シーズン02 第059話 「煮玉子焼きオムレツ」
「なんで玉子焼きが玉子焼きになったのかしら」
「玉子を焼いたから」
「そうなんだけど、玉子なんていくらでも焼き方があるじゃないの。目玉焼きとか」
「殻ごと火で炙ったりとか」
「それは見たことないわね」
「理論上は可能」
「理論上というかまあ、そうだけれど。どうなるのかしら」
「ゆで卵になるんじゃない?」
「100℃超えるわよ」
「上手くやらないと焦げるんね」
「殻の中でちゃんと焦げてくれるのかしら。ガスとかが発生して爆発しそうな気もするわね」
「ひびが入った状態の卵でゆで卵を作ると中身が出てくるのと同じ原理か」
「それは違うと、いや違わないかしら」
「一歩間違えたら爆発する。そういう緊張感の中で楽しむのが本来の玉子焼きだったはず」
「いや、だから殻ごと火にかける玉子焼きは見たことないわよ」
「やる?」
「やりません」
「残念」
「あなたのことだからどうせ爆発させるし」
「八理ある」
「なかなかの自信ね」
「殻ごとは焼かないにしても、わざわざ黄身と白身を混ぜたものを焼いたものに対して『玉子焼き』っていう一番工夫のない呼称を用いるのは若干違和感があるよね」
「何も考えずに卵を焼こうと思ったら普通目玉焼きになるわよね」
「あれは鉄板がないとできないからやっぱり殻ごと」
「それはもういいから」
「でも玉子焼きに関しては鉄板ですら拡散するからフライパン形式にしないといけないし確かに一番面倒な卵料理といっても過言ではない」
「それは過言。ケーキとかのほうが面倒よ」
「ケーキって玉子料理? 小麦料理じゃない?」
「じゃあマヨネーズ」
「……いわれてみれば!」
「卵感ないわよね」
「じゃあマヨネーズを焼けばそれもまた玉子焼きに?」
「やったことないからわからないけど、たぶんならないわね」
「私もそう思います」
「もしかして、玉子焼きって消去法で決められてたのかしら」
「消去法?」
「ほら、玉子焼き筆頭候補の目玉焼きは目玉っぽいから目玉焼きじゃない。殻ごと焼くやつはまあ聞いたことないけど殻焼きとか。でも玉子焼きにはそういう名前の付け方ができなかったとか」
「混ぜ焼き」
「お好み焼きっぽいから不採用ね」
「なんでお好み焼きの方に優先権があるんだ!」
「権力闘争にでも負けたんじゃない?」
「なにー!? ローカル食の分際でよくも」
「怒られるわよ。あと小麦は玉子よりもインフラ寄りじゃない。それにお好み焼きとしての混ぜ焼きにはおそらく玉子も含まれてるでしょうから、そのあたりを妥協点として混ぜ焼きの名称がお好み焼き側に引き渡されることになったんじゃないかと思うわ」
「料理の命名は思ったよりも複雑な経緯を経て決定されてるんだね」
「まあ、混ぜ焼きなんてお好み焼き聞いたことないんだけれどもね」
「あらら」
「あ、でもスクランブルエッグっていうのがあるわよね」
「混ぜ玉子!」
「あれ、玉子焼きのことよね。なんで混ぜ玉子ってそのまま翻訳しなかったのかしら」
「いや、スクランブルエッグはスクランブルエッグでしょ」
「長いじゃない」
「そうではなく、玉子焼きとスクランブルエッグって別じゃない?」
「別なの? 違いがよくわからないのだけれど」
「半熟だとスクランブルエッグ、ちゃんと焼き切ると玉子焼き」
「玉子焼きの中に半熟のが入ってるパターンもあるよね」
「オムレツ」
「ややこしいわね」
「または、スクランブルエッグもオムレツも玉子焼きなのかしれないね」
「なるほど、集合名詞ね」
「となると目玉焼きも玉子焼き?」
「玉子を焼いているのだから原理的にはそう扱うべきね」
「玉子を焼いた料理のカタカナ表記系の総称なのかも」
「海外から入ってきたスタイルを日本で訳すときに複数の概念をまとめて一つの語に訳してしまったというパターンね」
「あれ? 玉子って海外から入ってきたんだっけ?」
「ニワトリの見た目がなんとなく和風っぽくないし、西洋出身じゃないの?」
「でもキジとかカラスとか、鳥なら卵は入手できるよね」
「昔の日本人は巣に手が届かなかった」
「そんなことはない」
「それもそうね」
「それに寿司に玉子ってあるじゃん」
「これは完敗ね」
「そうか、玉子!」
「どういうこと?」
「玉子焼き、卵かけご飯、ゆで卵。さて、仲間はずれはどれでしょう」
「卵かけご飯かしら。卵以外の物が混入してるもの」
「そういう考え方もあるか」
「不正解っぽいわね」
「漢字に注目」
「……なるほど、玉子ね!」
「つまり、もともと玉子自体が卵を焼いたものを示す言葉だったんだよ!」
「それで玉子焼きなのね!」
「そうそう。だから玉子焼きは玉子焼きに……あれ?」
「……あら??」
論理的整合性を排除して
雰囲気だけを重視すること