第12話
「眠い……」
「また良子か」
教室でぼやいていたら、前の席の香澄に拾われた。まるで良子のせいかのようにいうのはやめてよぉ。
「昨日は私が良子の家に行けなかったからぁ」
「ふーん。
良子ラブな彩花にしては珍しいね」
……確かに、以前はこんな事なかったなぁ。私の私用を良子より優先するなんて。……私用というより私欲か。私欲に従って良子に手を出そうとすることは何度かあったっけ。
あれ? いつもと変わってない気が?
……対象が良子以外にもなってるってだけか。
チラっとその対象である美咲に目を向けると、彼女も何人かのグループで会話に興じていた。美咲はいつもクラスでは、放課中でさえ勉強に勤しんでいた人だ。学校が終われば一日中バイトに励み、帰ったら寝る。そして日曜は休養を兼ねて一日中勉強。それで学費免除の大学生活を目指しているらしい。
それが、今日になって一変していた。
「…………」
「美咲に浮気かな?」
ビクゥっ!
「そ、そんなんじゃないし」
「なんでキョドるのよ……」
「ははは」
思わず美咲を眺めてしまった。
これはまた美咲から怒られそうだ。
「美咲、なんか変わったよね」
「……うん」
「余裕0ですって感じで必死に勉強してたのに」
「だね」
美咲は、昨日ある決意をした。
金銭的問題が解決するまで、私の愛人兼呪いの品収集窓口として専念する決意を。
元々今週はバイトを休んで月曜、火曜とこちらの事情にフルで当ててもらったし、バイトを辞めて金払いの良いこちらに専念することを、考えてはいたらしい。
ただ、この状況がいつまで続くか、私が答えを濁していたため、保留していたのだとか。私としてはガマ口財布が一ヶ月しか持たないと思っていたし、そのお金を美咲に預けておけばお金が尽きるまで、この状態自体は一ヶ月以上持つと見ていた。その後は手に入れた呪いの品でお金が手に入るのなら、少しでも長くこの状況を維持するつもりではいたが、そんな自転車操業状態では長く続くとも思えず。
しかし、今回ガマ口財布を返さずとも、死の期間を延長すればいいと分かった。
これで実質無期限延長と思っていい。故に、美咲にはこの体制を年単位で続けるつもりだと答えることが出来た。
その結果があの優雅な会話だ
「昨日ね、美咲がバイトを休んでるって話を知り合いから聞いたの」
「へぇ」
知ってる。
「それで、昨日彩花が昼休みに美咲に話しかけに行ったのを見たんだけど」
「ぶっ」
香澄とご飯食べた後だったっからなぁ。廊下で話しかけたんだけど、着いてきてたのか。
「最初は体壊してバイト休んだんじゃないかって噂されてたけど、今日は元気そうだし、彩花何かしってる?」
「な、なにも」
じーっと見つめてくる香澄に、白々しく白を切る私。
あー、できれば良子に見つめられたかった。
なんて現実逃避していると香澄のほうが先に折れてくれた。
「…………まー、ただの好奇心だから別にいいんだけど」
「ふー」
「なんにせよ、バイト辞めたってことはお金の問題が解決したっぽいし、良いことよね」
「そうそう」
「口さがない人の間では、美咲が売春してるなんて噂してる人もいるけど」
「ぶっ」
吹いた私を横目で見ながら、香澄は続ける。
「……私さぁ、美咲とはバイトで一時期知り合いになっただけだけど、結構世話になってさ。名前呼びするくらいにはなったんだよねぇ」
「へ、へぇ」
「バイトを幾つも掛け持ちしてるけど、決して体調を崩すことなく、自己管理がしっかり出来た人でね。危ないことに手を出すようなことはないと思ってる」
「ははは……」
確かに廃墟に向かってもらう事は断られたね。
呪いの品収集窓口してる時点で手遅れな気がするけど。
ついでに私の愛人です、なんて。
「それと、これあなたでしょ?」
「ん?」
そう言って見せてきたスマホには、個人ラインでとある動画が送られてきていた。そこでは、ゲームセンターの筐体に幸せそうな表情でお金を入れる良子と、その筐体でゲームをプレイする私の後ろ姿があった。
メッセージには『この子やばくね?』なんて書いてある。
「随分羽振りがいいようねぇ?」
「と、盗撮だよ!
盗撮!」
私は誤魔化すように声を上げるしかなかった。
まさか私の行動がここまで香澄に筒抜けとは。
「あなたと美咲が何をやってるか知らないけど、あんま目立つようなことはしないほうが良いと思うよ?」
「はい……」
美咲にも似たような怒られ方した気がする。
「私には何も出来ないし、止められないからね」
「…………」
ここで、香澄にも出来ることはあるよ、なんてことは言わなかった。
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「入ってー」
そういえば、良子の家に来たのは3日振りになるのか。昨日は行けず、一昨日は廃病院からゲームセンターだったし。
「おじゃましまーす」
…………うわー。
そこにはキラキラした目を輝かせて、ホラー映画と月曜更新のホラー雑誌、どこの通販で買ったのか、増えたオカルトグッズを手に、満面の笑みを浮かべた良子がそこにいた。
ちなみに私は良子が好きなんであって、別にオカルトが好きなわけではない。
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・・
・・・
「…………」
一時間ほどして眠気に襲われた。
映画見ながら良子の話聞きながら、雑誌とオカルトグッズを触らせてくるのってどうなのぉ? すごく疲れるぅ。どうせなら良子触りたい……。
まぶたが重いよぉ。
「眠い?」
「……うん」
昨日の夜良子の話を聞いて寝不足になったのもそうだけど、性欲が発散されて興奮してないのもだめなんだろうなぁ。
「じゃ寝ようか」
「……っ!?」
ばっと良子の方を見ると、良子がジト目でこっちを見ていた。
「寝るだけだよ?」
「あ、うん!
わかってるわかってるよ!」
一瞬シてくれるのかと。
良子は私の手を取り、そのまま部屋に設置されたベットに向かう。
ちらっとこちらを見て、満足そうに良子は私をベットに引きずり込んだ。
「彩花と一緒に昼寝も悪くない」
「~~~~」
良子の匂いと良子の感触で幸せに浸っているところにこの言葉である。
あー、涙が出てきた。
至福の瞬間です。
「なんで泣いてんの」
そう言いながら良子は私にピタッと寄り添って、目を閉じ始めた私を、優しい笑顔で見送った。




