ECHOロケーション
酒場の喧騒が耳を打つ。酔っぱらいが騒ぎ喧嘩が起こる。だが危険など感じない。
――誰も本気で殺す気なんてないのだから。
「マスター。ウォッカをストレートで……いや、サンブーカ・コン・モスカを」
少し驚きながら、マスターは耐熱のグラスを持って来る。リキュールを注いだ後に焙煎したコーヒー豆を入れ……そして火を点ける。
見たことがない客が多いのだろう、ざわめきの種類が変化する。
その火が落ち着いた途端に俺は一息に飲み干す。まるで炎のように喉を焼くアルコールはこの現実を忘れさせて、あの頃に戻してくれる。
――俺の正しい時代に……
「左舷被弾! 攻撃能力三割減!」
「構わん。右舷の火力を集中。左舷は捨てろ」
部下の了解の声の確認もせずに制御台を高速で叩きながら舵を取る。敵艦隊も既に宇宙の花火となった物が多数。だがこちらも既にジリ貧だ。この絶対防衛戦を抜かれれば……俺たちの星は消し飛ぶ。
「敵、惑星破壊爆弾の射出を確認!」
「火線最大集中!」
「間に合いません!」
「本艦をぶつけろ」
「しかし!」
騒ぐ部下を拳で黙らせると、俺は艦内放送で叫ぶ。
「総員待避! この艦を惑星破壊爆弾にぶつける。各自待避! 時間は五分だ! 反論は聞かん!」
鼻から血を流す部下を緊急脱出ポッドに蹴り込み、俺は舵を握り締める。
「やらせるかよ。星をなんだと思ってるんだ帝国の奴らめ。やらせてたまるか!」
救命ポッドが船から次々と離れていく。俺はエンジンがオーバーヒートして船内で爆発が連鎖するのも構わず、目前へと迫り来る巨体に攻撃を集中させつつ衝突コースへと調整する。
「あいつがいる星を潰させてたまるか……」
そして目の前のモニターが闇に覆われ艦がひしゃげる音が聴こえ……
「……コスナーさん……。コスナーさん、お迎えですよ」
マスターの声で目が覚める。いつの間にか眠っていたらしい。場末の酒場にはあまりに似合わない少女が俺を悲しそうに見つめている。
「コスナー兄ちゃんお酒……ほどほどに……。ね、帰ろう」
もう店内に客はいない。俺は腕の端末を会計にかざすと千鳥足で店を後にした。
惑星破壊爆弾は止めることは出来なかった。衝突の際に船外へ宇宙服のまま投げ出された俺は、辺りに漂っていた救命ポッドになんとかたどり着くと、そこで冷凍睡眠装置を起動した。途絶えた意識は俺の中では一瞬だった。だのに目覚めた時、戦争は終わったどころではなかった。
『ここ倭国では戦後五十週年の記念式典を間近に控え、コロニー内は既にお祭りムードです。無くなった母星を去って半世紀もの月日が流れました。今では戦いの傷も癒え人口も当時を越えることが出来ました。これもひとえに大統領であるノワキ・タクミ氏の力が大きかったとユニバーサルスペースジャーナルも触れており……』
母星は消えた。守れなかった。ミリーもどうなったか分からない。生まれた時から始まっていた戦争。その中で育ち、戦いしか知らなかった俺は、ただ突然にこの時代に解凍され放り出された。
酔いで揺れながら呆然と街中のスクリーンの映像ニュースを見ていた俺の手を、優しく包みながら少女が見上げてくる。
「コスナー兄ちゃん泣いてるの」
泣けたらどんなに良かっただろう。流す涙すら許されない。俺は……あの時死ぬべきだった。命を懸けて止めるべきだったのだ。何も守れなかった兵士の俺には生きてる意味も資格も無いのだから。
冷凍睡眠が解かれた時、俺はただちに現状把握と戦況を確認した。だがメディカルチェックをした医者は微かに笑いながら答えた。
「コスナー少尉……いえ、二階級特進して、大尉と登録されておりますな。戦争は終わりましたよ。五十年前に」
その瞬間に俺の価値は消えた。生まれた時からついて回った戦争――七十年戦争は最早過去の歴史。俺の意識では昨日のことなのに、もう俺の戦場は無くなっていた。
誰の力も頼れなかった俺の唯一の才能。戦うということは、もう不要になってしまった。俺が守りたかった星……いや、本当に守りたかった幼馴染みのミリーはどうなったのかも分からない。あの破壊から逃れられたとしても、もうここにはいない。調べてもらったが今の住民には登録は無かった。
