第27話
「マジすか」
『あ?』
『花?』
パネェわ。
私は今、マンション十二階から下を見下ろしている。
そして、その私にもはっきり分かるくらいその集団は目立っていた。
街灯に照らされた道を、一塊になって自転車で駆けるバカ6人は、いっそのこと不審者ですと宣伝しているような気さえする。
こいつらが襲撃者ってやつなら、堂々としすぎっしょ。
多分そうなんだろうけどさ。
「見っけた。
敵っぽい不審者が六人。
自転車で一塊になって、移動中。
街灯に照らされた道から来てるから、超わかりやすいんですけど」
というか車で来なよ。
『……花、他のところから来てないか、よーく探してみて』
『あぁ。
陽動の可能性があるな』
なるほど。
本命は別から来てるってことだね。
あったまいいっ!
「了解っ!」
『ただ、敵が家に着いたらこっちも合図を送るから、準備を最優先にね?』
「分かったー!」
しっかし、こんなおもちゃの双眼鏡を覗いた所で真っ暗だから全然見えないんだよねぇ。今度暗視スコープってのをねだってみようかな、依頼者に。
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「こっちでも見えたわ」
確かに、これは不審者ね。
フードを被って、サングラスとマスクを装備した六人の男女。これ以上ないって言うほどの不審者である。
『あれが囮だとすりゃあ……』
敵はそれ以外の方面、街灯に照らされていない道から来るわけね。
『普通に降りたよ?』
「…………」
囮兼、正面突入部隊ってところかしら。
私達がここで攻撃を仕掛ければ、実はこの周辺に待機していた別働隊が私達を殺しに来るとか。
『攻撃させようって腹なのかもしれんが』
「乗るしかないでしょうね」
幸い、私の武器も花の武器も、この暗闇の中ならすぐに正確な位置が割れるようなものではない。
『んじゃあ、撃っちゃっていい?』
「私が先に先頭の奴に攻撃するから、花ちゃんはそれを見てから二番目のやつにお願い」
『わかったー』
『俺はどうする?』
後方の三人が散って、彩花の家の周囲に回る。
突入班は三人か。
できれば突入班を先に殲滅したいけど、玲奈の武器は近接用のライター。任せるなら周囲の見張りの方か。でも、そもそも囮と目される相手に近接武器を持たせた玲奈を向かわせるのは愚策よね。
「玲奈は私達の護衛」
『了解!』
もし、アレが囮で、私達が攻撃した時、別働隊がこちらの位置を特定して襲撃してくるなら、玲奈の護衛は奇襲として刺さるはず。
そんなことを言っている内に、突入班と思われる三人が、門の前で何かをしていると…………門が開いた。
「やるわ」
それを見た瞬間、私はマンションの東端6階から出っ張っている、バルコニーもどきのスペースからスーパーボールを放った。これは狙った相手に向かって跳ねていく呪いの品。狙った相手の狙った場所に当たれば、衝突部位を消滅させる凶悪な遠距離武器である。但し、狙った場所以外に当たれば、ただのスーパーボールのように跳ね返って、こちらまで自動で戻ってくる。もちろん、触れた部位も消滅しない。私が今回狙った場所は、後頭部。
「っ!」
先頭の男の後頭部から顔面に向かって、見事な穴が空いたのを、巻き上がった血しぶきで確認する。ついで、二番目の男から、鈍い音が響くと同時、頭が吹き飛んだ。
『いったぁ!』
花ちゃんの持っている水鉄砲が命中したらしい。あの水鉄砲は発射される水を銃弾並の威力と速度にすると同時に、それを命中させられる程度の技量が持ち主に与えられる。
「追撃を」
『んー、あ!』
突入班最後の1人が塀の後ろに隠れた。これでは当てられない。一応水鉄砲はスーパーボールと違い、狙っていない箇所に打ち込んでもその威力を発揮するが、銃弾で塀を破壊するのは好ましくない。騒ぎが起こって面倒なのは私達も一緒だ。
「見張りの三人を狙って。
塀の後ろに隠れた奴は私が」
『りょーかいー!』
スーパーボールは狙った箇所にしか効果がなし。しかし、視界に映ってなくてもそこにターゲットが、狙ったモノと狙った箇所があれば、スーパーボールはそこ目掛けて跳ねていく。
私は戻ってきたスーパーボールを再びぶん投げた。
「玲奈、こっちに向かってくる奴いる?」
『いねぇな』
『やりぃ!』
花は東端。私は南。玲奈は北。入り口は南と北にしかないから、私と玲奈が見張ってる以上、少なくとも事が起こってからマンションに侵入してきたやつはいないはず。
