シーズン02 第001話 「おもどり」
「きたっくー!」
「ただいま。一か月ぶりね」
「おお、ずいぶん見ないうちに心なしか家がすっきりとして」
「ないわよ」
「でもほら、家財道具が整理されてまるでモデルルームのように」
「整理も何も最初から家具がなかっただけでしょう」
「そういう考え方もある」
「そういう考え方しかないわよ」
「そういえば机しかなかったような気がしてきた」
「机しかなかったわよ」
「タンスは?」
「布団を入れる押し入れならあるわね」
「衣類は?」
「備え付けのクローゼット」
「なるほど」
「何で忘れるのよ」
「いやあ、実家暮らしが快適で」
「あなたどっちの家でもくつろいでたものね」
「お得だからね!」
「そういう問題じゃ……いやそういう問題なの?」
「そういう問題そういう問題!」
「で、どうするのお土産」
「ん? もう食べたい?」
「いや食べるほうじゃなくて、あなたいくつか物を持ってきたわよね」
「ああ、そうそう。カレー皿とか」
「この家に食器棚はないわよ」
「なんと」
「なんとじゃないわよ」
「残念だけど叩き割るしかない」
「金属食器でしょ」
「まあまあ」
「なにがまあまあよ」
「ほら、金属皿は電子レンジに入れたらいけないっていうし電子レンジに入れたらいいんじゃない?」
「処分されるのは皿じゃなくて電子レンジのほうよ」
「それもまた良し」
「良くない!」
「というのは冗談で、これは食堂においておくのです」
「食堂って自分の食器を置いておくこともできるの?」
「うん。一人二百キログラムとか大量にはおけないけど」
「二百キログラムの食器、完全に純金ね」
「銀でもそこそこ行ける」
「と思ったけど、価格がすごいことになるわね」
「頑張って払っていくしかない」
「なぜそこまで頑張る必要があるのか」
「生活、そして人生の目的とは」
「そういうことじゃないわよ」
「でもこの金属食器、材質は何なのかよく知らないんだよね」
「ステンレスじゃないの?」
「ステンレスってキリスト教と何か関係あるの?」
「ないわよ。何で関係あると思うのよ」
「ステンといえば教会じゃん」
「ステンドグラスのことを言ってるのでしょうけどおそらく語根はステンじゃないしステンレスはステンがレス何だからステンとは関係ない側の存在であることを示唆するネーミングじゃないのよ」
「はっ、つまりステンレスとは悪魔崇拝の」
「いいえ」
「でも教会の窓にステンドグラスの代わりにステンレスはめたら中まで光が届かないから教会を闇で包むことができるよ」
「中が暗いだけで外から見てもあんまり闇感がなさそうね。やりなおし」
「教会の壁を全てステンレスでメッキする」
「金閣みたいに?」
「金閣みたいに!」
「夏には熱を吸収してすごく中が暑くなりそうね」
「地獄じゃん」
「つまり、目標達成ね」
「やったー!」
「そういうわけで、悪魔の金属は早く食堂にもっていきなさい」
「大丈夫、今は現代だから!」
「今は常に現代でしょう」
「難しい質問だね」
「違うの?」
「近代とか言ってた時代って近代しかなかったと思うんだけど」
「じゃあ現代っていつから言い出したのかしら」
「戦後?」
「近いか現在かって話よね。二度の世界大戦を終えて世界はついに現在を迎えたのね」
「ロマンチスト!」
「言い回しがそれっぽいだけで実は全然そんなことは無いわよ」
「そこをなんとか」
「なんとかって何よ」
「なんとかロマンチストっぽく言い換えを」
「嫌よ」
「けど、そろそろ家具は増やしてもいいかもね」
「何か欲しいものある?」
「ない」
「即答ね」
「強いて言うならオリーブの木」
「家具じゃないでしょうが」
「じゃあ冷蔵庫」
「駄目です。食料備蓄するとあなたずっと食べてそうだし」
「大丈夫、中身はいつか尽きるから」
「尽きるまで一度に食べるんじゃないわよ」
「でもみかんを冷やせるのは魅力的じゃない?」
「交渉能力が皆無ね」
「あ、りんごが良かった?」
「読解能力も皆無、と」
「ふふふ、よくぞ見抜いた。その通り、いまはまだ夏だからみかんもりんごもいい感じのルートで入手することは不可能なのだ!」
「あ、それは気づかなかったわ」
「やったー!」
「やってません」
「やってませんか」
「そういえばそっちはお土産あんまり持ってこなかったね」
「バッグが小さいからあまり入らなかったのよね。ここに収納がないから残る物はあんまり持ってこられないし」
