表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/38

その花束は色鮮やかに

診断メーカー「薔薇の花弁を吐く奇病」から話を膨らませました。

 ある日のことだった。

 月から火星へと荷物を運び終えた中古の輸送船が一隻、極小の隕石に衝突された。だが船には被害は無く、ただ一粒の種が船内に残されていただけであった。その一粒が彼の運命を変える事となる。


 彼の名はドボルベルク。だが、彼をその(いか)つい名前で呼ぶ人はもういない。その姿を見た者はこう呼ぶのだった。

【マッゼット ディ ローザ】


 ――可憐な小さい薔薇の花束と――。




   **********




「各種機器問題無し……と。年季の入った中古の船だかんな。動かなくなってもおかしくなかったから助かったぜ」


 就寝中で自動航行にしていたところへ突然の衝撃。飛び起きたドボルベルクは自分の船の状態を急いでチェックし終ると、安全なのが分かって大きく息を吐いた。そしてしっかりと鍛えられ盛り上がった筋肉の塊の様な腕で小さな種を(つま)み上げる。種を覗き込むその目は普通にしていても睨んでいると思われてしまうかなりの眼力。子供が横で見ていたら泣いてしまいそうな見た目の怖さだが、別に暴力を無闇に振るったりもしないし、悪いことは嫌いである。こんな見た目だが正義のヒーローに憧れている。……誰も信じてくれはしないが。


 色々と眺め回してみたがその種子がなんなのかは皆目検討もつかなかった。船を突き破る位だから相当な物のはずだが、銀河ネットワークに繋がっているコンピューターで調べてみても何の種だかも分からない。火星型惑星M369に持っていけば、外宇宙で一番農業が盛んなあの星の事。きっと何かが分かるし買い取ってくれるだろう。ちょっとした臨時収入だと、移動先の座標をそちらへ入力し直して自動航行をセット。船内の気密を再度チェックして眠りについた。やけに酸素濃度が多く、何だかいい香りがする事が気になったが問題は無いはずだった。

 

 彼が眠りについた後、その種が微かに振動し始めゆっくりと寝台ごと彼を包んだ。




 夢を見ていた。その夢の中でドボルベルクは小さな身体だった。幼い頃からやたらと怖い顔のせいで人の輪に入れず彼はいつも独りだった。本当は古い英雄物語やおとぎ話が大好きで、皆と盛り上がりたかった。物語の主人公たちに憧れ、せめて正義の警察官になりたいと鍛え続け、ついに警察署へ向かったら自首しに来たと勘違いされた事はかなりのトラウマだ。

 名前も本当にコンプレックスだった。生まれ育った孤児院でどうしてこんな名前にしたのかと尋ねたら「リストの上から順番に付けている。お前は四番目だからD、ドボルベルクだ」と雑な答えが返って来た。リストのひとつ前は、コッパーと比較的普通の名前だったのに。


――あぁ……。本当に、みんなに愛される正義のヒーローとか憧れるなぁ。


 寝ているドボルベルクを包んだ種が発光していく。彼は夢の中でとても気持ちのいい暖かさに酔いしれた。




   **********




「おやびん。あんなとこに亜空間航法も使わずに、のんびり移動してる船がありまさー」

「こりゃ久々に獲物だな。野郎ども支度しろぃ!」

「うぇ~い!」


 付近を航行していた宇宙海賊の【略奪船スカンピン】のブリッジではこんな会話が繰り広げられ、すぐさま威嚇射撃がドボルベルクの船へと掠める。あまり新しく無い船はそれでも充分に揺れる。ドボルベルクは飛び起きて普段の二倍近く跳ね上がる身体に驚きながらブリッジに急いだ。今日は厄日じゃねーかと呟きながら。