花は順調に敵の頭を吹き飛ばしているようで、後は位置的に狙えない、家の反対側に行った金属バット持ちの奴1人と、塀の中に逃げ込んだ突入班の1人だけ。その間、一切反撃はなかった。逃げ込んだやつだけど、そこから不自然な烈風が吹き出したのを確認した。スーパーボールは暗闇の中なのでどうなっているかわからないが、もしかしたらスーパーボールを呪いの品で迎撃したのかもしれない。実際には、ターゲットにした箇所以外に効果がなく、スーパーボールは壁や地面に当たると向きを変えるも、空中で軌道がネジ曲がるわけではないため、動いてる相手には基本的に効果がないという欠点があるのだが、相手には分からない。分からないから、呪いの品を使って大げさに迎撃した可能性が高い。この暗闇の中から襲いかかるスーパーボールをよく認識したものだ。
「あっ」
スーパーボールが手元に戻ってくる。戻ってくる瞬間を、私は音で判別していた。恐らく、敵も襲いかかる瞬間を音で判別し、地面に伏せて烈風を起こしたのだろう。それならどこから来てもスーパーボールを迎撃できそうだ。
『どした?』
『敵か?』
「ごめん、独り言」
『そか。
そんで、どうすんの?』
今の所膠着状態。私は続けてスーパーボールを投げるも、恐らくこれも迎撃されるはず。いつか刺さりそうではあるけれど、そもそも動かれたら当たらないという欠点が露呈すればこの攻勢も終わり。
『俺が出ていくか?』
確かに別働隊もいなさそうではある。ただ、あの烈風を起こす呪いの品の前に姿を現すというのはないわね。むしろ、彩花には悪いけど、あの塀を壊して射線を通すほうが現実的かな。
「それをやるくらいなら塀を壊した方がマシよ」
『おっけー。
じゃあ……あっ!』
『どうした?』
『スーパーボールが向こう側行ったよ!?』
花が一番近いとはいえ、よく見えるわね。どうやら塀で射線が切れるなら、家の玄関と反対側に行けば攻撃を受けずに撤退できると気付いたらしい。
『追うか?』
追えばそれこそあの烈風を起こす呪いの品の餌食でしょうね。どうせ敵が残ろうが残るまいが呪いの品は貸し出しでしょうし、回収されて終わり。殲滅する意味もない、か。
「いいえ、逃げるんならほっときましょう」
私は戻ってきたスーパーボールを手にしつつ、これからのことを考える。残った死体は玲奈のライターで蒸発させて、壊れた門は彩花のせいにでもすれば彩花が親に怒られるだけで済むわね。この惨状を誰かに見られる前に処理したいけど、一応周囲の確認をしておきましょう。戦闘中に横槍がなかった以上、もう追加の敵が来るとは思えないけど、戦闘時間自体が短かったから、万が一がある。
『んじゃ終わり!?』
「いえ、花は北に移動して。玲奈のちょうど真上辺り。そこから敵が来ないか周囲の見張りを」
『はーい』
「玲奈は死体の後処理をお願い。射線が切れてる向こう側から敵が来ないとも限らないから注意して」
『了解』
ふー。
しっかし、これだけしか敵がいないなら、敵も随分な素人集団よね。なんの反撃も飛んでこなかったし。呪いの品を回収出来るからと死んでも惜しくないバカで構成されてたのかもしれないけど。
それから暫く玲奈が順調に死体を蒸発させていった。
あのライターはバーナーのように火が伸びる。距離は1m以上。その火力は触れた相手が蒸発するほど。但し、その効果を発揮する対象は使用者が狙った相手のみ。この辺りはスーパーボールと同じだけど、範囲が違う。スーパーボールは対象の一部しか指定できないけど、あのライターは人を丸ごと指定できるので、頭に当たろうが腕に当たろうが、当たった時点で蒸発させることが出来る。……とはいえ、近づかなければ攻撃できない以上、そうそう前に出すなんて決断はできないわけで。
今のところは非常に便利な死体処理装置止まりでしょうね。
『血の痕跡が完全に消えたぜ、これ』
『掃除に便利そうー!』
『今やってることも掃除だがな!』
『キャハハハ』
笑えないわよ……。
「っ!
あれは」
『どうした?』
私の視界の隅で、センサーライトが光った。センサーライトとは、その名の通りセンサーに引っかかると光るライトで、主に玄関口などで使用するものだ。そして次の瞬間、その光に照らされた人影はダッシュでこことは反対方向に走り始めた。
まさか、ここを監視していた敵?
