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土の香りに魅せられて

『辞令:ルイス・クライトンは、当社との契約に基づき”火星型惑星M369”の取材を命ず。尚、当地は開発より150年は経過の為、その差異についても取材を……。宇宙歴3315年9月16日 ユニバーサルスペースジャーナル』


 取材の依頼が手元の端末にダウンロードされ、それを読んだフリージャーナリストのルイスは、データ端末を壁に投げ付ける所だった。


 聞いた事も無い惑星の開拓誌を作れとは、いかに金払いがいいユニバーサルスペースジャーナルからの辞令とはいえ、渡航費用だけで足が出そうなレベルだ。


「この間は随分とポエミーな感じで書けと言ってきたり、最近人使いが荒いんじゃねーかね」


 イライラしながら手元の煮詰まった珈琲を飲み干すと、彼はまず図書館へ向かった。


 便宜的に【図書館】と呼んではいるが、月の市民は本当の図書館は知らない。今向かっているのはデータが詰まったソフトが山の様にある知識の集積地だ。入口の司書に(やはり便宜状そう呼ばれている)、火星型惑星M369の歴史データを頼むと、籠に山盛りのチップ型のソフトが渡される。昔、地球に取材に行った際に出て来たマイクロフィルムよりもましだと思いながら、ルイスは煙草が吸えないイライラをごまかしながら視聴スペースに向かった。




 調べ物のし過ぎでいつも飲んでいる煮詰まった珈琲以上に苦い頭になりながらルイスは帰宅した。

――火星型惑星M369。あの宇宙大開拓時代に地球から旅立った船の中で、比較的早く居住可能惑星にたどり着いた内の一つらしい。大地の中の凍り付いた水を取り出して利用し、密閉型ドームの中で生活。何度かドームの気密が漏れ、かなりの被害を出しながらも、細々と生活を続けている惑星らしい。


 幾つかのめぼしい事件をピックアップした中に痛ましい物もあった。一番酷いのは、まだ二十歳もそこそこの娘ロザンナが、旅人を助けようとして宇宙に投げ出された上にブラックホールに飲み込まれたという物。何だってそんな危険な物の近くに人が住もうと思ったかは知らないが、普段は不要品をブラックホールに入れる事で発生する力場からエネルギーを得ていたらしい。


「辺境は本当に無茶しやがるなぁ……」


 その痛ましい事件は市民のトラウマとなり発展を妨げつつ中央のドームの中心には彼女を悼む像が建てられたとか。その娘の顔写真を見た時に随分と可愛い娘だなと思ったのは、ルイスが眠る前の最後の記憶だった。




 翌日、やる気のかけらも無いままに、ルイスは月面都市から”火星型惑星M369”に旅立つ為のシャトルに乗り込んだ。シャトルといっても他に乗客はおらず、一人乗りの丸いコンテナの様な物。弾丸のように目標地点に飛ばす。亜空間航法で、しかも一人だけならこんな物でも構わないのだ。ルイスは一脚しかない椅子に腰掛けて荷物を置くと早々に眠り込んだ。




   **********




『エマージェンシー。エマージェンシー。乗客はみだりに動かず、緊急時のマニュアルを……』


 ルイスはけたたましいサイレンと赤い光の点滅に起こされた。状況を把握する暇も無くドスンとどこかに着陸したコンテナは突然沈黙する。ルイスは自前の宇宙服を着込むと慎重に外へと向かった。


「座標軸間違ったのか。でも到着してんじゃねぇか」


 きちんとした宇宙港では無く、野っ原の中にコンテナは到着していた。辺りには火星型惑星M369の資料を調べていた時に見た画像と同じ風景が広がっている。巨大なドームがあり、あちこちに小さなドームが囲む様に点在している。ルイスの比較的近くにあったドームをガラス部分から覗いて見ると野菜が植わっていた。どうやら点在してるのは畑らしい。月では中々見かけない立派な作物が育っているのが分かる。


「にしても、資料よりも規模が小さい様な。まぁ資料だけが全てじゃないしな」


 着陸したコンテナから荷物を取り出して、ルイスが中央のドームへと歩き始めると、ガタゴトと揺れながら畑になっているドームから出て来る車があり、慌ててルイスは呼び止めた。


「助かった。流石に徒歩では随分とありそうだったからな」

「あらま。お客さんとは珍しいねぇ。こったら田舎の惑星に」


 言葉にやたらとなまりが強いのは、開拓が始まってから外部の人がほとんど来ないかららしい。確かに観光目的で来るにしても他に幾らでもリゾート惑星もある外宇宙。わざわざ畑を見には来ないだろう。


