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第24話


「いよいよ、か」


 明日、僕は人を殺す。

 

 手元のスマホゲーに目を落とし、目を瞑る。

 覚悟はしていた。だから、その覚悟が鈍らないように、土壇場で躊躇しないように、俺は思い出す。おじさんの働いているアニメ会社のことを。僕はそこで作られたアニメが好きだった。特に戦闘シーンがいい。子供ながらにそのアニメが他のアニメの戦闘シーンと段違いによく動き、書き込まれていることが感じられた。だから、そのアニメを作っている会社に、たまに会う親戚のおじさんが携わっていることに驚いた。

 

 そして、そのアニメ会社が倒産の危機にあることも。アニメ会社はどこも労働時間が長いというが、おじさんに言わせればその会社から過労死が出たのは偶然に過ぎないと。別に、他のアニメ会社と比べて酷い労働環境にあったわけではないと。だが、元々体力のなかったそのアニメ会社は、多額の賠償金とメディアのバッシングによる出資者の撤退で容易く倒産の直前まで落ちてしまった。

 

 しかし、まだ生きている。


 出資者がいれば良いんだ。

 それだけで一先ず倒産の危機は去る。

 僕が好きなアニメ会社は、僕が憧れたおじさんは、存続する。


「僕が出資者になる」


 決して、組織で公言しているような、スマホゲーのためなどではない。リーダーには入会時に本当の理由を告げて入るが、他のメンバーに伝える気はない。伝えてしまえば、それは弱みになる。もし、リーダーを殺し、三段目の、金になる超常の品を手にした所で、金を欲する理由であるアニメ会社を人質に取られてしまえば、おじさんを人質に取られてしまえば、きっと僕は動けない。そして、恐らく僕以外にもいるはずだ。目的を誤魔化している奴らが。目的は典型的な弱みになる。もちろん、お互いの生活圏をある程度知っている以上、逃げても大学経由で襲撃してくる可能性はある。しかし、それだけのお金が手に入るなら、大学からも逃げてしまえばいい。多少将来の可能性を狭めることになるが、お金さえあれば、超常の品と関わってさえいれば、手段はいくらでもあるだろう。


 そのためにも、躊躇はできない。


 僕以外にも、下手すれば皆が皆狙っていると思っても良い。

 超常の品の持ち逃げ、事情を知っているリーダーの殺害。


 日曜の襲撃は、アイツら高校生グループとの戦いじゃあない――

  

「ふー」


 ――小組織Aの内部抗争で終劇となるだろう。


============================

 

「明日、か」


 俺は本名とイニシャルで書かれたそのスマホゲーのID:山田Aをタップ。中村のように、信念を持ってスマホゲーをやっているわけではないが、家で考え事をするときは無意識に手が動くようになってしまった。

 中村のせいだろう。


「…………はぁ」


 俺は見てきた。

 超常の空間に挑戦し、返ってこなかった奴らを。俺たちに突っかかってきたアホな奴らや、消えても警察が騒ぎ立てないようなホームレスを、俺は超常の空間へと放り込んできた。根本的にはそれと一緒だ。超常の品を手に入れるために奴らを殺す。ただ、確実に死ぬか、死ぬかもしれない場所に突っ込ませるか。超常の空間に殺されるか、俺自身の手で殺すか、それだけの違いだ。


「布陣は、まぁ思った通りか」


 直接殺害できる超常の品を渡されるのは俺、中村、竹内だ。

 見張りが後藤、川崎の女性陣。最後に高校生の吉田は外に逃げた場合の足止め役。戦闘用の超常の品は3つしかないが、吉田くんにはコケシとただの金属の棒が渡される。つまり、一般人に見られてもスルーされるからなんとか足止めしろということだ。


「あー」


 他にも違いがあったな。

 俺の命が掛かっているということだ。

 

 超常の品を持っていない奴らを相手にするのとはわけが違う。

 反撃されるようなことがあれば、こちら側からも容易に死者がでることだろう。


 だからといって臆するほど、俺は生半可な覚悟でここに立っちゃいねぇし、一方的な虐殺になったとしても躊躇するような精神も持ち合わせちゃいねぇ。


 なぜなら、俺は親父が自殺したときに決めたのだ。

 

 理不尽を振りかざす側になると。

 例え、親父を自殺に追い込んだ奴らが、因果応報の復讐で殺されていようと、理不尽を振りかざされる側になるのだけはゴメンだと、俺は決めた。理不尽を振りかざした結果殺されるのであれば、納得もできる。しかし、理不尽に死んでいくことだけは到底許容できない。


 だから、俺は殺す。

  

 相手が女子高生だろうと、女子中学生であろうと、殺してみせる。

 

 …………例え、それが仲間であろうとも。


==================================


「はぁ」


 ようやく、か。

 

 危ないバイトと聞かされて参加し、超常の品に触れて、俺は自分が目的に向かって大きく前進していることを感じていた。しかし、そこからがまた問題だったのだ。超常の空間攻略は遅々として進まず、死人の数と時間だけが経過していく毎日に、俺はまた焦燥を抱くようになっていた。

 

 中学生の頃、離散した家族を元に戻したい。


 それが俺の抱く願いだ。もちろん、両親が嫌になったから離散したんであって、元に戻りたいなんて思っているのは俺だけなのだろう。だが、それで良かった。俺は家族の幸福なんぞ願っていない。俺は俺の幸せを望んでいるだけだ。幸せだったあの頃と、同じ空間を作り出したい。それだけなんだ。

 

 そのためには金がいる。力がいる。離散の原因となった金と、何なら精神を弄る力、人を従わせるような力がいる。超常の品に会うまでは非現実的だった力。今でも最低中堅以上の組織に所属できなければ触れることすら出来ないが、ようやく明日、そこに手が届く。


 モノによってはそのまま離脱し、その力を持ち逃げすることも視野に入れるつもりだ。県をまたいで適当なところで暮らせば、あいつらも追ってくることはできないだろう。なにせ、あいつらにだって表の生活がある。それを放り出して、捕まえられるかどうかわからない俺を追いかけようとはしないはずだ。三段目さえ手に入れば、二段目の追跡は効かないはずだし。


「問題は仲間、だよなぁ」


 同じことを考えている奴らは、絶対にいるだろう。俺を除けば5人。まさか全員が全員リーダーに忠実ということはないはずだ。それに、例え忠実だったところで盗み出した俺が逃げ出しきれずに殺されるということも十分ありうる。

 

 そうなるとすれば、相手は中村か山田。俺とそいつらの三人にだけ武器が渡される以上、殺されるとしたらそいつらからだ。

 

 なら、三段目が持ち逃げするに値するものだと判断したら、その瞬間、中村と山田を殺せばいいか。ついでに、同じことを考えている可能性を考慮して、注意しておく必要もある。

 

 …………ターゲットはこちらに気づいていない女子高生三人。恐らく、一番命をかけなくてはならないのは、内部抗争ってことになるだろう。


「ははっ」


 僅か8人の組織で内部抗争か。

 笑えない冗談だ。

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