第6話
「彩花が何を言いたいのか。
少し、考えてみた」
「…………」
良子が出したジュースを飲みながら、私は目線で先を促す。
「今まで、彩花が私に言えなかったことって、危ない場所の話くらいだと思う」
だね。良子に危ないことはしてほしくない。でも、今回はちょっと違う。元々あの廃墟がどこにあるかなんて教えるつもりはないし、そもそも廃墟で手に入れた事自体言うつもりがない。……化け物と戦ってたから帰れなかったとか、そこでガマ口財布を手に入れたとは言うつもりだったけど。
「でも、今回はそうじゃないと思う」
「…………」
ん?
「だって、良子が私に言いたくないことがある時って、そこだけ言わないんだよ」
「!」
よく見てるね。
良子への土産話はホラー系になるので、実際の場所は危ないことが多い。人気のない廃墟とか、ね。だから、そこだけ言わないし、聞かれても断る。
「今回はそうじゃない。
全部言えない。
しかも、話を考えるだけの時間は今の今まであったのに、急に言えない?
今気づいたという可能性も0ではないと思うけど、彩花が私のことでそんな手抜かりないよ」
「…………」
そんなふうに得意げで解説を、謎解きを始めた良子の言葉で、ふと思い出した。
……そういえば、あの先輩がなぜ話せなかったかを実証するために、適当な相手で試そうって、思ってたんだっけ。廃墟の戦いですっかり頭から抜け落ちてたけど。良子で試すようなことにならないようにとも思ったはず。
私は冷や汗を流しながら心のなかで良子に土下座する。
手抜かり、ありました。
「だから、彩花は言わなかったんじゃなく、本当の意味で言えなかった。
口が物理的に動かなかったんだ」
「…………」
ははは。
なんてぶっ飛んだ結論。
ホラー被れの良子だからこその馬鹿げた答え。
そして、それが殆ど正しいという事実。
「また泣いてるし」
過程はともかく、何も言えなかった私を見て、正しい結論に辿り着いた良子に感動してしまった。やっぱ私のこと大好きでしょ。
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それから、自分の言った仮説が正しいと確信した良子は、上機嫌で語り始めた。
昨日電話で良子が話を聞いた際、私が嬉しそうに良子の家で話すと言っていたことから、オカルト関連の話だと思ったこと。また実物を持ってくるんじゃないか。もしかしたら今度こそ本物に出会ったんじゃないかと期待したこと。その期待は、私が良子の家に行く予定を丸々覆したことから、余計に高まったこと。
まぁ、良子の家にはほぼ毎日行っているのでオカルトの話や物品を受け取るための予定変更はままあることではある。ただ、それが終わり次第良子の家に向かっていた所を、今回はそのまま家に帰っていたので余計に何かあったと思わせたらしい。
「だから今日はオカルトの品を持ってきてると私は思っている」
「…………」
返事はいらない、と良子は続けた。
「その上で聞くけど、明日、明後日とか、なにかしたいことある?」
明日は土曜日。オカルトの品を良子に見せることは出来ないけど、それで何か出来たりしないのかといっているのだろう。良子の認識では、だめなことをしようとすれば物理的に口が止まる、だ。実際には死ぬっぽいけど、警告が来るみたいだし、話さなきゃ大丈夫、なのかな。
私は慎重に言葉を選んだ。
「えっと…………お金がいっぱいあるから、遊ぼ?」
なんか怪しいお誘いみたいになってしまった。
「……援交とかしてないよね?」
なんでそうなった!?
「ないね!
男相手とか、死んでもありえない」
「彩花ー、女の子相手ならしそうな感じもあるけど」
「そ、そんなことは」
むしろ可愛い女の子相手なら、こちらからお願いしたい。
……このバカみたいに増えていくお金、保管できないなら女の子買うお金にすれば良いのでは?
「それは冗談として、彩花のおごりってことになるんだよね?」
「うん。
全部払わせてほしいと言うか、いっぱい払いたいと言うか」
なんかだめ男に尽くすだめ女みたいな台詞になってしまった。
「んじゃ、今日は色々考えよー!」
「うんっ!」
明日はパーッと遊べるね!
