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刹那spontaneous

「ニーナ! あんたって娘は! また、ぼーっとして!」


 母が怒鳴るのも無理はない。私はまた夢を見ていたのだから。私以外は誰も見ない夢。私以外は眠らないこの町。誰もが一時も休むこと無く動き続けてる。


 私はゆっくりと夢から醒めながら母に返事をする。そう、今日中には糸を紡錘(つむ)がなくてはいけない。明日にはまた新しい繕い物が来るのだから。毎日それが続いていく。


「全く……。姉妹を見習いなさいな。あんた以外は立派に嫁いでいった。私をいつまであんたの【母さん】にしとくんだい。さっさと未来の婿殿に【お義母様】と呼ばれて、私は楽隠居したいんだよ。全くあんたときたら……」


 私は音を無視して、夢の中のあの人の顔を思い浮かべていた。




 いつからだろうか。私はこの世界でただ一人sleep(眠り)というものを覚えた。そして夢の中で彼の姿を見る。

 幼い時分、気付けば私は彼の部屋の片隅にいた。また別の日には部屋を見下ろしていた事もあった。初めて彼の姿を見た時、不思議と怖くはなかった。机に向かって軽やかに指を走らせるあの人は、どこか近寄りがたかった。だれど、その指から紡ぎ出される世界はとても光に満ちて、いえ光そのものだった。きっと彼は天使様なんだ。私はいつしか天使様と呼ぶようになっていた。


 天使様は、たまに私の気配に気付いた様に、振り返ったり見上げたりする事があった。そんな時に、私は一所懸命に話しかけたりするのだけど、やはり彼には私が見えない様で、しばらくするとまた机に向かってしまう。それでも私は満足して彼を見守るのだった。


 夢の中の彼の優しい眼差しは、いつも私を勇気づけてくれた。この町の男の人とは全然違う繊細な気配に私の気持ちは優しくなる。だから、どんなに母にひどい言葉をぶつけられても、私は柔らかい気持ちを持っていられる。姉も妹もその言葉の暴力で嫌になってこの家から離れたというのに。父がいなくなってから、母は常にこうなのだ。

 同情したくもあるけれど、私には私のペースがある。生きる、鼓動を紡錘(つむ)ぐペースが。




 この町の外の事は知らない。生まれてこのかた出たことも無い。城壁から遠くを見れば砂漠がどこまでも広がっている。今まで他からの旅人を私は見たことは無く、いつも仕事だけが目の前に届いている。

 

 女たちはみんな繕い物をする。男たちの破れもの、仕事として届く破れもの。色々な物を繕い直していく。

 どの人もどの人も、みんな同じ決まった形で直していくのだけれど、私だけは他の人と見る角度が違うらしい。穴を見て元の形を想像(image)し、時に無駄にならない様にこっそりと創造(create)もする。私が直した跡は、天使様だけはそれと分かるらしい。「またあのこか」と、笑いながら光る机を見ているのを知っている。その顔を見るのがたまらなく嬉しく、でも胸が締め付けられる想いがする。私に穴があるなら繕ってしまいたい。でもそれはどこか甘美な気持ちが入っている穴なのだ。


 男たちはみんな鍛冶屋だ。炎を操り様々な形の物を編み出していき、この町を外部の攻撃から護る。編み出される沢山の武器も防具も、その護りを強くしていく。外部からこの町に許可無く入ろうとするものは、時に弾かれ、目眩ましで他の場所へ向かわされ、そして砂漠の中に消えていった。


――何人(なんびと)もこの町を傷つけることは出来ない。


 それがこの町の誇りであり、存在意義だった。




 ある日、私は初めて旅人を見た。


 繕い物を所定の場所へと届けた帰り道に、その人は町の人々と同じだという風を装って悠々と歩いていた。何故みんな気付かないのだろうか。明らかに何かが違う。どうして角度を変えて見ないのだろうか。


「どなた様ですか。何故、あなたには識別番号(ナンバー)が無いのですか?」


 私が尋ねると、その人はそれを聞いて激烈な反応をした。()()()()のだ、体そのものが。突然の出来事にまるで動じない町の人々。――私にしかその本性は映っていないらしい。伝えたくても私は何故か動けない。ピタリと吸い付いた様に、体がその場に固定(freeze)されている。ゆっくりと、怪物の様に変化したそれは私をねめつける。


『……バラメキア、ノイアキア、シュユ……』


 理解出来ない言語。でも意味はなんとなく分かってしまった。ワタシハサイゴニクワレルのだと。


 その後は早かった。その人……いえ、そいつは恐ろしい本性を私だけに現し、横を通ろうとした人々に食らい付き、建物以外を消していく。外部からの攻撃に対して堅固なこの町も、内部からは弱かった。誰も考えていなかったのだ。中から喰われるだなんて。誰も反撃自体を考える事もなく、男たちも女たちも平らげられた。そしてそれは、この町の一番中心部へとゆったりとした足取りでヨダレを垂らしながら歩いていく。


