”An old fox is hardly caught in a snare”(亀の甲より年の功)
今回は、かなり毛色が違う雰囲気になっております。
私の主人は浮気者でした。いつだって違う女を連れて来て、そして別れては「俺には相応しく無かったんだ」等とのたまう様な、ちょっと駄目な主人だったんです。
でもね、私には優しかったの。だから私は許してしまうのよ。
「さ、ヴォルペや。そろそろ寝て次の時代に行こうじゃないか」
そうね。そろそろこの時代にも飽きてきたところ。私たちは、二人の為の大きなベッドに横たわると、次の時代まで眠りにつく。そう何度も何度でも私たちは未来へと翔ぶの。
**********
眠る前には、特別なお酒を嗜むの。そう、それはまるで仙人が飲むお酒の様な。きっと、今考えるとそれが私を変えたのでしょうね。主人はちっとも気付かなかったけれど、私があまりにも頭が良くなり過ぎた事はまるで見えてなかったみたい。
この時代も、主人は色々な国、色々な星で放蕩の旅をしていたわ。勿論私を伴って。そりゃ私だって嫉妬もするわよ。主人がわざわざ見せるものだから、私だって色々な体の動かし方だって覚えたわ。そうね、私自身としては美人のつもりなのだけど、やってきた女たちは皆、可愛いと口を揃えて言っていたわ。
幾度も、何度でも時代を翔び続け……主人はその度ごとに自分が緩やかに老いていき、そして色々な薬で自分を私を変えていき、私がもう人間の姿になっていた事さえ驚かなかったわ。今にして思えばそれはきっとまさしく【老い】だったのだと思うわ。幾らずっと寝かせておいた財産を、銀行で一世紀単位で利子を付けさせても、少しずつ減っていった様に。まるで私が彼の財産と生気を吸って育ったかの様に……。
そうね。沢山の戦争を、流行を、人間を見たわ。私とは大違い。私の欲はそんな所にないの。私はね、ただあの人と一緒にどこまでも行きたかっただけ。生きたかっただけなの。でもね、ある日彼は言ったわ。
「もう終いにしようかヴォルピ。俺はそろそろ満足したよ」
どうして人間って、男って勝手なのかしら。散々私を巻き込んで幾つもの時代を超えて、さらには私を動物から人間に変える程までに側に侍らせて……。なら、私の愛にだってもっと気付いて欲しかった。
でも、彼は呆気なく逝ってしまったわ。財産を全て私に残して。
私はね。財産なんか要らなかったの。ただ、彼と一緒に……。
**********
我々ユニバーサルスペースジャーナルの長時間の取材にも関わらず、ヴォルピ婦人は自らのペースを落とさずに話し続けてくれた。
冷凍睡眠装置の最長使用記録保持者であり、恐らく現在人類最年長であろう彼女は、憂いと共にその衰えない美貌を我々に見せてくれた。
最後にした質問にだけは、彼女はきちんと答えてはくれなかったが、取材をしていた私は、部屋にずっと香っていた匂いが気になっていた。それは月にあるZOOパークで嗅いだ事のある匂いに酷似していた。――そう、動物のキツネの香りに。
『あなたは、かつてキツネだったのですか?』
彼女は一言それに答え取材は終わった。
”An old fox is hardly caught in a snare”
(歳を取ったキツネは賢いのよ)
亀の甲より年の甲という地球のことわざは、彼女を如実に表している様であった。
結局今回の取材でも、彼女の尻尾を抑えられなかったと、取材を担当したディビットは後日語ったという。