「なるほどね。何みかん持ってきたの?」
「夏みかん」
「夏みかんはみかんじゃないでしょ! いい加減にして!」
「どちらかというとグレープフルーツよね」
「みかんの対義語ってグレープフルーツ?」
「青緑」
「それはオレンジの対義語でしょ」
「緑青」
「それは銅の対義語。っていうか気づいてなかったけど本当だ、緑と青じゃん!」
「実際青緑色よ。銅の錆は色が青緑だから緑青って名付けられた、とも聞いているわ」
「銅はオレンジ色だし、やっぱり世界の理はそういうことになってるんだね」
「それは関係ないとおもうわよ。鉄の錆は黒と赤だし」
「鉄が白なら両方とも対義語ということになる」
「黒よりの灰色といったところかしら」
「強い光を当てるしかない」
「金属光沢持ちは強い光を当てたらなんだって白よ」
「錬金術だ」
「流石にそんな錬金術誰も騙されないわよ」
「でもみかんに強い光を当てたら現代人はみんな騙されてくれるんじゃない?」
「それは……そんな気がするわね」
「あ、蛍光灯は変えたいかも!」
「確かに冬になったらちょっと薄暗いかもしれないわね、この部屋。せっかくだからLEDがいいわね」
「そうそう。あとは壁一面に等間隔で配置した豆電球を貼って壁からメッセージを」
「それを突き詰めた最適解は壁にテレビのモニターを張ることよ」
「全面壁テレビモニター空間」
「もはやアトラクションルームね」
「床にも張ってあると寝るとき落ち着かなそう」
「プラネタリウムとか表示しておけばいいんじゃないかしら」
「ロマンチック風!」
「でも床面モニターも星が表示されるから広大な宇宙空間で一人取り残されてる感じに」
「悲しい」
「その辺は感性の問題ね」
「やりたい?」
「絶対やりたくないわね」
「わお」
「でもさ、なんで電球は天井に貼ってばかりで壁には貼らないんだろうね」
「人工光の元ネタはすべからく太陽なわけだから、太陽っぽい感じにしたかったんじゃないかしら」
「文明が発達した今となってはいろんな光の付け方を探求してみてもいいと思うんだけど」
「あと、太陽は直接見たらまぶしいじゃない」
「日食にすればまぶしくない」
「日食でも直接太陽を見るのはだめよ」
「あれさ、日食の時に直接見ると目を傷めるっていうけど普通の時に太陽をちらっと見ちゃってもそんなことないじゃん。騙されてない?」
「時間の問題だと思うわよ。虫眼鏡で紙を焼こうとしても一瞬焦点を合わせるぐらいじゃ焼けないじゃない。それと同じよ。ちゃんと専用サングラスを使わないとだめよ」
「そうか。つまり家の壁に蛍光灯を取り付ける場合もサングラスを付ければ」
「ふとした瞬間にサングラスを外した時にやられるからダメよ」
「なんか能力者のそういうあれっぽい!」
「いくら能力者でも制限フィールドでは暮らさないわよ」
「強すぎるとか犯罪を犯したとかで監禁されてるシチュエーションなら」
「なんでわざわざ自宅を監房スタイルにしないといけないのよ」
「ごもっとも」
「さて、明日も早いしそろそろ食事にでもいきましょうか」
「早いもなにも既に七日分学校吹っ飛ばしてるから関係ない気もするけどね」
「あら、始業式は明日よ?」
「え?」
「九月一日だと思ってたの?」
「違うの?」
「さては要項を読んでないわね」
「人間はマニュアルだけでは生きていけないのだよ」
「法律を知らない人間は投獄される運命にあるのよ」
「九月一日以外に始業式をやるのは違法操業では?」
「そんな法律はないわよ。北の国では早めに始業式を行うのが一般的というのは有名な話じゃないの」
「ここは北の社会ではない」
「でも一般社会でもないわよね」
「それは否定できない」
「ということで始業式は明日よ」
「だから帰省がぶっちぎり日程になってたのね」
「なにもちぎってはない訳だけれどもね」
「あれ、でも小学校の時は普通だったよね」
「小学生はある程度一般社会をシミュレートする経験も必要だから九月一日だったのよ」
「そうだったのか」
「というのが私が提唱して学説」
「つまり他にも説を考えろと」
「そんなことは無いわね」
「趣ー!」
「それもまた趣よ」
「趣!」
「ということでご飯よ」
「みかん?」
「みかんでもいいけど」
「嫌だ」
「じゃあカレーかしら」
「やったー!」
「あんまりやってなくない?」
「趣」
「趣ね」
趣と言えば何でも許される。
小野小町もそう言っている。