「走って行く人影を確認。
花、南側に来て!」
『はいはい!』
どうする?
あれが敵とは限らない。
あからさまに怪しいけど、単純に、センサーライトが光った家から出てきて、何か急ぎでコンビニにでも向かった人影という可能性も十分ありえる。私はあの人がどこから出てきたのか、見ていない。ただ、センサーライトに驚いたのなら、センサーライトが機能する時間帯以前からあそこに潜んでいたという可能性が高い。
どうする?
『着いたよー。
確かに光ってるところの先になんかいるねー』
よく見えたわね。
「撃てそう?」
『今なら』
半端な所を狙えば、反撃で私達が死ぬかもしれない。
さっき勝てたのは一方的に攻撃できたから。
無関係な人間かもしれない。
でも考える時間は、ない。
「仕留めて」
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負けた、か。
私は超常の品の一つ、双眼鏡によって結果を知った。この双眼鏡はあらゆる物質を貫通してピントを合わせた場所を見ることが出来る。大雑把なモノなので、服を透過することはできないが、更衣室やお風呂場を覗くことは可能だ。それに加えてこの雛人形。コケシ人形とほぼ同じく一般人から視界に映らなくなるもの。これを組み合わせれば、人様の塀の内側で、100m以上離れた戦場を観戦することも可能!
ちなみに私は昼頃からここに待機している。見つかるはずもあるまい。
「…………」
しかし、今回は大敗北だったな。相手がどうやってこちらに気づいていたのかは分からないが、奇襲のつもりだった以上、待ち伏せされたら勝てないのは仕方ない話だ。今度うまくやればいい。幸い、全員死んだわけではないようだし、敵の動き方も見えた。マンションの上、バルコニーからの狙撃。次はこの情報を元に、家を狙撃できるような位置の制圧を先に行ってしまえばいい。呪いの品は所有権を渡したわけではないので既にこちらの手元に戻ってきている。何度でもやってやる。相手が私を排除できない以上、既に詰んでいいるのだ。
「ふー」
さて、私もそろそろ引き上げるとするか。
今なら闇に紛れて誰にも見つからず帰還できるだろう。あいつらも事後処理に人をやったようだし、上で見張っている奴も、この暗闇の中なら見つかることもない。
今日は日曜。帰って寝るとしようか。
ピカッ
「ッ!?」
光? なぜ? バレた!? 違う、これは人を感知して光るやつ!
私は猛ダッシュした。した後で、これでは逃げているのが丸わかりでは? むしろ歩いて一般人のフリをしたほうが、と後悔したが今更歩行に切り替えるほうが怪しい。ここは走り続ける一択だ。
なに、相手も走っているだけの一般人を殺そうとはしまい。私達のように大組織の保護下で、ある程度動きが制限されるような立場でないにしろ、女子高生だか女子中学生だかしらないが、一般人かもしれないやつを殺せるか? 無理だ。このまま走り続ければ、あの銃っぽい何かの射程外に逃れられれるだろう。この双眼鏡の射程も以外に短いしな。一般人かもしれない人間を、射程外に逃れるまでの短時間で撃つ決断を、できるはずが――
「ぁ?」
――頭に衝撃が走って、私の意識はそこまでだった。
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『よしっ!』
「玲奈、向かって」
『了解!』
花も躊躇わなかった。ありがたい。一般人かもしれないのに、よく引き金を引いてくれた。
『……よかったの?』
「…………証拠は残らない」
私はピントのずれた答えを返した。花ちゃんが言いたいことはもちろん分かってる。でも、敵かもしれない相手を見逃すほど、こちらに余裕はない。私達に塁が及ばない限り、敵かもしれない人も、私達の顔を目撃した人だって、殺すように命じてみせる。後悔はしない。
『美咲が後悔しないっていうなら、私はいいけどねー』
「花……」
花…………意外といい人ね。
『青春してるとこ悪いが、良い知らせだ』
…………こんな青春はしたくなかった。
『なになに!?』
『コイツ、呪いの品を持ってやがる』
「!?
それって」
『うそっ!』
『あぁ、ライターで炙っても蒸発せずに残りやがった』
続けて玲奈は残った品の名前を告げる。
女性を象った人形、マラカス、ピンポン玉、双眼鏡、磁石。
「まさか」
『それ敵の頭じゃね!?』
『かもしれねぇ。
護衛さえなしってのが妙だが、処理は終わった。
戻るぞ』




