シーズン02 第058話 「見ムービー」
「映画を見るのにもそろそろ何か専用の名詞が欲しいわよね」
「名刺?」
「名詞」
「誰に配るの?」
「あ、自己紹介カードの名刺じゃなくて、文法上の単語区分の名詞ね」
「なるほど。映画館で名刺は配らない」
「配って悪いことはないけれどもね」
「明確に悪いでしょ」
「名刺ってそんなに邪悪かしら」
「邪悪ではない」
「そうよね」
「そうではあるが」
「カードの名刺はよくて、文法の名詞の話」
「映画の名詞?」
「そうそう。正確には名詞化した動詞ね」「ingとかだ」
「そうそう」
「えいぎんぐ」
「そうではない」
「本当だ。よく考えたら名詞を動詞化していた」
「名詞を動詞化したうえで名詞化してるわね」
「再翻訳じゃん」
「こういうのは少し意味が変わるやつね」
「再翻訳だからね」
「映画をまず動詞にするところから考えると」
「eagerかな?」
「それは『熱心』ね」
「おお、ちょっと映画っぽい!」
「あと形容詞ね」
「だめだった」
「別に英語でやる必要はないのよ」
「母国語を信用していこう」
「ほら、劇を見ることを『観劇』って言うじゃない」
「言うね」
「で、映画を見ることは?」
「あー! 確かに表現が無い!」
「そうなのよ。映画も白黒から数えたらもう100年? 150年? ぐらいなわけだし、そろそろ鑑賞を表す専用の名詞が現れても良いはずの頃合いじゃないかしら」
「けど、もう少し歴史の長い落語とか歌舞伎とかも専用名詞なくない?」
「あー、上が詰まってるのね」
「ちなみに平安まで遡るとストーキングには『垣間見』という専用名詞が」
「若干趣旨が違う気がするわね」
「別に時系列逆転してはいけない理由もないので作ればいいんじゃない、映画見」
「映画見はまた違う気がするわね。そもそも『◯◯見』で全部に使えるよえになるし」
「つまっていた時の水道管がこんなにもすっぽりと綺麗に貫通!」
「市民権を得られないので残念ながらそうそう話は単純ではないわ」
「残念だ」
「というか、『観劇』がそもそも映画にも使えるんじゃないかしら。正確にはストーリーがあるもの全てに」
「小説も?」
「集団で見るやつのみね」
「集団幻覚も?」
「集団幻覚、ストーリーあるかしら」
「参加者の質による」
「幻覚をエンターテイメントとして消費するんじゃありません」
「はい」
「劇じゃない映画ってそうそうないじゃない。だからきっと映画も観劇できると思うのよ」
「ドキュメンタリーはだめ?」
「ドキュメンタリーでもストーリー性はあるはずよ」
「動物系のドキュメンタリーも?」
「いちおう監督が何らかの話を表現しようとしてるんじゃないかしら」
「サメとかワニが暴れる映画も?」
「あ、それはダメね。完全にダメ」
「映画、陥落――」
「いや、映画だけじゃなくて演劇でもダメよ」
「辛辣」
「もちろん歌舞伎も落語もサメとワニはダメね。あと大きいヘビ」
「いや、サメの映画を落語とか歌舞伎とかにしたやつ、それはむしろ見たくない?」
「……たしかに!」
サメ映画原作なので、ぬいぐるみ
とかが普通に出てくる落語