自然
僕は街の中心部から離れた。
歩けば歩くほど、更に植物の勢いが増していた。
「・・・」
景色を覆う見慣れた草たちはやたらと巨大で、葉の肉厚を誇るように天に伸ばしていた。
もう一部の町は、完全に森になっていた。生い茂る木々と、草、苔、道すらも完全に消えていた。
僕は、はたと歩く足を止めた。
「呼吸が楽だ。というかとても気持ち良い」
あまりの街の変化に目を奪われ気づかなかったが、空気が透き通るようにきれいだった。呼吸をしているだけでとても気持ちが良い。吸っている僕の体が、胸の奥底からそれを欲しているのが分かった。
僕は辺りを見回した。何か見えている景色さえも何か澄んでいるように見えた。透明の、更に透明の向こう側が見ているような気がした。
「本当に空気がきれいだ」
それは全く味わったことのない生まれて初めての空気感だった。空気がマイルドで、キレがあった。僕は何度も何度も、思いっきり空気を胸の奥へ吸い込んだ。癖も濁りもなく、それは完全な純粋だった。
空を見上げた。その青は、やはり限りなくどこまでもどこまでも奥深く透明に澄んでいた。
道なき道をかき分け、森を抜けた。
「川だ」
信じられないくらいに澄んだ水が、カラカラと小気味よいきれいな音を立て流れていた。
「これは・・・」
それは僕の知っている川ではなかった。しかし、それはいつも通学の時に電車の車窓から見下ろしていたあの川だった。
「川の底が見える」
流れる水の向こうに川の底の小石までがはっきりと見えた。
岸辺は完全に草に覆われ、そこに咲く小さな名も無い無限の花によって彩られていた。見慣れた護岸工事によって塗り固められていたコンクリート製の岸辺は、あらかた草と厚い苔に覆われるか、その力によって浸食され、ほとんどが消え果てていた。
僕は川辺に走り、川の中に手を入れてみた。
「わぁっ」
それはやはり見た目通り踊り出したくなるようなほど心地よい感触だった。
僕は恐る恐る手で掬った川の水を口に含んだ。
「飲める。というかうまい」
心の底からそれを体が欲しているうまさだった。
普通に川の水が飲める。今までの常識からは考えられない現実だった。しかも、今まで飲んだどんな水よりもうまかった。店で買ったバカ高いミネラルウォーターよりもだ。そんなものが全くのクソがつくほどの偽物に思えた。
僕は浴びるように、顔に川の水をかけ、その水を飲んだ。
「うまいっ、うまい」
澄んだ水が体の隅々まで浸潤していく。汚れた体が、美しく細胞の一つ一つから生まれ変わっていくような感覚が全身を流れていった。
「あっ」
その時初めて自分がメガネをかけていないことに気付いた。
「見えている」
メガネをかけていないにも拘らず、はっきりと周囲の景色が見えていた。
「どうなっているんだ!」
メガネ無しでは生活すらもままならなかったのに・・。しかし、何度も瞬きをし、辺りを見回すが、確かにメガネ無しではっきりと僕の目は見えていた。
「・・・」
僕はそのまま川沿いを歩いて行った。踏みしめるやわらかい草の感触、頬を伝う心地良い風の流れ、花や植物の瑞々しい香り、全てが新鮮で心地良かった。
「あっ」
突然目の前が下にずり落ち、暗くなった。
足元が予期せぬ段差になっていて、そこに落ちたらしい。上を見上げると、太陽の明かりが小さく見える。水路の跡か何かなのか、それはとても深かった。
「うっ」
落ちた時、右腕をしたたか打ったらしい。激痛が一瞬走りジンジンと熱く嫌な感じの熱と痺れが全身を巡った。
嫌な予感がして腕を見ると、そこはぱっくりと大きく割れていた。そしてそこから容赦なく真っ赤な少し粘り気のある血がドクドクとものすごい勢いで流れ出していた。
僕はこれからを考える間も無く、気を失っていった・・・。