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「可愛い……」
私の目の前には、真っ黒なゴスロリ美少女が顔を赤くして俯いていた。
ここは洋服店の試着室。
良子の服は私が選ぶ!
「コスプレみたいで恥ずかしいんだけど」
コスプレそのものです。
言わないけど。
良子は普段家から出たがらないからね。
ショッピングとかネットで済ませるからこういう機会は貴重なのだよ。たまに買いに行くとなってもサイズが合わなくなったから似たようなの買い足すだけだし。
「普段はこういうの受け取ってくれないからねー」
「…………彩花の思いに答えられないのに、プレゼントされるのはちょっと違うと思うから」
真面目ちゃんめ。
勝手に貢ぎたいって言ってるんだから、貢がせておけば良いものを。
そんなんだから、良子の誕生日プレゼントの値段が年々上がってくんだぞ?
それはそれとして、憂い顔もいいなぁ。
「じゃー今日は、たっぷり貢いであげるからね!」
「……今日だけだよ?」
「分かってるってー」
昨日、あれから私が一日辺り140万円くらい使う予定だと言ったら、大分引きつった顔をして、ショッピングは一日だけということになってしまった。どうやら、使わなきゃいけないお金にしろ、後ろめたいらしい。難儀な人だ。
だから、明日以降は、私自身のためにお金を消費できないか、良子と色々試すことになった。私一人で、という話でないのは、お金を使うために良子と一緒にいられないのでは本末転倒だと私が泣きついたためだ。
「今度はこれ着て!」
「はいはい」
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買った服が多すぎたので宅配で良子の家に送ることにして、今度はアクセサリーショップ。
「指輪とー、ネックレスとー」
「…………」
私は先の店頭でゴスロリ服を着せた良子にアクセサリーを飾る。諦観の念を抱いた良子は言われるがままに着せかえ人形ならぬ着飾り人形になっていた。一応私も適当なドレスコードを着ている。
「あー、尊い」
「ねぇ、100万超えてない?」
私のガマ口財布には朝の時点で200万を超えるお金が入っていた。さっきの服屋で数十万使ったけど、それでも余裕がある。今日一日しかこんな事できないのだから、お金を惜しむ理由もないし。
「これで!」
店員に現金を差し出し、購入を決める。
「……失礼ですが、親の許可は」
「取ってます!」
堂々と言ったら売ってくれた。
電話確認とか求められたら、商品置いて逃げるしかなかったね!
「これ、盗られそうで怖いんだけど」
「へーきへーき!」
盗られても痛くないという意味で。
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「美味しい……」
「うんー!
ちっさいのがアレだけど」
昼ごはんのコース料理、良子は満足らしい。
私はこういうの詳しくないけど、良子が一度は食べてみたいと前言ってたのを思い出したのでそこに来ている。
予約が取れてよかった。
後は適当な観光地を回って、夜はなんとか亭で肉料理。私はこっちの料理のほうが本命かなー。
「!」
「どうかした?」
観光先へ行く途中、私は何度か奇妙な感覚に襲われた。あの廃墟に行った、いや行かされた時と似通った感覚。しかし、その時ほど正気を失わせるようなものではなかった。
つまり、ああいう場所は日本中にあって、あの人形やこのガマ口財布などを持っているといつでも行けるということだろう。……なくても場所さえ知っていれば行けるのだろうか? 良子を連れて行く気はないけれど、お金で釣って他の人に行かせるとか、どうだろう? 報酬として100万渡すとかすれば、命を賭けて取りに行くやつもいるのではないだろうか?
「なんでもない」
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「…………美しい」
ということで、花畑の観光地にやってきた。
「どっちを見てるの……」
もちろん良子だ。花畑は良子を彩るための背景に過ぎないのだから!
一面の花景色に、良子をセッティング、シャッターを切る。
「これどう?」
結構よく撮れたと思うんだけど!