脱け殻の俺を出迎えてくれたのは国が用意した宿舎だった。そこでは俺の部屋の向かいに住んでいる家族の、在りし日のミリーにそっくりな、名前も同じミリーという少女が懐いてきた。
「俺は……どこに向かえばいいんだ。何を……したらいいんだ」
とっくにニュース映像は終わり、陽気なコマーシャルメッセージが画面から飛び出して空を覆う。建物の上には沢山の明るい照明が、コロニーの隙間から星の光すら見えなくしていた。
「帰ろう。コスナー兄ちゃん」
――どこへ。
「もう遅い時間だよ」
――もう遅いんだ。俺の『時』は。
ただ引かれるままに、俺は行くしか無かった。
※※※
翌日、二日酔いの頭へ、ドアを激しく叩く音が目覚ましとなった。
「……留守だ! 用なら明日にでもしてくれ!」
自分の声ですら頭が痛くなる。水でも飲もうと立ち上がった途端に、ドアは蹴破られ明らかに軍服と覚しき数名がオレを取り囲む。
「コスナー大尉。勅命の為、御同行願います」
「銃を突き付けてお願いとは、随分とまぁ紳士だな」
「お願いします大尉」
両手を上げた俺を、そのまま宿舎の前に止まっていた軍の車へと連れていく。丁寧だが、余計なことは出来そうもない。俺を呼ぶミリーの声が聞こえた気がした。その声を背中に受けながら俺はやたらデカイ建物へと連れていかれた。
無理矢理二日酔いを薬で回復、強制的にシャワー。ここ何日も剃ってなかった髭も剃られ、用意された軍服を着せられる。――おいおい……なんだってんだこれは。
階級章は見たことも無いほど胸にジャラジャラと付けられている。そして、連れていかれた部屋には見覚えある人物が待っていた。
「ワイズ・コスナー大尉。突然の呼び出し申し訳ない。だが、火急の用なのだ。戦時の空気を知る君なら理解してくれるだろう」
顔見知りのノワキ・タクミ整備主任……いや現大統領だ。思わず立ち上り敬礼をする。
「ご無沙汰しております。ノワキ大統領」
「昔通り、ノワキ整備士でもなんでもいいさ。折り入って頼みがある」
そう言って合図すると、後ろの壁がスクリーンへと変わりそこに忘れもしない物が表示される。
「まさか……惑星破壊爆弾……でも、今は平和な戦後ではないのですか」
目を伏せ、しばらく沈黙していたノワキ大統領は、意を決して言葉を紡ぐ。
「亜空間は時間の流れが未だに謎な部分が多い。先日、衛星破壊防衛網にて突如存在が確認された。なお、この映像を最後に防衛網は既にあらかた破壊されてしまっている」
「当時から五十年ですよ! 技術は発達しているでしょうに」
「帝国との和平の際の軍縮条約。そして、復興の為の自衛以外の軍の縮小。さらには実戦経験があるのも我々老人だけだ。機械への蓄積も母星の破壊の際に一度無に返ってしまった……。今や、現役から一番ブランクがなく、そして兵器を一番上手く扱えるのは君なのだよ、コスナー大尉」
住民の避難も不可能な距離で捕捉されたという更なる事実に絶句している俺に、ノワキ大統領は呟く。
「あれは過去からの使者……亡霊なのかもしれない」
それは……俺と同じじゃないかと、コスナーはスクリーンの先の禍々しい巨体に共感すら感じてしまった。
隣の部屋では、かつての部下たちが俺を待っていた。皆、白髪になったり腰が曲がったり随分と小さくなった……老人たちだ。
「コスナー大尉の帰還、並びに戦列への復帰に敬礼!」
号令一下、まるであの頃のように綺麗に敬礼が揃う。
「コスナー大尉。あの時あなたが蹴り出してくれたから俺はこうして生きてこられました」
「病気で死んだやつ以外は、みんな来てますよコスナー大尉」
「故郷を今度こそ守りましょうや」
「しかし、お前ら……生きてきたんだろう……。この任務、死ぬかもしれんのだぞ」
それを聞いて笑う面々。――何故、笑えるんだ。
「頂いた命、返す時が来たんでさぁ」
「皆、志願兵ですよ大尉」
嗚呼こいつらは……覚悟が出来ている顔だ。どうしようもない阿呆どもだ。――そう、兵士の顔だ。
「惑星破壊爆弾へのリターンマッチか」
思わずそう呟いた俺に、見事に揃う敬礼の波。――また戦っていいのか。その為に俺は生きてきたのか。ならば……ここで燃やし尽くすのが俺の意味か。俺は握った拳を答礼に変え、それに応じた。
「現状の我が自衛軍では数はそれなりだが、破壊には火力自体に決め手が足りない。時にコスナー大尉。戦艦アルファを知っているな」
