5-3
その日、映研は休みだった。当然だ、プロットができていないのでそもそも動き用がない。各々自由に、とだけラインを送ると。俺は下駄箱に行った。
2人に意見を聞いて、少しづつもやもやは晴れつつある。しかしそれは漠然としたものが形になっただけで、肝心なプロットを進める手がかりにはなっていなかった。
下駄箱からぼんやり校門を見ていると、今では見知った後ろ姿が目に映った。
「白百合」
声をかけると、ピクっと肩を揺らすが、そのままスルーして足早になった。
「おいおい待て待て」
俺も足早に追いかける。丁度白百合と話がしたかったのだ。
「…ちょっと、部活動以外で話しかけないでくれる?」
まるで人を汚物のように…。
「…そういうお前こそ1人で帰宅たぁ。さてはお前ボッチだな」
再び肩を揺らす。図星なのだろう。そもそもこいつが友人といた姿を見たことがない。それどころか、クラスではちょっと浮いてることを俺は知っている。
「…はっ!他の子はみんな部活中だからね、今日は誰かさんが仕事してないから時間が合わなかっただけよ」
こいつもなかなか強がりだな…。
「まぁいい、丁度そのことで話がある。少し付き合え」
というと、白百合は明らかに嫌そうな顔をした。
「…1時間いくらくれるの?」
「払うか!っていうかそういうのじゃねえよ!?プロットの事だ!」
「あーあーはいはい、けど私映画のことなんてわからないわよ?」
お前こそ他人事じゃないと思うが、よくそんなこと言えるな!
俺、なんでこいつで映画撮ろうと思ったんだっけ?
「うーん、とりあえずあんたと一緒にいるところも嫌だし…ちょっと場所変えようか」
どんだけ人のこと嫌ってんだこいつ。
白百合がうってつけの場所があるといい、歩き始めた。俺は白百合の後に続く。なんだかストーキングしてるみたいでなんか嫌だ…。
「ちょっと、もっと離れて歩きなさいよ!気配を感じて気持ち悪いわ」
こ、こいつ…!
白百合から50mほど離れて歩いてついたのは近所の川原だった。
なんの面白い実もないただの川。最近はランニングマンの増加のためか、河川敷が整理されてる。
昔はこんな感じじゃなくて、ススキ野原だった。深いススキが1面に生えており、川が見えないくらいだった。
白百合がベンチに座る。俺もベンチに腰を下ろすそうとすると、白百合が止めた。
「ちょっと、あんたと同じベンチに座りたく無いんだけど」
こ、こいつ…!
相変わらずの毒舌だが、とりあえず彼女の意見を受け入れ、ベンチには座らずに話をすることにした。
「で、どーなのよシナリオ」
白百合もそれなりに気にかけているらしい。
「まぁ、ぼちぼちだな」
嘘をついた。
「ふーん、まぁ全然ってことね」
見抜かれてた…。
「私って、そんなに魅力無いのかなー」
白百合のつぶやきに少し驚いた。
「私、先輩が言ってるの聞いちゃったんだ」
どこで聞いたのだろうか…。しかしそんな周りの意見を気にするとは、少し以外だった。
「…そんなことはねーよ…」
「はいはい、どーせ嘘でしょ」
嘘、ではなかった。強いていえば気休めである。
俺はここまでやってきたのは、あの時白百合に感じた何かがあるからだ。俺はその時の予感を信じてやってきたのだ。
でも、今ではそれがなんなのか、よくわからない。
同じ部活動をしてわかったが、白百合はほんとに馬鹿でそりが合わない。思考は短絡で気が短い。女王様気質のくせに人を従わせる器量も無い。時々イライラする。
なのに、なんで俺はこんなに頑張っているんだろうと、時々悩む時がある。
「…主役、変えてもいいよ」
「え…?」
白百合が珍しく、弱音を吐いている。
「…あの時見た映画の子みたいなのに憧れてイメチェンまでしたけど、どーも私には無理っぽいし。なんだったら先輩の方が美人さんだもん、きっと見てくれる人もそっちの方が集まるよ」
俺は白百合を目を見ていた。
なにか遠くを見つめている様な、吸い込まれそうな目。その場にいるはずなのに、今にも消えそうなこの感じ。
普段白百合には感じないこの不思議な感じに、俺の鼓動が高鳴るのを感じていた。
「…知ってるか、白百合」
白百合がこっちを向く。
「ここら辺な、昔はススキ野原だったんだ」
「ススキ野原って?」
「うーん…ながーい猫じゃらしみたいな草だよ。とにかくそいつがずーっと広がってたんだ」
当時の様相を思い浮かべる。今いる地点は当時であればススキのど真ん中であり、おそらく右も左も分からない状態だっただろう。
「今では想像もつかないだろうけど、昔はそうだったんだ…」
「へぇー、そうなんだ」
ここまで言って、俺は2つ気づいたことがある。
俺はなんでこんな話をしてるんだろうか。
なんだか変な興奮の仕方をして、とりあえず頭に浮かんだことをそのまま垂れ流している様な気がする。
あともうひとつは、俺の中にある単純な感情だった。
「…つまりだな、お前も前はススキ野原だったんだろうけど、今は整備されたランニングコースになって…」
「???」
白百合に説明してるが、相手は相変わらず首を捻っている。俺も正直よくわかんなくなってきた。
「つまりだな!お前は今のままでいいんだよってことだ!」
ビシッと決める。
「…っぷ、なにそれ」
白百合が吹き出した。
ごもっともでございます…。なんだか少し、らしくない言葉を言ってるようで妙な頭痛がする。
白百合は、ベンチから立ち上がった。
「ま、あんたが私を元気づけようとしてるのはわかったわ」
「いや、そんなことじゃないんだけどよ」
「素直じゃないなぁ」
素直になんて、なれるわけがない。俺はどちらかというと、今の気持ちに反対したい。
「元気ももらったし、私は帰るね」
「明日、部活あるからこいよ」
白百合は少し驚いたようだったが、ニンマリと笑う。
「あっそ、じゃあ楽しみにしとくわ」
じゃあねと、小さく手を揺らして去っていった。俺もぼんやりと手をあげていた。
胸の鼓動は、まだ高いままだった。
俺は白百合に何を思っていたのか謎だった。なんであんな態度取られても平気だったのか不思議だった。