「……………」
真っ白な花畑に佇む黒いゴスロリ少女。
いいでしょ?
「……たまには、こういうのも悪くないかも」
「でしょー!?」
良子はオカルトに傾倒してるせいで、廃墟だの廃病院だのと女の子らしからぬ場所に行きたがるからね。こういうところには今回のように引っ張り出さなければ、そうそう来ることはない。
それにしても、着飾った自分と景色の美しさに酔うかのように頬を染める良子は、とっても女の子してると思いました。端的に言って食べちゃいたいです。
「今度、廃墟でも同じように写真を」
「……危なくない所があったらね?」
幽霊は良子を引き立てる背景にはなりえません!
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「うまっ!
お肉うまっ!」
「はしたない……」
脂身なんて普段のお肉は固くてぶよぶよしてるだけだけど、これはヤバい。溶ける、美味い。語彙力が死ぬ!
ただ、あんまり多くは食べられなさそう。油がヤバい。
思っていた通り、食事は満足行く出来だった。良子は油多すぎて死にそうな顔してたけど。胃が油に弱いらしい。
夜ご飯も終え、そのまま電車に乗って帰るだけ、そんなときだった。
「…………」
美咲、かな?
声には出さなかったが、売店でバイトしているクラスメイトを見かけた。一応うちは進学校で、バイトは禁止されている。家庭の事情で手を出している人がいるとか、見つかってもしらを着ればある程度黙認されてるとか噂されるけど、実際にしているのを見たのは初めてだった。私が名前を覚えているところから察せるだろうけど、美咲は可愛い。私には良子がいるので惚れることはないにしろ、私が欲情する程度には美少女だ。
「彩花?」
考え事をしていたのを察せられてしまった。美咲を買えるかどうか考えていたが、よくよく考えれば適当な名目で良子にお金を渡しておけば実質貯金ができるのではないだろうか? そもそも、適当な金銭的価値があるものに変えておいて、ガマ口財布を返した後、現金に戻すのはどうだろう?
「んー、システムの穴を付けないかなと」
「……危ないことはやめたほうが良いよ?」
「そうだねぇ」
どの道、もらったお釣りがガマ口財布に入るように、換金したものが再びガマ口財布に消える可能性もある。そしてそれはガマ口財布を戻した後はどこへ行くのか? という問に関して、ガマ口財布を戻した後しか検証できない以上、リスクが高すぎる。抜け道を考えるより、美咲を買うことを考えたほうが健全だろう。
「む」
きゅっと良子が私の腕に抱きつく。
「りょ、良子?」
「……そういう話は明日、でしょ?」
「っ!」
ああ、ヤバい。
言外に、今日は私だけを見て? と要求してくる良子ヤバい。
良子の匂いと感触で頭がクラクラする。
私はそのまま良子を抱き寄せようとして――
「ぁ」
――私の腕からスルリと抜けていってしまった。
「邪気を感じた」
「ぬぅ」
火照る体と、このムラムラした感情は何処へ。
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あれから、電車の中で眠る良子にいたずらしたい気持ちをなんとか抑え込んで、頬にキスした後帰宅し、私は自室でゴロゴロしていた。
「……したぃ」
しかし、一人でするのも寂しく、それでも手が下へ伸びていくのを抑えられないと、まさぐり始めたその時だ。
「連絡先、あったっけ」
私はスマホの電話帳を開いて、美咲の名前を探す。ラ○ン? クラス単位のグループはあるけれど、これ誰が誰なのかわかんないんだよねぇ。放課後は学校外の友達のところへ私が入り浸っているのは周知の事実だから、もう何も言ってこないし。
「あったわ」
なんで登録してるんだろ?
綺麗な子だったから声かけたんだっけ?
ちょっと覚えがいないけど、私は早速メッセージを送ってみる。
……………………。
寝る準備を先に済ませて、ベットの上でしばらく返信を待っていたが、遅くまでバイトしてたんだから今日中に返ってくることはないかもしれない、と気づいたのは、眠る直前のことだった。