第29話
「だから、契約通り報復してちょうだい!」
「…………はぁ」
私は目の前で騒ぎ立てるおばさんを見て、ため息をつく。
どうやらこのおばさんが所属していた組織Aの構成員4人が殺害されたらしい。故に、組織Aを保護している私達に、報復を願い出ていると。
「何?
契約を破るっていうの!?
私達に制限だけ課しておきながら!」
「いえ、そうではありません」
「じゃあ!」
「しかし、自分達から手を出された場合は例外のはずです」
「っ!
……でも、こっちが困ったら人員を派遣してくれるんでしょ!?」
「派遣を考慮する、という契約ですね」
「断るっていうの!?
私達はアンタ達に課せられた制限を守ったのよっ!?」
はぁ。
なんでこのおばさんはこんなに偉そうなのだろうか。自分達から手を出して、反撃されて、手も足も出ないから助けてくださいなんて言ってる癖に、下手にもでられないのかしら? 一応私は中堅組織クラウンの幹部なんですけど。悪質なクレーマーの相手なんて、窓口で弾いてほしい。……まぁ、自称組織Aのリーダー代理を名乗っている以上、幹部が対応しないわけにもいかないのだけど。
「ですから、一両日ほど待ってほしいと」
「そんな事してたら逃げられてしまうだろっ!?」
確かに、逃げられた場合私達は追わない。1人とはいえ、三段目持ちを打倒出来るだけの戦力を使って、追い回す価値もない。そもそも、相手が逃げたのならそれでいいでしょうに。これ以上被害を被ることはないのだから。これまでに被った被害は自業自得の授業料として受け入れなさいな。
そんなふうに説得の言葉を考えながら心のなかで罵倒していると、私の隣で私とおばさんの話し合いを聞いていた若林さんが口を出した。
「そちらの主張は理解した」
サングラスを掛けたイケメンおっさんが、いい笑顔でうなずく。
「じゃあ!」
嫌な予感がする。
同席させてくれという要請は断れば良かったかもしれない。
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なんでこうなったのだろうか。
「あんたはいい男だねぇ!
亭主がいなきゃ惚れてたよ!」
若林に引っ付くようにしておばさんが褒め立てる。それは、若林がおばさんの要請を引き受けたからだ。それも、部隊を送り込むのではなく、幹部である自分達が直接対処するという形で。
若林は、契約に則って兵を派遣するには時間がかかる。故に、契約とは関係なく、私が直接対処すると言いだしたのだ。もちろん、幹部が1人で敵対勢力に突っ込むなぞ認められるわけないので私の同行も決定した。他に護衛? 組織と関係ない話に、組織の兵を動かせるわけがないし、私達に普段から着いているような護衛はいない。私達の護衛が務まるほどの力を持っている人は普段から私達の護衛をするほど暇ではないのだ。……幹部とは一体。
「そりゃどうも」
確かに今回の一件、できるだけ早急に対処しなければならない話ではある。組織Aは組織クラウンの南側の監視をしてくれている存在だ。一日中超常の空間をタダで見張り続けてくれるありがたい存在だが、それが滅んでしまえば私達の方から人員を出す必要を迫られる。だれも敵が来たら真っ先に死ぬようなポジションに就きたいものはいない。必然、死んでも困らないようなバカを集め、統率する必要があるが、それでもクラウン所属ではクラウンから死亡者が出ることには変わりないのだ。
一番いいのは今のようにクラウンとは関係ない組織に任せてしまうこと。もしくは、クラウンに所属していたものが人を集め、リーダーとして新たな組織を立ち上げて任せるとか。……組織を任されるといえば聞こえはいいが、実質ただの左遷である。
そんなかわいそうな存在を出さないためにも、組織Aに滅んでもらっては困る。……が、それでも敵の戦力を聞く限り、こちらを脅かすほどでないし、組織Aの者を今日一日こちらに避難させて、正規の手続きを経て明日の夕方以降に戦力を送り込むのが妥当なところだろう。具体的には、斥候で今日中に敵の戦力をしっかり把握し、相性のいい二段目、三段目持ちを選定し、送り込む。大した情報のない内に急造の部隊で返り討ちにあったり、大事をとって本部の戦力を吐き出した結果、手薄になった本部が襲われることだけは避けなければならない。
