第22話
「今日は平和ねぇ」
私は前回の反省を活かし、田中の家の見張りを買って出た。中島のアパートを見張るのは竹内。佐藤の見張りは吉田。両方男だ。佐藤が中島のアパートに行っておっ始めても、不幸になる女性はいない。もしかしたらこの二人が処理を始めるかもしれないが、ソレで見つかっても私のせいではないし。知ったことではない。
「わかりませんよ。
佐藤が中島とヤり始めるかもわかりません!」
そんな事を言って勝手に興奮しているコイツが吉田。高校生で一番後に雇われた奴だ。現在佐藤が中島の家に来ているので、佐藤を張っているコイツもここにいると。
「そんなことにならないのを祈ってるわ」
スマホの録音をONにして期待の眼差しを田中の家に向けるコイツは腐っている可能性がある。
「そもそも僕がこの組織で雇われる事を選んだのも、そういうモノが手に入ったら回してくれるという約束あってのことですしね」
何やら語り始めたが、女性にそれを語り始めるのはどうなのか。それとも3つ以上年上の私は論外なのか。
「…………」
「あ、気分を害したのなら申し訳ない」
私が黙り込んでいたので、気づいたらしい。
ただの失言か。
だが、ここは年上の余裕を見せてやるべきだろう。
「いや、こんな所だから。
まともな理由掲げてここに居るやつなんて、いないわよ」
「じゃあ後藤さんはどんな理由で?」
……失言だったわ。
自然な流れで聞かれてしまった。
一応そういう理由を詮索するのはよくない、という雰囲気がこの組織にはある。下手すりゃ死ぬような所を、時給千円で雇われてんだから、さもありなん。誰しもが後ろ暗い目的抱えてここに居るのは間違いあるまい。
しかし、この流れでそれを持ち出すというのもね。
「……金のためよ」
別に、私の家が特別貧乏というわけではない。
妹が患ってる病を治すために必要なのだ。
「まともな額じゃあないんですよね」
「えぇ」
額もまともじゃなければ、治すべき病もまともじゃあない。
遺伝性の疾患で、現代医学では治る見込みのないものだ。しかし、私には超常の品という選択肢がある。超常の品を扱うある程度大きな組織にはあらゆる病を治す品も保有していると。もちろん、使用の対価には常識外れの大金が要求されるし、そもそもその組織を知っている者でなければ依頼することも出来ない。その点私のような超常の品に関わっている一員は幸運だ。私達を保護している組織の一つこそがそれを持っていて、対価にも様々な選択肢がある。
……こんな極小組織のうちには手が届かないことも確かだけど。
「みんな色々あるんですねぇ」
「そうね」
リーダーと主婦辺りは交流がないから検討もつかないけど、山田は手柄を上げることにご執心だったし、地位とか権力とか、そういうものを欲してそうなイメージが有るわね。中村はスマホゲーやりながら時給千円の超常空間の見張りが目的と公言しているけど、実際のところはどうなのかしら? まさか本当にスマホゲーのために命賭けてるわけじゃないだろうし。……そういうと、吉田の次に新人の川崎も謎よね。あの子あまり喋りたがる方じゃないし。
「それにしても、こういう事は皆喋りたくなさそうですし、後藤さんが話に乗ってくれたのは助かりましたよ」
ニヤリと格好つけながら告げる吉田。
……まさか、この子わざと失言をっ!
なんて、暇すぎて会話遊びを始めだしたその時だ。
「出てきたわね」
吉田の監視対象である佐藤が田中の家から出てきた。
「じゃ、僕は行きます」
「ええ、彼女らの声で盛らないようにね」
「はは、保証はできそうにないです」
そう言って車から出て、駐輪場に止めてあった自転車に向かう吉田。
忠告はしたし、私は大学のレポートでも弄りながら、独り寂しく見張りましょうか。
それにしても、こんな快適な見張り場所を捨ててまで、佐藤や中島の監視に名乗り出るなんて、男って馬鹿よねぇ。
===================
「えぇ~」
僕は、佐藤の後を追って、中島の部屋に入っていくのを見たときは、来たか! と、録音スイッチを入れたのだけど、佐藤はすぐに出てきてしまった。なんだか泣きそうな表情で。
「こりゃ振られたな」
「そんな~」
竹内さんがニヤニヤと断言した。それじゃあお楽しみが聞けないじゃないか! もっと頑張れよ、佐藤!
「ほら、佐藤が出てくぞ」
「……はい」
僕は佐藤が離れたのを見てから、コケシの範囲外に出て、また自転車を漕ぎ始めた。
佐藤速いんだよなぁ。
見失わないと良いけど。
================
「で、戻ってきたわけね」
「はい」
後藤さんは大学の宿題? レポートをしていた。
こっちの所でシないかなぁ……。
「ちょっと、吉田くん?」
「あ、すいません」
僕の手が、無意識に下半身の方へと伸びていた。
「あんまり馬鹿なことやってると、私の手元が狂うわよ?」
そう言って、後藤さんは手元に置いてある扇子を見せつける。
「ま、マジすいません」
それをここで使うのは洒落になりませんよ?
===========================
それから数時間、こちらでは一切動きはなかった。
こちらでは。
「確定のようね」
「はい」
昨日の反省を活かし、コケシ持ちが中島のアパートを離れず、そこを訪れるものがいても監視はしない。ただし、今日はおばさん、もとい監視員が廃墟を遠目から見張っている。それら報告と僕たちの情報を照らし合わせてみると、今日最初の中島の家アパートを訪問したのは大人しそうな子供、Dちゃんだ。背丈が小さめなので子供と呼んだけど、もしかしたら高校生の僕と年齢は変わらないかもしれない。その子が最初出ていくと同時に、佐藤さんが田中の家を出て、中島のアパートへ向かった。そして、Dちゃんが返ってくる前に佐藤が中島のアパートを出て、田中の家へ出戻り。その頃Dちゃんは廃墟の超常空間へと突入。見事挑戦を成功させたようで、すぐに出てきた。
問題はその後。
Dちゃんは一度中島のアパートに帰還したかと思うと、暫くして再び廃墟へと突入したのだ。超常の空間が更新されるより前の再突入は自殺行為。そんなことは真っ先にリーダーから教えられたことだ。彼女達はそれを知らなかったのか、もしくはDちゃんを始末するために行かせたのか。前者だとすれば、幾つか有用な情報が手に入ったと言える。
彼女たちは思った通り、組織が出来て日が浅い。そして、十分な知識を持った者が1人もいない。どこかの組織の保護下にあるというのはまずありえない。最後に、人を捨て駒に出来る程度には非情な人間の集まりだということだ。それこそ、中高生を躊躇なく捨て駒しするような悪人。……僕たちが言えるようなことじゃあないんだろうけど。多分こちらのリーダーも似たようなものだろうし。
そこから更に時間が経ち、21時を回った所で、こちらも動きがあった。
田中の家から帰ると思った佐藤が、中島の家へ全力で自転車を漕ぎ始めたのだ。
まさかっ!
僕はその後、悲願を果たした。
桃源郷はここにあったんだ!
「腐ってやがる……」
賢者モードを発症した竹内さんがナニカ言っていたけれど、僕の性欲は一度シたくらいでは収まらない。
あぁ、この子たち生け捕りに出来ないものか……。




