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X.en.トリガー 罰と交錯の引鉄  作者: そうのく
X.en.トリガー 
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第一章


 小雨が振り付ける中で、大きな音声が街中に流されている。


『警告、警告。魔術兵器の使用が確認されました。この区域は、退避指定区域です。ただちに、住民のみなさんは、安全な場所へと避難してください』


 警報が出されている。周りの建物に被害はなかったが、遠くから煙の上がる光景が目に見えた。


「はあ、はあ……」

 クシビは、その音声を耳にしながら必死に走っていた。

 追っ手が――もうすぐ、ここまで来るかもしれない。

 そう思った次の瞬間、炎弾が飛んでくるのを目の端で捉える。案の定、追っ手に追いつかれたようだ。


 轟音と共に爆発が起こる。


 クシビは、咄嗟に巻き込まれないように脇道へと身を隠し、爆発を防いだ。黒いコートが僅かに焼け焦げる。


「出てこい! てめえがいるのはわかってんだ!!」

 身を隠した自分を確認してか、男が声を上げる。炎弾を放った男だ。


「もう逃げられねえぞ、袋の鼠だあっ! これで観念しなっ!」

 その男の背後には、ぞろぞろ複数の男たちが群れをなしている。


 最近、この辺で活動している違法術士の集団だ。


「ここに誘い込んだんだ……」

 クシビは手に持った銃を構える。魔力を込め、いつでも射出できるようにしておいた。


「………」

 タイミングを見計らう。足音が近づいてくる。ゆっくりと……相手も警戒している。こちらは一人、相手は大勢……。一見すればこちらが不利だ。


「っ――!」

 クシビは勢いよく飛び出すと、そのまま銃のトリガーを引く。


「ぐああっ!!」

 並んでいた男達に魔力弾が直撃し、次々に倒れ伏した。

「やろう!」

 しかし、相手も応戦するために、こちらへ攻撃を一斉に仕掛けてくる。


 炎弾や炸裂魔法が――次々に飛来した。


「っ!」

 魔力を使い素早くその攻撃をかわすが、爆風が自身の体をかすめそうになっていた。魔力残弾が切れ、再び物陰へと隠れるクシビ。


 そこに向かって相手が迫ってくる。銃を確認すると、魔力が残っていない。


『リロードの所要時間は3秒です。3、2、1……リロード完了』

「っ!」

 その音声と同時に、クシビは素早く姿を現し、男達に向けて再び銃を放った。



「はあ、はあ……」

 クシビが呼吸を整える。魔力は使い果していないが、もう少しで底を付きそうだった。

 

 目の前には、男達が全員倒れ伏している。


「……これで終わりか」

 安堵して銃を下ろす。バラバラになった武器や機材があちこちに散らばっている。

 息を吐くと、クシビは端末に向けて魔力を込める。こんな違法術士でも、ある程度の報酬は払われるはずなのだが……。


 そんな事をしていると、何やら不穏な物音が聞こえてくる。聞きなれた物音。耳に残るほど、何度も聞いた音だ。


『そこの術士! 武器を捨てろ!』


「………」

 案の定、国下英装術士兵団だった。


 国に選定され、その下に集められた治安維持を目的とした術士の兵団。

 術士の中でも、優秀な者にしかなる事のできない兵団で、武装や魔術も一級品の物を持っている。政府の傘下である警護術士隊と共に、大規模な人数で形成されている。


 そして、その中からとある人物が姿を現す。


「見つけたわよ……クシビ」


 そう言って睨み付けてきたのは、英装の隊員服を纏った一人の女性だった。

 

