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客人のGATTINO ~まろうどの子猫~

 猫は自分の死期を悟ると、自分で飼い主の元からいなくなるんだよ。


「嘘だもん! ミケちゃんはそんなことしないもん!」


 両親を相次いで惑星地球化計画の工事中の事故で失い、マリアの寂しさを埋めるようにやってきたのがあの子猫だった。真っ黒で、ふわふわの毛並みの。それが、まるで最後の挨拶をするように足元でじゃれた後に一鳴きして、世界樹に登っていってしまったのだ。


「絶対違うもん! ミケは私をひとりぼっちにしないんだもん!」


 大人でも登るにはとても苦労する世界樹を、ミケはすいすいと、まるで羽が生えているみたいに飛び上がって進んでいく。マリアは停止中だった昇降機が、何故だか起動しているのを確認すると、大慌てで飛び込んだのだった。




   **********




 開拓惑星「SG-1ホープ」。

 五年前に惑星開拓船が到着し、その船自体をまるで樹木が刺さるように大地にめりこませ、そこを拠点としながら人類は開拓を進めていた。

 大地にしっかと刺さった船から、少しずつ巨大な外壁が広がっていき、その内部は人類が生存するのに都合が良い環境になっている。大きなお椀を伏せたような形だ。それが少しずつ少しずつ面積を広げていくのだ。


 この惑星ホープ自体、鉱物資源は豊富で材料に困ることはない。だが、惑星まるごと一気に改造するには星は大きく、あまりにも時間がかかる。そこで生み出されたのがこのお椀型(ドーム拡張式)法だった。そして開拓船の住人たちも、早く自らの足で大地を踏みしめ、そして開墾したかったのだ。


 鉱物資源以外は乏しい大地も、少しずつ年月をかけて人が住まうに快適な状態へと進んでいく。だが、それは大人の仕事。子どもたちは日々広がるその世界で自然とたわむれ、馴染み遊んでいくのが仕事のようなものだった。


 マリアの両親も開拓団の人間として、日々開墾に勤しみ、人類の版図を広げることを邁進していた。


 だが、あの日。たまたま降ってきた隕石は外壁近くに落下し、近くで工事をしていたマリアの両親は巻き込まれて帰らぬ人になった。幸い親類がいたものの、マリアはまだまだ両親が恋しい年頃。いつも泣いている生活になってしまっていた。


 それを救ったのが、どこからかやってきた一匹の黒猫だったのだ。


「ねぇ、おじさん。このこ飼っていい?」


 久方ぶりに涙以外の感情で話しかけてきた姪に、一も二もなく頷いたのだった。




 人間の肩甲骨に当たる部分に二つのこぶ。まるで羽の名残のようだということで、天使から名前を頂いてミケランジェロ。通称ミケに名前は決定し、マリアはまた毎日遊び回る日々に戻っていった。だが、ある日ミケは一声鳴くと、世界樹と呼ばれているあの突き刺さった宇宙船へと走り込み、そしてどんどんと登っていってしまったのだった。


 文字通り天へとそびえ立つ船は樹木のような形をしていた。後部甲板を深く地面に根差し、そこから先がお椀の外周部へと接続されている。お椀が広がれば、接続の範囲も少しずつ伸びて行き、古の物語にある大樹のように、人類を見守ってくれる……。そう考えて、開拓船3968号という味気ない名前から、世界樹と名前を変える事になったのだった。




 昇降機が上層階で停止する。扉が開くと、気圧が変化し空気が抜ける音がする。真空ではないが地表からかなりの高さに至った階層は空気が薄い。辺りに人の気配も無くどこかうすら寒い。そんな中を肩まである髪の毛を振りながら、マリアは頑張って声をかけ続ける。


「ミケ~! ミケランジェロ~! どこなの? ねぇ……ミケも私を置いてどこかにいかないよね……」


 それに応えるように、また遠く高くから鳴き声がする。フロアを後数回登ってしまえば、そこは昔の管制室。世界樹としては頭頂部となる。マリアはだいぶ薄い空気を大きく吸うと、辺りを見回して発見した非常用の階段を登り始めた。




 一方地上ではかなりの騒ぎになっていた。通常はおざなりの保守点検でしか動かしていない昇降機が何故か起動しており、子供がそこを登っていってしまったと。いくら元は開拓船で今は世界樹といえども、気密がどうなっているのか、内部の通路の幾つかは崩落しているのではないかと、警備の人間たちで作戦ルートを思索しているが一向に会議は進まない。


「こども程度の重量ならば大丈夫だが、大人だと、ここのルートは崩落するぞ」

「小型の噴射器で飛び越えればいいだろう。時間がないんだ」

「この人数で行って、酸素は持つのか!?」

「女の子が一人なんだぞ! 早くいかないと、その娘が危ないだろう!」


 開墾作業から戻ってきた叔父のハサウェイが、その中で話されている内容を聞きつけ、件の子供が姪のマリアだと理解してしまう。


「ああ……なんてこった。俺があんなことをいったから、猫を探しにいっちまったんじゃないのか……」


 叔父のハサウェイは、マリアに「猫は死期を悟ると勝手に去って行くんだよ」と、つい先日話したばかりなのだ。

 ミケはそんなことしないもん! と返されたが、その時ミケはまるで人間の言葉が分かるように思慮深く一声鳴いたのを記憶している。


「あいつはどこか普通の猫らしくなかったしな。これは俺が行くしか無いぞ」


 なおも難航して大騒ぎするだけの作戦会議を横目に、ハサウェイは個人用のバックパック型推進機を用意すると、世界樹内部を一人登り始めた。




「ミケー……。ミケちゃーん……。はぁ……なんでこんなに寒いんだろ」


 あの後、非常階段を登りつめ、複数のフロアを鳴き声を頼りに辿り着いたのは、元管制室。当然鍵がしまっているはずのそこへ、ミケがにゃごにゃご呟いて開けて入っていくのを、マリアは見てしまった。


