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それはある日の打ち合わせ中のこと。
有栖先輩の一言がきっかけだった。
「ちょっと白百合さん殺していいかしら」
場が凍りつく。
(またこの人は突拍子も無い事を…)
白百合の方を見ると、顔を真っ赤にして椅子に手をかけていた。
バックナンバーズ 第5話 『デッドエンドの行方』
数日前、俺達はメンツも集まったところで今後制作する映画の内容を決めるための打ち合わせをすることになった。
そこで、俺達は当面の目標は『なにかしらの形で映画を発表する』『映画自体は30分程度の短編にする』などの方針を決めていった。なにせみんなでの共同作業はほぼ初めての試みであり、しかも全員素人である。あまりはじめから無理をせず、少しづつ明確な目標にすればいい。
しかし、それにさし当たっての問題は…。
「で、あんたはどういうものを作るのよ」
白百合が聞いてくる。そりゃそうだ、自分が主演の映画なんだから内容が気になるところだろう。
「一応プロットは考えてある」
概要を皆に説明するが…。いまいち理解が得られ無かった。
「…面白いのかそれ?」
安藤が心配そうに言う。正直俺も、各シーンしか思い描いて無いので面白いかどうかもよくわかってない。
「まぁいいわ、ちょっと今の話から私も書いて見るわ」
その日は解散し、先輩の家でプロットの打ち合わせをする事になった。
先輩宅にて。
「とりあえずさっきので私なりに解釈してみたけど…」
先輩の話は流石である。あっという間に登場人物のキャラクターや、大まかな流れが出来ていた。
ストーリーは大まかに話すと、先輩に惚れた女の子が、彼の面影を追い求めるというものである。以前からずっと構想していたが、なかなか制作できないものだった。
2人で相談しながらプロットを書き出していく。俺のモヤモヤしたストーリーに少しずつ肉付けがされていく…。
「で、ラストはどうするつもり?」
先輩の言葉に手が止まった。
ラスト…正直まったく考えていなかった。
主人公の女の子は、このストーリーを通じてどのようなラストシーンを迎えるのだろう…。
そもそもこの映画企画の発端は、白百合の姿にあった。
「…正直、まだ考えつきません」
「そう、じゃあラストはこっちで決めてもいいかしら?」
現状、形にもなってないものを皆に見せるわけにもいかない。
とりあえずラストまで先輩にお願いすることになった。
次の日。事件はストーリーについての会議をする時に起こった。
「先輩プロットを書き出してくれたから、みんなちょっと見てくれ」
皆がいっせいにプロットを読み出す。あまり表情に変化が無いため、2人はどう思ってこれを見るのか…。
「いまいちわからんが、まあぁいいんじゃね?」
安藤言ってくれてホッとする。
白百合の方は…。
「いまいちわからないけど…そこは私の魅力でカバーするってことね!」
よく分からんが承諾してくれたらしい。
一応ストーリーラインは決まったので、あとは本格的にシナリオを書いていくのだが。
「ところでこの最後に書いてあるのはなんだ?」
安藤が最後の一文を指さす。
そこには『ラストは要相談』とあった。
決めるんじゃなかったんかい!
「実はラストシーンは結局自分では決められなかったの」
先輩もいくつか案はあったそうだが、どれもインパクトに欠ける、そこで皆の意見を聞きたいということらしい。
「今のところ、1番有力なのは、主人公の女の子は死んでもらおうかなって」
場が凍りつく。
「というわけで白百合さん、ちょっと殺してもいいかしら?」
明らかに挑発気味である。一方白百合は…顔を真っ赤にしていた。
おもむろに立ち上がると、パイプ椅子を持ち上げ振り上げた
「上等じゃコラー!」
安藤と二人がかりで押さえつける。
「おちつけ白百合!」
「だってこいつが私を殺そうとしてるのよ!?」
そりゃあくまでシナリオの話だ!
「やっぱこうなった…」
先輩が大きなため息をつく。
「私はね、デッドエンドこそ至高のラストだと思ってるの」
先輩の持論が展開される。
生命体である以上、絶対に避けては通れない生命活動の終止符。そこには一切の感傷を許さず、物語に確実な終わりをもたらす。
勇者が旅に出たら最後は?魔王が死ぬ。
作中思う存分悪事を働いたものが迎えるラストは?死ねばスッキリする。
探偵がホテルに泊まったら?誰かが死ぬ。
死は、作品を重厚なものにするために絶対必要なもの。
とのこと。
個人的には…かなりめちゃくちゃである…。人が死なない作品なんていっぱいあると思うが、この人はラブストーリーとかでも人が死ぬんだろうか。
白百合の方の反応は単純である。
「人が死ぬなんて悲しいじゃん!」
すっげー簡単な理由だな。
個人的にはあのストーリーで人死が出ること自体かなり不自然だと思ってるので、少々不本意だが白百合の意見には賛成である。
しかし、問題は安藤だった。
「いいっすね!デッドエンド!」
やはりこいつは食いついた…。めっちゃ目が輝いてる。
「日常において突然出てくる死!そこで気づく自分達の日常が所詮薄氷の上で成り立っているという事に気付かされる!まるでミニシアター系みたいだ!」
安藤の正体、それは「ミニシアターマニア」という厄介な存在だ。
奴はメジャーな作品にはあまり興味が無く、ミニシアターでとんでもない尖った作品を好む傾向がある。それが安藤が映研を抜けた理由でもあった。
何事も隔てなく見るタイプの俺とはこういった部分が反りに合わず、結局彼は映研から去ることになった過去があるのだ。
こうして、映研初の映画は早速エンディングに向けて派閥が出来てしまった。