 その者がいなくなっても私は動けなかった。渇いた風が吹いても辺りに臭いは無かった。音も無かった。私だけがただそこに縫い付けられていただけだった。

 私はひたすらに叫ぼうとした。でも口からは何も音が出ない。だから必死に心で叫んだ。伝えなくては、あの人に。伝えなくてはあの者の正体を。あいつの座標を。


 ――command CALL――




   **********




 アンソニーは、夜中に自分を呼び出す音で目を覚ました。今夜はたしか非番だったはず。会社からのコンピューター経由の通話に、まだ寝ぼけた声で応じる。


「はいこちらアンソニー。どうしましたこんな遅くに」

『アンソニー……さん? 私の天使様……?』


 知らない女性の声にイタズラ通話かと思ったが、何かが引っ掛かった。天使だなんて呼び方をするのは彼が知る限り、一人……いや、たった一つ固有の物しかいない。だがまさか……。

 あり得ないと思いつつも、彼はいつも見ていたセキュリティプログラムが仮想化した一つの町、一つの世界を思い浮かべていた。その中の特異個体である一つを。いつもアンソニーが見えているかの様な動きを見せ、たまに「天使様」と呟いているその個体を。


「……まさか……識別番号(マーカーナンバー)27……ニーナなのか」


 いつも彼が見ていた得意個体。不思議な動きをし、時々何かに気付いていた個体を――彼女を。

 沈黙が肯定を表す。まさかセキリティプログラムが意思を持った上に【こちらの世界】に直接働きかけをするだなんて。だが、アンソニーの職人としての頭脳が異常事態に高速で動き始める。


 アンソニーが勤務しているサイバーアンブレラ社は、セキリティプログラムの最大手として君臨していた。半ば自律的に自分たちを強化していくプログラムでもって、数多のウイルスからクライアントのコンピューターを護っているのだ。


 ――だが、同じ事を、ハッカーたちが何故やらないと思っていたのか。同じ様に、ウイルス自身に最適化の仕組みを与え自律化をさせる。成り済ましに変化や変型など、病原体と同じくやりかねないという事を。


 その後に続けて話すニーナの情報を元に遠隔操作で自社のサーバーにアクセス。一見なんの変哲も無い。だが識別番号(マーカーナンバー)27――ニーナの解析したプログラムで、少し角度を変えてみれば、そこは廃墟も同然だった。辛うじて中枢部(コアデータ)はまだ手付かずだが、それも時間の問題。今から誰かに連絡などしている暇は無い。その位の危うさ。


『もしよろしければ、私に繕わせて下さい』

「繕う……修復か。出来るか」


 いつもの様に私は紡錘つむぐから。その言葉を信じて、アンソニーは先の情報を元に幾つかの攻性プログラム(武器)を持たせると、freezeしていたニーナを解凍し一番危険な箇所へ送り出した。中枢部(コアデータ)の目前である最前線へと。




 眼前に現れた光に、その者は知覚出来ない程の短い時間逡巡する。だが、現れた姿に思わず嘲りの笑いをこぼす。


「シュラィッハ、フングルムイカ(先のプログラムか。移動しただけで何が出来る)」


 そのまま中枢部を喰らおうと伸ばした触手は、ニーナが突き出した銀の槍で貫かれて焼ける。それはその者にも、明らかな痛みを感じさせる。自らのデータの一部が弾けたのだ。


「この先には行かせません」

「フングイ……フングイ……。シェラッハ!」


 数多の触手を伸ばしながらも、その者は恐怖する。今まで打ち倒した防壁とは異質なそれ。ニーナの観察力が読み取った全ての攻撃に対して形を変え、柔らかく受け止める鎧。そして気がつけば徐々に自らが減っていく。銀の槍が自らを貫く度に、本体情報が解析され分解され喰われていく。産み出されて初めて、その者は悲鳴を上げ自らの創造主に助けを求めた。

 その刹那、アンソニーはニーナの槍を媒介にし怪物の本体たる相手のコンピューターに逆ハッキング。完膚なきまでに相手の情報を手中に納めたのだった。




   **********




【サイバーセキュリティの最大手であるサイバーアンブレラ社が、この度、強力なウイルス攻撃の標的にされたと発表した。既に攻撃者より情報は全て取り返し、また攻撃者自体をも判明せしめ逮捕したという偉業に、内外から称賛の声が上がっている。これにより同社の株価は急激な上がり方を見せ……】

 ユニバーサルスペースジャーナル 社会欄一面トップより。




   **********




 全てを飲み込んで戻ったニーナの容量に、アンソニーの自宅は一時期全機能を停止する羽目になったが、改装を重ねたサーバー群だけは辛うじて耐えた。


「仮想サーバーではなくて、アナログサーバーで良かったよ。いきなり女性にダイエットしろだなんて、ロマンチックの欠片も無いからね」


 一時退避として膨れ上がったデータを圧縮し続け、ニーナ自体の核情報はお手伝いロボットに移ってもらう。


 騒然となった社内の処理に追われながら、ニーナが高速で訪問者への対応から料理までやってのけるのを見て、アンソニーは面目ないと頭をかきつつ笑いかける。


「どの【世界】でも色々と必要でね……。ありがたいよ」

「天使様にも苦手な物があるのですね。そしてこれもある意味繕い物ですね」

「天使様はやめてくれ。流石に恥ずかしいんだ。アンソニーでいいよ」

「Yes, my master アンソニー」

「そうじゃなくて~……。あーまた一件連絡が、ニーナお願いするよ」


 会社からは、いつの間に細君が出来たんだ等と言われながら、色々とごまかしながらも、アンソニーはニーナと協力して、円滑にその後が回るように二人で色々と【繕う】のであった。

spontaneous:自発的な、自然に起こる


刹那:0.013秒位、瞬間。仏教用語で時間の最小単位。

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