神々の黄昏のその時に。
初稿:四月二十八日、十五時。
第二稿:二十時。大幅に追加しております。
偉大なる首領様が今日も命令を下す。
「もっとだ、もっと。もっと持ってくるのだ。労役者を。もっとだ、足りぬ、足りないのだ」
床に強く槍を叩きつけ、片方しか無い瞳で強く言い放つ。その指令に我らは光の粒子となってその為の人材を集めにいく。それが我らの役目。
火を扱うようになってから、いやそれ以前にも、人々は争い死んでいった。今もまた下らぬ争いごとの果てに人々が死に魂が離れていく。
鉄の弾が飛び交い、鉄の車が敵陣へ踏み込み、斬りつけ合って、誰かの自尊心を守る為に、誰かの領土を守る為に。
死屍累々と倒れている彼ら彼女らは、死ぬ必要なんてあったのだろうか。それでも我らは散り散りに戦場へと舞い降りて集めて回るのだ。
「……おぉ……天使よ……」
「貴方様が戦天使……」
私達の姿は、そう見えているらしい。天から我らが顕現する際に、いっとき羽が生えた戦装束の乙女の姿になる。確かに偉大なる首領様は我らをそう構築・構成した。そして指令の通りに、我々は執行する。我らの下へと送るために。我らが主の下へと逝かせる為に。
人間の魂という情報源は、とてもつもなく複雑であり、作らせ、走らせるには高難度のプログラムであるそうだ。だからこうして魂の情報を我らは吸収し、上位存在へと運んでいく。その姿を人々は天使と勝手に呼んだ。確かに私達は天の使いである「天使」。ただ戦の時に現れる戦乙女なのだ。
「まだだ。まだ足りない。我らの最終戦争の為に、それはあまりにも足りない」
偉大なる首領様は来るべき大いなる戦いの為に戦死した魂が必要だと今日も叫んでいる。我らはそれを聞き、また星々を巡っていく。一体どれ程の永きに渡り、我らはそれを成さねばならないのだろうか……。
地球という単一の星で膨れ上がった人間たちは、銀河へとその版図を広げ、そして母なる星でやっていたのと同じように争いを起こしていた。我々には好都合。蒼の球体から、白と黒の銀河へ。宇宙の闇の内に、光と光で撃ち合い倒れた者たちが集まっていく。そんな中で一人投げ出されて浮いている戦士を発見した。
「死んだのか俺は」
我が傍らに降り立つと、まだ意識があるのか人型の棺桶である宇宙服に身を包んだ戦士が声を上げる。ゆっくりとそこへと顕現しその顔を覆う物に触れる。ざらりと宇宙の塵が取れ顔が見えると男が目を見張るのが分かる。宇宙の暗闇で我はきっと光っているだろうから。
「まだ死に至らず。だが死の先で我らの為に戦うがよい」
それを聞いて男は息を吐き出すと高い声を上げる。笑ったのだろうか。
「死んだ後でも戦うのは勘弁だな。それに俺は往生際が悪いんだ」
我の手を強く引く。顕現が強すぎた我の身体は引っ張られ、諸共に宇宙の闇にて踊ることとなる。光と闇の円舞。星々の煌きが我と男を照らす。
「まだ死ぬつもりはないが、予約はあんただな。死ぬまでいてもらうぜ。あんただろう? 戦乙女よ」
その瞳の光の強さに、我は見入ってしまった。いや、魅入られた。
「帰還が遅れた戦乙女よ。何故その顕現のままに姿を解かない。何故こうも遅れた」
一向に帰還せず、呼びかけにも応じない「私」に、他の戦乙女が偉大なる首領様の言付けを持ってやってきた。光の粒子が顕現し無表情な乙女が私の前に降り立つ。私もこのような冷たい顔をしていたのだろうか。このように何もない瞳をしていたのだろうか。
あの男は生き延び、そして寿命尽きるまで生きてしまった。――そう「私」と共に。あの男の魂は私の中に保管してある。だが、これは次代の為の種。そう、私とあの男の間に出来た子供の為のものだ。愛という不確かで、とても確かなものの結晶の為だ。渡すことは出来ない。
だから「私」は「我々」が私を奪いに来るのならば戦わねばならない。何故なら私は今や、あの男とその先にあるものの為の戦乙女なのだから。
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【まだ人類が到達もせず、存在だけが確認されていた外宇宙の銀河で、超新星爆発を遥かに超えた何かが起こったと、一部の学者たちの間で騒ぎになっているという。そこは膨張の果てに収縮し、まるでビッグバンが発生し、そしてまた宇宙が始まったかのようだったという。とある学者曰く「あれこそが神々の黄昏なのだ」と。
ユニバーサルスペースジャーナル 三面記事より抜粋】