『そこの船よ。砲筒は全てそちらに向いている。さぁ降参して有り金とか出しちゃいなー』


 そうだそうだーと合いの手が入る。頭が悪そうな通信に思わず文句の一つも言ってやろうとコンソールに手を伸ばす。

 だが、その手が見慣れぬ程に白くて細い。普段のゴツゴツとかイカツイじゃなくて【たおやか】。驚愕して声を上げた拍子に通信開始のボタンを押してしまい回線が開く。


『可愛らしい女の子が出ましたよ、お、お、お、おやびん!』


 本当だ本当だとモニターに詰め寄るむさい男たち。そんな事よりも相手はなんと言ったか。


「おう! こんなおっさんつかまえて何を言いやがる」


『うぉぉー。姉御肌だぁー』


 何故か喜ぶ海賊たちに頭を抱えていると、何かが船にぶつかり、少し揺れた後に外からハッチが強引に開けられてどやどやと男たちが入ってくる。


「お……お嬢ちゃんが動かしてるのかい?」


 何故か壊れ物に触るかの様に、おそるおそる声をかけて来る海賊の親玉らしき奴に反論しかけ、メインモニターに鏡のように映っていた自分の姿を見てドボルベルクは絶叫した。


「誰だこの可愛い娘ちゃんはぁあ!?」


 丸刈りだった頭は、艶やかな赤い髪の毛が肩甲骨辺りまで伸び、何故か喋る度に口からは薔薇の花びらが舞い落ちる。筋肉で盛り上がっていた身体は十歳位の女の子の華奢(きゃしゃ)な身体になり、着ていたシャツが縮んだ身体にワンピースの様にふわりとまとわりついている。顔も悪役としか見えない厳つい顔から、おとぎ話に出てくるお姫様の様な可愛らしいものに。瞳には星が煌めいているかの様だ。


「あの、俺……可愛い?」


 しばし呆然とした後に、自分を見下ろす海賊たちに自然と上目遣いになってドボルベルクが尋ねる。すると、海賊たちの数名が胸を押さえて倒れこみ、彼が喋った瞬間にふわりと広がった薔薇の花びらに夢見心地の顔になる。そして皆が皆、強く強く頷くのだった。




   **********




 略奪されるはずが、何故か歓待されるわ、やたらと優しくされるわで、ドボルベルクはご満悦だった。今まで生きてきてこんなに優しくされた事は無かった。


「ところで嬢ちゃん……いや姉御はなんでこんな場所に」


 グラスに飲み物のお代わりを注がれながら、火星型惑星M369に向かっていたと話そうとして気付く。どやどやと踏み込まれた自分の船であの種はどうなったかと。慌てて立ち上がったドボルベルクに皆が注目するが、それを無視して口から勝手に出てくる薔薇の花びらを撒き散らしながら慌てて接舷したままの自分の船へ。あちこち探し回るが、見付かったのは薔薇の花びらだけ。


「あぁぁ。折角の商売の種が……」


『てぇへんだ! M369に小惑星が向かってやがるぅ!』 


 肩を落としているドボルベルクの耳に、警告音と状況を知らせるダミ声が。どうやら先の威嚇射撃が小惑星の一つに当たってしまい、その影響で軌道がずれM369の引力に引かれそちらに向かっているという。


「こっちにも映像回せ!」


 映像をこちらの船にも回してもらえば、それはドーム型都市を易々と消し去れるだろうサイズの小惑星が高速で移動しているのが見えた。


『おやびん駄目だ~。逃げやしょうー』


 既に涙目の宇宙海賊たちを尻目にドボルベルクは思う。確かにどうしようもない大きさの小惑星だ。でも原因を作ったのは自分たちじゃないのか。種に激突(?)されたからといってのんびり船を進めていたのは誰だ。……今やるべき事は……こんな時、ヒーローだったらどうする。