 クシビは表情を俯かせる。見知った顔であり、昔からの知人、友人でもある彼女――サキノジ・アヤメが、目の前に立ちはだかっている。


 例えどれだけ恐ろしい違法術士だろうが真っ向から立ち向かう事を覚悟をした表情。

 まるで悪を挫く勇者のようだ。整った顔立ちが正義に満ちている。

 首まで伸びた髪を揺らして、輝くように堂々と剣を構える。


「今日こそ、あなたを捕まえるわ……!」

「………」

 そのセリフは何度目だろうか。


「大人しくしなさい! もう逃げ場はないわ!」


 威勢のいい警告と共に剣が向けられる。しかしクシビは、その言葉を聞かなかった事にする。このままでは埒が明かない。


「さあ、早く武器を捨てて!」

「悪いが、もう用は済んだ」

 そう言い残すと、すばやくクシビは走り出した。


「ま、待ちなさいっ!」


 路地裏へと向かったクシビを追い掛けるが、次の瞬間、魔力による強烈な発光が起こる。


「っ――!」

 隊員達が一瞬目を晦ませるが、すぐにその後を追い掛ける。だが、路地裏へ駆けこんだ時には、そこに人影はなかった。


「また………」

 そんな言葉を漏らすアヤメ。こうして話をはぐらかされて、何も答えずに去っていくのは何度目だろうか……。

「ダメだ。姿を見失った。魔力痕跡も見つからない……。いったいどうやって姿を隠しているんだ」

 他の術士隊員が辺りを見回しながら疑問に思っている。すでに姿を追えるような状況ではなくなっていた。そのまま棒立ちになるアヤメ。


「アヤメ隊員。先にこちらを片付けよう。まだ動きがあるようだ」

「そうですね……わかりました」

 他の隊員と同様に、アヤメは作業に取り掛かる。目の前には、倒れ伏している大男達がいる。クシビが倒していった、はぐれ者の違法術士達だ。


 ヤタノハ・クシビは、無所属の違法術士。


 ある時、正規の術士兵だったクシビは、その称号を捨てて違法行為を行った。

 理由は不明で、今も謎のままその行動だけが問いただされている。

 どこにも属してない術士は、本来は魔術を行使する事を許されていない。そして、あちこちで物騒な事件を引き起こすと通報が飛び交ってくる術士。正規の術士ではない、違法の術士。


 現在、ヤタノハ・クシビは指名手配中の違法術士だ――。


 都市部の外である、外放区エリアの野良術士にも、恨みを買ったのかよく狙われている。


 そして、サキノジ・アヤメの元同僚でもある。

 




 その後、サキノジ・アヤメは任務を終えて、英装術士兵団の本部施設へと戻っていた。ひと騒動を終えた最中だが、またもやクシビを取り逃がしてしまった。


「アヤメ隊員、またすごい落ち込んでますね……」

「まあ、昔からの旧友だって言うからなあ……。違法術士になったのが、よっぽどショックなんだろう」

 他の術士兵から、そんな囁きが響く。アヤメの俯き具合は、隊内ではもはや日常的に見られる光景となっていた。


「はあ……。」

 その内、ショックで立ち直れなくなるではないかと思うほどに沈んでいる。

 ヤタノハ・クシビ――。有名な無所属術士兵で、今も違法行為を繰り返しては、英装術士や警護術士隊から逃げ延びている違法指定術士だ。

 一応、賞金首にはなっていないが、指名手配犯として広く認知されている。


「クシビ……」

 名前を呟くアヤメ。昔は、そんな事をするような術士ではなかったのだ。過去を思い返してみても、普通に過ごし、楽しき日々を過ごした学園術士生活がはっきりと浮かんでくる。

 術士訓練にも熱心で、成績もきちんと残していた。

 それなのに、どうしてこんな事になったのか――。


 アヤメはそんな事をこれまでずっと考えていきたが、どれだけ考えても、その原因は思い浮かんではこなかった。

 あとほんの少しすれば、クシビが危険指定術士になってまうかもしれないのに……。

 アヤメはその事を考えるだけで寒気がした。


「アヤメ、また沈んでるの?」

「サナ……」

 そこへ声を掛けてくれたのは、友人であり、同じ英装術士の一人でもあるシラエ・サナだった。長い髪にヘアバンドをしている。

 穏和な顔立ちでウインクをして、缶ジュースを差し出してくれる友人。アヤメも受け取るのだが、俯いたまま飲もうとはしなかった。


「また昔の友人に会ったの?」

「うん……」コクリと頷くアヤメ。

「そう、それでまた逃げられたのね……」

 今度もまた成果を上げられなかったのだとわかると、サナは苦笑を浮かべる。


「まあ、仲の良かった同僚が犯罪術士になったって言うのは、確かにショックかもしれないわねえ……」

 サナが心中を察するが、このアヤメの沈み具合は少し特殊なように思えた。


「無許可の魔術行使、違法物所持、器物破壊、他にも色々とやってる無所属術士の大逃亡者。ヤタノハ・クシビ」


「あああ~~~。やめてええぇ……!」

 アヤメは、聞きたくないとでも言わんばかりに耳を押さえて顔を俯かせた。


 かつての自分の同僚が、なぜこんな事に……!


「有名よねえ、あなたの彼氏。なんでああなったの?」

「それは過去の話よ!!」

 思わず大声を上げそうになるアヤメ。即座に否定するが、やはり気分は最低だ。


「うう……。私が不甲斐ないばかりに……こんな事に……」

 再び俯くアヤメ。原因を考えるが、心当たりは見つからない。しかし、自分には責任があるのだ。身近にいたはずの自分には……。


「まあ、そんなに落ち込んでもしょうがないわよ。なってしまったものは、なってしまったものよ」

「そんな楽観的になれるわけ無いでしょう! 自分の親友が違法術士なんて……!」

 アヤメが身を乗り出す。そんなアヤメの気持ちを察してみるサナ。


「そうねえ。英装術士の親しかった人間が犯罪者なんて、世間的にもあまり良い話じゃないわねえ」

「うう……」

 顔を俯かせるアヤメ。サナの言葉が棘のように突き刺さって痛い。町の平和を守る人間の立場が無い……。


「でも案外気にしても、どうにもならないんじゃない? 違法術士になってしまったのなら、このまま流れに身を任せてみるのも一つの手だと思うけど?」

「いえ、まだよ……。まだ間に合うわ」そんな事を口走るアヤメ。その瞳は熱意に燃えていた。


「いえ、間に合わせてみせる……! 何もかも全てが手遅れになる前に……!」


 いつかきっと、クシビを元の優しい人間に――真っ当な人間に戻してみせると。

 





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