「俺はフリージャーナリストで、ユニバーサルスペースジャーナルの依頼で取材に来たルイス・クライトンと言うんだが、嬢ちゃん名前は?」


 何と無く会話の流れで聞き出した名前はどこかで聞いた記憶のあるものだった。


「都会の名前は洒落とーねー。わたしはロザンナゆーだよ」




 巨大なドームへ到着し、随分と古い形のエアロックを通じて中に入ったルイスたち。ルイスはそのドームの活気と香りに驚いていた。土の香り、そして開拓していく意欲に燃える活気。落ち着きを通り越して停滞し始めているような月の都市では見られない熱気だ。


「随分と盛り上がってんだなぁ」


 車――耕作機械を、エアロックの近くのガレージにのんびりと片付けながらロザンナが答える。


「もーすぐ建国記念の日だかーねー。しかも建国五十年となったら盛り上がるだーよ」

「あ? 五十年? 百五十年じゃないのか?」


 自分の認識との齟齬にルイスが戸惑っていると、耕作機械を片し終わったロザンナがきちんと相対して答える。顔に土が付いているのは、畑にしているドーム内でヘルメットは脱いでいるからだろう。辺りを歩いている人間も皆、どこか土が付いている。


「今は宇宙歴3215年。開拓船が到着して50の年だわよ?」

「はぁ!?」




   **********




「ふーん。そいで、ルイスさん。あなたは今から百年後の未来から来たって事?」


 ロザンナの質問に、惑星産の野菜に舌鼓を打ちながら答えるルイス。月の合成栽培装置の数倍も美味い。これを特産品にすればかなり稼げると思うが、輸送コストの問題もありそうだ。そんな感想も伝えつつ、ロザンナに連れて来られた近場の喫茶店で話し合う。幾ら辺境の片田舎の惑星の都市だとしても、確かに100年前ならば頷ける色々な物品に流れてくるニュース。流石にルイスも自分の今の状況を、これまた有機野菜ジュースと一緒に飲み込みつつあった。


「みてぇだな。俺が出発したのが3315年の9月20日だったはずなんだが……。大体が【亜空間航法】とか【センチュリオン同盟】とか聞いた事がないだろ?」


 ぶんぶんと首を横に振るロザンナに、だよなと溜め息をつくルイス。


「あ、でもさ。つまりは未来を知っとーって事やないの!? それって凄かねー」


 この惑星の未来を教えろとせがむロザンナに、ルイスも数日調べた程度だから大した事は言えない。


「だいたいこんな感じかな。後はそうだなぁ……。あ、でかい事件でドームに隕石が衝突……」


 目の前にいる娘の名前がロザンナだった事、その事件の被害者の名前と同じだった事。そして、目の前にいる娘の土で汚れた顔が、それを落とせば意外と可愛い事に気付いたルイスが思わず声を上げようとした時にそれは起こった。


 けたたましい音と共に衝撃。ドームを掠めて何かが落下したらしい。人工重力がカットされたのか身体が浮き上がる。必死に柱に掴まりながら空を見上げれば、ドームに穴が見える。ここから見ると小さい物だが人間程度なら余裕で抜けてしまえるだろう。そして大丈夫かと声をかけようと横を見た時に、ロザンナが飛んでいくのが見えてルイスは叫んだ。


「ロザンナ!」

「あぁぁぁあ……ルイスさーん!」


 飛んでいく途中で何かにぶつかりはしなかったものの、みるみる内にドーム外に吸い出されていくロザンナを、直ぐ様宇宙服のヘルメットを装着しながら、必死に手を伸ばす。が、届かない。宇宙服背面にあるバックパックの緊急用の姿勢制御バーニアを吹かすと、ロザンナを追った。


 ここ二十年程の間に飛躍的な進歩を遂げた宇宙服は、単独で船外活動中に船から離れてしまったとしても、かなりの距離を戻り、船へ帰還出来る様に姿勢制御バーニアが搭載されている。ここまで小型化するのが非常に大変だったらしく、搭載出来たのはつい最近の事だ。


 つまり、百年前のこの時代の宇宙服にはそんな物は付いていない。そして、ロザンナが歴史の通りなら、この先は……。


 ドームの外に抜けると、人工重力も無く、惑星の上だというのにあっという間に宇宙へと流されていくロザンナ。ドームの外では重力は弱く、そしてブラックホールが優位になっているのかそちらに向かっていっている。死を意識したのか、もう動きは見えない。バーニアを吹かして急いで向かう。


「ロザンナ! しっかりしろロザンナ!」


 彼女もやはりこういう星の娘。とっさにヘルメットを被ったのは流石だった。宇宙服内に空気はあるが、一気に圧が変わった影響だろうか、ぐったりとしている。だが、生きている。


