

 そして、居場所を求めるようにあちこちへと散らばっていく。 


「助かったのでしょうか……」

 巫女達が不安に思う。今までとは違う様子に、何が起こっているのか分からなかった。


「……どうやら、操っている人間の呪縛から解かれたようね」

「巫女士長!」


 傷が癒えて起き上がるソノカに、巫女達が驚いて声を上げた。


「統地精霊の結界が効いているのでしょう。この都市の結界は魍魎にとっては毒ですから……」

 だからこそ地下などに住まう魍魎だ。本来ならばここには来れない。


「じゃ、じゃあ、我々は助かったのですか……?」

「まだ油断はできないでしょうけど……もう魍魎は都市部には入ってこれないでしょうね……」

 その言葉に、巫女達は安堵の声を上げた。無事にこの精霊院を守れた事を共に喜び合う。


 ――クシビ君……。


 もし、この状況で行使者を特定し、騒ぎを収めたのだとしたら、彼しかいない。

 彼はまだ生きていたのだ。


 ――よかった……。

 ソノカは安心すると、そのまま息を吐くのだった。


 そして、同じようにバリケード周辺の外放区でも、魍魎に変化が訪れていた。


「これは……!」

 戦っていた術士達が異変を感じ取る。魍魎達が引いていく。応戦していた術士達も次々に変化に気づく。リョクもその様子を観察していた。


「魍魎が退いていく……!」

 バラバラに散っていく魍魎を見て、安堵に歓喜する術士達。


 どれだけ長い時間続くのか先の見えなかったこの状況に、ようやく兆しが訪れたのだ。

 ――やったのか、クシビ。

 事態の収束に、あのクシビの姿が真っ先に浮かんでくるリョク。こんな事ができるのは、あいつ以外には考えられない。


 色々と心配したが、やはりクシビは無事だったようだ。


 リョクは力が抜け、安心したように深く息を吐いた。魔力がもう僅かしか残っていない。

「リョクさん! 大丈夫ですか?!」

「ああ、俺は大丈夫だ。みんな無事か?」

「はい、全員、何とか大丈夫です!」

 団員達が歓喜の声を上げている。リョクもそれに安堵の息を吐いていた。


 団員達も無事を確信し、喜びに声を上げた。その中でリョクも一安心しながら周りの様子を眺めていた。


 まったく……一時はどうなる事かと思ったが、無用な気遣いだった。


 だが、今回は少しばかり到着が遅い気がした。

 いつもは待ち合わせに厳重な癖に……今回ばかりは珍しく遅れている。今度また飲みに誘った時に、その理由を問いただしてやらねばならないだろう。


 あいつが時間に遅れてくるなど、とても珍しい出来事だった。









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