シーズン01 第009話 「線形独立感情ベクトル方程式」
「辛みと辛みってどっちが辛い?」
「辛み」
「じゃあ辛みと辛みだとどっちが辛い?」
「辛み」
「うーん」
「そりゃそうなるわよ」
「やはり彼らは統一的な基準で競い合わなければならない」
「どこ視点で物を言ってるのよ」
「言語学者、かな」
「学者にしては無能すぎる」
「素敵なことだと思わないか。無から有を生み出せたら」
「それはどちらかというとポエマーの視点ね」
「あ、じゃあそれで」
「そもそもさっきの形容詞は二つとも量を表す概念だから、形容詞それ自体を競い合わせることはできないわよ」
「つまり形容詞はカス」
「違うわよ」
「ゴミ。存在価値なし」
「なかなか強情ね」
「ほら、形容詞なしでもボコボコに罵倒できたでしょ?」
「なし、はどうなのよ」
「あれは名詞になってるのでセーフ」
「そうだった」
「やれやれ、これだから学のない人間は」
「何なのよ」
「ポエマーごっこ」
「詩人に対するイメージが破綻してるわね」
「さて、形容詞の不要性が証明されたわけですが」
「確かに日本語は表現が複雑だからそういうこともできるけれど、かといって形容詞はなくても良いということにはならないと思うわ」
「うんうん、そうだよね。私もそう思う」
「急に意見を翻したわね」
「でも代替方法があるもの事実。つまり競合他者がいる」
「別に、好きな表現を使えば良いのよ」
「そう、つまり重要なのは形容詞を好きになってもらうこと」
「好きなのを使うっていうのはそういうことじゃないわよ」
「そのためには何をすべきか。形容詞ももっと新しいことを始めたらどうか」
「いったい誰に対して提案してるのよ」
「世間」
「演説でもしてくる?」
「やだ」
「でしょうね」
「ということでベクトル量を内包した形容詞というものを新たに定義したい」
「また何か言い出したわね」
「形容詞がベクトルで表現されると?」
「されると?」
「……?」
「さては数学力がないからフリーズしたわね」
「ほら、なんかいいアイディア出して出して」
「私を頼るな」
「えー。委員会はみんなが参加することが大事なんだよ」
「何で私まで委員になってるのよ」
「ここにいたから」
「とばっちりすぎる」
「ということでベクトルの特徴を説明してください」
「まず何次元ベクトルなのよ」
「?」
「ああうん、じゃあ方向性は従来の形容詞が決めるとして、その形容詞ごとに大きさを決めれば良いわけね」
「そうそう、そういう感じ!」
「これだから学がない人間は困るのよね」
「はっはっは申し訳ない。ぜひともご教授くだされ」
「とりあえず、日本語の古典表現に則って『うれしい』『腹立たしい』『悲しい』『楽しい』の四つの感情を互いに一次独立な単位ベクトルとするわ」
「一次独立って?」
「簡単に言えば、今回の場合はとりあえず四次元のベクトル空間を定義できるって意味よ」
「よくわからないので終わり!」
「おい」
「とりあえず、辛みと辛みのどっちが辛いかの結論は出したい」
「だからそれは『からみ』と『つらみ』なら『からみ』の方が『からい』し、『つらみ』の方が『つらい』わよ」
「じゃあすごい辛みと辛みだとどっちの方が辛い?」
「『すごい』の倍率がどのぐらいかかるかということね。何か参考になる例はないかしら」
「『きずぐすり』と『すごいきずぐすり』」
「ちょうど十倍ね」
「倍率確定」
「つまり、例えばカレーの辛さが十倍になったときに普通の『つらい』よりもつらいかどうかを判別すれば良いわけね」
「よし、じゃあ確かめに行こう!」
「は?」
「はいこれ、カレー屋さんのオープン割引券」
「……もしかして、これを渡すための導入だったわけ?」
「うむ」
「普通に渡しなさい!」
どちらかというならむしろベクトルが
感情側にすり寄ってくれ