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第16話


「ふー」


 ベッドの収納スペースから持ち出した消火器から、栓を引き抜き、準備完了。

 私は祭壇の上に乗っている人形に、手をかける。


 ガコン


「来た」


 どうやら二回目は難易度が上がるという美咲の予想は正しかったようですね。


 コツン 


 足音が聞こえてくる。


 しかし、まだ化け物は見えません。


 私はドアを開けっ放しにしておいたので、薄暗いながらも玄関先まで見えているのだけど。


 コツン


 見えました。

 左の扉から首なしの化け物が出てきたのが。確か、あの部屋は壊れた本棚があるんでしたっけ。

 ……今更ですが、人形を取ってダッシュすれば化け物が廊下に出てくる前に外へ出れた可能性もあるのでしょうか? いや、間に合わなかった時のリスクが高すぎますね。


「…………」


 リビングまでおびき寄せてしまったら、液体とやらが飛び散りそうですし、どうせなら廊下で仕留めましょう。


 私は空いたドアのところまで消火器を持って近寄り、左手に持ったホースをまだ少し距離がある化け物の足元に向け、右手のレバーを握り込んだ。


「ァァァァァ」


 美咲から聞いた話だと、鉄の棒で上半身を縦に、心臓を通り過ぎる程度まで引き裂いても、何事もなく歩いてきたという。なら、狙うべきは足です。

 

 消火器の薬剤に触れたところから崩れ落ち、聞いていたとおりに黒い液体が流れ落ちる。それは下に撒かれた消火剤を溶かすだけ溶かして消滅していった。


「ふー」


 ガコン


「……へ?」


 コツン

 ガコン


 不味い。

 そう思ったときには既に手遅れでした。


 コツン

 ガコン


 倒すと同時に走り出していれば、恐らくは間に合っただろうに。あの化け物が出てくる音が何度か聞こえた頃には、既に後続が廊下に出て来てしまった。


「これは、本当に不味いですよ」

 

 二回目以降はレベルが上がる。でなくては人形が、呪いの品が好き放題回収できてしまう。美咲の予想は半分正しかった。しかし、一段階レベルが上がるとか、そういう次元ではない。これは、好き放題回収されないために、二度目以降を許す気がないと思うべきですね。


 さて、どうするか。

 美咲から聞いた人の話では、一匹の化け物を倒すのに、消火剤一本使い切ったという話ですが、私は相手の足元に噴射したかいあって、まだ残っているようです。量は知りませんけど。


 かといって、化け物が出現する音はまだ続いています。消火器一本ではどうしようもならない。


 …………控えめに言って詰んでません?


「ァァァァァ」

「っ!」


 どこから声が出てるんでしょうねぇ!


 リビングに入ってこられたらアウト。そう思って、取り敢えず消火器のレバーを引きます。消し去る必要はありません。とにかく、足に浴びせて崩れ落とす。化け物自身は化け物の液体で溶けたりはしないようですが、そもそも高いところから落ちた上半身は地面に叩きつけられて黒い液体へと変わっていく。


 これで暫くは持つでしょう。


 それにしても、ここまで脆い体なのに、どうやって歩いてるんでしょうか?


 私は解決の糸口を探すためにも、美咲から話されたことを思いだす。既に廊下には出られないので、リビングから先で起こったことを。


 …………そういえば、上部から心臓まで引き裂かれて、それでも声がしていたとか。


「いやいや!」

 

 そんなことはどうでもいいでしょう。声の出どころよりも、他に何があるか――


「あ」


 ――確か、ベランダに放火器があるとかなんとか。


「いや」

 

 そんなことをしても帰れなくなるだけ!

 火によって化け物は出た側から燃え尽きるかもしれないけど…………そうだっ!

 

 私はベランダに走り寄る。


 もうあの化け物の黒い液体で、廊下から帰るなんてことは出来やしない。今は貴重な消火剤をちびちび使って足止めしているのが現状。


 なら、いっそのことっ!


 私は消火器をベランダに捨て、放火器と書いてある消火器モドキを手にとって――


「えぇぇぇぇいぃっ!」


 ――思いっきりぶん投げた。


 あの黒い液体が、物を溶かすというのなら!

 

 私はベランダの隅で縮こまる。

 

 そして――


 「ぐぅッ!」

 

 ――轟音に爆風、強烈な熱波。


 目を閉じ、口を開け、しかし私は衝撃で転がった。暫く何がどうなっているのかも分からず、全身を熱風が包み込む。ただ、放火器が溶けて燃えるかどうかという賭けに勝ったことだけは理解させられた。


 何秒か、何十秒か、息が続いていたので一分はないでしょう


 玄関からベランダまで、風が通り抜けたのか、涼しい大気が感じられて、私は目を開けた。


 コンクリートの床と、私の上を通って外に広がる黒い煙。


 まだ頭がグワングワンするけれど、どうやら私は生きているらしい。そのまま這うようにして、リビングを覗き見る。黒い煙で視界が悪い。しかし、化け物が現れる音も、足音も聞こえない。化け物は打ち止めということでしょうか。


「ふふっ」


 美咲は私の事を、死んでも惜しくないと言っていました。しかし、私は生き残った。この情報持って生きて帰れれば、情報料はいくら貰えるでしょうか。前回の攻略情報を持ち帰った方はそれだけで50万を手にしたと聞きました。10近い化け物を倒した方法となれば、100万、200万でもおかしくないでしょう。ただ、再現性に乏しいのがマイナスでしょうね。


「……え?」

 

 私は、どうやって脱出するかと再びリビングに目を向けた瞬間、それを見ました。


「…………」


 煙から現れた化け物を。


 ありえない。音はしなかった。ですが、わたしの前にいるのは間違いなくあの化け物。

 私はすぐに手元の消火器を手に取り、怪物は無言で私に倒れ込んでくる。


 ――あぁ、違いますね。


 私はレバーを握り込み、消火剤を吹き掛けるが、音はしない。


 ――音がしなかったのではなく、私の耳が機能していなかった。


 残った消火剤は、確かに化け物の胴体を破壊し、しかし黒い液体が私の全身に降り注いだ。


==========================


「21時、か」


 どうやら冴ちゃんは帰ってこれなかったようだ。大方、二度目の攻略を、あの廃墟は許さなかったといったところだろう。一人で複数回の攻略ができるか、これは早々に解決して置かなければ、どちらにしても無駄死にが出かねない件である。複数回の攻略が問題なく出来るのなら、これ以上広める必要はないし、不可能なら人数を大事にする必要がある。

 

 それにしても――


『うさぎ:まだ?(泣』

 

 ――このバカは今からするつもりなのだろうか?

 

 ちなみにメッセージの名前は最初が彩花で、次が依頼主、最後にうさぎへと変わっている。これなら名前を依頼した人間に見られても、学校で見られても不思議には思われないでしょう。最近ラ○ンでも本名で登録しないのが流行っていると聞くし。


「はぁ」


 …………親が帰ってくるのは24時。1時間して、一人ずつ風呂に入ればギリギリか。私としても一回5万は美味しい話だ。……少しずつ慣れてきたし。


『うさぎ:10万!』


 ……このバカは警戒心というものが身につかないのだろうか? これでは誰に見られてもアウトでしょ。


 説教を兼ねて呼びだそうか。


 ――結局、時間がなかったので説教する暇などなかったが、彩花は時間の許す限り、私の体を激しく貪った。


 激しいのはいつものことだけれど、今日のは、もはや私の体を使って自慰をしているようなものだった。


 そういえば、一度目に家に来たときも話を聞かずに盛っていたわね。


 何があったのやら。

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