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神様までは何マイル?

 今日もプラチナには歌が聞こえていた。


 誰かが何かを呼ぶ様な、少し切ないそのメロディーは、プラチナの小さな胸を掻き乱す。それが聞こえる所を探してみたいけれど、いつだって大人たちはそれを止めるのだ。


「十字架群を越えてはいけないよ」

「十字架群って、なぁに?」


 大人たちは、行けば分かるとしか教えてくれず、プラチナの自慢の金色の髪の毛を撫でると去っていくのだ。子供扱いされた事に怒りながら、まだまだ小さな足で石ころを蹴っ飛ばしても、石ころは大して跳んではいかない。プラチナの行ける範囲を示しているかの様だった。




 ある日いつにもまして、余りにも悲しい歌のメロディーが聞こえてきて、プラチナは居ても立ってもいられなくなった。

 夜だった。大人たちも寝静まった夜に、誰かに気付いて欲しい、でも誰も自分の事に気付かないと、寂しさを震わせたメロディーにプラチナは空を見て応えた。


「私は知ってるよ! あなたの声を歌を聞いてるよ! あなたを知っている人がここにいるんだよ!」


 もちろん慌てて声を抑えたけれど、大人たちは誰も起きては来ず、ただメロディーが悲しく歌い続けるだけだった。星と月と悲しさに、プラチナは一緒に泣いた。




 あれから数日後。諦めた様なメロディーが聞こえたある日。プラチナは決意した。あの歌を歌っている人を見付け出して、頭を撫でてあげようと。


「だって私が悲しい時には、大人たちはそうしてくれたわ」


 今度は私がそうする番だと、プラチナは強く強く思ったのだった。


 いつもの様に丘に出て、行ってはいけないと言われている方向を目指す。何故ならそちらからいつも歌は聞こえているから。


 丘を抜け、野原を越えて、そして教会を抜けようとしてプラチナは気付いた。


「あ……十字架群……」


 そこは教会の裏手の墓地だった。そして、墓地の後ろには高い壁が空まで覆い尽くすかの様に、高く高くそびえてプラチナの邪魔をしていた。歌は、その先から聞こえてきていた。


 左右を見渡しても、登ろうとしても、そして壊そうとしても、壁はそこにあるがままにプラチナを塞いだ。プラチナの目に涙が溜まってきた時に、また歌が聞こえてきた。それは絶望の歌だった。


「ダメよ! 絶望しないで! 私がいるわ! 私があなたを見ているわ!」


 何と無くそこだろうと思われた場所を強く見詰めると、プラチナには隙間が見えた。彼女は、そこに急いで向かって行った。




   **********




「宇宙歴3300年。当艦の出発から300年と六十六日。世は全て事もなし。艦長代理ハリー・ウィンストン」


 そう書き記し彼は深い溜息をもらすとペンを置いた。


 外宇宙開拓事業団の一人として、その家族たちと乗り込んだ移民船サジタリアス。この船は現在、常に一人は行動可能な人間がいなければならなかった。何故なら百年以上前に、艦内で小さな隕石が一部区画を吹き飛ばし大変な事態となったからだ。

 その時の影響で、冷凍睡眠装置の一部機能が復旧出来なくなり……つまり一度解凍すれば再度の睡眠が出来なくなってしまったのだった。


 二度とそんな事態にならぬ様に、そして何かあった時に速やかに対処が出来る様に社員の一人ずつが順番に孤独に船守りをする……。つまり、居住可能惑星が無ければ一人ずつ死ぬ。


「元々片道切符とは言われてはいたけれど、まさかこんな孤独なさすらい人になるなんてなぁ……」


 娯楽用に視聴覚データが沢山あっても共有する仲間もいない。地球や他の星との通信も、星を首尾よく見付けた時に打ち上げるビーコンからの発信だけになってしまった。


 一人がこんなにも辛いとは思わなかった。冷たい棺桶に包まれて俺は死ぬのかと、まだ年若いハリー・ウィンストンは無意識に歌っていた。悲しみの歌を。いっそこのままスイッチを全て切って自分も死んでしまえばいいのだろうかと、静かに心を殺しながら。


 その時、そっと誰かが頭に触れた様な気がした。とても優しげな誰かの気持ちが。

 慌てて周りを見ると、半透明な少女が自分を撫でており、ハリー・ウィンストンは驚愕しつつも、自らの孤独が溶ける音を聞いた。




 後に、冷凍睡眠中の人々に見せていた電子の夢から、彼女……プラチナの意識だけが抜け出していたと知ってハリー・ウィンストンは再度驚愕する様になる。それは宇宙で得た何か新たな力だったのか、かつて地球で超能力と言われた力だったのかは分からない。だが、彼の孤独を慰める事に大いなる貢献をしたのは間違いなかった。




   **********




 宇宙暦3305年。外宇宙開拓事業団第百六十五号、移民船サジタリアスが、無事に開拓可能な星へ到着したと送信ビーコンからメッセージが届いた。彼らが出発した後に開発された亜空間航法により、速やかに現地へと移動した我がユニバーサルスペースジャーナルの記者が直接取材を申し込んだ所、まだ若きサジタリアス艦長はこう答えたという。


『女神がいなければ、ここまでやってこれなかった』


 傍らにいる見事な金髪の若い女性を見詰めながら、彼はとても良い笑顔で取材に応じたという。

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