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第15話


「それで、次が本命ですよね?」

「ええ」


 人形に一度目に挑んだ事例は、前の子で確認済み。首のない怪物は、玄関から出るまで現れない。しかし、二度目はどうか。もし同じ事の繰り返しであれば、際限無く人形を取りにいけることになる。一応イレギュラーを考えれば彩花や私が直接取りに行くようなことはないにしても、挑戦失敗で死人が出るようなことは避けられるだろう。


「……じゃあ、行ってきます!」

「ちょ、ちょっとまって!」

「?」


 人形と引き換えに受け取った十万円を数えもせず財布に突っ込んで、そのまま出ていこうとした冴ちゃんを引き止める。


「……先程までは話せなかった過去の事例をお話します」


 私は、呪いの品や首無しの怪物について知らない人間には、呪いの品などについて話せば死ぬこと。祭壇にある二段目の品を取るとどうなるか、その対策などを詳しく話していく。


「つまり、二度目の回収で難易度が上がったりする可能性があるから、消火器を回収してから人形を取ったほうが良いってことですよね?」

「そういうことです」

「んー……」

「どうしました?」


 歯切れの悪い冴ちゃん。

 さっきみたいに飛び出してくかと思ったのだけれど。


「私は、面白いことがあったら、呼んでほしかったんであって、その、こんな作業みたいな事をするために」

「つまり、情報は教えないでほしかったってこと?」


 はっきりとしない言い方に若干イラつき、私は思わず敬語モドキが外れる。


「いえ。

 攻略するための情報が分かっているのに、教えないでほしいなんて、そんなことはいいません。いいませんけど……これじゃあ」

「なら、次で難易度があがったら、三度目に挑めば良いんじゃない?」


 二段目の呪いの品を取る以上の難易度は、正真正銘未知数。冴ちゃんじゃあ、例え玲奈でさえ、死ぬ可能性が高そうだけど。


「別に、死にたいわけでは……」

「じゃあ、どうしたいの?」

「二段目」

「…………」

「二段目にあったアレ、多分、呪いの人形以上の何かなんでしょう?」

「だとしたら?」

「もっと面白いことしましょうよ!」

「…………はぁ」

 

 彼女は唐突に目を輝かせて、意味のわからない妄言を吐いた。

 ……いや、行っていることはだいたい分かる。

 

 あの日、彼女は私に言ったのだ。


 面白いことがあったら連絡してください、と。


「使われるだけじゃ、つまらないと思いません?」


 先程のウジウジした姿はなんだったのかと思うほど、元気に話し始める冴ちゃん。


「思いません」

「えー」

「貴方のように、無差別殺人を実行する人なんて、そうそういませんよ」


 私の言葉に、冴ちゃんは口をとがらせて反論する。


「大げさですねー。

 私はちょっとイタズラしただけですよ」


 昔もそんな主張をされたなと、私は記憶を掘り返す。

 曰く、中学校のお掃除で、床の一部だけをピカピカに磨いて転びやすくする程度のイタズラ。その延長線だと。


「大階段の中央上部、石畳の上、割れやすい窓ガラスの側。

 そこに油を撒くなんて、死人が出てもおかしくはありませんでした」

「出たほうが面白いですよ?」

「…………」

「みんなお通夜みたいな雰囲気出してましたけど、実際被害に合わなかった人たちは楽しかったと思いますし」


 対岸の火事は、大きいほど面白い。

 そんなことを、昔も言われた気がする。

 しかし、彼女自身が起こしている以上、それは対岸の火事ではなく、ただの犯罪だ。

 そう言えば、また彼女は人聞きが悪いだの、事を大きく考えすぎだの言うのだろうけど。


「少なくとも、私はそれを自分で行おうとは思いません」

「でも、貴方は、貴方達は私を教師に突き出そうとはしなかった」

「…………」


 巻き込まれたくなかった。どうせこんな事を続けるなら、すぐに捕まる。報復が怖い。私を含め、それぞれがそれぞれの理由で、告発することはなかった。そして、連絡先を渡してこういったのだ。


『面白いことがあったら、連絡をください』


 勝手な解釈だけど、人を殺すような犯罪を犯すなら、連絡をくれ。手伝ってやると、そう言っているようにも聞こえた。 


「貴方達だって、自分にリスクが及ぶなら、他人が死んだほうがいい。そう思っているから、告げ口しなかったんでしょう?」

「だとしても、貴方と同類なんて理論は成立しないし、そんな事をする理由にもなりません」


 冴ちゃんは、むぅーっと可愛らしい声を上げてこちらを睨む。


「…………超常の力があれば、大したリスク無しに、楽しい遊びができる。それを自ら拒むなんて、理解できませんね」

「なんとでも言いなさい。

 そんな遊びに付き合うつもりはありません」

「……じゃあ、なんで私を呼んだんですか?」

「あの廃墟をクリアできる程度の度胸と身体能力、そして冷静に事を進められる判断力がある。何より死んでも惜しくない」

「……最後が本音でしょう。

 だとしても、私が裏切るとか思わなかったんですか?

