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【宇宙に一つ、灯しびを掲げて】

 トレーナーであるサヴァル(おうな)が、二人を見つけたのは楽屋出口がある裏路地であった。

 怪我をした若い男、それに寄り添うように血で汚れた若い女。厄介事の気配だと思った。老い先短い身では危ない橋は渡らぬが懸命と見なかったフリをしようとしたところに、女の声が囁くように耳を掠めた。その音の響きに体が震える。

 ――原石を見つけた。

 彼女は年に似合わぬ矍鑠(かくしゃく)とした動きで、倒れた二人を自宅へと運びこんだ。




「……ここは」

「目が覚めたかいネボスケさん。あんたの連れはとっくに目覚めてるよ」


 男がベッドの上で目を開けば、すぐ近くで本を読んでいた老人が一瞥する。かなりの年齢だろう顔のシワとは裏腹に、背筋はしっかりと伸び眼光も鋭い。まさに老獪な雰囲気を醸している。なんと声をかけるか悩んでいた男――ラリーは、連れの女性――グリエルマの声が隣の部屋から聞こえて安堵する。


「あの……僕らは」

「何があったかは言わんでいい。あたしゃあの娘の歌に可能性を見た。だから保護した。それだけだよ」


 ジロリと目線だけでベッドの上のラリーを黙らせると本を閉じる。


「あたしゃサヴァル。サヴァル(おうな)とでも呼ぶといいさ」


 ラリーは、訳が分からぬまま頷くしか出来なかった。




 ラリーの怪我の手当てをする傍らで、サヴァルはグリエルマに歌を指導していた。なんでも数日後に迫った祭典で【歌うたい】が足りないのだと言う。グリエルマの声を聞き、なんとしても出場して欲しいという事だった。


「あたしゃこれでも有名な指導者だったんだが、最近は弟子に恵まれてなくてね。グリエルマ、あんたの歌を是非にもそこで聞きたいんだ」


 いままで本格的な歌唱指導などされたことはなかったグリエルマは、ラリーの治療の合間に、ひたすらサヴァルの技を吸収していった。


「ふむ。あんた基礎は出来てるといっていいねグリエルマ。ただ一番大事なもんがない。それが分かるかい?」


 かぶりを振って答えを促すグリエルマ。その綺麗な金髪が肩で揺れるのを少しだけ羨ましそうに見ながら、サヴァルはグリエルマの胸に軽く触れる。


「ハートさ。あんた本気で歌うのをいつも躊躇ってるだろう? だから気持ちが入ってない。あの彼氏の事でもいい、家族の事でもいい。心の底から想って声を出してごらんな」


 それを言われグリエルマは、彼氏ではないと慌てふためきつつも、そう見えているのかと満更でも無い顔をするのだった。




   **********




「そろそろ僕の怪我も治ってきた。追手が気づく前にここを出たほうがいいんじゃないかな……」


 サヴァル氏にも迷惑がかからないとも限らないし、と続けるラリーの言葉を噛み締めながらグリエルマは答える。


「追われている身なのは分かっています。だけど、初めて私の声を”武器”以外に使えるかもしれないと思うと、試してみたいのです。わがままを許してもらえませんか」


 その強い瞳に、ラリーは何も言えなくなる。


「分かった。もし何かあれば。今度こそ僕が守る」


 それを聞いて、嬉しさで思わずラリーに飛びついたグリエルマ。怪我が治りきっていないものの、悲鳴を我慢したのは男らしかったと、ラリーは心の中で自分を褒めたのだった。




   **********




「いいかい。練習の時のように気負わずに。後は気持ちで歌えば人には届く。いいね」

「分かりました」


 出演者控室である楽屋で緊張するグリエルマに、優しく笑いかけるサヴァル。既に大勢の観客が入っているのを知らされている。この星の住人に取って、この祭典は文字通り大事な祭りなのだ。


