第25話
なんで、こんな作戦になったんだろう?
「…………」
別に、相手を殺す作戦であることを非難しているわけではない。私も殺す対象と同じ女子高生だけれど、ここがいつ死んでもおかしくないような危ない世界だということは分かっている。土曜の深夜、寝静まった頃に一方的な虐殺で、超常の品を奪う。こちらのリスクを最小限に抑えるという意味で、それは納得の行く作戦だった。
「…………」
時刻は深夜四時。私達は今、予定通り住宅街を6人で移動している。
自転車を使って。
「…………」
これはなくない?
深夜四時に自転車で6人が移動って、怪しすぎるでしょ。
目立ち過ぎるし。
もしこれ、相手が見張りでも立ててたら爆笑ものだよ?
ライト付けてないって言っても、街灯で照らされる所走ってるし。いや、流石に6人で真っ暗なところ走らされたら危ないけどさ。
そこで、すっと前を走っていた人がこちらを見る。もうすぐ着くから速度を落とすという合図だ。こういう細かい所はしっかり決めてるのに、他に方法なかったのかな。警察に職質されたらどうするつもりだったんだろう? 最後尾の私達高校生組は話し合いに出てないからあれだけど、大学生組はその辺りも聞かされてるのかな? それとも、小さなバッグに入っているのはマラカス、ピンポン玉、扇子くらいだし、問題ないってことかな? ……むしろやばくない? 相手の持っている超常の品を回収するために中身を出来る限り空けているのだけど、バックに入っているのがマラカスだけとか、ピンポン玉だけとか、調べた側爆笑でしょ。ついでに身分がバレるようなものは一切持ち歩いていないって、怪しすぎて草生えるよ? ……コケシと金属バットを持っている吉田くんだけは、じっとしていれば確認されないだろうけど、職質する側からすれば、いつの間にか1人消えてるし、動き出したら1人増えるし、完全にホラーで草ァ。
「ここだ」
そんな妄想をしている間に、到着したらしい。自転車を脇に倒して、スタンドを降ろさずいつでも走り出せるようにしておく。どうせ戦闘になったら自転車で逃げても的になるだけだろうけど、生存率を上げるために、やるだけやっておくらしい。この暗闇だし、私の配置なら逃げ出そうと思えば逃げ切れそうだしね。
「いくぞ」
突入班も準備が整ったようだ。今回の作戦は、大学生の男性三人が超常の武器を持って突入。私と後藤さん女性二人と、吉田くんの三人で外の見張り。主に中から外へ逃げ出さないための、三方向から内側を見張る見張りだ。
今日最初のターゲットである家の表札には、佐藤と書かれている。
三段目の超常の品を確実に保有していた人。もし、彼女が相手方のトップじゃなかったとしても、私達の最優先目標は三段目の超常の品。最低でもこれだけは手に入れる必要があった。
「GO」
その合図で、スマホゲー狂いの中村さんがピンポン玉を門に向かって軽く放った。なんの音もなく、なんの抵抗もなく、そのピンポン玉は軌道上にあった門の一部を消滅させながら、その先へと落ちていく。地面に落ちると、何度か跳ねて、地面との衝突音を響かせながら、停止した。
「ふー」
鍵があった部分を消滅させたのだろう。中村さんがその門を開ける。
これが超常の品、ピンポン玉の力。ただし、今見た通り、あらゆるものを消滅させるわけではない。だとすれば地面を貫通し、地球の中心部まで進んだことだろう。このピンポン玉が貫通するのは使用者が思い描いた一つのみ。今回で言えば目の前の門、あるいはその一部だ。ソレ以外に対してはただのピンポン玉として振る舞う。
超常の品二段目としてはこういった類のものがよくあるらしい。対象に人間を指定すれば、ほんの数分で1人を完全に消滅させることすら出来るこれが、よくあるモノなのだ。凶器なしに殺人を犯し、痕跡なしに死体を消す。超常の品を持ったものが容易く犯罪を犯してしまうことがよく分かる。もう、私は超常の品から離れて生活することなんて出来ないだろう。どれだけ努力して何かを築き上げても、超常の品を持った人はそれを一方的に崩せるのだから。
「次だ」
山田さんが小声で指示を出した。今回の現場指揮は、その山田さん。自転車と私達を、住宅街の近くまで車で運んだ運転手が監視員、おばさんだ。一応、万が一に備えてスマホすら携帯していないので指示も連絡もできないが、帰還する際は車の待機場所まで自転車で行けば、回収される手はずである。
そして、中村さんが今度はドアに向かってピンポン玉を構えた、その時だ。
ぷしゃっと、いう音と共に、何かが飛び散った。
「っ!?」
遠目から見ている私にはよくわからないが、後ろの山田さんが驚いたのは分かった。次の瞬間、山田の頭が鈍い音を立てて弾け飛んだのも。
「ぁ」
ソレに続けて中村さんも前へ倒れ込む。血の海へ。
――分かった。
三人の中で最後尾にいた竹内が塀に張り付くようにして伏せる。
――最初に飛び散ったのは、血だ。
そんなことを考えて、ぼーっとその現状を見つめていた私の意識は、そこで途絶えた。
=====================
「くそがっ」
俺は見た。
中村の頭を何かが横切るように通り過ぎたのを。音もなく、抵抗もなく通り過ぎ、その後で血が吹き出す音がした。恐らくはピンポン玉と同種の超常の品。続けて現リーダー代理の山田の頭部が吹き飛んだ。こっちは別の品だ。何も見えなかったが、恐らく視界が通ってないと狙いがつけられない類のものだと、俺は判断した。そう判断するしかなかったとも言える。こちらは相手の居場所がわからないのだ。一方的に攻撃される立場。この塀で身を隠しても攻撃が続くのなら、俺の命も長くはない。もし、アレが連続で使えるのなら、恐らくは外の見張りも全滅してるはずだしな。
「っ?」
その時、音がした。
先程は気にならなかったが、何かが跳ねるような音がする。
聞き覚えのある、独特の衝突音。
――――これは、スーパーボールか!?
俺は手元に用意してあった扇子を、伏せた状態のまま、上に向かって振り上げる。同時に迫っていた何かが吹き飛んだのが微かに見えた。
超常の品の中でよくある二段目の一つ、機能の強化。扇子を一振りしても、普通は涼む程度の風しか起こらないが、この超常の品なら最大で車ですら転がっていくほどの暴風を生み出すことが出来る。火力が高すぎて常用できないのが難点なくらいの火力だ。
しかし、それもこの状態ではそう役には立たない。相手は暗闇の中、遠距離からこちらを狙っていて、こちらは相手の居場所がわからない。この扇子で無差別攻撃すれば、もしかしたら敵に届くかもしれないが、届かなければその時点で俺の命も尽きるだろう。方角も分からず、相手のスーパーボールはこの塀を飛び越えて俺の命を脅かす。このまま待っていればジリ貧。無策で顔を出したところでもう一つの品で殺されるだけ。援軍の予定はないし、身元がばれないようにスマホの類も所持していない。この危機をリーダーに伝えることすら出来やしない。
「詰み、か」




