第五話
あれからしばらく、ユーリは図書館に籠っていた。もちろん父上には許可はとってある。魔法書だけでなく、歴史書や、料理のレシピ本まで、片っ端から目を通している。この世界の常識や、文明レベルを知るためである。だが、6歳で、貴族の息子では庶民の生活が良く解らない。そこをどうするかが、現在の課題だ。
伯爵家のある貴族街から、庶民の住む南門の近くまでは馬車で30分以上はかかる。まして、6歳のユーリが歩いていくとなると2時間近くかかるであろう。それに、行きたいと言っても許可は下りないだろう。
ユーリはまず、伯爵家のレベルを上げる事から始める事にした。
(その為には、あの魔法を作らないと、駄目だよね・・・行けるだろうか?)
あの魔法と言うのは「賢者の叡智」と言う魔法。これはこの世界の万物を知る事のできる上級魔法である。更にユーリは、これに現代地球の知識も取り入れ、この世界と向こうの世界、両方の知識を司る魔法を作ろうとイメージしている。本来なら百科事典方式の魔法だが、これをインターネットの検索エンジンの様に改造もしてある。こうなると上級ではなく超級魔法だ、ユーリの魔力量がいくら多いとは言ってもこの魔法を作るのにどれだけの数値を持って行かれるか解らない。だが、この魔法が完成すれば、次からは事前に創造の為の魔力量を演算する事も可能になる万能魔法だ。試してみる価値はあると思う。
ユーリは万が一を考えて、ベッドに横たわってから呪文を唱える。
「クリエイト!賢者の叡智!!」
部屋の中を白い光が充満して、まるで、転生の時の白い部屋の様になった。いや、確かにここは白い部屋だ。ユーリは自分が死んだのだと思った。
「大丈夫、死んではいないよ。」
創造神様の声が聞こえた。
「では、何故?」
「君が思ったより大きな魔法を使ったのでね。魔力値の初期設定を間違えたかなってね。とりあえず魔力値は倍に上げておくよ。でも、これ以上大きな創造魔法を使うと本当に神の領域に入ってしまうよ。気を付けてね!」
「え、3百万でもヤバいのに、6百万ですか?」
ユーリは、また、やってしまった事に頭を抱えた・・・
「隠蔽魔法と言うのがある。ステータス隠蔽にも使えるので覚えて置いて損は無いよ。魔力量は200位で取れるよ。じゃあ、また、何かあったら呼ぶから。」
「気軽に呼ばないでくださいよ~」
どこか軽い創造神様に憂鬱なユーリだった。
気が付くと元のベッドに居た。誰にも見られては居ない様だ。
それからユーリは魔法作りにハマりまくった。一人の時間があれば、何らかの魔法をクリエイトしている。属性魔法から始まって、アイテムボックスや鑑定などの無属性魔法まで、賢者の叡智で調べまくり、イメージできる物はどんどんと習得して行った。ただ、まだ6歳なので使用する事は滅多に無い。何時何処で誰かに見られるか解らないからだ。ユーリが使うのはジュースに氷を入れる程度の小さな魔法だ。こうなったら、母上か、父上に魔法が使える事をカミングアウトした方が良いかもしれないと、最近では思い始めた。あ、神様に教えてもらった隠蔽魔法もしっかりと作ってある。
ユーリが魔法作りに勤しんでる間に月日は流れ、姉のシルビーが学院に入学する時期がやってきた。
「ユーリ、部屋に閉じ籠ってばかりじゃなくたまには、私に付き合いなさい。」
珍しく姉に声を掛けられた。
「何処へ行くんです?」
「私が学院へ行くのに色々と揃える物があるのよ。ユーリもたまには買い物に付き合ってよ。」
ん?買い物って事は外に出られるって事だよね?
「行く行く!」
「ちょっと、私の荷物持ちだって事忘れないでよね!」
「分かってますよ~」
なんだかんだ言いながらシルビーは嬉しそうだ。普段あまり接点が無いからかな?
馬車に揺られて1時間程で目的の店に着いた。ここは、学院からほど近い、学院生が使用する文具や書籍などが置いてある店だ。あ、学院と言うのは魔術学院の事である。貴族の跡取り息子や将来領地を治める補佐をする者は貴族学院へ行くが、それ以外の者は大抵魔法学院へ行く。
この世界に魔法が使えない者は居ない。ただ、魔力量が少な過ぎて生活魔法程度しか使えない者はたまに居る。シルビーは既に学院の試験に通っているので魔力量は問題無い様だ。
店に入ると先客が数人居た。多分シルビーと同じく、これから学院へ通う者達だろう。
店をキョロキョロと眺めていると不思議な物が目に入った。数枚の紙をただ閉じただけの物だ。
「姉上、あれはなんですか?」
「どれ?ああ、あれは庶民用のノートよ。」
どうやら、ノートにも貴族用の物と庶民用とがあるらしい。確か、紙は貴重品なんだったっけ。
そうこうしているうちにシルビーは貴族用の教科書とノートを店主に注文している。教科書にも庶民用があるみたいだ。
「買い物は終わったの?」
「バカねぇ。まだ一番肝心の物を買ってないわよ。」
シルビーが目線を上にあげる。釣られてユーリも同じ方へ眼をやると、短くて細い木の棒が何本も並んでいた。
「あれは?」
「魔法使いと言えば杖でしょ。杖が無ければ魔法は使えないわよ。」
シルビーは何を当然の事をと言った感じで、既に杖を選び始めている。
(マジですか?杖なくても魔法使えてますが・・・もしかして、詠唱も必要とか?)
「姉上、杖を使わない魔法使いは居ないのですか?あと、詠唱をしない魔法使いとかは・・・」
すると、後ろから店主に声を掛けられた。
「杖を使わない魔法使いも居るよ。冒険者の中には剣を持つのに邪魔になるからって杖を使わない人も多い。だけど、精度や命中率、速度を求めるなら杖は必須だね。あと、詠唱と無詠唱は半々だね。魔法はイメージが大切だから、イメージが正確に魔法になるように学院では詠唱を勧めているが、イメージが明確なら無詠唱でも威力は変わらないみたいだよ。」
「あ、ありがとうございます。」
ユーリは慌てて後ろを振り向き礼をする。
店主は姉上の選ぶ杖を見ながら、首を振った。
「坊ちゃんもいずれは学院へ行くんでしょ?なら、未来のお得意様さ。」