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第1話


「え?

 私が?」


 キョトン、とした表情で彼女は聞き返す。

 そのあまりにも急な豹変に、私は声を上げた。


「そうでしょ!?

 コレは、あなたが、今ッ!」


 そう言って、私はストラップを見せつける。

 趣味の悪い、日本人形のようなストラップ。


「やめてよ。

 こんなだっさい人形、私が持ってるわけ無いでしょ?」

「……は?」

 

 今の今まで私を含めたこのクラスの何人かにこのストラップを受け取ってくれないかと言って回っていたのは彼女だ。惚けるにしても無理がある。


「ね、ねぇ!」

「ん?」

 

 私は、一つ前の席に座って談笑していた香澄に声をかける。


「香澄も聞かれたでしょ?

 この人形を受け取ってくれないかって」

「…………いつの話?」

「え?」

「ちょっと記憶に無いけど」


 ありえない。


 何が、どうなって――


====================== 


「都市伝説?」

「そー。

 今この都市伝説がねー」


 そんな事を言って本を広げるのは我が親友、良子だ。

 良子は都市伝説とか、怪談とか、怪異譚とか、そういう話が大好きなのだ。

 私はそんなでもないが、良子の話なのだから無下にはしない。

 

「どれどれ?」


 私はそう言いつつ、良子に身を寄せる。

 それこそ、人肌が触れ合うくらい。

 

 …………あぁ、いい。

 

 クーラーで冷えた体に、良子の体温が伝わってくる。背筋に気持ちのいい、ゾクゾクとした鳥肌が立ち、湧き上がる幸せが止まらない。続いて良子の匂いで自身の体が内側から火照っていくのがわかる。都市伝説について語り続ける良子の声が、耳元で反響し、こそばゆい快感を――


「……彩花、聞いてる?」


 ――恍惚とした表情をしていたからだろう。不審に思った良子が話を止めて私の顔をジトッとした目で見つめていた。


「聞いてる聞いてる」


 持ってたら死ぬ、呪われたライター。

 エレベーターが存在しない階に止まる怪異現象。

 人を襲う首なし人間。

 

「――それらが全部繋がってるんじゃないかって話でしょ?」


 私が良子の話を聞き漏らすはずがないじゃないか!


「……聞いてるなら良いけど」


 そう言って、良子は再び話し始める。

 この記事について調べてみると、出処はすべて一つの街からなのだと。なら、全てはその存在しない階から始まっているのではないか、というのが良子の推論らしい。


「その存在しない階なら、本物が見つかるはずだよ!」

「本物、ねぇ」


 私は部屋に飾られたオカルトグッズに目を向ける。

 髪の伸びる呪いの人形、霊が見える眼鏡、幽霊の映った写真、持っていたら数日以内に死ぬビデオ、キーホルダー、ぬいぐるみ、鏡…………およそ呪われていると思われるものをすべて詰め込んだようなこの部屋。

 私が見る限りどれも偽物である。いや、本物なんて見たことないから知らんけども。しかし、数日以内に死ぬ系統は本物なら死ぬだけだし、偽物ならいらないしで集める意図がわからない。……手に入るのなら死んでもいい、ぐらいに思ってない限り。


「私もそこ、行ってみたいなー」

「だめッ!」


 あ。

 おもわず叫んでしまった。

 でも、良子の存在なくして、私の存在はない。

 良子に危険なことはさせらない。


 ……私がさせない。


「彩花って、そういうの信じてないのに止めるよね」

「…………女の子なんだから、危険なところには近寄らないほうが良いよ」

「そうなんだけどさー」


 良子が、私の顔を覗き込んで、続けた。


「彩花って、まだ私の事が好きなのー?」


 その言葉の意味は、友達同士の好き、という意味ではない。

 私は中学生の頃、良子に告白したことがある。

 もちろん、私は女性で良子も女性。受け入れられるはずもなく、それでも良子は、それ以降も友達として、今では唯一の親友として、傍に居続けてくれた。


「当然」

「だから、またあんな顔してたんだ」

「ぅ……」


 私が良子の隣りにいる時、だいたい私は発情している。そんな私を、良子は気持ち悪がることなく、しょうがないなぁと諦め気味に許してくれるのだ。控えめに言って天使である。