その点、基本的に戦力には数えられていない幹部組なら関係ないし、私達二人で返り討ちなんてまずありえない。ついでに言えば若林さんは一応リーダーを抜けば、外交、交渉に置ける最高責任者だ。こんな独断を、何度かリーダーからの処罰なく通しているらしい。まさか私が当事者になるとは思わなかったけど。
あぁ、帰りたい。
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「ふー」
眼福眼福。
美咲に、双眼鏡を使って敵が来ないかの見張りを頼まれたけど、こうも美味しい話だったとは。最初は真面目に監視していたのだが、途中から壁を貫通できるなら覗きができるのではないかと試行錯誤し、中学生の男女が盛っているところを発見した。もちろん感情移入するのは犯している側である。……あぁ、これ写真取れないかな? この女の子を脅して私も犯したい。
周りで美咲達が死んだように眠っているというのに、右手が股に伸びたその直後――
「ん?」
――その男女が突如行為をストップした。
能面な表情で服を着て、風呂も入らず外に歩いていく。他の所を覗くと、主婦が家事をやめてエプロンだけ放り、部屋着のままで外に出ていくのが見えた。
「うわー」
美咲の懸念が当たったらしい。
誰かが呪いの品で一般人を操っているようだ。こちらに送り込むのかと思ったけど、彼ら全員この美咲のアパートから離れていく。もちろん、美咲のアパートにいた他の住民も同じく離れていく。
私達に直接効かない辺り、呪いの品に関わっていないものにしか効果がないようだけど、人払にはなるってことだよね。
これは、アパートごと破壊しに来ていてもおかしくはない。
「起こそうか」
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「痛い……」
私はパンチを食らった額を抑えて涙目になる。
「見張りを任された人間が寝込みを襲うなんて聞いたことないわよ?」
「起きなかったから、目覚めのキスをしただけだよぉ」
美咲起きないし、何度もシてるんだからいいかなって。
「キャハハハ、アンタ百合だったのー?」
「百合だよ!」
「ヒッ」
冗談めかして聞いてきたギャルに即答すると、なぜか引かれた。身の危険を感じたようだ。
「んで、状況は?」
不良が話を進める。
美咲が人払いされていること、周囲を確認した結果、一般人が外側に向かっていくのに対して、こちら側に向かってくる人影が三人いること。そして、その人影を呪いの品の一つ、双眼鏡を通してみると、人影は1人にしか見えないことなどを説明する。
「真正面からやってくるんだ!」
「堂々としてんなぁ」
先程やられた奴らが出来る限りこそこそしていた小物だとすれば、今度の相手は身を隠す必要すらないくらい力があるということなのだろう。なにせ、二段目の品である双眼鏡で見えないということは、相手も私と同じく三段目保持者。そもそも二段目の品は一切効果がない。戦いにすらならないだろう。
「逃げるしかないよね?」
「それも無理ね」
私の提案を、美咲はバッサリ切り捨てる。
曰く、一般人を操れるなら車を使って回り込まれればどうしても追いつかれてしまうと。最悪一般人が車を使って私達を轢き殺しに来るだろう。もちろん扇子と水鉄砲で防げるかもしれないが、足止めが効けばそれで十分。追いつかれるのは必死だ。
……もしかして、私達ここで死ぬ?
「んじゃどうすんの?」
ギャルも疑問の声を上げる。
そうだよ。
戦えないなら、ダメ元で逃げるしかない、でしょ……?
「戦ってだめ、逃げてもだめとくりゃ」
「交渉しかないでしょうね」
え?
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「へぇ、びっくりするほどお利口さんじゃねぇか」
その男は、私を見てそう言った。
サングラスを付けて、野獣のような笑みを浮かべているおじさん。30代、かな?
「ふんっ。
格の違いがわかったのね!」
その隣で偉そうにしているのが40台くらいのおばさん。この人だけ双眼鏡で見えたんだけど、なんで一番偉そうなんだろう? 所持している呪いの品の段階と偉さは比例しないのかな?
「…………」
最後に疲れた表情をしているお姉さん。もうどうにでもな~れって感じの顔だ。苦労人の下っ端とか?
