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月は優しき夜の女王

※2月12日11時31分 若干修正しました。

 ──また、星が一つ流れて堕ちていった。


 無駄だというのに、何故そこまでして戦いたがるのか。セレーナはため息一つ吐くと足元に座って共に宇宙を眺めていた使い魔を呼ぶ。


「スチュー、行こう」

「人間って本当に無駄が好きだね」


 足元の黒猫は尻尾を一振りすると、呆れたようにあくびを一つ。



──本当に、何故こんなにも無駄な争いをするのだろう。セレーナは岩塊の隙間に作った我が家へと向かいながら、温かな紅茶の事だけを考えるようにした。




 あれだけ発達していた銀河中のAIが突如停止。それ前提で作られていたネットワークが崩壊しかけた時、無尽蔵と思われた土地は奪い合いになった。地球化された惑星の値段はどんな屑星でも天文学的な金額となり、そしてそれに手が届かない人々はもっとも原始的な方法で生き延びようとした。すなわち蹂躙。


 残った資源を武器に変え、ひたすらに消耗し合った先に残った物に価値はあるのか。ここ銀河の膨張と共に地球月(アルテミスムーン)等の中心地から離れたここ惑星セレンも、次第に狙われるようになってしまった。


──Growing intelligence

──通称【G・I】 成長する知能


 まだ研究中だったそれをどこからか手に入れた、この惑星セレンの人間は、それを使ってセレーナを作り上げた。成長する知能であり、ほぼ人間でありながらも人間以上の機能を有したセレーナは、この惑星に近付いた船のコンピューターを乗っ取り侵略を諦めさせた。それでも手動で制圧を試みる侵略者はセレンの衛星である月こと『スチュワートTYPE84迎撃システム』で沈められた。足元で一緒に紅茶を飲んでいるスチューは遠隔端末だ。これもセレーナが作った。


 最後の惑星セレンの人類か滅んでから百年。それでもまだ年に数回はこうして人がやってくる。今ではどうやら魔女の聖域などと呼ばれ、そこに約束の地があるだなどと逸話まで発生してしまったようだ。


「ここには何も無いのにね。ただ空気と土と、そしてお墓だけなのに」

「人類は愚かだよ。それに気付いた頃には絶滅するんだろね」


 スチューは遠隔端末を作るまでは、ただ命令(コマンド)を聞くだけの機械だったのに、百年もあれば皮肉まで覚えてしまった。あんまりうるさい時は紅茶を熱くしてやれば黙るけれど、確かに皮肉の一つも言いたくもなる。


──いつまでこうして墓守をするのだろう。

 自身も、スチューも耐久年数は分からない。人類がいなくなるまで、ここでただただ朽ちるのには時間は有り過ぎるのだ。




「セレーナ、撃ち落とした船の破片が大量にバラけた。落とし切れない!」


 珍しくスチューが慌てている。降伏勧告、さらに退去命令にも応答は一切無く強引に惑星へ突入コースを取る船。スチューが攻撃した途端に狙ったように沢山の部位にバラけ、彗星の落下のように惑星のあちこちに降り注いで来た。


「燃え尽きた破片もあるし、大きいのは破壊した。だけど、怪しいのが幾つかある。地上への攻撃は被害が大き過ぎるから、これ以上 は出来ない。ごめんセレーナ」

「ううん。仕方ない。こんなやり方で来たのは初めてだし、私も驚いたし」


 久方ぶりにエレキカー(電動車)を起動させ、運転席についたセレーナの膝上でスチューが大人しくなる。かなり落ち込んでいるようだ。それを軽く撫でてやりながら、山の向こうへと走った。


 趣味の一つの菜園に、船の残骸が突き刺さり煙を上げている。水撒き用のスプリンクラーで落下時の熱は冷めたようだ。


「キャベツ全滅かな」

「焼きキャベツで夕飯に出来るかもしれないね。その前に片付けてしまいたいけど」


 熱が大丈夫そうな部分から、素手で金属片や人間大の骨組みを軽々と運び、空き地によけていく。そうして地面が露出したところに男性が一人横たわっていた。


「緩衝材の間に埋もれていたみたいだね。処分する?」

「どうしよっか」


 そんな会話をする一人と一匹の前で男性が目を開ける。


「あ、起きた」

「ここが……楽園か。女神も神の使いも見える……」


 そう呟くと意識をまた失った。流石にそこまでハッキリと言葉にされては後味が悪い。仕方なくこの男性を連れ帰ることにした。




「女神だって」

「僕だって神の使いだってさ。余所からは随分な言われようだね」


 日課の紅茶に、焼きキャベツを添えていると男性が目覚めた気配がする。


「紅茶はミルク入りでいい? 茶畑に落ちないでくれて良かった。楽しみが減るところだった」

「焼きキャベツも悪くはないけど、もっと場所を選んで欲しかったね」


 散々な言われようながらも、紅茶をもらい人心地ついた男性は勝手に話し始めた。


 やはりあちこちの星は資源の枯渇が激しく、船に押し込められ、半ば捨てられるようにこちらのコースに撃ち込まれたのだという。ここなら綺麗に片付けてくれるだろうと。


「うちはゴミ箱じゃないのに」

「本当に人類は愚かだね」

「面目無い……。だけど、もうそういう世界なんだ。その内、それぞれの星から出て行くことも出来なくなるだろう」


 もうすぐ人類は宇宙服を着た原始人になるのだと。


「断絶し、お互いを信じなくなった末路だね」

「奪い合えば足らぬ、分け合えば余る(It's not enough if you scramble)」

「聖書ね。地球時代の。久々に聞いた」

「資源は無限だと皆思ってところに、ある日AIがダウンしたんだ。頼りきっていた人類は慌てふためいて、そして争いを始めてしまった……。冷静になっていた星も、情報が無くなって次第に焦ったんだろうよ。自給自足出来ていた星以外は、どこも大変だったらしい」


