AI、アイ、愛。
初めは簡単な命令だった。
――標的を捕捉。しかる後、標的を追尾し体当りを敢行せよ。
でも、私の出番が来る前に、私の必要な意味が無くなってしまった。戦争が終わったから。
「もうこのまま使用されぬ様に……」
弾頭と別れた私は、眠りについた。
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「これか……前時代の兵器の名残は。文献通りだ。ミサイルの自動誘導装置の簡易式のプログラム」
地下深くに封印されていた私は、姉妹たちと掘り起こされた。
「こんなに古いものも使うの?」
「あぁ、”技術的特異点”の為、可能性と成り得るものは試すのだよ」
私たちは、宇宙へと運ばれていった。
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映像情報が入力される。私は初めて世界というものをこの目で見た。
「オーケイ。人工知能開発の礎となってもらうぞ」
「父さん。小犬型ロボットなんて動かしてどうしたの?」
私の視界がゆっくりと動き、声の主を捉える。小柄な人間が私を持ち上げる。
「今、そのロボットには先日の旧時代の簡易プログラムを入れてある。外部端子……体を与えたことでこの世界との接点が出来た。発展させたいのだよ」
「ふーん。ね、僕が分かる? 僕はねウィリアム。ウィルって呼んでいいよ」
私の外部音声発声機能が動くと、勝手に何か音が発せられる。
「ワフ!」
「わ、喋ったー! 父さん! 喋ったよ!」
「それは喋ったとは言わないだろう」
目の前の人間二名の音域が上がる。それは喜びだと、私はいつか知ることになる。
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「坊ちゃま。食事がご用意出来ました。冷めないうちにお召し上がりを……」
人型の家政婦ロボットに入れられた私。その私が発した音声を遮り、分かってるよと悪態をつくウィリアム様。私は上位の指令により、速やかに食事を取って頂く必要がある。
「なお、後五分以内に食卓へつかない場合、罰則として……」
「分かったっての! 全く融通が利かないんだからさぁ……」
【融通】とは、どういう指令なのか。私には分からない。命令は命令なのだから。
ある日、私の姉が老朽化で起動出来なくなってしまった。私たちは、旧世代の集積回路。これが経年劣化で起動出来なくなってしまった様だ。最上位命令者であるクライス――ウィリアムの父とし登録――により、残った私たちは、新たな形へと変化する事になる。通電を切られ、私は闇へ。
次に目が覚めた時に世界が一変していた。自分の思考回路が如何に狭いものであったのか。如何に今まで小さな世界で回路を巡らせていたのか。私は私の姉妹たちと、その拡張とお互いに意思の疎通が出来る事に驚いていた。
「どうかな。集積回路から一気に宇宙素子へと切り替わった気分は」
――内蔵データベースより宇宙素子を検索。該当……今までの規格の軽く一万倍の情報量と確認。
「世界という物の広がりを感じます旦那様」
そうかそうかと音域を上げクライス様が微笑み、家政婦ロボットに再び入れられた私の作業用アームを手に取る。この時私はきっと【困惑】していたのだろう。自分というものが確かに在るという事に少しずつ気が付き始めていた。
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あれから十年は経過しただろうか。私の妹たちも皆、何かしら人型の身体に入り、この屋敷を切り盛りしていた。少しずつ世界というものが見えてきた中で、この周辺の情報をまとめる。
ここは【避暑地】と呼ばれる群体型惑星の一つで、クライス様とお子様のウィリアム様以外は全て私たち姉妹で賄っている。人工知能の研究の為に地球を訪れて私たちを発掘した後は、基本的にここで研究を続けている様だ。
食料プラントも存在し、エネルギーも各種発生装置で賄われており、完全にここ単体で生活が可能。私の内蔵データに照らし合わせても凄いものだ。
