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第26話


 時刻は深夜四時を回った所。


「ねみぃ……」

「貴方が提案したんでしょうに」


 俺はスマホから聞こえてくる美咲のツッコミに、惰性で言葉を続ける。


「いやぁ、まさか本当にこんなことになるとは、なぁ?」

「なぁ? じゃないでしょ。

 アンタの仮説に加えて、あんな事があれば、こっちは警戒する以外の選択肢がなかったってのに」


 美咲が眠気を堪えるように言葉を紡いだ。

 どうやらアイツも相当来てるらしい。


 どうしてこんな事になったかというと、時間を土曜の朝まで戻す必要があるだろう。


======================


「ん~~~~」


 土曜日かぁ。


 朝起きて、体を伸ばしながら、今日の予定を考える。どいつを呼び出して遊びに行くか。まるで伝え聞く舎弟のようにホイホイ言うことを聞いて、ご機嫌を伺うバカどもを頭に浮かべながら、財布を覗く。


「あ」


 5日前にもらった100万、それがほんの数万円まで落ち込んでいた。バイクの購入費と馬鹿騒ぎで消費しすぎたようだ。といっても今日は休み。あのお坊ちゃんからカツアゲしようにも、都合良く会えるわけもなし。


 …………そういえば、美咲のやつが、廃病院の調査依頼がどうのって言ってたな。


「よし」


 今日の予定が決まった。


=======================


「だから連絡しなさいよ……」

「はっはっは」

 

 どうせバイト辞めたんだし、一日中家にいるだろ?


「一応この件でお金の問題はほぼ解決したし、勉強時間が確保できれば私も青春を……」


 ボソボソ言っているが、無理だろうな。コイツ根が真面目すぎるし。この呪いの品関連の仕事を、自分で忙しくしていく未来が見える。


 口には出さないけどなっ! 


「頑張れ」

「……ええ」


 さて、美咲の無駄な努力は置いといて、本題だ。


「で、廃病院について事前情報はあるか?」

「……必ず裏口から入ること。探索してほしい場所は裏口に入った先の正面にあるガラス扉の奥。けど、その際左の扉から中村さん? って呼び声が聞こえるとか」

「は?」

「その左扉の先にいるのが、化け物なのか、それとも人間なのか、それすらわからないんだってさ」


 一見意味不明な問いかけで、化け物の声だと判断したくなるが……探索してほしい場所が正面扉の先ということは、そこがおかしな空間への入り口ってことか? だったら、その問いかけの主が人間である可能性も十分にあるわけだ。厄介だな。この場合の危険は、あのおかしな空間とそれに付随する化け物だけでなく、現実的な犯罪者か何かも含まれる。つまり、その廃病院にあるおかしな空間への入り口を占拠している人間の存在。……舎弟モドキを連れて行って制圧するか? いや、この地図を見る限り、場所は町中。騒ぎを起こせば警察沙汰になる可能性もあるか。

 くそっ。

 一応舎弟モドキを含めせっかく進学校にいるんだ。要領よくやりてぇ所で、警察沙汰になるわけには……。じゃあ、中学で一緒だったバカどもを金で釣ってけしかけるか? いや、信用できねぇな。中のことは喋れねぇにしろ、廃病院に何かあるってのを広められるのはよくねぇ。そういや、口止め料だなんだってもらってたな。てことはそこの制圧も含めて1人か。仮に犯罪者がたむろしてんなら、いくら貰っても割に合わねぇぞ?