「ハッ、あの巻き返しの為の極秘に作られていたという」
「それを本作戦の為に呼んである」
「なんと! 完成していたのですか」
あれさえ完成すれば、戦局すら変えられるとずっと皆が待って、そして間に合わなかった船だ。
「今は軍籍を離れ、とある人物に託したのだが……状況が状況なだけに、一時的に軍に特別に入って貰っている。君は指揮をしつつ自衛軍と共に戦艦アルファで目標の破壊をお願いする。アルファは軍縮前に作られた当時の機体スペック通り……いやそれ以上かもしらん。つまり現在ではこの宇宙で最高クラスの火力だと言ってもいいだろう」
宇宙に浮かぶ白亜の卵……。そう形容するのが一番分かり易いだろう。移動の抵抗を無くす為の卵型の船はいっそ美しかった。そして宇宙迷彩を解除したそれは現状の倭国の、どの船よりも大きかった。
ゆっくりと接舷。小揺るぎともしない船体へと元部下たちを連れてブリッジへ。そこで待っていたのは、少女三人と馬だった。
「なんだぁ? 馬に子供?」
「現船長のドボルベルクだ。タクミさんに呼ばれて慌てて月から戻ってきた。補給は済ませてある。艦隊戦闘は慣れてねーけど、なるべく力にはなりたいと思う」
そういって出してきた手は、柔らかいのに少女のものとは思えない程に力強く、まるで大柄な男のものだった。
「そっちの嬢ちゃんたちは?」
「能力持ちのパンドラ。そして、この船の統括AIのアルファだ」
よく見れば片方はロボットである。やたらと緊張しているようだが、直接話せるのならばある意味話は早い。馬がなんなのか気になるが、早速戦況・状況説明を開始した。
どやどやと老人たちがブリッジの席を埋める中、各種計器を確認しながらコスナーは話を進める。
「皆、作業継続のまま聞いてくれ。現在、倭国の第三防衛ラインまで通過されている。攻撃して破壊しようにも相手はとにかく大質量のいわば自律した惑星だ。既に動いている以上、その運動エネルギーを無くすのは並大抵ではないだろう」
固唾を飲んで聴く面々に、静かに言葉を続けるコスナー。
「第一目標は推進機のある後方のノズルだな。側面から迎え討つ。射程圏内に入り次第主砲を全力で叩き込む。この船の現状の性能は?」
AIのアルファが答える前に部下の一人が速やかに答える。
「かつての我々の戦艦の三倍は余裕で出ます。主砲発射は連続では無理ですが火力としてはノズルの破壊であれば容易かと」
「速度は」
「この巨体にして、通常の戦艦を超えますな。自衛軍は本気出したら置き去りでしょうよ。全方位に噴射機がある。これは機動撃ちも出来ますぜ」
自分のこと以上に淀みなく答えるクルーに驚くアルファ。それを感慨深く見つめるコスナー。
「アルファ……俺たちはな、ここのクルーになる予定だったんだよ。辞令が下りる前に母星は壊された。そうじゃなかったら、俺たちはこの船で戦局を変えられたのかもしれない」
そして星も守れたかもしれない。その想いで拳を握り締める。
「もう壊させはしない。今はコロニーだが、もう二度と故郷は無くさせんぞ、いいな!」
「イエッサー!」
それは老いを感じさせない強さであり、アルファの胸にも何か得体の知れない熱いものを喚起させる何かであった。戦艦アルファに血が流れ始めた時なのかもしれない。
決戦前夜、一度皆それぞれの家へと帰った。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないと許可を与えたのだ。折しも、戦後記念の祭典は作戦行動と同じ日時であった。
各々がそれぞれを過ごす中、コスナーは宿舎で一人荷物を片付けていた。解凍されてから何かを買うこともなく驚く程に空っぽの部屋だ。ゴミを少し片せばそこは空になった。
「……今度こそ、決着をつける。それだけが俺の生きる証明だ」
唯一残っていた胸に入れていたロケットペンダントには、かつて一緒に育ったミリーの写真があった。年齢は随分違うがやはり驚く程、この宿舎のミリーと似ている。だからこそ見ていて辛くなるのだ。あの戦いが終わったら……一緒になるつもりだったのに。
「コスナーお兄ちゃん」
ガタリとドアを開けて少女ミリーが入ってくる。
「どうしてそんな顔してるの? 明日はお祭りだし、一緒に回りたいなって」
