若き女騎士の鏡像
鏡は嫌い。
貧乏よりも嫌い。
醜男に抱かれるよりも、もっと嫌い。
私の顔がこの世に二つと存在するなんてことが耐えられない。
私の白眉の美貌は、美醜で優劣を判断する社会における至上の財産。
神より賜りし天恵……否、きっと神すら羨み跪く。
そう。
その様さえ見せつけてくれればよい。
坊主よ、手を合わせよ。
農奴よ、我が寵愛に応え命を燃やせ。
帝よ、身の程を知るとよい。
それこそが、私の平安。私の心の平穏にして、あるべき原風景。
妬みと嫉み、大いに結構。持たざるものの僻みほど、私を潤すものはない。
私が、私こそが鏡である。
愚衆が己が理想を仮託し押し付け、そうして世に生を受けたのが私である。
私は理想である。民衆の理想である、美と愛の化身ウェヌスの写し鏡に他ならぬ。
下民どもの信仰と憧憬は、鏡を見るより確かなものだ。
銀の十字を胸元に、無様ッたらしく泣き腫らし、私に向けて首を垂れ、私の爪先に接吻する。
私は、そう信じられるに足る存在。
私以外は、そうせずにはいられない存在。
それで十分。
異論など絶無。
是非もなし。
故にこそ、私の貌を不躾にも模倣する鏡など不要である。
貌など見ずとも、私の魂は美を受容している。
この御霊と、美の神髄とが不可分となった私に、主観以外の評価基準など無用。
聖女は、二人として要らぬ。
勇者は、二人として要らぬ。
魔王は、一人として要らぬ。
鏡など、一欠たりとも要らぬ。
すべて砕いて灼き溶かせ。
この地上に、私は二人と必要ない。