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第3話


 そんな私の覚悟とは裏腹に、何の障害もなく、1312号室に辿り着いた。廃墟にふさわしく鍵の掛かっていない扉を開ける。中もコンクリート剥き出しの床だが、よくある一室だ。廊下を進み、人形を置くべき一番奥の部屋へと向かう。それでも何事もなく、奥の部屋の扉に着いた。そこまでにあった2つの扉はスルーだ。やぶ蛇はごめんである。扉を開けると、そこにあったのは小さな祭壇と薄汚い床、薄黒くなったベット。一見すると、ベットさえなければ、その広さや台所があることからリビングにも見える。


 そして、人形を置く場所はその祭壇だと私に与えられた感覚が言っていた。


 祭壇といっても、それ自体は祖父母の家で見かけたような、一般的なモノ。


 ただし、祀られているのは死者の写真や花ではない。私の持っているストラップによく似た人形が下段に、よくわからないガラクタが二段目に、そして最上段には……ガマ口財布というのだろうか。フィクションでしか見ないようなそれが祀られていた。


 意図は、だいたい分かる。

 

 この人形達は私の持っているものと同じ。持っていれば一週間以内に死亡するものだろう。問題は二段目以降。見た目だけで言えば、水鉄砲、スーパーボール、くるみ割り人形などおもちゃのようなものばかり。しかし、この祭壇に於いてある以上、本物のオカルトな何かなのだろう。

 

 そして、一番ヤバそうなのが最上段のガマ口財布。それに限らず、どれを取っても何が起こるかわからない。しかし、最上段に祀られている以上、明らかにヤバい。もちろん、先程の覚悟が若干拍子抜けするくらい容易くここに辿り着けたように、何の障害もなく持ち帰り、オカルトチックな何かを起こしてくれるのかもしれない。そうなった結果、私の目的は容易く達成されるのかもしれない。

  

 もちろん、本心ではそんなことは微塵も思っていないが。先程私がこの人形を返しに来るだけで悲壮な覚悟を決めたように、これを手にしてしまえば死んでもおかしくないと、本気で思っている。

 

 それでも、私の手は最上段に伸びた。

 

 命を賭ける覚悟、そんなのものは、あのエレベーターに乗った時に済ませたものだ。

 

 …………ただ、目的を達成するのには、二段目のガラクタでも十分なのかもしれないと、思わないでもない。

 本物のオカルトの品を良子に見せて、オカルトな現象を一緒に見て体験して、良子はそれを持ってきた私に――なんて、馬鹿な話なんだろうけど、私はそんな話に縋るくらい、現状はどうしようもないものだと思っている。

 

 だからこそ、私は最上段に手を掛ける。それが馬鹿な話だというのなら、それ以上を求める必要がある。オカルトを見せることで気を引くのではなく、オカルトそのもので現状を打開できる、そんな物があれば――


 手持ちの人形を元の場所へ、代わりにガマ口財布を手にする。


 ――私は多分、躊躇しない。


「っ!」


 一ヶ月以内に元の場所に返さなければ死ぬという感覚。


 そして、ガタッと出口の方で物音がした。


 取ってから思ったが、どうせ何かしらの危機が訪れると思っているのだから、もっと周囲の探索とか、むしろ事前準備とかしてくるべきだったんじゃないかとか今更な思考が頭を巡る。たぶん、私は焦っていたのだ。ここに次来れるとは限らないし、早く手にしないと、そもそもそれまでに何か起こるかもしれないとか、そんな恐怖に苛まれていたから。いや実際そうだったかもしれないし、この判断が間違っていたとは…………だめだ。思考が混乱する。大分私の精神も参っているらしい。


 足音が聞こえる。

 コンクリの床に、コツ、コツと響く足音が。

 

 私はそいつが来るのを待たず、ベランダに目を向けた。ベランダに出る、テラス戸の鍵は空いている。少なくとも、この1312号室は鍵がかかっていなかった。なら、ベランダ伝いに、別の部屋に出られるかも。

 そんな思いでベランダに出たのは良いのだけど――


「っ!」


 ――隣のベランダが、焼け落ちているのが見えた。


 コンクリ製なのに、真っ黒に煤けてボロボロになっているのだ。コンクリって焼けると黒くなるの? そもそも焼けるの? 少なくとも燃えなかった気がする。無機物だし。そんな無駄な思考を巡らせていると、視界の端にそれは映った。


「消火器……ん!?」


 そこにあったのは消火器と瓜二つで、一見して消火器にしか見えないもの。しかし、その名前は、放火器。まさかこれで隣のベランダが?

 

 ガコッ


「…………っ!?」


 扉が空いた音に振り返る。


 そして、それは現れた。肩が天井まで届くほど高い肉体。頭が天井にぶつからないのは、肩から上がないからだ。つまり首のない真っ黒な体をしている。咄嗟に私は消化器、もとい放火器を手にして、ゆっくりと歩いてくるそれに向かって――


「ッ~~~~!」


 ――だめでしょ。


 この放火器がどんな力を持っているかは知らない。ガスバーナーのように炎が出てくるのか、焼夷弾のように燃料ごと出てくるのか。後者なら私も焼け死ぬし、前者だとしても、コンクリートがああなるほどの火力があるとすれば、結末は推して知るべし。

 科学的な炎とも限らない。


 …………じゃあ、どうする?

 

 歩みが遅いと言っても、もう――


「ぁ」


 ――待てば、良いんだ。


 冷静に考えれば、この首なしの速度はとっても遅い。仮に触れたら終わりなのだとしても、ベランダの右側から首なしに入らせて、反対側から出ればいい。わたしが走れば、絶対間に合わない。追いつかれない。


 そう考えると、途端に抱えるこの放火器の重さが気になった。捨てた方が良い気もする。抱えて走っても、あの速さならなんの問題もない気もする。だから、何かあったときに、持っておきたい気も……。

 首なしがベランダに入ってきても、わたしはまだそんな事を考えていた。既にわたしは反対側に移動しているし、動きがゆっくり過ぎて危機感がなかったのだ。


「ァァァァァ!」

「っ!?」


 首がないのに、声がした。耳に来るようなキツイ声。しかも首なしは歩いてこずに、倒れ込んで来た。たしかにその方が速い。私は反射的に手に持っていたそれを放棄し、リビングに飛び込んだ。背後で放火器が転がる音と、首なしの呻き声が、私を焦らせる。リビングから、開きっぱなしになっている廊下への出口が視界に入った。一も二もなく、立ち上がり、私は全力で駆け出す。

  

「あ」


 廊下に出て、若干パニックになっていた頭を、それは一気に冷やしてくれた。

 

 その玄関前に立つ、二体目の首なしは。

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