「なんの御用でしょうか?」
美咲が話しかける。
こちらは美咲、私、不良の三人でお出迎えだ。
一応ギャルは水鉄砲を持ってここをアパート二階の手摺りから狙って
はいるが、あまり意味はない。どうせこのおばさん以外には効かないのだし。
「アンタが殺してくれた部下のお礼参りよっ!」
「いいや、違う」
サングラスのおっさんが、おばさんの言葉を即座に否定した。
「…………は?」
呆然とするおばさんを放って、おっさんは続ける。
「あんたらに会いに来た理由は、今まで組織Aに任せていた仕事を、お前らに頼むことだ」
「はっ!?」
おばさんがおっさんに詰めよって、触れようとしたその時、おばさんの体がピタッと固まった。おっさんの呪いの品の力、かな。
恐らく、おばさんはこちらが殺した4人の上司かなにか。しかし、呪いの品を所有している人はこちらで殺してしまったし、あのおばさんはその呪いの品を所有していた人の、更に上司なのかな? 偉そうだし。
それと、おっさんがおばさんを固めた辺りでお姉さんの顔が死に始めたんだけど、大丈夫? 息してる?
「仕事の内容をお願いします」
「あの廃病院の管理と報告。見返りは他の超常の品を保有した組織からの保護だ」
…………それだけ?
「それだけ、ですか?」
「大雑把にはな。うちの保護下に入ってもらう以上、細かい決め事もあるが、基本的に大きな罰則はない。せいぜい一定条件下における保護の取りやめくらいのものだ」
なんだか言い回しがごちゃごちゃしていてわかりにくいけど、おかしな真似しない限り私達を彼らが守る。代わりに廃病院を管理しろと。
……あれ?
私達殺されるって話じゃなかったの?
「廃病院の管理というのは具体的には?」
「見張りとその結果報告、それだけだな」
よくわからないけど、取り敢えず助かりそうだね。
十中八九ここで死ぬな、とか悲壮な覚悟を決めてたんだけど、いい方向に空回りしたようだ。
「~~~~」
おばさんが鬼の形相で呻き声を上げてるんですけど。
こわー。
「彩花、いいわよね?
受けちゃって」
「え?
あ、うん!
いいんじゃないかな!?」
いきなり話しかけないでよ。
「ははっ。
面白いリーダだな」
おっさんに笑われてしまったではないか。
……私が依頼主だってこと言ったっけ?
「では、お受け致します」
「おう!
じゃ、詳細を詰めたいところだが……先にこっちの話を済ませなきゃな」
そう言って、おっさんはおばさんの方を振り向いて続ける。
「お前は俺たちに虚偽申告をしたな?」
「っ!?」
曰く、おっさんが受けた説明は、呪いの品を持った集団に攻勢を掛けた結果、組織Aの構成員が四人死んだとだけ。しかし、実際には組織Aのリーダーも死んでいるのだとか。組織Aの資金源はすべてリーダーの懐から出ていることから、リーダーが死んだ場合組織Aは成り立たない。ついでに言えば、貸与されていた呪いの品の所有権が貸与されていた側に移ったことでリーダーの死を知った組織Aの構成員に逃げられ、組織Aの構成員はおばさん1人になったらしい。
「なにか、釈明はあるか?」
そう言うと、おばさんの口が動き始める。どうやら口だけ拘束を解いたようだ。念力か何かかな?
「……組織が保てなくなるほど壊滅的被害を受けたときは、手厚い援助を約束していたはずよね!?」
「それも、自分達から積極的に手を出さなかった場合のみ、だ」
「…………私は、聞かれなかったから答えなかっただけよッ!
別に嘘をついたわけじゃ」
「リーダーが死んで、構成員もいないんじゃ、組織として成り立っていない。お前がリーダー代理を名乗ったのは、立派な虚偽申告だ」
「他の奴がいないんだから、私が組織Aのリーダー! 当然でしょ!?」
「契約には組織Aを組織と認める条件、リーダーをリーダーと認める条件も記載されている。超常の品すら持っていないお前は、リーダーとは認められないし、超常の品も、構成員も、資金のあてすらないんじゃ、とても超常の品を取り扱う組織とは認められない」
「ッ!
元はと言えばこれも貴方達が廃病院を見張れと言うから起こったことよ!
賠償を」
「虚偽申告は、敵対組織の呪いの品を奪い、そのまま逃げ出すために行われた。
そうだな?」
「っ!?
そんなわけない!
私は組織を立て直すために」
「悪質な虚偽申告だ。
これは俺たちへの敵対行為だな」
「ま、待って!
話を」
「さよならだ」
「ぁ」
一瞬だった。
おばさんが消えたと思ったら、地面に血溜まりが広がる。
「はぁ」
お姉さんがため息を付いて、バックから小さな円柱状の道具を取り出した。
それを地面に落とすと、それはひとりでに動き出し、血溜まりを消していく。
呪いの品、クリーナー?
「じゃ、詳細を詰めようか」