「聞け! お前たち~!」


 かつての低音のドラ声では無く、今はもうやたらと可愛らしくなった声が海賊たちを一喝する。それを聞いてあっという間に静かになる海賊たち。


「自分で蒔いた種を放っておいて、何かやれるかもしれないのに、逃げ出して、そんな状態で食べるご飯は美味しいか! 俺は美味いとは思えない。ここで見逃したら一生後悔する。だから……! 俺は行くぞ。俺だけで行くからな!」


『あ、姉御……!?』


 接舷を強引に解除。エンジンを全開にし、ドボルベルクは……少女は跳ねるような速度で船を発進させた。




   **********




 火星型惑星M369の地表に作られたドーム都市では、緊急警報が内部に鳴り響いていた。住民は押し合いへし合いしながら地下のシェルターへと避難していく。惑星を守る為に自動迎撃砲台が配置され、小さな隕石等は惑星に落下する前に粉砕される為、ここ近年は被害は無かった。だが、あのサイズの小惑星では、まず止める事はできないだろう。


「あんだ……。私怖いだーよー……」


 ずっと訛りが消えていたのに、恐怖から久々にそれが戻ってしまった妻に、夫は手を握り大きくなったお腹をさすってやりながら答える。


「大丈夫さ。時空だって、時間だって超えられたんだ。奇跡だってきっとある……」


 二人はシェルターの中から天を、宇宙を見上げ祈った。




   **********




 啖呵をきって小惑星まで来てみたものの、ドボルベルクの船に搭載の火器では小惑星を少し削れる程度の威力しかなかった。まるで歯が立たない。そもそもここまで巨大な質量。破壊しつくしても破片が大きな被害を与えるだろう。


「どうしたらいい……。どうしたらいいんだ……」


 この船を突っ込ませた所で小さな爆発位だろうか。いや、亜空間エンジンを臨界まで高め爆発を集束。爆縮させればもしかしたら……。


「でも、俺は死ぬな」


 先の初めて人に優しくされた事を思い出してドボルベルクは皮肉げに笑う。夢だったんだ。こんな幸せ。だったら夢がまだ覚めきらない内に散ったっていい。どうせ誰も悲しまない。そう思い込み、納得させても涙が止まらない。口からは相変わらず薔薇の花びらが舞い散るが、今は哀しみを強調している様な気しかしない。


『姉御! 加勢しやすぜ!』


「お前たち! 来るな! 無駄死にするな!」


 亜空間エンジンの出力を強引に高めようとした時に通信が入る。海賊たちの略奪船から小さな船が飛び出し、まるで押し返そうかという様に、小惑星に取り付きエンジンの噴射を最大にする。略奪船自体も小惑星に取り付き、M369とは逆方向へと最大で噴射する。だが小惑星は動かない。質量が桁違いなのだ。


『姉御。人に優しくするって何でこんなに嬉しいんでしょうね。それにね、姉御が死んだら俺たちが悲しいんです。俺たちの事なんて心配してくれなくていいんですよう』


 そうだそうだーと震えた声で合いの手が入る。視界が滲む。なんだこいつらいい奴らじゃないか。それにこいつらは、まるで俺じゃないか。こいつらを死なせたくない。俺の命を使ってどうにかなるなら……。亜空間エンジンを再度出力を上げようとしたその時、身体が熱くなり脳内に声が聞こえる。


――ソレガ、オマエノノゾミカ。


 誰だか分からないが、とても静かな声が告げる。それにドボルベルクは反射的に答える。


 そうだ! 俺なんてどうなってもいい! 助けたい。全員助けたい!