「なぁ、それ誰が確認したんだ?」

「え?」

「確認したやつは、ここに来たことがあるか?」


 少し考え込んで、美咲は答えた。


「多分、確認した人本人が来てると思う」


 多分、ね。つうことは、俺らみたいな美咲に頼まれる側じゃあねぇな。依頼者の部下か、あるいは依頼者本人が確かめて、ここに来たってことか。


「もし、その声の主が人間だったとする」

「?」

「そいつはあの空間への入り口を監視していたわけだから、十中八九1人じゃねぇ。その声の主の仲間か部下が、入り口だけ確認して去った奴の後を付けていた可能性が高い」

「…………」

「確認した奴がここに来たのなら、ここを監視して、ここから廃墟に向かう奴の後を付け、ここが呪いの品を集めていることを突き止めたかもしれない」

「流石に、それは……」

「だとすれば、明日にもここが襲撃されるかもしれねぇ」

「っ!?」

「いや、もしそいつと美咲の会話を何らかの方法で盗み聞いたとすれば、本命は呪いの品を持ってる依頼主か?」

「…………あれからもう5日も経ってる。今まで襲撃も、接触もなかった。考えすぎじゃない?」

「あっち側にも、表の生活があるのかもしれん」

「表?」

「俺たちに学生という普段の生活があるように、廃墟の入り口を監視していた奴らの仲間も、全員が全員平日の夕方から暇してるわけじゃねぇかもしれんねぇって話だ」

「…………学業や会社員として普段は生活していて、休日に呪いの品を集めてるってこと?」

「あぁ。

 そんで、土曜日に下調べ、準備、計画を練る」

「そして、日曜日の明日、私達は襲撃される、と」

「あぁ!」

「誇大妄想甚だしいわね」

「だよなぁ」


 仮説に仮説を重ねて辿り着いた結論なんて、妄想と変わらん。

 そんな事は、俺だって100も承知だ。


「結局何が言いたいの?」

「俺達のほうで、入り口に入るまでの障害を排除する部隊が必要じゃないかって話だ」


 こっちは事実に基づいた仮説だが、先程行った通りおかしな空間への入口にはそれを見張る人間がいるかもしれない。あの中村さんと呼びかけたやつだな。そして、それを排除しようなんてことは俺1人で、なんの武器もなしにやれることではない。

 少なくとも、そいつは呪いの品を知っている、あるいは持っていて、それがあの首無しの化け物産の黒い液体並の殺傷力を持っていれば、俺は間違いなく殺されるだろう。空手でどう何かなるとは思えん。運良くその場を切り抜けたとしても、相手が複数いれば間違いなくアウト。出入り口がそこしかねぇなら、そこは袋小路だ。


「……確かに、そこがまだおかしな空間でないのなら、1人に任せる必要もない」

「だろ?

 そもそも100万くらいポンと出せる依頼者なら、その土地ごと廃墟を購入して、入り口に入るまでの安全を確保するぐらいしてほしいもんだが」


 そうすりゃ誰かがいたところで警察に任せるなり、ボディーガードでも雇って確認させるなりすりゃいいのさ。自分の土地になるんだから。


「…………その辺り、今度依頼者に確認しておくわ」

「あぁ」


===================================


 その後、私はすぐに美咲の部屋を出た。なんでも、呪いの品を今日だけで最大6つ集めるために最大6人の相手と契約する予定だとか。仕事熱心でご苦労なことだが……やっぱお前に青春は無理だな。

 

 そして、これは20時を回った夜中の話だ。


「ん、電話?」

 

 珍しいな。よほど緊急性がない限りメッセージやラ○ンで済ませるだろう所を電話とは。

 画面に写っている名前は美咲。

 今朝言った部隊の目処が立ったのか?

 ……だとしても電話で言う必要はないわな。


『もしもし、今どこ?』

「ちょうど解散して、家に向かってるとこだ。

 もうちょっと金があれば」

『そのままうちに来て』

「は?」


 俺の言葉を遮るようにして、美咲が言葉を挟んだ。

 意味がわからんぞ。


『詳しい話は後。

 報酬も支払うわ』

「よし、任せろ!」


 俺は電話を切って自転車を漕ぎ始めた。


 あいつの依頼主様は金払いが良いからなっ!


=====================


「で、お前は?」

 

 俺が美咲の部屋に入ると、先に待っていたギャルがいた。見たことねぇ顔だ。依頼主か? いや、顔を見せたがらなかった以上、それは違うか。


「彼女は三好花」

「花ちゃんでいいよ?」

「柿崎玲奈だ」

「れーなちゃんね!」

「……なんでもいい」

 

 俺が美咲に振り向くと、美咲が本題を切り出した。


「さて、呼び出した理由だけど、玲奈の仮説、いや妄想が正しい可能性が高いと、私が判断したからよ」

「は?」

「もーそう?」


 俺の妄想っつうと、今朝のアレか。


「ついさっきの話だけど、昨日依頼主に接触してきた人が呪いの品を使用していた可能性が浮上したの」


 続けて玲奈は語った。その接触してきた人物とやらは、依頼主の周囲の人間の記憶を弄ったか、操ったかしていたと。それが判明したのは、その場にいた人物から得た情報と、ちょうどその日風邪で寝込んでいた人物から得た情報に大きな食い違いがあったからだとか。


