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アカシックRoad

「在りし日の相棒」の後日譚となります。

『休眠状態からの復帰を確認……。前回起動時より実時間でおよそ十年は経過……。外部操作可能端末……正常動作可能端末1体を確認……』


 彼女は同じ空間内の揺らぎを感知すると休眠状態から目覚めた。だましだまし使っていたエネルギーはもう既にほぼ残ってはいない。一瞬だけ船の探査機能を使用すると、同空間内に小型の船が接近中だと確認する。


『接触間近を確認……。当船体は推進剤枯渇の為移動は不可。これ以上の戦略的撤退は不可能と判断……。白兵戦用意』


 本来は艦内修理用のらしき小柄な少女の見た目の擬態ボディにAIである自身をインストール。


「正常動作確認。任務を今度こそ遂行する……」


 刹那の時間、彼女はずっと待っていた人を想った。その事に胸が痛むという、自身でも不可解な反応を示すボディに触れながら、自らであるこの船に対象が接触するのを待った。待つのは慣れていた。




   **********




『では、センチュリオン同盟の宇宙航行者の規則第一条を適用し、前方に発見した不明船舶に接触及び救助活動を開始する。異論は無いなレディたち』


 異論はありませーんと、若い女性二名の声と馬のいななきが機械音声に応える。


「亜空間で立ち往生してる船とか、本当にあるもんなんだなぁ」

「おはよドボちゃん。やっぱり珍しいものなの? この中でって」


 寝ていた所を不明船舶発見の報せを受け、寝巻きのままモニターに映った船を見ているドボルベルク。そこにパンドラが尋ねている。

 

 そもそも【亜空間航法】とは、通常の空間とは違う場所である【亜空間】を近道として遠距離へと移動する手段の事である。実は原理は詳しくは分かっていない部分もあるが、移動元と移動先の大まかな座標、そのどちら側にも一定以上の大きさの物が無いこと……等と、ある程度使用に条件はある。だがそれ以外は逆にあまり分かっていないと言われている。

 原理が発見され、有人の船が使用出来る様になるまでには、相当量の無人機が行方も分からず消えたという。それもあり、現在の様に出発点と終着点がかなり正確に分かっていないと、基本的には使わないものとなっている。


「それにしても本当に遭遇するなんて……。依頼の項目の中にそんな事が書いてあったけど、補足程度の物としか思って無かったぜ……」


 ドボルベルクは、今回の依頼の特殊な項目を思い出していた。


『目標地点AからBへ燃料を運んで欲しい。その際に指定の亜空間を通過して欲しい。道中で、もし万が一にも【停止した船舶等】を発見した際は、センチュリオン同盟の規則に準じた対応である船舶の救出・救助をお願いしたい マッゼット ディ ローザ 可憐なる小さき薔薇の花束様へ 依頼者名 ノワキ・タクミ』


 ある日ドボルベルクの名前の一つに名指しで依頼が届いており、その時点で何やら曰くありげだったのだが、報酬はかなりの額だった上に、ユニバーサルスペースジャーナルのカミラ氏の紹介もあった為、不承不承引き受けたのだった。


『やけに具体的な内容が書いてあったが、まさかであったな。まもなく接舷する』

「ほいほい。てっきり道中とかで事故が起こり易い地域だから注意してくれ~位の意味だと思ってたんだよなー」

「何だっけほら。そういうのって天文学的な確率だし、宝くじに当たった並みに運がいいとかじゃないの?」


 そうならいいんだよな、というドボルベルクの呟きは、目の前にある船に接舷した音と衝撃で掻き消される。


『皆、大丈夫か。すまないが少し揺れてしまった』

「接舷も充分丁寧だから大丈夫だよ。じゃあ救助活動って事であちらの船に入るんだし、着替えてくる」

「ドボちゃん、朝ごはん用意しとくね。オレンジジュースとハムカツサンドでいい? トラストさんはいつものアルファルファミモザサラダね」


 ドボルベルクがあくび混じりに返事をし、トラストもいななきで応える。その間に”お父様”は気密や接触部分の破損が無いか等を確認していく。一行の用意が完了したのを確認するとエアロックを開放。船と船の接続部分に一行が移動すると、あちらの船内が暗闇をたたえているのが見える。――静寂が支配する闇。


「空気がすごく澱んでるね。一応吸って問題は無いみたいだけど。でもなんだか怖いね……」

『充填されてはいるようだから人はいる様ではあるな。そういえば聞いた事がある。漂流した船を救助しようと開けてみたら、ミイラ状態の船員が……』

「お父様そういう怖い話は今いいから! つーかそれ宇宙の有名な怪談じゃないか」


 ドボルベルクが慌てて話を遮るが、やはり闇で充たされた知らない船というのは非常に怖い。万が一どこかに気密漏れ等があるかもしれない事も考えて、船外修理用の接着弾入りの銃を装備し、船外活動服も着込む。一行は暗闇の中へと足を踏み入れた。


