シーズン02 第019話 「三角形は常に回転すると思っている人にとっては受け入れがたい現実かもしれませんが……」
「再生ボタンってなんで三角形なんだろう」
「再生ボタンの形の三角形は左向きに移動しようとすると抵抗が大きくなるけれど右向きに移動しようとすると抵抗が下がるので、この特性をもってして右に進むということを表しているのだと思うわ」
「なぜ右」
「再生ボタンが最初に使われたのってたぶんラジカセよね。あれのテープが再生すると右に進むんじゃないかしら」
「本当に?」
「仮にテープが左に進むとしてもそれは読み取りヘッダーが相対的に右に進んでることを意味するから結局右で正解よ」
「How to 言い matter だ」
「何よそれ」
「物は言いよう」
「何で言いだけ日本語にしたのよ」
「ほら、『物は言いよう』の英訳はたぶん『How to talk matter』じゃないんだけど、言うを日本語にすれば文全体も日本語ということになるので母国語話者であることによりもたらされる圧倒的理解力でちゃんと伝わるでしょ?」
「いいえ」
「修業が足りん!」
「何の修行よ」
「……花嫁修業?」
「果たして世の一般男性はそのような女性を花嫁にもらいたいと思うのでしょうか」
「何とも don't talking」
「まあ、再生ボタンに限らず、右向きが進んでるように思えるのは横書きが右向きに書かれるからじゃないかしら」
「ってことはアブダビの再生ボタンは左向き?」
「……なのかしら。右向き横書き圏から旅行に来る人にとってはちょっと困るわね」
「この辺新たなビジネスチャンスになったりしないかな。『サラリーマン必見! 石油王は左に進む』みたいな本とか」
「左に進むから何なのよって話ね」
「文字が左向きに書かれることによって、右向き文字文化圏の人には思いもしないような発想力が鍛えられたりそんなこともなかったり」
「日本語も今は右向きだけれども戦前の新聞とかを見ると右から左に書かれてるわよね」
「なるほど、ということは本の最終章の表題は『日本人よ、アラビアへ帰れ。』だね」
「国外退去処分ね」
「というか日本語って左向きっていうより下向きじゃない? 右から左の見出しも横書きっていうより縦書きを一文字ずつ改行してるってことだったはずだし」
「そうね。日本に限らず漢字文化圏が、というところかしら」
「でも日本でも再生ボタンは右向きだよね」
「下向きだとエレベーターの下がるボタンね」
「エレベーターが進む、といったら果たして上向きのことなのか下向きのことなのか」
「どっちもじゃないかしら」
「x座標の移動がない場合は進むという概念は発生しないと」
「座標軸の取り方によるけれど、例えば地上の横向きがx、縦向きがy、上向きがzとしたら、進むって言ったら基本はy軸の正の方向よね」
「xは?」
「横移動」
「カニは進むことはできないというのか!」
「話がややこしくなるからカニはいったん無視するけれど」
「じゃあエビ」
「エビは前に進めるでしょう」
「そうだった」
「ともかく、x軸方向の移動っていうと身近なものではホームから見た電車が挙げられるけれど、あれも右向きと左向きどっちが進む方向かっていうと特になかったりするじゃない」
「ホームから見た場合電車は基本右に進まない?」
「そんなことないわよ。左側のドアが開くことだってあるでしょう」
「……開くドアと進む方向は同じなのか! すごい!」
「座標軸が違うけれどもね。電車もいったん乗ってしまったら進む方向は前、すなわちy方向ということになるわ」
「三次元空間では進むといえば基本前になるわけだね」
「まあ、だいたいそうだと思うわ」
「……ということは、エレベーターの正しい乗り方は上昇するときはあおむけ、下降するときはうつぶせにそれぞれ寝転がることなのでは!?」
「だから、あれは進んでないのよ!」
「進む、結局目的地にたどり着く方向ということな気がする」
「私もそう思うわ。そしてこの定義ならカニの進行方向問題も解決されるわよ」
「良かったカニ!」
「語尾?」
「逆説じゃないからまあ語尾かな」
「そういう意味では再生ボタンが右向きなのも、終わりに向かって読み取りヘッダーが右に進んでいくイメージね。動画サイトとか、下のシークバーが右に伸びていくじゃない」
「カセットテープは?」
「ヘッダーが右に進む、だからたぶんテープは左に動いていたはずよ」
「論理的思考能力の勝利だ」
「まあ仮にヘッダーが左に進んでいってたとしてもテープは右に進んでいるから結局右で良いのよ」
「集合的思考能力の勝利だ」
「でも何で目的地を右に置いたかっていうと、やっぱり文字が左から右に書かれていく文化と関係があるような気がするわ」
「つまり漢字文化圏においては上から下にシークバーが流れていく動画サイトに新たなビジネスチャンスがあることを石油王が教えてくれた」
「石油王はどこから出てきたのよ」
「漢」
「石の油王ね」
「誰だ」
「あなたが言い出したんでしょう」
「nothing to say だ」
「にも? とも?」
「ともです」
「それなら can't say anything よね」
「こうなるので日本人はおとなしく何とも don't talking とか言っておくのが平和」
「普通に日本語で言いなさい」
「一理 exist」
回ってる寿司が左へ向かうのは
客が世界の外側だから