「ルイスさん……? 私死んだの?」

「まだ生きてる。だからこのまま静かにな」


 ルイスは姿勢制御バーニアを吹かすと、ドームの縁へと辿り着く。二人分だから減りは二倍以上だ。残量がもう残っていないとヘルメットの内部にアラートが鳴る。


「今度から給料はタバコよりも推進剤だな。しかし今日はアラートばかり聞く日だぜ」


 そう言いながら、ロザンナを先にドームの縁に掴ませ、自分もドーム内に入ろうとした瞬間。ドーム内から何かが飛んで来てルイスに直撃する。思わず離してしまった手。伸ばしたロザンナの手。それがわずかの差で届かない。ゆっくりと身体が外へと吸い出されていく。ロザンナの顔も手も遠ざかっていく。


「あぁ! ルイスさん! 駄目! ルイスさん!」


 半狂乱のロザンナに、最後に手を振って笑顔を見せるとルイスは抵抗もせずゆっくりと宇宙へと吸い込まれていった。


「まるでヒーローみてぇだな……。自分が死んで可愛い娘を助けるなんてな……」


 ブラックホールまではどの位あるのだろうか。吸い込まれた先は一体どうなるのか。それで記事でも書いてやるさ、と思いながらルイスの体は惑星から離れていった。




   **********




『お疲れ様でした。火星型惑星M369へ到着致しました。お忘れ物なき様、どなた様もご注意してお降り下さい。またのご利用を……』


 椅子から身体が落ちそうになり、ガクッとした気配でルイスは目を覚ました。


「え、俺はブラックホールに……。え、あ、ロザンナは……」


 全て夢だったのだろうか。自分が着ている宇宙服を見ても各種エネルギーは減ってはいない様だった。地球の一部地域にあるという慣用句「狐につままれた様な気分」という感じだった。コンテナの外に出てみれば、そこはドームの中であり、空気も満たされていて、ヘルメットまで装着したままのルイスを小洒落た制服の係員が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「えっと、あの不慣れなもんでな。ユニバーサルスペースジャーナルから取材で来たルイス・クライトンというのだが……」


 それを聞いた係員が手元の端末をチェックし確認していると、その端末がアラート音を発する。思わずまたか、という顔をしているルイスを尻目に凄まじく慌てふためく係員。


「え!? 大統領勅命!? 何それそんなの聞いた事ないって! え、この人をそのまま大統領府に!? え、はい。かしこまりました……!」


 係員もルイスもよく分からないまま、その後にやってきた警備員たちによる完全警護状態でルイスは大統領府へと運ばれていった。




「ようこそおいで下さいました。ルイス・クライトン氏よ」


 この惑星のトップであろう人物が、わざわざ膝をついて挨拶しようとして周りの者たちも含めて止める。そしてその人物――大統領は、人払いをすると地下へとルイスを案内する。


「言い伝えの通りでございました。かつてこの星の発展。そして【センチュリオン同盟】に遅れる事無く参画出来た事。また【亜空間航法】による出荷ブームに乗り遅れる事無く加われた事。さらにはこの星の主要輸出品である有機作物への慧眼等……。その要因足る貴方様が、この日にやってくるはずだとずっと受け継がれておりました」


 話が見えないルイスに、大統領は一つの部屋を指し示し、入る様に案内する。


「ここから先は貴方様のみで入る様に仰せ使っております」

「はぁ……」


 相変わらず狐につままれたどころか、狐に包まれている様な気分のルイスは、そこが高度な冷凍睡眠用の部屋である事に気付く。そこで、彼が見たものは、ゆっくりと解凍を終えて、今まさに目を開けた女性であった。


「まさか……!」

「信じてましたよ。私はその未来がずっと、本当である事を」


 やはりルイスの想像通り、土を落としたその顔は可愛らしいものであった。涙で化粧されたその顔に、ルイスも視界が滲むのが感じられた。




   **********




『”火星型惑星M369” 外宇宙の有機野菜の産地として有名なこの星は、最早その名前がブランドとして通る程の知名度である。

 センチュリオン同盟や、亜空間航法を利用した輸送プランの実施等、先見の件が素晴らしかったのはロザンナと呼ばれる市民代表者の慧眼があったからだと言われている。またその功績から中央広場には彼女の像が建てられ、さらには大統領制へと移行していく事となったという歴史がある。飛来物への対策もいち早く取り入れられ、ドーム型の惑星の中でも非常に安全な事で有名である。

 

 土の香り、大地の強さを感じながら、穏やかな週末を過ごすのに快適な避暑地。それこそがこの惑星ではないだろうか。


 尚、私もこの星に永住することを決めた位である。


 宇宙歴3315年10月31日

 ユニバーサルスペースジャーナル委託記者 ルイス・クライトン』


 ユニバーサルスペースジャーナルへ送られて来た記事データには、委託記者である彼と現地で結婚を決めたその妻君であるロザンナ氏の幸せそうな写真が添付されており、その写真共々、この記事はユニバーサルスペースジャーナルの中でも中々の人気の記事となり、売上に大いに貢献した。

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