第7話
ピン、ポーン。
『はい』
「佐藤彩花です。
中島さん?」
『うん。
入っていわよー』
中島美咲。
昨日メッセージを送り、中島さんの家で少しなら話を聞くと返されたので昨日の今日で話をしに来た。心のなかでは美咲と読んでいたりするが、殆ど面識がないので当然名字呼びだ。
「こっちよ」
玄関を開けると、すぐ左のドアから声が聞こえてくるので、そこに入る。
それにしても、ほとんど面識のない相手に対して玄関の扉を開けることすらない辺り、歓迎はされてなさそう。まぁ、それも当然。メッセージの返信が来たのは今朝方で、その日のうちに話がしたいなんて言い出せばいい顔はしない。しかも一度は忙しいから難しいと、やんわり断られたし。
だからこちらは、美咲がバイトしていたことを持ち出した上で、こちらが話す内容の口止め料として1万払うと、半ばダメ元で言ってみたら、午前中だけならと許可をくれた。
……これは我ながら、酷いな。
歓迎されてないどころか敵意を持たれててもおかしくない。
「勉強しながら聞くけどいい?」
そう言った美咲の顔は、私不機嫌ですとでも言ってるような仏頂面だった。しかし、眼鏡の向こうから目線だけでこちらを追う、不躾な視線も、美咲のような美少女がやれば様になる。昨日の良子とは違った美しさがあるのだ。背筋に走るなんとも言えない感覚と、心が昂ぶるのを感じる。
「うん。
無理言ってるのはこっちだからね」
「それと、学校側は私がバイトしてること知ってるから」
釘を刺されてしまった。
黙認されているというのは噂通りらしい。
「ど、どうしても話を聞いて欲しくて口に出ちゃっただけで、脅したかったわけでは」
「文字だったけどね」
辛辣ぅ。
あれだ。
このままでは墓穴を掘るだけ掘って話が終わってしまいそうだ。
「……本題に入ります」
「はいはい」
ぬぅ。
「中島さんには、とある廃墟に行って、その祭壇に祀られているモノを取ってきて欲しいんです」
「…………帰ってくれますか?」
まったまったまったまった!
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私は説明した。出来る限り分かりやすく、『話せば死ぬ』に欠片も該当しないように、懇切丁寧に話をした。
「意味がわかりません」
解せぬ。
「お金はあるんだよ?」
私は50万円の札束をほらほらと振った。
「だから、対応は改めたじゃないですか」
勉強から手を話して、まるでバイトの上司に話すかのように改まる美咲。
なんか心の距離は離れてる気がする。
「じゃあ頼まれてくれる?」
「……幾つか質問があります」
「何?」
「報酬が高すぎる理由は?」
「秘密」
「祀られているモノとは?」
「秘密」
「危険なことですか?」
「秘密」
廃墟で起こったことは全て話せない。何を話せば死ぬのかわからない以上、少しでも現実離れした話は全て話さない。ただ、呪いの人形という名前はあの先輩が口にしていたし、廃墟がある、祭壇にモノがある、それだけなら問題ない……はず。祭壇に何があるかも大丈夫そうだけど、そもそも毎回同じものがそこに置いてあるとも限らないし。
「……では、お断りします」
「だめかぁ」
まぁ、廃墟に女の子を向かわせようとするんだから、警戒するよねぇ。
「佐藤さんは、私の他にこの話を持ちかけたことは?」
「ないね」
いい案だと思ったんだけど。
「では、この後誰かに声をかける予定は?」
「んー……」
同じ様に貧乏人を探して金で釣る、ってのをしてみたいけど、相手がなぁ。今回は同じ高校、同じクラスの相手だし、ある程度信用が置けた。こちらの金を奪ったところで同じ高校に通っている以上逃げることはできないし、たった50万のために私を殺したりはしないだろう。
しかし、こちらから相手を探しに行くとなると、話は別だ。私が貧乏人を探している、なんて話が広まれば面倒だし、私が大金を持ち歩いているなんて話が広まってしまえば襲われてもおかしくはない。
「私が紹介しましょうか?」