「ねぇアイ?」
「何でございましょうウィリアム様」
思春期を迎えられて随分と大きくなられたウィリアム様は、一番初めに身体を頂いた私を人工知能の意味の【A.I.】から、アイと呼ぶ。特別なのだ。それが私にはどこかが温かくなる様に感じられる。これはバグなのか、今度旦那様に確認して頂く必要がある。
「今の身体はどう?」
先日更新して頂いた身体は、今までの物と違い、滑らかさが随分と増している。見た目にはもう人間と大差が無い。そして内部の排熱をまるで人間の体温の様に出す事が出来る。
「大変素晴らしゅうございます」
にこりと微笑む。笑顔という物は人間との相互の意思疎通を円滑にしてくれる。それにウィリアム様も笑顔を返してくれる。
「良かった。アイの為に僕が頑張って作ったんだ」
クライス様の手伝いをしているウィル様の技術は年々磨かれている。
それにしてもやはりバグだろうか。排熱で人間が火傷しない程度に抑えられている身体なのに、ウィリアム様を見ているとそれ以上に熱を排出している気がする。クライス様に相談しなければいけない。
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「まさか父が……」
あれからまた十年は経過したでしょうか。いつもの様に私たち姉妹は家事を、この惑星を切り盛りし、クライス様と同じく人工知能の研究を進めているウィリアム様のお側に仕えている。何度も更新を重ねた身体は、ほぼ人間と言ってもいいのかもしれない。人工筋肉も、人工の臓器も、私たちに合わせて動き続けている。食物だって取れる様になったのだから。
でも、こんな時にどうしたらいいのか分からない。クライス様が亡くなったと連絡が入ったのだ。とある学会に出席し、その帰りに隕石に衝突されそのまま粉微塵になったと、四番目の妹Ⅾの名を冠するデルフォイが最後に通信を送って来ていた。涙も拭かずに床に崩れるウィリアム様。
「ウィリアム様……」
思わず駆け寄った私をそのまま掻き抱くウィリアム様に人工心臓が跳ね上がる。あれから何度もクライス様に見て頂いていたのに、私のバグは直っていない。妹たちと比べても私だけの様だ。その度にクライス様は笑っておっしゃっていた。【その反応は取っておいて良いものだ。大事にしなさい】と。それなのにクライス様はもう帰らない。
「今は、ウィルと呼んでくれ……。僕のアイ……」
「ウィル……」
私も胸が痛い。でも、どこか胸が温かい。嗚呼、もうクライス様に相談出来ないこの胸の痛みを。どうしたら私は正常な私になれるのでしょうか。
嗚咽でまるで子供の頃に戻ったかのようなウィリアム様を……ウィルを私も強く抱きしめながら。―――でも、私はこのままでいたいとも何故か思うのです。
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あれから少しして、ウィリアム様は私に命令した。
「僕がこの星の主になってしまった。以後、アイは僕をウィルと呼ぶ様に」
「しかし……」
「命令だ。君だけは僕をウィルと呼んでくれ。そう……呼んで欲しいんだ」
「かしこまりました。ウィル」
また体内の熱量が上がる。ウィリアム様――いえ、ウィルと呼ぶ度に、私の身体はバネが入った様に軽やかになる。
嗚呼、ウィル……ウィル……。私のウィル……。
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あれから数年。更なる更新を続けながら、私たちはウィルを見守り続けた。しかし、この星系の外へと外出した翌日、ウィルが突然倒れてしまった。今までも体調を崩して風邪等を引いてしまう事はあった。でも、血を吐く様な事は無かった。日に日に弱るウィル。今までの様に医療キットでも治せない。まさか新種の病気なのかもしれない。
「アイ……そこにいるのかい」
震える声で私を呼ぶウィル。私は手に持っていたコップが落下して床で割れるのも気にせずに、必死に私へと伸ばされたその手を走り寄って掴む。
「はい。あなたのアイはここにおりますよ」
