第六話
姉上の買い物から帰って、自分の部屋に入ったユーリは、また、やってしまった。と自責の念に駆られていた。いくら賢者の叡智が優れていても、ユーリ自身のうっかりが招く失敗は避けられない。
(今後の課題だな・・・)
誰か相談できる相手が居れば良いのだろうが、現在ユーリが頼れるのは「賢者の叡智」と、創造神様位だ。その神様は好きにすれば良いと言っている。
(なんか自重してるの馬鹿らしくなってきたな・・・)
呟いてみるが、元が慎重な性格なので、吹っ切る勇気は無い。こうなったら、誰にも知られない様に魔法を使うしかない。でも、それで文明レベルを上げられるのかな?そもそも、6歳でやる必要があるのだろうか?もう少し大人になってからでも遅くはないのでは?
ユーリは葛藤で頭が痛くなってきたので、一時思考を中断し、昼寝をする事にした。
夕飯の時間になったらしく、メイドのアイリーンに起こされた。
今日のメニューはステーキとサラダ、スープに固いパン、だいたい三日に一度はこのメニューだ。流石に飽きてくるなぁ、特にパンとスープはほぼ毎日出る。パンが固いため、スープにつけて柔らかくしないと食べられないからだ。とりあえず、これだけでも何とか出来ないかな・・・そう食べながら思うユーリであった。
夕飯の後自室でユーリは考えていた。この世界でやる事の優先順位だ。食事、娯楽、が特に乏しい、それに鏡だ。この世界にもガラスはある、しかし品質が極めて悪く、鏡を作るのには向かない。あと、紙もあるがこれも質が悪い。その為印刷技術が発達していない。当然家電も無いので現代人のユーリには極めて不自由な生活となっている。
一方、魔法の発達により、現代日本より進んでいる部分もある。アイテムボックスや鑑定等は現代日本で持っていたら物凄い武器になるだろう。また、空間魔法は日本の様々な問題点を取り除いてくれる程便利だ。例えば、外はワンルームマンション、中身は体育館なんて事も可能だし。転移魔法なら海外旅行も行き放題になるだろう。
なんと言うか、文明の進化が歪な気がする。ユーリにとっては、やはり毎日の食事が一番の問題になるだろう。この世界の平均寿命は50歳前後だ。これは医療の発達が遅れていて子供が死にやすいのもあるが、食事の問題が大きい。
塩や砂糖は貴重品である。香辛料となると更に貴重で、まず、庶民の口には入らない。貴族でもパーティの時に使うくらいだろう。こんな食生活をしていたら生活習慣病になるのは目に見えている。寿命にも大きく関わっているだろう。この塩まみれの食事をなんとかするのが最優先だと、ユーリは考えた。
(となると、あの魔法を是非覚えないといけないな・・・)
あの魔法とは物質実体化の魔法である。無属性魔法の一種で、イメージした物を現実化する魔法である。この魔法があれば、地球の物をこの世界で再現できる。
賢者の叡智で計算してみたところ、魔力量一万程度で作成可能らしい。これは作るしかない。
「クリエイト!物質実体化!!」
詠唱する必要は無いのだが、こう言うのは気分である。
ユーリは最初のテストとして、キンキンに冷えたグラス一杯のコーラを作り出した。久しぶりに飲んだコーラは実に美味しかった。
しかし、これがこの後重大事件を引き起こすことをこの時のユーリは知らなかった。
翌朝、目が覚めると下(一階)が騒がしかった。
ユーリは急いで着替えて下へ降りた。
「旦那様、ユーリ様が来られました。」
食堂に入るとメイドのアイリーンに見つけられた。
「ユーリ、ちょっと聞きたいことがあるのだが。」
父上は温和な性格で怒る事は滅多に無い。今も声が冷静なので怒られる訳ではなさそうだ。
「なんでしょう?父上。」
「このグラスなんだが、アイリーンが君の部屋で見つけたそうだが、どういう事か説明して貰えるか?」
そう言って、昨日コーラを飲んだグラスをテーブルの上に置く。何故か他の家族や使用人もそれをじっと見ている。
「はい、昨日寝る前に喉が渇いたのでジュースを一杯頂きました。いけませんでしたか?」
「いや、そう言う事では無くて、このグラスを何処から持ってきたのかって、事なんだが。」
「グラスですか?」
そう言えば、コーラと一緒にグラスも魔法で出したのを忘れていた。
「我が家に、いや、この世界にこんなに透き通った綺麗なグラスは無い。これをどうしたのかな?」
ヤバい、またやらかしたらしい。でもこれは魔法が使える事をカミングアウトするチャンスかもしれない。
「あの、その、実は・・・魔法で出しました。」
「魔法だと?ユーリは魔法が使えるのか?」
「はい、こんな風に。」
そう言って、無詠唱でキンキンに冷えたビールをグラスごと出し、テーブルの父上の前にそっと置く。
「これは、ユーリが?」
周りの家族や使用人達も驚いている。父上は余程驚いたのか、グラスを手に取らず、周りを眺めている。
「冷えたエールです。飲んでみて下さい。昨日のジュースも同じように出しました。」
そう言うと父上は恐る恐るグラスに手を伸ばす。
「冷たい。これは氷魔法で冷やしているのか?」
「飲んでみて下さい。」
そう言うとやっとグラスに口をつけてくれた。
「美味い!なんだこのエールは。ただのエールとは違う!これは、何時でも出せるのか?」
「はい、飲み物程度ならいくらでも。」
そう言って、姉上の目の前に、冷えたサイダーを、母上の前にも、冷えたフルーツ牛乳を出して見せる。
「飲んでみて下さい。」
二人はやはり恐る恐る手を伸ばしグラスに口をつける。この世界では飲み物は常温と言うのが普通だ。氷魔法の使い手は少なく、また、氷魔法を飲み物を冷やす事に使う者はまず居ない。
二人は一口飲んで驚き、その後勢い良く飲み物を飲み干した。
「こんなに美味しいジュースは初めて!冷えてるだけで美味しさが全然違う。それにこのシュワシュワとした飲み物は初めて飲む味だわ!」
姉のシルビーが驚きの声を上げる。母上も同様の様で、首を縦に振って賛成している。周囲の使用人達も飲みたそうだ。
「飲み物もそうだが、素晴らしいのはこの器だ。ここまで透明度の高いグラスは王家でも使用していない。このグラスも何時でも出せるのか?」
父上は、ビールを飲み終えた後グラスに見入っている。
「この程度のグラスで良ければ一回に50個は出せますよ。後は魔力量次第ですね。」
「一度に50個だと?本当か?」
父上は今日何度目になるか判らない驚きの声を上げた。