「へ?」
「お金のためならある程度のリスクは受け入れる。
そういった方を私が紹介し、あなたが契約する」
「…………」
「顔を出したくないというのであれば、代理でこちらが契約まで行っても構いませんよ?」
「それは、これからあなたが探すんじゃなくて、あてがあるってことよね?」
「はい。
バイトを探す際、私と似たような境遇に置かれている方たちと知り合いまして」
なるほど。
それなら美咲には大したリスクは発生しないと。
もちろん、窓口になるからにはリスクが0にもならない。
「それで、中島さんには紹介料を渡せばいいの?」
「そういうことです」
……決まりかな。
紹介料は適当に交渉すればいいとして、契約はどうしよう。呪われた品を中島さん経由で私に渡すとしたら、中島さんも知っちゃうんだよねぇ。所持していると一週間だか一ヶ月だかで死亡するってことを。
…………まーいっか。
万一、力を知って持ち逃げしようにも、やっぱり同じ高校に通っている限り逃げられないでしょうし。
「いいよ。
詳細を詰めよっか」
紹介料は一人1万。契約成立で3万、口止め料として相手にも1万。かかる費用は計5万。成功報酬の十分の一ってところね。……それと、美咲。別にここでかかる費用が増えたからって、成功報酬を45万に落としたりはしないよ?
「とりあえず、要件はこれだけですか?」
美咲が話を締めに掛かる。
いや、まだだ。
まだ大事な要件がある。
私はチラリとアイフォンを見て時間を確認した。
9時から話し合いを初めて、もうすぐ10時。時間はまだある。
先の件が急でダメ元だったと考えれば、ある意味これが本命と言っても間違いではあるまい。
「中島さん、いや美咲」
「何故呼び直しました?」
私は美咲の言葉を無視して、彼女の手を取り、これ以上なく真剣に頼み込んだ。
「私と、エッチしてください!」
「…………お帰りはあちらです」
待って待って待って待って!
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「彩花……」
「うん?」
私は良子の家につくなり、作ってくれた昼ごはんを食べていた。
「中島さんの所でシャワー浴びたでしょ」
「ぶっ」
あわわわ。
「…………私にぶつけられても困るし、別にいいんだけど」
「ははは……」
シャンプー違うし、そりゃバレるよね。
「それで、収穫はあったの?」
「うん!」
良子にも詳しいことは話していない。そもそも呪いの品について話せない以上、詳しいことは話せない。ただ、美咲にお金を払って頼み事をするとだけ。
「そっか。
彩花の事だし、えっちな頼み事をしに行くのが主目的かと」
「そ、そんな事あるわけないし」
ジトッとした目で見つめてる良子は可愛いが、全て見透かされているようで、なんだか悪いことをしている気分になる。呪いの品について察しがよかったのは助かったけど、これは怖い。
まぁ、私のことをすべて分かってくれていると思うと悪くないけど。
「これは、悪くない顔」
「うん?」
「食べ終わったなら、こっち来て」
私は言わられるがままに、良子の隣に座る。
「なにか……っ!?」
私は、良子に引っ張られ、そのまま頭から良子の膝に落ちた。
「ん。
どう?」
「な、な、な……」
何事っ!?
いつも頼んでもさせてくれないのに!
「発情されると怖いけど、今の彩花は悪くないから」
「…………」
どうやら良子は色々発散してきた今の私が好きらしい。……そりゃそうかぁ。性的対象でもない親友から性欲を向けられれば、恐怖の一つも感じるよねぇ。
あーあ。嫉妬しくれたのかなぁとか、少しは意識してくれたのかもなんて思ったけど、そんなわけ無いか。私は女性で良子も女性。美咲だってお金を払ったから付き合ってくれただけだし。むしろもう一つの件がなかったらお金払ってもシてくれなかったかもしれないし。
「彩花?」
「……私、幸せぇ」
「……うん」
これはこれで幸せなんだけど、やっぱり必要だね。
良子の心を動かすための、力が。