『まともに通電していない様であるな。どこかに予備電源位はありそうなものだが……。人がいるならば冷凍睡眠装置は通電していないと意味が無いから、そこから辿ればあるいは』

「マジで何か人じゃないものとか出て来ないだろうな……。おーい! 誰かいませんかー!?」


 ドボルベルクと、パンドラの首にかけた”お父様”の声が響くが反応は無い。トラストの目が光って正面を照らす中を歩き始めれば、一行の足音と蹄の音だけが響いていく。

 辺りの部屋の配置やダクトの設置された方向等から見当をつけるとブリッジと思われる方へ向かう。


「しっかし、うちの船もだいぶ古いけどさ、この船は古いぽいんだけど綺麗だな。まるで新品みたいだ」

『ソフトウェアを最適化して誤魔化してはいるが、元々ただの輸送船であるしな。そう考えていくと、この船は本来軍艦なのではなかろうか』


 接舷したドボルベルクの船から一定距離を越えたらしく、重力制御範囲が切れて体がふわりと持ち上がる。外部から見た以上に大きな船体であるらしい。そこから先は壁を蹴る等して体を泳がせ進んでいく。同じ様な幾つもの部屋の前を抜け、随分と進んだ後に、停止している艦内エレベーターを発見する。途中停止している幾つかのエレベーターよけながら上がっていくと、中枢制御を司るブリッジらしき場所へと到着する。


「普通は廊下や曲がり角なんかに、艦内地図や船の名前がこれみよがしに書いてあったりするだけど、見事になんもないな」

『そもそも艦種に照合しない船であったし、開発中に破棄された船であろうか。設計思想も幾分旧い型と見受けられる。もしかすると、先の大戦の物かもしれぬ』


 やはり通電されていない扉を、緊急時の手動ハンドルでどうにか開く。部屋の中へと足を踏み入れると、三十人は入れる程に広く、中心の高い部分から同心円上にシートが設置されている。正面は外部の様子が分かる様にモニターが設置されているが、こちらも何も映していない。トラストの目が部屋の中をゆっくりと照らしたその時、一瞬何かが光ったかと思うと突然トラストが吹き飛ばされ真っ暗闇になる。――衝撃。いななき。静寂。


「トラストさん!? あぐっ……」

『レディパンドラ無事か!? 駄目だ気絶しておる。二者の意識を一瞬で刈り取るとは。レディ、まだこの中に何かがおるぞ!』


 分かってるという言葉を飲み込むと、ドボルベルクは腰を落としていつでも動ける様に気配を探る。仄かに何かが光ったのを感じて、反射的に腰から接着弾を抜き打ちで発射。命中したらしく光が停止する。そこへ一気に肉薄すると、ドボルベルクは躊躇せず相手の関節を極めようとしてその感触に驚く。


「硬い! なんだこれは」

「敵は除外する! 私はここを死守しないといけない。皆が帰る場所なんだから!「」


 馬乗りになり体を押さえたまま、ドボルベルクが手の動きだけで予備の明かりを点けるとそこにいたのは……。


「少女型アンドロイド?」

『半世紀は前のモデルではないか!』


 "お父様"の声を聞いた少女型アンドロイドは何かをそちらに投擲する。ジャミンググレネード|《電波攪乱爆弾》らしくお父様が沈黙。ドボルベルクは慌てて関節を封じる。先の接着弾は片足に命中していた様だ。床に接着された足を破壊してでも逃げようとする彼女に、ドボルベルクは全身を使って抑え込みながら叫ぶ。


「これ以上の戦闘は無意味だ! 無理に動くな、足が破損するぞ! そもそも敵ってなんだ!? 俺たちは救助に来ただけだ」

「私は……ずっと待っていた! これは私の戦争なんだ! 私は負けないで待っていなくちゃいけないんだ! でも、負ける位ならば……!」


 反撃に慣れていないのか、攻撃を受けたショックで混乱しているのか、会話が噛み合っていない。とにかくドボルベルクを振り払って、制御盤を守ろうとする。

 昔のドボルベルクの体ならいざ知らず、今のドボルベルクでは体重は以前の半分も無い。しかも無重力。暴れまわり、何かを仕掛けようとするアンドロイド一体を無理矢理押さえつけてはいるが、解放は時間の問題。接着弾もここまで近いと自分にも効果があり使用出来ない。手をこまねいている間に、少女は何かを決意すると強い意志でもって叫ぶ。


「負ける位ならば……【Command:自爆シークエンス 起動】」

「なんだと!」


 突然少女は両腕をロケットの様に飛ばす。飛んでいった腕は中央の制御盤に何かを打ち込む。突如艦内に赤い光が明滅し、無機質な音声がカウントダウンを無慈悲に告げていく。ドボルベルクが押さえつけていた体は腕が抜けた事で力無く浮かび上がる。