「別にいいけどさ。

 彩花が私の友達でいてくれるなら、私はそれで」

「……良子ぉ!」

「わぁ!」


 良子にもたれ掛かって、その胸に顔を埋めた。さすがに卑猥な気持ちで抱きつこうとすると止められるが、今回のように感動した時は良子も抵抗しない。


「一生一緒にいようねぇ」

「愛が重い……」


 そう言いながら、頭をなでてくれる良子は本当に天使だと思いました。


==========================


「ふわぁ」

「彩花、寝不足?」


 高校の教室に入るなり、あくびをして突っ伏した私を見て、前の席の香澄が声を掛けてきた。


「昨日良子と通話してたら、いつの間にか深夜に……」

「あんたもよく良子に付き合えるねぇ」


 この付き合うは、もちろん恋愛的な意味合いではない。オカルト系のオタクである良子の長話によく付き合えるな、という話だ。

 

「私は良子の話に付き合ってるんじゃない。

 私が良子に付き纏っているんだよ!」 

「はいはい、ごちそうさま」


 ぬぅ。コレ以上言い返す気力もないので私はそのまま一限目まで寝てしまおうと思った、その時――


「ねぇ!

 これ引き取ってくれないッ!?」


 ――そんな焦った声が前の方から聞こえてきた。


「いやー、ないわー」


 あの子は、えっと誰だっけ。

 名前は忘れたけど、彼女は手に持ったストラップ型の人形を引き渡そうとしているらしい。そのストラップは、不気味な日本人形のような形をしている。良子の部屋にも同じようなものが飾ってあったっけ。もっとも、それはストラップではなく、本物の日本人形だけど。

 当然そんなことを言われた方も断っているようだ。

 というかなぜにそんな焦っているのだろうか。


「~~っ!

 じゃ、じゃあ、あなたは!?

 これ引き取ってくれるだけでいいの!

 その後はどうしてもらっても構わないし!」


 今度は香澄に回ってきた。

 その必死な呼びかけとは裏腹に、香澄は怪訝な表情で問い返す。


「えっと、どちら様ですか?」


 香澄も知らないらしい。

 私がクラスメイトの名前を忘れていたわけではなかったようだ。

 私の記憶領域の大半は良子に埋め尽くされているため、たまにクラスメイトの名前が出てこないことがあるが、今回はそうではなかったらしい。


「二年生で、この子の先輩よ!

 で、このストラップを」

「結構です」


 バッサリ。

 まぁ、当然といえば当然の対応だ。初対面で何を言い出しているのだ、この女は。


「ぐっ。

 あ、あなたはッ!?」


 こっちに飛んできた。

 うーん。

 まぁ、汚れているわけでもなさそうだし、良子へのお土産にすれば喜んで貰えそうだ。ただ、そのためには聞かなきゃいけないことがある。


「これ、どういうものなんですか?」

「別に、どうでもいいでしょ!?

 いらなかったら捨てれば――」

「いえ、ただのストラップでなければ引き取ろうと考えているんです」


 本当にただのストラップならお土産にもならないし、呪われていそう、なんてアイテムは良子なら腐る程持ってる。経緯や恐怖体験、呪いの内容などがセットで、初めて価値があるのだ。


「…………呪われているのよ」

「内容は?」

「言えないわ。

 言えないのよッ!」


 ヒステリックな。

 相当追い詰められているようだ。


「それに纏わる話でも何でも良いのですが」

「…………これと似たようなモノを持っていた人が死んでる、らしいわ」

「らしい?」

「実際に見たわけじゃないし、人づてで聞いただけ。 

 ただ、このストラップは手渡しで渡されたもので、その子も手渡しで渡されたって話だから、そう遠い場所のことじゃないと思うけど」


 そうとは限らんでしょ。高校生ともなれば行動範囲は格段に上がる。電車で動き回れる範囲となると県をまたいでいる可能性すらある。

 探し出せるようなものではない。

 

 呪いの内容は言えず、人づてで聞いただけの話。なんとも微妙な怪異譚だが、本人がここまで参っているというのが高得点ね。


「それで、どうなの!?」

「わかった。

 引き取るよ」

「ッ!」


 そう言うと、彼女は涙を流して、こちらにそのストラップを差し出してくる。

 大げさな。


 そして、そのストラップを受け取ったその瞬間――


「ッ!?」


 ――体が震えた。


 わけがわからない、不思議な感覚だった。

 背筋が凍ったとか、鳥肌が立ったとかとはまた違う。もっと根本的なところで、私が震えた。もしかしたら、体ではなく心が震えたのかもしれない。


 そして、私が正気に戻ったときには、理解していた。

 理解してしまっていた。

 誰かから説明されたわけでもなく、納得している自分がいた。



 ――私は1週間後に死亡する


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