「待って! ミケ!」


 一瞬ミケが振り向いたように見えたが、すぐに暗闇に溶けてしまう。こういう時に黒猫は困る。慌てて扉に近付くと「OPEN」の文字。


「ミケが開けたの……?」


 マリアの呟きに応えるものは無いが、管制室の中で静かに何かを入力する音と、にゃごにゃご聞こえてくる。「久しぶりだ……」とか「もう次へ行くのかい」とか声が聞こえてくる。マリアがそちらに近付くと、空中にふわりと光の人影が立っている。


「え、あの……」

『そうか、今回はミケランジェロか。随分と大層な名前をもらったんだね。良かったじゃないか*****。ああ、やはり人間の発声機関に似せていると発音出来ないね』

「にゃ」 

『わかったわかった。じゃあ、そっちのエアロックに行きなよ。お嬢さん、君はこっちの椅子に座っておいで』


 マリアはよく分からないままそこへと腰掛ける。かつてはこの船の船長しか座ることが許されなかったそれは、この寒い部屋の中でもふかふかでどこか眠くなってくる。そんなマリアの眼の前に四角い光が点滅すると、この世界樹の外側が表示される。


『それじゃあ行くよミケランジェロ。なんだよ、ミケの方がいいのかい? あぁ、随分とこのお嬢さんが気に入ったようだね。でも、また一周り終えてからだ。それが君の役割だからね』


 先ほどからミケと会話しているようにしか見えないホログラムの彼は、マリアの方へにこりと笑うと、宣言する。


『さぁ、この星への種まきだ。これで大地はもっと健やかに、優しくなることだろう』


 ミケが進んでいった方から、プシュと空気が抜ける音がしてミケが外に吸い込まれていく。思わず叫んで立ち上がろうとしたマリアを目線で押さえると、彼はよく見ておきなさいという風にモニターを指し示す。


「え、ミケ? 綺麗……」


 宇宙空間と、この星の成層圏の境目に吸い出された黒猫は、しばらく丸まっていたかと思うと一気に体を伸ばす。そして背中にあった「こぶ」から一気に開いたのは純白の羽。昔、映像図書館で見せてもらった天使の羽とそっくりだ。

 ミケは二三度翼の動きを確かめると、先ほどまでの動きが嘘だったように、宙を滑り出す。そして、その背中から細かな光の粒子が惑星の地表へと舞い降りる。


『福音システム。こうやってあいつは、ミケは星々を渡って種まきをするんだ。幸せの種を』


 黒猫が白い羽から散らしていく粒子に見とれていたマリアだったが、その言葉にぎょっとする。


「じゃあ……じゃあ! ミケは行っちゃうの!? ねぇ、お兄さん。ミケは私を置いて行っちゃうの!?」


 淡い表情でそれを見ていた彼は、口の先でふっと笑うとマリアに優しく声をかける。


『今回は、充電に時間がかかってしまったんだ。でも今まで以上にミケを愛してくれる人がいたからこそ、この福音は大きくなる。でもね、この宇宙全体にはまだまだ惑星がいっぱいある。それを周るのは一苦労なんだ』


 聞きながらどんどん涙が滲んで、管制室の中に球となって飛んでいく。それを見ながら彼はゆっくりと諭す。


『猫は一人でいくものだ。だけど止まり木だってあっていいんだ』

「え?」


 頼んだよ。そう呟くと光の彼は消えていく。


「待って!」

「マリア! 無事だったのか!」

「叔父さん!? どうしてここに?」


 お前が心配で来たんだという叔父に抱きしめられながら、マリアはモニターを見つめた。惑星に光を撒き終えたミケが一声鳴くと、そのまま宇宙へと飛び出していくのを。


「ミケぇぇぇえ! 私待ってるからね! また一緒に遊ぶんだからね!」


 遠く、宇宙の星の闇間で、猫が鳴いた気がした。




   **********




【羽を持ち、宇宙空間をも飛行する猫が目撃されているという。

ただの都市伝説ではないかと噂されているが、実際に猫が空を飛んでいるのを見たという証言が幾つもあるのだ。

そうだろう、きっと宇宙では猫だって飛ぶのだ。筆者はとある喫茶店で角が生えた馬だって見たことがある。猫くらい宇宙を遊泳してても、きっとそういうものなのだろう。

 それに、そういう事柄を信じた方がロマンがあるとは思わないだろうか。


ユニバーサルスペースジャーナル コラム:宇宙の七つを越える不思議

責任編集 ミズコシ・ボードウィン】

gattinoガッティーノ

イタリア語で、オスの子猫。いたずらっこの意味もあります。

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