 貴方は私を大分危ない人間だと認識しているようですが」


 確かに、無差別殺人とか、他人の犯罪を手伝おうと連絡先を渡すとか、どう考えても正気ではない。危ない人間ではある。

 しかし――


「冴ちゃんは、私達のことを、我が身可愛さに犯罪者を見逃したクズだと、遠回しに言っていましたが、我が身が可愛いのは、貴方も同じでしょう」

「…………」


 ――冴ちゃんに、私達に手を出す度胸なんて、ない。


「冴ちゃんの攻撃対象が無差別なのは、それが一番犯人を特定されにくい方法だから。それですら、あの事件以降、一度として行っていません」

「同じ方法、同じ場所では警戒されていて、できるわけありませんし」

「冴ちゃんは人を殺そうとするくせに、そうやって妙に慎重だったりするんですよね」


 線引が特殊な位置にあるというか。

 

「だから、貴方達に私が手を出さないと?」

「大きな資金を持ち、人を雇って呪いの品を集める組織。そんなものに手を出す理由も度胸も、冴ちゃんにはありません」


 実際には、私と彩花の二人運営なのだけど。……いや、そうとは限らないか。他にお金を渡して何かさせている人がいてもおかしくない。少なくとも、呪いの品を集めさせている窓口は、あの時点では私だけだったはず。


「なら、私が依頼を受けない可能性も」

「その可能性も0ではないでしょうが、十中八九、受けてくれると思ってました」

「……理由は?」

「あなた、暇人ですし」

「…………」


 身も蓋もない理由に、呆然とする冴ちゃんに、言葉を叩きつける。


「リスクを背負わなければ満足できないギャンブル気質のくせに、基本は小心者で、見える驚異には近づきたくなくて、しかしギャンブルをするような金も無ければ立場もない」

「……酷くない?」

「少なくとも、私にはそう見えます」


 彼女の表面上の人格も、間違いなく彼女自身だ。とにかく誰かに注目されるというのが苦手で、誰かに関わるのも苦手。だから誰にも見えないところで犯罪に手を出す。一度やってしまえば、そこでは事を起こさない。

 そして、いつも表に出てこない積極性が顔を出した時、彼女はとても魅力的で、恐ろしい人物に見えた。だから、私は彼女を引き込むのだ。私達の敵にはなりえず、暴走するほどの度胸もない彼女を。


「私が、今回の依頼とは関係ないところで呪いの品二段目を手に入れて、また無差別殺人に走るかもしれない」

「手に入れば、するでしょうね」

「なら――」

「しかし、二段目を手に入れるリスクは、貴方が許容できる範囲ではありません。そんなことは私の話でわかったでしょう」


 二段目を初めて手に入れようとした人が、部屋を探索して、敵の正体や、倒し方を推理して、ようやく帰還できたことは過去の事例として既に話した。

 安全な場所から無差別殺人するくらいのリスクしか犯せないなら、なんの情報もなしに殺し合うリスクなど、犯せるはずがない。


「――――はぁ」


 諦めたように、彼女はため息をつく。


「どうしますか?」


 二度目にいくかどうか。


「行きますよ」


 そう言って、冴ちゃんは席を立った。


===================


「ふー」


 あー、焦ったぁー。

 なんとか冴ちゃんを説得できたよ。

 

 私の今回の目的は、過去の事例を聞かせた上で、冴ちゃんを二度目の人形収集に送り込むこと。


 冴ちゃんを選んだ理由は、死んでも惜しくないから。

 

 それ以上でも、それ以下でもない。


 先程言ったこと、考えたことはすべてが嘘偽りではないけれど、殆どはその場限りのデタラメである。


 そもそも、殆ど関わりのない冴ちゃんの内情なんて知るわけ無いですし。一回しか無差別殺人未遂を見ていないのも、ただの受験勉強の疲れでつい魔が差しただけだと思ってますし。私の話を聞かずに二度目に出ていこうとした辺り、かつて私達に現場を見られた時と変わらないぐらい迂闊ですし。だからこそ、一度目も大した躊躇もなく、廃墟に行ったんでしょうし。冷静に事を進められる判断力? 私が冴ちゃんの犯行現場に気づいたのは、彼女が鼻歌を歌っていたからですよ? 絶対馬鹿でしょ。


 …………ただ、全てから解放された彼女の笑みが魅力的だったのは事実ですけど。


 ああ、私も貧乏と彩花から解放されたい。


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