第8話
「お」
もう契約が取れたのね。
出来る限り早くとお願いしたが、その日の夜にとは、優秀で助かる。
「しっかし、金銭の貸与が可能だったとは」
考えてみれば当たり前か。
ガマ口財布のお札は放っておくと勝手に財布の中に戻る。ただ、それはあくまで私が所持している間だけだ。売買によってお札が相手に渡れば、お札が私のもとに帰ってくるということはない。もし帰ってこれば完全犯罪の完成である。
そして、それは金銭の貸与にも言えた。お金を貸し付けておいて、目を話した隙にお札が勝手にガマ口財布の中に帰ってくるのなら、やはり完全犯罪の完成だ。
故に、貸したお金もガマ口財布には帰ってこない。
良子にお金を貸しておいて、ガマ口財布を返したときにそのお金を回収できるか? というのは換金と同じく一発勝負なのでやめておいたほうが無難である。良子に全額プレゼントで帰ってこない方向ならなんとかなりそうな気もするが、そもそも良子は受け取ってくれない。
結果、美咲の元に運営資金110万を置いてきた。
ちなみに美咲の値段は初回料金で10万でした。それを払ったときの残りガマ口資金が僅か9万円。時刻は10時です。
さて、私は良子にいくら貢いだでしょう? なんてね。
家宝は寝て待て。
結果を待ちましょうか。
……………………いや、私にもできることはあるか。
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次の日、学校が終わった後、私は久しぶりに自転車を乗り回していた。
「暑い……」
「一応私の用事なんだし、来なくても良かったんだよ?」
隣には普段外に出たがらない良子が。
もちろんいてくれたほうが嬉しいし、文句いいながら顔真っ赤にして必死についてくる良子は食べちゃいたいくらい可愛いけど。
「外には出たくないけど、彩花とは出来る限り一緒にいたいし」
「~~~~」
自転車に乗ってなかったら正気を失って、飛びかかってた自信がある。
「また発情してる……」
「あー、目的地が近いなー」
私はごまかすように声を上げる。私も若い女だからね。しょうがないね。むしろ二人プレイは昨日が初めてだったからね。覚えたて故、昨日よりムラムラしてるまである。
「私、どうしてたら良い?」
恐らくはあそこと同等の場所に、まさか連れて行くわけにも行かない。だからこそ、着いてこなくてもいいと言ったのだけれど。
「んじゃ、あそこ行こっか」
デパートらしき建物を向いてそう言った。
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良子にはアイスを与えてデパートのベンチで待ってもらうことにした。今回はそう時間もかからないはずだし、良子が回復する頃には戻ってこれるだろう。
この捨てられた病院から。
「廃病院ってところね」
それにしても、こんな道沿いに堂々とあるのに、そういう場所だなんてねえ。小さい子が遊びで入り込んでもおかしくないでしょうに。いや、心霊スポットとか言って私達くらいの人たちが入り込むこともあるでしょうね。……それでも広まらないのは、記憶を失うから、か。それに、前回の場所と同じなら、引き返すこともできるはず。だから、こんな町中にあっても、そう騒ぎになっていないのかもしれない。私が知らないだけかもしれないけど。
「ん?」
私はその廃病院に入ろうとしたが、体はそこではないどこかを目指しだす。意識がぼーっとして、体が勝手に動き出すこの感覚。どうやらここではないらしい。私の体はそのまま病院の駐車場に侵入し、裏手の小さなドアに向かう。
そして、それを躊躇なく開いた。
「…………」
てっきり扉を開くかどうかが選択できるのだと思っていたけど、そうではないらしい。
そこにあったのは裏口の玄関、とでも言うべき小部屋。正面のガラス張りになっている扉が中に繋がっているのだろう。それはなんとなく、あのガラス窓の着いたエレベーターを思わせる。
そのまま私は部屋の中央まで歩みを進め――
「中村さんー?」
「っ!?」
――その瞬間、私は正気に戻ったことを自覚する。
声は左から聞こえた。振り向くと、そこには小さな扉がついている。中に人がいるのか? 警備の人ととか?
そんなわけない。
そんなわけが無いだろう。
ここは廃病院。
人なんかいるはずがない。
つまり、ここが分岐点。正面扉を開き、呪いの品を持ち帰るために命を賭けるか、ここまで来て逃げ帰るか。
私は――
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「ん、早かったね」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「……大丈夫?」
私は逃げ帰った。
そもそも今回の目的は入り口を見つけ、できれば中に何があるか探索することだ。呪いの品を持ち帰ることではない。できれば呪いの品を見てから帰りたかったが、まさか出入り口付近に何かがいるとは。もしかしたらあそこから入って、帰りは別口があるのかもしれないが、入ればあの声の主に追われ続ける可能性もある。前回の廃墟と難易度が同じだとは限らないのだ。例えば、呪いの品にたどり着くまでも命懸け、とか。十分有り得る。もちろん、前回のように取り越し苦労で済む可能性も。
「ははは…………っ?」
クイッと私はいつの間にか立ち上がった良子に引っ張られ――
「え?」
――抱きしめられた。
「ぎゅー」
「り、りょうこ?」
感触を楽しむ間もなく、焦ってたから汗かいてるしとか、そんなことが頭を過る。今の私は相当に余裕がないらしい。
「体が震えてたから、抱きしめてみた。
……大丈夫?」
「……良子ッー!」
「ぁ!」
ぎゅーっと、私も良子を抱き返した。
私の震えが止まるまで、良子は私を抱きしめてくれた。
デパートの中で、人目を気にすることもなく。
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「おごられるのは、一昨日だけって話のはず」
「私のストレス解消のために、黙って奢られなさいな」
200万くらい貯まったし、適当に使ってやろう。さすがにアクセサリーは買わないし、もうこれ以上服を買うのも無駄遣いにしかならいだろうから――
「ゲームセンター?」
「――そう!」
お金がどんどん溶けていく遊びと言ったらここでしょ。……私ゲームセンター殆ど行かないけど。お金なかったし、良子は外でるの嫌いだし。
さて、両替機はあそこか。
「あ」
「?」
両替したら眼を離した隙にお財布に戻るのでは?
「ジュース買って崩してくる」
「?」
やめて!
両替機を前に何言ってるんだろう? みたいな目はやめて!
「良子はこれ上げるから両替しといて」
「…………お金、私が持つ?」
「!
頼んだっ!」
察してくれたらしい。
この後、渡したお札をせっせと両替して、ゲームの度に良子が両方のゲーム機にお金を入れていた。可愛い。
ただ、傍から見るとお金を全部払わせてるようにも見える。実態は逆なのに。ついでに良子は身長が低いし、見るからに大人しそうな容姿をしているから、私がいじめているようにすら見える。さらに言えば良子はとても幸せそうにお金を投入しているので大分救えない構図になっていた。
若干周りの目が気になるけど、そういうプレイだと思えば…………悪くないね!
「なんで発情してるの……」
良子が戦慄していた。