笑っておくれダンデライアン
いくら天体の観測が大好きな学生だからといっても、ソフィーにはそれが話し掛けてくるだなんて事は、もちろん慣れていなかった。
『Hello ボナセーラ こんにちは。私は【星】です。宇宙のSTAR。あーゆーソフィー、スピーキング?』
だからこんな音声が聞こえてきたら、誰だっていたずらだと思うだろう。星が語りかけてくるなんてこと、誰が思うだろうか。こんな一人乗りの迷子の宇宙船に。
「辺境をさすらって帰り道も分からない女の子に声をかけてくるなんて、随分と手の込んだイタズラ紳士ね」
ソフィーの苛立った返答を聞いただろう相手は、しばらく沈黙していた。が、突然耳障りな雑音を受信機から発した後に壮大な音楽を奏で始めた。賛美歌だ。
「やめてって! そんなに私に死んでくれって事なの!?」
漂流二日目。最低限のカロリーしか取れていないソフィーが苛立つのも仕方がない。だってまだ思春期に入ったばかりの小さな子供なのだから。
ソフィーは生まれてこの方、ずっと星が好きだった。天体の運動や、重力やら斥力やら……とにかく天体や星が関わる事を仕事にしたくて堪らなかった。校外学習で一人一つの宇宙船が使えると分かった時は、猫のテディと叫び散らして、両親に目一杯怒られもした。
でも、その気合いが入り過ぎて思いきり踏んだペダルは、ソフィーの気合い以上に働いて、一気に引率の先生たちの監視範囲を離脱。急加速のGで意識を失っていたソフィーが目を覚ました時には、世界は見知らぬ暗黒だった。
それから二日間。非常パックに入っていた食料で食いつなぐも、お腹事情は色々と辛い。お風呂にも入りたいし、猫のテディを抱きしめたい。――何よりも帰りたい。
そんな不安定な心のダムを見事に破壊したのは、星の声を名乗る謎のメッセージ。
『あなたを馬鹿にする事。私は望みなイ。アナタは私を好き。私もアナタを好き。だから無事に帰しタい』
「じゃあ帰してよ! 暖かいベッド! 暖かい猫のテディ。私の星に!」
かんしゃくを起こすソフィーに、星を名乗るメッセージは、しばらくピガピガと怪音を放っていたが、急に明朗な音で指示を出し始めた。
『諸君。我々が向かうは右から二番目の星。すなわち希望である。よってまず我々が為さねばならぬ事は……』
どこかの宇宙軍の業務連絡の様な内容は、随分と具体的にやるべき事を伝えてくれ、ソフィーは慌てて操作パネルを動かしていく。
『これでノーProblem。あなたカエルです』
「私は蛙じゃないわ」
思わず安心して緩んだ口元から飛び出す一言。あちらも安心したのか、口調は相変わらず無茶苦茶だけれど、なんだか優しさを感じる内容を伝えて来る。
『ワタシタチ ずっと見ていた。ズット見てきた。あなたタチを愛してる。だから優しくしたい。ノーProblem』
そして先の指示の通りに操作したパネルが全てのコマンドを理解し、船は向きを変えて明確にどこかへと向かい始める。
『旅はまだチョットLong。だからワタシタチ歌う。愛するあなたの為ニ』
操縦席と一体化していたシートは、ゆっくりと長時間航行用の寝そべり易い形に変わる。そして船内の明かりが暗くなり少しだけ暖かくなる。その気配と安心とでウトウトとしてきたソフィーの耳に、歌が聞こえた。
それは遥かな虚空から聞こえて来る様な、巨大な金属を響かせた様な、森の木々のざわめきの様な……そして、母の子守唄の様な、慈愛に満ちた、愛の歌だった。
(星が歌うって噂、本当だったんだ……)
ソフィーは安らかに目を閉じ、その暖かさに身も心も委ねた。
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――高名な天体観測家であり、同時に星間貿易のルートを緻密な計算により開拓したソフィー女史が、若き日に聞いたという【星の歌】。
未だ人類に早過ぎるだろうと言われるその歌。それによって生還したという漂流者の記録は、ソフィー女史を筆頭に多数残っている。
ユニバーサルスペースジャーナル記事より抜粋
ダンデライアン・ダンデライオン
蒲公英の英名。