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イー・イコール・エム・シー・スクエアド

【エネルギーを、Eとした時、質量「m」と光速度「c」の2乗は等しい】


 アルベルト・アインシュタインの論文【特殊相対性理論】だ。


 簡単に言えば、質量はエネルギーに、エネルギーは質量に変換する事が出来る。だから、私たち月の民は滅びた。自分たちが見下した地球の民が打ち出した理論の通りに、エネルギーに変換されたのだ。




 あの日。地球から連れ戻され研究の日々を行わされていた私に政府が告げた事は、それからの崩壊の序曲でしか無かった。


【月の民の生命を昇華させ、高次元の生命に変えるのだ。あの猿どもと同じものではなく、もっと高きものに】


 なんという傲慢だろうか。私たちだって、かつて地球から飛び出して月へと入植した民でしか無いというのに。アトランティスとも呼ばれたあの国は、海中に一部没した以外は、月へとそのまま飛んだのだ。そして地球に住まう人々を尻目に、高高度の科学を伸ばし続けていた。


 私が逃げ出したのは、たまたま研究の結果で不老不死と成り得るファクターを見つけたから。この傲慢な民は間違いなくこれを悪用する。それが分かっていたからすぐに自身に処置をして赤子になり、地球へと逃げた。しかし数年で連れ戻されてしまった。その時に生み出した不老不死の研究の際の知識を活かした人魚……月姫、我が娘はきっと今も生きている。そして、同じく不老不死の薬を渡してしまった時の帝も。

 いつかきっとその二人に会えるという希望だけが私を支えている。本当に勝手だとは思っている。でも、希望が無ければ人は生きてはいかれない。


 連れ戻された私は厳重な監視の下、ついに見つけてはいけない結果を発見してしまった。

 人を、肉体も含めて全て精神へと昇華させるというもの。肉体の不調も関係ない。ただ在れば生きていけるもの。隠そうとしても無駄だった。あっという間に他の研究者に渡され、そしてあの日、幽閉された私以外の月の民全員に処置がなされるだろう日。まるで天罰のように、隕石は月の都市へと落下した。


 自分たちをエネルギー体へと変えた後に、地球の民を自分たちが生きる為のエネルギーに変えようとしていたおぞましき研究は、そこで消滅した。だけれど、元月の民であるエネルギー体は、一番悪い形で顕現してしまった。


 不安・恐れ・怒り・哀しみ……。


 それらを得た状態のエネルギー体は、もはや悪霊や悪魔といって差し支えない状態だった。私は隕石落下のショックで開放された後、大急ぎでそれらの封じ込めの処置をすると、膨張し続ける宇宙の外縁へと向かった。


 星が死ぬ時の最後の爆発【超新星爆発】《スーパーノヴァ》の際に、そのエネルギーを入れて、少しずつ消化していく。そのままだとブラックホールですらどうにか出来そうな程のエネルギーの塊なのだ……。


 宇宙は膨張している。その広がりと一緒に私は宇宙船を兼ねた研究施設と共に移動し、新たな星の生と死を見ながら少しずつ少しずつ消費していく。エネルギーも意志が残っている場合はある。だけど、それは生者への憎悪がほとんどだ。稀に世界への希望の様なものもある。それは植物の種子に似たものに乗せて宇宙へと送り出した。せめて、希望を・祈りを宇宙にと。ただ、これも私の独りよがりでは無いのかと、ずっと不安ではある。


 私自身の体は維持しなければならない。幾つもの体のスペアを作り、月姫と帝に施した魂情報のソフト、体というハードの両方面から私が完全に死なないようにしていく。本当は滅んだ方がよいのかもしれない。こんな事をしでかした月の民の生き残りは。贖罪と思いながら、私はずっと

 ずっと……。




   **********




『マスター。接近する飛来物在リ。映像出します』

「これは……」


 明らかに人口の船が、ブラックホールの壁を越えて、ゆっくりと私の船へと近づいていく。明滅する光。それは一定周期で同じ光り方をしている。


『モールスと思われます。地球圏アジア地域の古語の様です。翻訳します』



【た だ い ま か あ さ ん】



 その時、私は何を叫んだかは覚えていない。船のコンピューターは、後日その叫びは保存しておりません、といつもの様に平坦な言葉で返してきただけだった。




   **********




「月姫君、重力干渉しているが揺れるぞ」


 スメラギ博士の言葉に頷きながらも、私はブリッジにあるシートを痛い程握りしめる。まるで何者をも阻むようにブラックホールが幾つも展開している。ただ、間隔が綺麗過ぎる。母が配置したものだろう。スメラギ博士が操作を手動に戻して、慎重かつ大胆に操作しているけれど、付近の細かな惑星の残骸に当たって船が悲鳴をあげる。

 その中でも、私は一点を見つめる。明らかなる人工物。私が使っていたあの銀の竹の様に、地球人類が作らない造形の船が先の空間に留まっている。恐ろしい程の揺れと激しい船体の悲鳴の後、突然の静寂。抜けた先は嘘のように開けている。


「通信方式は分からないが、僕らの言語ならきっと分かるだろう」

「じゃあ、この言葉で」


 私は緊急用の外部照明を一定間隔で明滅させる。ずっと待っていた人へ。ずっと会いたかった人へと向けて、何度も。幾らでも愛情を込めながら。




   **********




 船は迎え入れられる様に、静かに接舷。エアロック開放の旨を伝えるとすぐに了解の合図。


「レディファーストだ。月姫君、先にいきたまえ。危なくはないだろう」


ゆっくりと開いた先、二人の声にならない声が聞こえる。それを背中で聞きながら、スメラギ博士は、かつての帝はブリッジの椅子に深々とかけながら、そっとささやいた。


「ありがとうジョージ。君がずっと僕を信じてくれたから、あの時信じてくれたから僕はここへと到達出来た。ありがとう……」




 宇宙を飛来していた種たちは、その日、一気に花開いたという。大いなる歓びで。 

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