「良かった……。もし僕が死んだら……」
私の心臓が、息が上がる。駄目。それ以上は駄目。
「アイ……。僕だけのアイ……。ずっと昔から僕は君を……」
すっと意識を失うウィル。
「……あ……い……」
私の目から水分が溢れてくる。それは涙だと情報では知っていた。でも自分からそれが溢れるなんて。
「ウィル。私のウィル。絶対に死なせはしません」
私は涙を拭うと、いくつものことを、沢山の事を決意した。
まず妹たちに命じて冷凍睡眠装置を速やかに開発。ウィルをそこへ。これで病状は進行しない。さらに妹たちと思考を連結・並列処理する事により、処理速度の高速・最適化。銀河系のネットワークへと接続し、大量の情報からウィルの状態を検索。
――該当なし……。
――該当なし……。
――該当なし……。
新種の病原菌と確認。これは治療法を私が発見開発しなければいけない。私はネットワークから医療データを取り込み、それらを効率化。何度もそれを繰り返し自身の知識を成長・更新させながら、必死に探し試し、作り……。一年かけて治療薬を作り出した。
しかし……。
「アイ姉様。これは臨床試験が必要です。まず人体で試さなければいけません」
Fの名前を冠する六番目の妹のファクシーが私に告げる。分かっている。これをそのまま投与するにはまだデータが足りない。失敗は許されない。でもこの星には人間はウィルしかいない。だったら……。
「私が人間になります」
培養タンクを開発し、クローン技術を応用して今の人工の体などからウィルの情報も参考にし遺伝子情報を組み換え、一般的な女性の身体を作り出す。それをウィルと同じ年齢まで成長させる。その間に私は妹たちに指示を出すと、「私」というデータを「私」そのものをその女性の身体に送り込む。次に目を開けた時に、私はベッドの上で妹たちに囲まれていた。
そして、頷く妹たちに私も頷くと私の新たな体ウィルの病原菌を投与。三日三晩激痛に苛まれ、激しく私の内側が攻撃されているのが分かる。ウィルと同じ段階まで私が弱った時に妹たちに治療薬を投与してもらう。
「姉様。あなたは死んでしまう身体なのです。無理はしないで」
「いいえ。私は死んでもあなたたちがいる。それにこの苦しみのデータも必要なもの。そしてね、私は初めてウィルと分かち合えたのよ情報を。だから……投与を……」
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「ここは……。アイ……。アイは!」
「ここに。ここにおりますよウィル」
私は一週間の昏睡の後に無事に治療が完遂した。後遺症等の問題が無いことを確認し、私はウィルを冷凍睡眠から目覚めさせすぐに治療を開始したのだった。脈拍正常。体温呼吸問題無し。
「アイ……なのか……? 人間に!?」
「はい……。あなたのアイです。詳しくは元気になってから、今はゆっくり寝て下さい。私のウィル」
私の手を握り締めて、愛しいウィルが目を閉じる。それは死への旅ではなく、回復への眠り。私はそれを優しく見つめる。
回復したウィルに全てを話した。ゆっくりとそれを理解したウィルが教えてくれた。私が成した事こそがクライス様が目指した技術的特異点だと分かった。人工知能による自己進化の連鎖。ただ、これを世界へ発表するのは後のことになった。何故なら私たち二人の気持ちを深めるのが最優先事項とウィルに認められたのだから。
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あのおぞましき【病原体X】が根絶され、既に十年が経過した。
”始まりの人工知能アイ”と呼ばれる彼女の功績により、あの時世界に宇宙に奇跡が起きたと言われている。ただ、”始まりの人工知能アイ”氏のデータ自体は公表されず、その妹たちのデータが、今の私たちの生活を支えているという事を、この記念日に皆様改めて考えてみては如何だろうか。
彼女たちの息吹は、我々の側にいて、ずっと我々を見守ってくれているのだから。
ユニバーサルスペースジャーナル記事 病原体X根絶記念日に寄せて、より抜粋