「つまり、廃病院にいた奴の仲間が、呪いの品を使って依頼主に接触した?」

「そういうこと」


 なら、なぜ依頼主の記憶を弄ったり、操ったりしなかった? ……できなかったのか? 依頼主は呪いの品に対して何らかの対策を講じていたとか。


「???」


 約一名、話についてこれてないギャルがいるが、後で勝手に美咲が説明するだろう。


「なら、呼び出した理由は」

「依頼主の警護よ」


 そりゃあ大きな方針転換だな。


 ま、顔を見せないが電話には応じるってあたりで疑問にも思ったが、恐らく顔を合わせないってのは美咲の方針で、依頼主の方はその辺り無頓着と見た。


「で、依頼主はどこにいる?

 どうやって警護するつもりだ?」


 俺たちは警察じゃあねぇ。武器はないし、数もいないし、素人だ。警護なんて金にものを言わせて警備会社と契約するなり、ボーディーガードを雇うなりしたほうがいいと思うがな。……唯一、呪いの品による攻撃だけは防ぎようがないだろうが、それは俺達だって似たようなもの。少し知識があるだけで、知識を受け取れるだけで、対応できるわけじゃない。


「急な話だったから、依頼主には家にこもってもらうことにしたわ」

「……そりゃ、依頼主が俺たちを信用して住処を明かすってことか?」


 流石に不用心だろう。これからも俺たちに呪いの品を取ってこさせるのなら、俺たちこそが依頼主を襲撃して呪いの品をいつでも奪いに行けることになっちまう。


「そういうこと」

「…………」


 マジか。

 まぁ、呪いの品を持った敵対的な相手が居るってことは確定しているわけだし、なしな選択ではない、のか?

 

「加えて、これを」


 そう言って美咲はかばんから4つの何かを取り出した。


「っ。

 それは」


 そのうちの一つは、俺が取ってきた水鉄砲。

  

 つまり――


「今まで集めた呪いの品で、戦闘に使えそうなものが貸し出されるわ」


 ――全部呪いの品ってわけだ。


「いいのか?」

「ええ。

 使い方込みで教えるけど、持ち逃げはできないから安心していいわよ」

「?」


 仮に依頼主に効かなかったところで、持ち逃げは容易に見えるが。これから来るのが同じような力を持った相手だ。いくら金で釣っても、命の危険に尻込みし、持ち逃げするやつが出ることもあるだろう。


「呪いの品は所有権を移さず、貸し出しが可能なの」

「それは、いつでも回収できるってことか?」

「ええ。

 例えば、今依頼主が呪いの品の貸し出しをやめれば、この品は目を話した隙に依頼主の手元に現れるわね」

「んなアホな」

「なにそれすっげぇ!」


 ギャルが目を輝かせて声を上げた。


「これも、その機能を使ってここに持ってきたわけだしね」

「あー」


 そういや、記憶操作してた疑惑のある奴については、今さっき気付いたって話をしてたな。依頼主のところにあった呪いの品は、それから取りに行ったのではなく、持ってこさせたのでもなく、電話か何かで貸し出しを明示して、依頼主の手元から、美咲の手元へと送ったのか。

 

「貴方達が死んだときも、呪いの品は依頼主の所へ戻るから、安心していいわよ?」

「…………」

「ヤバいこと言うなし!」


 その機能、ヤバ過ぎるだろ。花ちゃんのとは違う意味で。つまり、これから来る尖兵を殺し尽くしたところで、そいつらが持ってる呪いの品も、貸し出した奴に戻って行くわけだ。これじゃあ、人員さえいれば何度だってやってくるぞ。


「まぁ、貸し出せる相手はあの空間から呪いの品を直接取ってきたものでなければならないとか、そういう制約みたいなものはあるみたいだけど」

「……そうか」

 

 なら、まだマシか?

 いや、呪いの人形でいいならやはり際限なんてないと思っていい。


 その上依頼主の家が突き止められてるとなると――


「じゃあ、呪いの品の説明をするわ」


 ――こりゃ依頼主終わったかもしれんな。

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