どこまでも青くて蒼い世界
――蒼だった。
それは、きらきらとどこまでも繋がってる蒼。
高く跳び上がった何かが、すーっと水にきれいに戻っていく。その動きに見とれてしまう。画面を覆い尽くす水の蒼。
「はい皆さん、これが地球だと言われています。青く美しかった地球という星。私たちが旅立って三世紀は経過した故郷の星です」
モニターだけが光っていた部屋。照明が灯って、先生がさっきまでの話の続きを始めた。
だけど、わたしの耳にはまるで入って来なかった。あんなに水がたっぷりあって、あんなに生物が沢山いて……。
この宇宙船セントヘレナで、わたしたちが見られる色は映像ギャラリー上のものだけ。なんでも自給自足しないといけないこの中だと、服もみんな統一された灰色。壁もくすんだ灰色。コンクリートや金属の黒や灰色。
食堂に行けば、いつでもご飯が食べられるけど、それも合成たんぱく質の灰色のものばっかり。食べ物も昔は動物だったんだって。この宇宙船セントヘレナが地球を飛び出して初めの頃はまだ動物がいたらしいんだけど、今は合成肉プラントでお肉が作られる。この前見学したけど、他の食べ物も、なんでもかんでも合成、人工。天然な物ってきっと無いんじゃないかな。
「私たちは、いつか来る希望の星に至るまで、諦めずに命を繋いでいくのです」
終業のチャイムが鳴ってみんな一斉に教室を出ていく。わたしはなんだか動けなかった。
初めて見た海という物の映像にぼーっとしたまま、展望テラスに来ていた。男の子たちが公園でバスケットをして、女の子たちはそれを応援してるのが聞こえてくる。それに今日は混ざる気がしなかった。
みんな同じユニフォーム。みんな同じ制服。色もおんなじ灰色。おんなじ。わたしたちの今のこの宇宙船という世界に、あんな蒼は無い。あんなすごい蒼を見たのに何も感じないのかな、みんなは。
溜め息つきながら宇宙を見ていたら、なんだか明るい大きなものが。それはどんどん大きくなる。――まさか近づいてない!? ぶつからない!?
都市エリアで大人たちが叫ぶのが聞こえる。わたしは急いで近くの緊急シェルターに走る。物凄い音がして、足元がふわりと浮き上がる。
『緊急事態発生。緊急事態発生。当宇宙船セントヘレナは、先ほど隕石と衝突致しました。レーダーの索敵の穴から接近されたと思われます。ただちに最寄りの避難シェルターへ。避難訓練通りに落ち着いて下さい』
やけに冷静な統括コンピューターが放送を入れる中、どんどん叫び声が広がる。わたしは頑張って柱を蹴ったりして軽くなった体をボールみたいにしてシェルターに飛び込む。その後ろから、またドンッと大きな音がしてわたしは気を失った。
『緊急着艦用意。緊急着艦用意。総員第一種警戒体制。総員第一種警戒体制へ移行』
『皆様、艦長のスウイフトです。当艦は最寄りの星に緊急着陸致します。着陸の衝撃に備えてシェルターへ……』
『酸素漏れ発生。酸素漏れ発生』
『ダメージコントロール急げ! 火災が……』
わたしが入ったのは、ただのシェルターじゃなかったみたい。今までに聞いたことも無い声に情報がいっぱい流れてくる。照明もちゃんと点いてなくて世界が赤い色で埋め尽くされてる。誰か走ってる人に押されて近くに椅子に突き飛ばされたら、そのまま何かに白い物にくるまれた。
【こちらは緊急時脱出ポッドです。音声でも操作の対応が可能です】
なんだか周りから白い煙が静かに出てきて、どんどん眠くなってくる……。駄目だよ寝ちゃ。今は緊急事態なんだから……。でもすごく眠い……。
【許可をお願いします。許可をお願いします】
「いいよ……きょか、する……」
急かされて寝惚けながら、わたしがそれを口にすると、軽い振動の後に、ゆっくりと体が軽くなる。あぁまぶたが勝手に閉じてく……。
夢の中、わたしはあの蒼の中を動く。たしか泳ぐっていうんだっけ。周りにいる生物たちと泳ぐ。自由に……。
【着水を確認。酸素含有量問題無し。ハッチの解放が可能です】
その言葉に、開けてと伝えると一気に光が差し込んできた。
蒼が……青が、白が、あの映像で見た蒼が。沢山の色がわたしの目の前に広がっている。そして宇宙船が遠くに着陸していくのが見えた。お父さんもお母さんも、みんな大丈夫かな……。近くに私と同じように降ってきた人たちがカプセルから顔を出して、色に驚いて声を出せないでいる。だからわたしは叫んだ。
「水だー!」
それは命の色だ。遠くの宇宙船から、光が定期的に瞬いている。宇宙船も生きている。わたしたちは、生きてるんだ。
「私たちは偶然にも目標である目指すべき青の星……水資源豊富な星、ここセントヘレナへと辿り着きました。そう、宇宙船の名前をそのまま付けたのです。私たちの宇宙船での旅は終わりとなりましたが、この先ここに住まうという旅路は終わりません。それを忘れずに。今日の授業はここまで」
無事に最初の授業を終えて、わたしはそっとため息をついた。あれから少しずつ開拓は進み、星は住みよい大地へと変わってきている。そう、セントヘレナと名付けられたこの水の星は、わたしたちの故郷になろうとしている。大人になった私は教職につき、子供たちに歴史と一緒に色を教えている。あまたの色を。
――もう、灰色だけじゃなく、沢山の色に埋もれていいのだから。
以前、習作として色をメインテーマとして書いたものでした。