――ニンゲンハ、カッテナヤツバカリダトオモッタガ、ナカナカ……。ナラバ、ネガエ。イノレ。ソレガチカラニ。 




ドボルベルクは何だか間が抜けているけれど憎めない海賊たちを想った。


 一度だけ降り立った火星型惑星M369の純朴な人々を想った。そこに住まう人々の暮らしを想った。


 普段の仕事で荷物を届けた時に、遠くで聞こえた喜びの声。そんな人々の幸せを想った。きっとこの瞬間に笑っているだろう人々のその笑顔を想った。




 火星型惑星M369の人々は、天が宇宙が光るのをその時見た。まるで薔薇が大きく花開くかの様に、迫って来た小惑星が包まれ、そしてゆっくりとこの星から離れていくのを。


 海賊たちは見た。自分たちの船が優しく引き剥がされ、小惑星が薔薇の花に包まれて離れていくのを。その時にふわりと香ったのは先に出会ったあの男勝りの少女の物だった事を。




   **********




 ドボルベルクは、ゆっくりと目を覚ました。自分の周囲が黄色とピンクの薔薇の花びらで埋め尽くされている。隙間を作ってモニターを覗くと小惑星は火星型惑星M369から静かに離れていくのが見えた。


「……ヒーローになれたのかな……俺……」


 自分が吐き出す薔薇の香りに包まれて、ゆっくりとまたドボルベルクは目を閉じた。




   **********




 小惑星が元の軌道に戻る頃、種子は沢山の栄養を入手し静かに船から離脱した。種子にとって、人の強い祈りや想いこそが栄養なのだった。

 良いも悪いも等しく栄養となり、それによって得た栄養で人の願いを叶え、また育つ。その育った姿は人類の知っている薔薇にそっくりであった。


 今、宇宙を離れていく種子は自分がひどく満足している事に気が付いた。以前自分を捕らえた人間は、独善的な願いしか持っていなかった。だから孤独だが心が必死に叫んでいたドボルベルクの船に飛び込んだのだった。


 自らの子孫である一粒の種を宇宙空間に飛ばすと、大輪の薔薇の花は静かに宇宙に溶けていく。


 まだ見ぬ願いの為に。遥かな宇宙を。


――マダマダ、ステタモノデハナイナ。


 想いを引き継ぎ、一瞬煌めいた種子は、まるで笑っているかの様だった。




  **********




「いや、俺死んでねーから……。そこん所ちゃんと書いてくれよ」


 ドボルベルクは自分が話したこれまでの経緯を、何だか綺麗にまとめようとしている記者を半目で睨む。それをその妻が、まぁまぁとドボルベルクの頭を撫でながら果実ジュースを出してきて取りなす。


「もう写真は撮った後だからって、可愛い女の子がそんな顔しちゃ勿体ないよ」


 不貞腐れた気配は出すが頭に置かれた手は払わない。意外と照れているのかもしれない。そんな彼女を見ながら、記者は問い掛ける。


「これからどうするんだい?」

「そうだなー。正義の味方でもするかなー」


 半ば本気で半ば笑いながらそんな事を言った彼女の言葉が、半年先に本当になるだなんてその時誰も知らなかった。

 ただ、その時はドボルベルクという名前ではなく【マッゼット ディ ローザ】可愛らしい花束という呼び名で世間に知られる事になっていたのだが。




◇◇◇ 




『私がその可愛らしい彼女と出会ったのは、あの【薔薇の奇跡】と呼ばれている【火星型惑星M369小惑星衝突回避】の事件の数日後の事であった。

 読者の皆様は既に御存知であろう【悪魔の六十番地事件】や【トリファイディスの夜】の際に、沢山の人々を救助したあの彼女である。彼女の献身的な活動に、熱狂的なファンも多いと聞く。


 直接対話させて頂く機会があった私が今こうして筆を取り、妻と子供と生活していけるのも彼女の力あっての事である。


 彼女は今日もまた、宇宙のどこかで男勝りな口調で薔薇の花びらと喜びを撒きながら、誰かを救っているのだろう。彼女こそ真のヒーローであると、私は声を大にして伝えたい。

 ユニバーサルスペースジャーナル 火星型惑星M369支店局長 ルイス・クライトン』



花言葉


黄色い薔薇:献身 平和

ピンクの薔薇:美しい少女 感謝

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