「……あぁ。友達と行っておいで。お兄ちゃんは、古い約束を……守らないといけないんだ」
「死ぬの?」
何故か唐突に放たれたその言葉は、強く強くコスナーの胸を刺した。あの時、最後に言葉を交わしたミリーも同じことを言ったのだ。
「ああ。死ぬかもしれないが……どうせ俺は、人生の追加を無駄に過ごしてたんだ。それを有効活用する時だ」
「良くないよ!」
ミリーは背中を向けていたコスナーに後ろから抱き付いてくる。その熱さに思わずロケットから手が滑る。
「守らないといけないんだ。約束も。この場所も。俺の居場所も"時"も、もう無くても」
「私が……帰る場所になるから……それじゃ駄目なの……!」
「俺になんて構うな。俺の事なんて忘れろ。俺はもう……とっくに死んだ人間だ」
泣きじゃくりながらミリーはそれでも言葉を紡ぐ。
「今! 生きてるんだよ! 今、ここにいるんだよ! 帰ってきて! 必ず帰ってきて、必ず……きっと」
それは振り払うにはあまりにも強い感情だった。それでも、コスナーはただ静かに立ち上がると部屋を出ていった。
「おかえりって言うから! 私おかえりって言うから!」
「……《《じゃあな》》」
泣き崩れる音が聴こえる。涙で濡れた背中、コスナーの胸に空いた穴。まだそこには風が吹いていた。
皆が寝静まった深夜。軍服を完璧に着こんだ老人たちが家々から静かに出てきた。誰もが決意の目を燃やし家を一度だけ振り返ると軍帽を被り直した。もし見かけた者がいたら、それは随分と古い軍帽なのに気が付いたかもしれない。
『戦艦アルファ、メインエンジン出力100パーセント。船速自衛軍合わせで微速前進』
『全艦そのまま速度合わせ直進。目標惑星破壊爆弾。絶対に侵入を許すな。俺たちの動きに倭国の命運がかかっている。その意味を噛み締めろ』
パレードという名目で、ほぼ全ての自衛軍の船も出動した。軍縮の影響もあり火力に不安は残るが、それでも数は武器である。
『相対距離合わせ。目標進路予想……想定内。全艦主砲発射カウントダウン。時計合わせ10…9…』
アルファのブリッジでは主砲用の撃鉄が制御板からせり上がり、後はそれを引くのみとなっている。側面から一気に全火力をぶつけ、動きを止めさせ、駄目でも進路を変更させる狙いだ。
「アルファ見ておけ。これが戦闘だ。全てを記録し、全てをフィードバックしろ」
「イエッサー」
「使わないなら、使わない方がいい。だが……俺たちは、本来のお前の力を使う」
「イエッサー」
見開いたガラスのような瞳は高速で記録をしているのだろう。忙しなく瞬いている。ブリッジの中では誰もが計器と睨みながら老人とは思えない動きで沢山の調整をし、戦闘を待っている。それは火が、血が通った戦艦の動きだ。戦いの胎動だ。
『カウントダウン…3…2…1。全艦撃て!』
それは壮麗な光だった。進路上にあった隕石群はその光の中に消滅。そして真っ直ぐに目標へと突き刺さると真空を揺らす。あまりの光にスクリーンが遮光したが、それでも目に焼き付く程の光の奔流だった。
『目標確認急げ!』
あまりの火力に蒸発した隕石等でレーダー機能が低下。その中で観測班が必死に計測を進める。
『目標後部ノズルの沈黙を確認!』
「よしっ」
『しかし、第二第三ノズルが、割れた表面から出現! か、加速していきます!』
「なんだと!?」
作った者の意思はどこまで邪悪なのだろうか。推進機が壊れた時にわざわざ予備が二つも起動するなどと。むしろ巨大なおとりだとでもいうのか。
『進路予測……倭国コロニー完全に直撃コースです!』
「バカ野郎がっ! 主砲次弾は!」
『最充填に二分! 自衛軍も最大火力には同様の時間が必要です! 何隻かは主砲が焼け付いています!』
今まで実戦は無かった。だからこそフルパワーで撃たれたその過負荷に耐えられなかったのだ。
「ドボちゃん、あれは使える?」
「無理だ……。まだ回復しきってないらしい……。どんなに強く思っても何も起きない……」
『大尉指示を!』
「実弾兵器、ありったけ撃ち込め!」
コスナーは目まぐるしく考える。まだ何か手はあるはずだ。索敵範囲内の情報を必死で眺める。その時、モニターを見つめていたドボルベルクが声をかける。
「なぁ、あれ使えないか。操作権さえ回してくれれば俺なら動かせる」
