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Librarianに捧ぐ

 盛大にホコリが舞い散り、書類やら資料の束が崩れる。その雪崩に巻き込まれた割にはのんびりと彼女は声をかける。


「博士~こんなもん作ってどうするんです?」


 彼女からは見えない山となった別の資料の束の中から、それに答える声がする。


「博士じゃなくて、ここにいる時は館長と呼べ、館長と。全く、お前本当に『成長知能《G・I》』か? 俺が作ったんだからもっと成長してもいいだろうに」


 ぶつくさ言いながら博士と呼ばれた男性は、紙や強化プラスチックで作られた資料のオブジェを上手くすり抜けると、先の女性を引っ張りあげながら笑顔になる。


「ここが、この星が知の図書館と呼ばれる為に必要なのさ」

「ただのチリの図書館にしか見えませんけどねぇ」


 減らず口ばっかり叩きやがってと言いながらも彼は笑顔のまま。――ああ、このままずっとこの時間だったら良かったのに。彼女はため息一つして、宙へ声をかけた。


留まれ時よ(映像停止)汝は美しい(初期配置へ)』』


 そこに在ったとしか思えなかった資料の山も、塔も、そして彼も見る間に一つの珠に吸い込まれていく。それが手のひらに収まったのを確かめると彼女はポケットにわざと無造作突っ込んできびすを返した。


「本当に……あのままだったら良かったのに……」




 今日もお客は数人。なにせここは通常の空間とは切り離された場所。どこからでも来れるわけではなく【彼】が生前設置した座標の選ばれた者だけが来ることが出来る。全宇宙の人類の知識を蓄えた【知の図書館】。

来館者の応対も全てオートマティックに済ませてもいいのだが、彼女は敢えて手間をかけて一人ずつ対面することにしている。


「そうすれば、いつか分かるよね博士? 愛するっていう謎なものが」


 彼女は宇宙そらを見上げる。この星と共に切り取られて離された宇宙は、鈍く輝いて見えた。




***



――Growing intelligence

――通称【G・I】


 成長する知能と名付けられたそれは無限に近い記憶領域を持ち、永続的に稼働し情報を集積する。ただ、それを使いこなす人類はもういなかった。


「何故なら俺が最後の人類なのだ! はっはっは」


 よくそう言って馬鹿笑いしていた博士は、人類の英知を集めたここを作った後に、本当にあっさり亡くなった。彼女を残して。


「なんでツガイを作らないの博士は。あ、分かった。自信がないんだねー」

「よせやい。これでもなんつーか、引く手数多だったんだぞ」


 時空を捻じ曲げて、時間も飛び越える発明までしておきながら、彼は人類の復活は特に望まなかった。その分彼女に全てを注ぎ込んだ。まだ彼女のボディが存在していない発生間もない頃から、彼は持てる知識をひたすら披露し吸収させた。


「G・Iじゃ、呼びづらいから、グリッダ・イナンナとかどうかな。電子を司る女神って感じの名前だ」


 まだとても素直だった彼女は何も考えずに受け入れた。もっとも、やたらと知能がついた今でも博士からの贈り物だったら、なんだかんだ言っても喜んで受け取っただろう。


「なんで……素直になれなかったのかな、私は……」


 自分で呟くのも彼といた時からの癖だ。そうしていれば彼は構ってくれたから。彼に構って欲しかったから。分かっていた。もう数世紀も前に答えなんて出ているのに。でもそれを口に出したら彼がいない寂しさに潰されてしまいそうで、頑張って……。


「でも、暇さえあればあの頃の映像に浸って……。人間以上になんてなれてないじゃん。ただの人間じゃんこれじゃあ」


 いっそ人間として生まれたかった。博士と、ツガイになってもいいと思ってたし、何度も口にした。だけど博士は分かってくれなかった。


「俺はこの先いなくなるからさ。お前にここを任せて安心していけるから」


 本当に勝手だ。時間は巻き戻らない。あの甘美な時間には飛べない。ここは受動体なのだ。こちらからは自由になんていけないのだ。外から勝手に資料は集まってくる。そう設計されている。


「博士のばか」


 こんな子供みたいな感情で女神だなんて名前負けだ。私も死んだら博士のところにいけるのだろうか。でも、人間じゃないから違う場所にいくんだろうか……。




「グリッダ……。最後に伝えておくことがある。お前に、この知の図書館の司書として全権を委ねる。千年はとにかく機能させてくれ。俺は【先に行く】が絶対にはやまるなよ……。千年……たの……む」


 ここの時間で明日でちょうど千年。博士から教わった通りに宇宙全ての知は、消える寸前に展示し、保管し、管理してきた。人類の生きた証はここにある。博士の生きた時代の先は宇宙に何があるのかも分からないけれど、私はここにいる。一番頻繁に来るどこぞの宇宙新聞社は随分と重宝してくれている。もちろんオーバーテクノロジーは見せないようにしつつ、答えになってしまう未来も伝えないようにしつつ。


『Sequence complete.再構成を開始します.セントラルにて抽出開始』


 突然聞こえてきたシステム音声にグリッダは飛び上がる。千年もここで仕事をしてきてこんなメッセージは無かった。慌ててセントラル――この星の管理施設へと急ぐ。比較的近くで良かった。少し前だったら数日かかるようなエリアで作業をしていたのだ。あらゆる乗り物を駆使して向かった先には、見たこともないカプセル。その中に光の粒子が集まっていく。


『100%再構成完了。おはようございます博士』

「あ、あー。うっうん。発声もちゃんとしてるな。おはようシステム君。いやー人間を再構成してグリッダと同じくG・Iにするのにやっぱり予定通りかかったなー。グリッダも驚くだろうねぃ」


 カプセルから腕を回しながら、体を確かめて出てきた博士にグリッドが言葉にならない悲鳴を上げて飛びついていったのはいうまでもない。


「ミレニアム級の寝坊助!」

「あのーいつものように未解決ファイルの閲覧を……。あれ人が増えてる」


男性の腕をしっかりと組んで離さない普段とはだいぶ態度の違う司書に戸惑うユニバーサルスペースジャーナルの記者。


「……グリッダ……分かったから手を放しなさい。仕事にならんだろう」

「常連だからいいの」


どうみても付き合い立てのカップルのような様子を見せられて、記者は愛っていいですねと、小さく呟くのだった。

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