「命まで取られる訳じゃなし。あんたの想いをぶつけてやんな」


 観客席を映しているモニターをチラリと見ると、サヴァル(おうな)は優しくグリエルマの肩に手を置いて告げる。グリエルマが頷いて直ぐ、幕が開いた。

 



「ここから先へは行かせない」


 流石に隠し通せるはずもなく、ラリーとグリエルマを追ってきた戦闘部隊が迫る。会場の楽屋への狭い道で待ち構えていたラリーは武器を構える。かつて自分も所属していた、母星の教義に反する者を処罰する【教化部隊】。その上位部隊である暗殺専門の一行。彼らもまた静かに武器を構える。彼らは銃器は使用しない。そして音も無く対象を消す。その星の住人にも存在を気付かれずに。そういう少数精鋭の部隊なのだ。


「幸福は義務と、母星の教義が謳うのならば、僕は今、幸福の為に戦うんだ」




 前の出場者が歌い終わり会場が拍手に包まれる。グリエルマは大きく息を吐き出すと、背中の大きく開いた純白のドレスを翻し舞台へと向かう。今宵は羽は展開しない。共鳴装置として音を武器にまで昇華可能な羽ならば、上手く使えばそれだけで観客を音で魅了出来るだろう。だが、自らの歌声だけで勝負したい。そう決意を込めて観客席を見つめ、そこにいるだろうラリーを想う。ずっと逃避行で自由は無かった。本来は生体兵器である自分の歌は、攻撃にしか使えないと思っていた。でも旅に出てからはそうじゃない。そして今日は表現の為に歌うのだと胸が高鳴る。舞台中央で一礼すれば万雷の拍手。震えそうになるが、確かに命を取られる訳ではない。そういうやり取りはずっとしてきた。今日は違う。目線で合図をすれば、伴奏が静かに始まる。グリエルマは自分の色を描き始めた。




 激しく戦いながら、ラリーはグリエルマの歌が始まったのを聞いた。ずっと二人で逃げてきた。いつも穏やかさは無かった。いつ終わるのか分からない旅路の中、自由に思い切り歌ってもらいたかった。


「だから、ここは通さない。そして僕もやられはしない」


 彼もまた、自由の為に謳うのだ。彼なりの不器用な形で。




 それは哀切では無かった。


――居場所を求めて彷徨う旅人が、夜更けに目覚めた時の独り(から)のベッドを見た想い。

 

――もう戻らぬ故郷を思って宇宙(そら)を見上げる軍人の想い。


――ずっとずっと想っていた人に焦がれ、そしてやっと出会えた少女の想い。


 そんな歌詞に彩られながら、観客は聞き惚れた。


 それは聞いた誰もが胸をかきむしられ、この星で生まれ育った者でさえ、見知らぬ場所の風景が心に浮かび、そこへ帰りたいと涙するような、強烈な哀愁と、そして愛の歌であり、それをありありと歓喜させる歌だった。観客は皆、自身の中にあるまだ見ぬ故郷を感じ声を押し殺して泣いた。


 会場の外、戦うラリーもそれを聞き、涙した。もう二度と帰れない母なる星。そしてまだ見ぬ地球という人間の故郷。それを歌という情報から脳裏にありありと映像を浮かばされた。帰らねばならぬ。グリエルマを連れて、そこに。


「……だから、君たちには負けない。絶対に……」


 激しい剣戟を終え、立っていたはラリーただ一人だった。




 幕が閉じても、拍手は止まなかった。舞台袖で待機していたサヴァルはやはり見込んだ通りだったとグリエルマを抱きしめる。


「いいもん見せてもらったよ。行くんだろ。その場所に」

「はい。いつかそこに。彼と。ラリーと」


 そこに着いたら、また歌を聞かせておくれとサヴァルは囁く。グリエルマは大きく頷くと、自分を待っているだろうラリーの元へと走った。これからもどんな旅になるか分からない。でも、二人ならばやれると。

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