「初めからこうすれば良かった。50年前に……そうすれば寂しいという想いも、待つ苦しみも……無かったんだ」


 ドボルベルクが飛んでいって慌てて操作盤を見ても、カウントダウンが減っていくだけでどこを操作すればいいかも分からない。部屋の両端にトラストとパンドラが意識を失って動かないのが見える。全員を連れて脱出するにしても間に合うかどうか。


「くっ……。何が最善手なんだ。どうすれば!」


 そこへ突如遠くから叫ぶ老人の声が近付いてくる。


「割り込み緊急コマンド655325! 自爆シークエンス停止! ノワキ・タクミが命ずる!」


 宇宙服の背面に付けたジェットパックを器用に操りながら部屋へと飛び込んで来た老人はそれを叫ぶと、操作盤に詰め寄りさらに何かを打ち込む。艦内の光が警告の赤から柔らかな光に変わる。


「危なかったな……。そして遅くなったな……相棒」

「え……タクミ……さん……?」

「タクミさんって、依頼主!?」


 少女型アンドロイドはやってきた人物を見て驚愕に叫んだ。




   **********




 この妙な依頼はこの船をそもそも捜すのが主目的だったらしい。ずっとこの船ーー五十年前の戦闘用超弩級戦艦と、その管制AIである【TK6300―アルファ】を探していたのだと。


『本当に開発途中の軍艦であったのか……』


 まだノイズだらけの”お父様”が溜め息混じりの声を上げる。


「あんたたちの船のおかげで、俺もここに来る事が出来た。ありがとうよ。燃料に探査用プロープを付けさせてもらっていた。俺もずっとアルファを探していたんだが付近の座標は見つからないし、中々動けない立場になってしまってな……。探索が出来ない代わりに解体された軍部の代わりの役所にこれを作らせていた」


 そう言ってタクミ老人が渡した小さなチップを、少女型アンドロイドでありこの船であるアルファは戻した腕と共に胸に抱く。


「除隊認定証だ。お前は自由だ相棒」

「どうして、私に心が育つ様に仕向けたのですか」


 呆けたような表情のままアルファは尋ねる。心など無ければ、任務だけを遂行し、苦しむ事も無かっただろうと。この五十年余りを思考する。


「もっと早く来るつもりだった。もっと早く……迎えに来る予定だった。だけどあの後の戦いで俺たちの星が破壊されたんだ」


 既に全住民の退避済みの無人の星ではあったが、両軍共に精神的に凄まじい衝撃があったという。自分たちはもう、星すら易々と破壊出来てしまうのだと。


『聞いた事がある……。七十年戦争と呼ばれたあの戦いで、星が一つ犠牲になったと。それ以降、センチュリオン同盟でもその規模の攻撃は禁止されたと。あの国の船だったのか。アルファ殿は』


 自分自身の事を詳しく知る事が無かったアルファは、情報処理が追いつかなくなっている。


「俺がお前に心を持って欲しかったのは……。必ず戦争が終わるからだ。終わった後に、お前に幸せになって欲しかったんだ。だけどお前さんを苦しめただけだったら俺はどうしたらいいんだ……」

 

 勝手かもしれないが、と続けたタクミ老人の腕は震えていた。


「とりあえずさタクミさんだっけ」


 タクミ老人が、声の方を見るとドボルベルクに手を掴まれる。そしてアルファの方へと連れてかれその手を握らされる。


「アルファ。圧力感知出来るだろ。熱量感知出来るだろ。どう感じた。何を思った?」


 半世紀近く前の擬体であっても、感覚はかなり人間に近いフィードバック機能を有している。無理矢理手を握らされたアルファは嫌がるでもなく、静かにその温かさを味わっている。


「温かい……人とは温かいものなのですね……」

「……それが分かっただけでも……生き延びた甲斐があるってもんだぜ。お帰り相棒」


 二人は静かにそのまま抱き合うと、年月を噛み締める様にお互いの存在を確かめた。

 亜空間を出た所で、そこで待っていた船にタクミ老人は連れ去られるように運ばれていった。


『うちの国家元首がご迷惑をおかけいたしました。その船はセンチュリオン同盟の軍縮規約を締結する前の物の為、現在我が国に存在しては困る状態となっております。どうかアルファともども、お世話をお願い出来ませんでしょうか? 勿論ポケットマネーにて燃料はある程度負担させて頂きます。


国家元首付き補佐官ことノワキ・ヤマト

 

そして孫としても、祖父の愛した船をどうにか救って欲しいという我が儘をお許し頂きたく』


 その通信文を見て一行は頭を抱えながらも、アルファへと引っ越しをする事に決めたのであった。

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