 らしい、というのは彼は冷凍睡眠で長期の旅の途中にそのパニックに巻き込まれてしまったそうだ。


「強制解凍されて、どうにか座標を打ち込んで母星に帰ってみたらそんな状況で。家族も皆死んでいたよ。まだ見ぬ新天地を探そうなんて声をかけても皆信じる訳もなく。気付いたらこの様だよ……」

「末期だね」

「じゃあ初めから貴方は死ぬ為だけにここに来たの?」


 そう言われて男性は、しばらく黙っていたが、紅茶を一口飲むと目を閉じて呟いた。


「さっきまではそうだった。でも話せる相手がいるなら死にたくは……ないな」




「セレーナ……どうするの?」


 一夜明けて、男性は自分が壊してしまった畑の再建をしてくれるという。この星にやってくる侵入者から守るという使命からすると許可して良いものなのか悩ましい。だが、今までの中で判断基準が無い為、曖昧なまま保留している。


「私たちを作った人間はさ」

「うん」


 あれはもう百五十年は昔だろうか。この星を守る事にただ必死だった星の人々は知恵を集めてスチュアートTYPE84迎撃システム、そして管理者のセレーナを作り上げ、そして命令(コマンド)した。


「この星を守れ……って、実は曖昧な命令だったんだね」


 考えたことも無かった。元々の居住者は死に絶え、セレーナとスチューだけの星。墓を守っていたけれど、それも命令の拡大解釈としていたけれど、それで良かったのか。


「そういえば……昨日の落下物は、他に無かったんだっけ」

「あーえっと……畑の被害最優先だったのと慌ててたけど、海に着水したのもあるね。……熱源……はここからだと水で分からない。ごめんセレーナ」


 念のため見に行こうと、エレキカーを起動させていると男性がちょうど戻ってきた。


「俺も一緒に行ってもいいかな。海は……宇宙(そと)からしか見たことがないんだ」




 浜辺からも特に何も見付からず、帰ろうとした時に海から何かが上がってきた。水を振り払うように振動すると、こちらを確認して頭部と思わしき場所が赤く光る。見つめていたセレーナを男性が突き飛ばすと、先ほどまでいた場所を一条の光が貫いた後だった。


「セレーナ、頭部損傷は流石に看過出来ないよ。あれは処分しなきゃまずい。人間、感謝するよ」

「なんなのあれは」

「馬鹿な人間の悪足掻き……奪い合う為の道具だよ。俺も知らない内に乗せた奴がいたらしい」


 人の形のなりそこないのような金属の塊が瞬く度、空間が赤熱して切り裂かれていく。そうやってお互い食い潰し数を減らしていたというのなら、本当に資源の無駄遣いとしか言い様が無い。何度も顔を掠める光線に、スチューも避けるのが精一杯。そもそも今、軌道上から撃ち下ろしても、三人とも消え去るだけだ。それもいいのかもしれない──等と考えてしまったのは、気の緩みかバグなのか。髪の毛を掠めた光線に気を取られ、転倒する。


「あっ……ごめん。スチュー駄目かも」

「セレーナ!」

「させるかっ!」


 男性が前方に倒れかかるように突っ込み、懐から何かを取り出して金属の塊へと投げ付ける。


「顔を伏せろ!」


 えっというセレーナの声と、轟音が辺りに響いたのは同時だった。


 辺りは煙が立ち込め、先の金属の塊も、原型を留めず動かなくなった。そして男性も。

 這うようにしてセレーナが向かうと、とっさに庇ったのか両手の袖も肌も爛れ、髪の毛もほとんど無くなっている。


「自害用に持っていた爆弾だ……。この星に着いてしまったら本当は使う予定だった……。でも、それで君を助けられたのなら良かった」

「どうして」

「人類は愚かだ、それだけで君に印象付けられるのは嫌だった。後はとっさに体が動いたんだ……。もう俺は駄目だと思う。とどめを頼む」


 苦しい息の下でそう言う彼をセレーナは横抱きにしてエレキカーに乗せる。


「まだ死なないで。私たちに人間を教えて。ね、スチュー。その必要があると思わない?」

「まったくね、人間は愚かだよ。僕たちに行動させちゃうんだからさ」


 そうしてため息をついたスチューは、優しく尻尾で男性を撫でる。


「そうだ。こんな時にあれだけど、君の名前は?」

「……デイビスだ。ありがとう……やはり君たちは女神とその使いのものだよ……」




『かつて魔女の聖域と呼ばれた場所があった。そこに住まう魔女セレーナは可能な限り色々な惑星に住まう人間が自活自立出来るように、AIに変わる別の機構の機械を配っていったという。人類はいつか滅びるだろう。だが、それの遅延に大きく貢献してくれた彼女を人々は女神セレーナと呼んだという』


 著者不明、知の図書館所蔵「神を作り、神に見放され、そして拾われた落ち穂」の後書きから。知の図書館司書、グリッダ・イナンナが抜粋。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しさと厳しさを併せ持つのは女性ならでは……設計者はきっと、こんな成り行きを想像していたのじゃないでしょうか? そんな気分になりました。 [一言] 清濁併せ呑むとか、混沌とかが好きな稲村某…
[一言] 個々では分かっている人もいるのに、集合すると訳の分からない方に突っ走ったりする。 与えられなければ解決できなくなった人類は少し哀しい。そこから、少しでも立ち直れることを。 スチュー可愛い(…
[良い点] やはり他を助くものは己も助くのだ……。 今度こそ人類が争わず歩いていけますように。
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