言われてコスナーが拡大した映像を見ると、コロニー付近に大きな構造物の反応があるのを発見する。
「なんだあのデカイブツは」
『マスキャッチャーです。月周辺等から射出された物資を受け止める……いわば巨大な網です。このコロニー開発の頃に主に使っていたもので、ここ数年は使用されず放棄されております』
「それだ!」
『しかし、強度があのようなサイズに対して持ちません!』
「構わん! この船をあの網の裏側へ! マスキャッチャーに到着次第、速度を合わせ押し返せ!」
『無茶です!』
「無茶でもやるんだよ! バカ野郎! コロニー壊されてたまるかっ! 動ける船は続け!」
マスキャッチャーこと宇宙に浮かぶ巨大な網は、非常に柔らかな素材で出来ている。質量自体も軽く場所の移動も容易だ。急ぎ操作権を強制ハッキングでこちらに回させる。
「頼んたぞドボルベルク。そしてアルファ」
「イエッサー」
「お前の体だ。補助はするが……痛いぞ。耐えろ」
「……イエッサー」
マスキャッチャーの後ろに回り込んで急制動。反転。卵型のアルファは網を挟んで惑星破壊爆弾と相対する。背中にはコロニーが迫ってきている。
『速度合わせヨシ。カウントダウン5…4…3…2…1』
「衝撃に備えろ! 何かに掴まれ! アルファ今だ! 押し返せ!」
柔らかな網に惑星破壊爆弾が触れた途端、その部分から細かな爆発が始まる。それの爆風、衝撃で船体は四方に揺さぶられる。だが、アルファとコスナーは、その中で計器と体感でタイミングを見図って、最大出力でエンジンを吹かす。その中でマスキャッチャーを操作するドボルベルク。しっかりと捉えた網は惑星破壊爆弾を柔らかく抱き止める。アルファの推力が少しずつコロニーから網ごと爆弾を逸らしていく。
『戦艦アルファ、前甲板大破! 隔壁十五段階目まで閉鎖。担当区域の者は待避! 主砲充填完了……いけます!』
「焼き切れてもいい! アルファ、全砲門同時起動、撃て! 撃ちまくれ!」
卵型が一瞬歪な形になると、全方位から無数の砲塔が飛び出し、そこから猛烈な勢いの火線が走った。光の明滅、爆風の余波、揺れる船体。ぐちゃぐちゃに掻き乱されながら、アルファは船体から火花も煙も上げながら撃った。撃ちまくった。
遅れて追いついた自衛軍の船も、動けるものからひたすらに、ただひたすらに撃った。
『目標……中心部に爆発到達! 連鎖して……崩壊します!』
「破片の影響を計算しろ!」
『……コロニー接触コース無し。安全認む!』
ゆっくりと宇宙の暗闇の中に、過去の狂気の闇が、華となって咲き乱れ消えていった。
建国記念の祭りが予定通り行なわれる中、老兵たちは抱き合い握手し、そして日常へと帰っていった。
アルファは初めての胴上げに戸惑いながら、全てを記録し続けた。その血脈とも言える全てを。
「船は返すぜドボルベルクの嬢ちゃん」
「ああ。戦い見事だったよ。流石兵士だ」
握手を交わすと、今度はアルファへと近寄るコスナー。
「これがお前の力だ。これが全力だ。俺たちのバトンは渡した。これをどう使うかは……お前と、お前たちに任される」
「はい」
「頑張れよ」
「イエッサー指揮官」
完璧な角度で敬礼したアルファにコスナーも答礼すると、船から降りていった。
コロニー内では花火が上がり、あちこちで乾杯の音頭が上がっている。コスナーはその喧騒を避けながら宿舎へと帰ってきた。玄関に続く階段ではミリーが膝を抱いて俯いて座っていた。
「……祭り……行かなかったのか」
黙ってコスナーに抱きつくミリー。
「あのね……思い出したの。おばあちゃんがね、私と同じ名前だったの。それにね。おばあちゃんが死ぬ前に、一言だけ呟いたのを、私聞いてたの」
「……なにを……」
予感はあった。どうしてここまでミリーに似ているのか。どうしてこの少女を突き放し切れなかったのか。
「コスナーごめんねって……。待てなくて、一緒に歩いていけなくてって。これ……コスナーお兄ちゃんのことだよね!」
コスナーの手から荷物が滑り落ちる。コスナーは解凍されてから、この"時"が始まってから、心の底から初めて泣いた。それは自身の固まっていた心が溶ける涙だった。過去と未来とを繋ぐ呼び水だった。
花火は上がり続けた。歓声も上がり続けた。二人はただひたすらに全てを流すかのように泣き続けた。




