ボク、私、俺の悩み事 その2
豊国家の一室に、ボクとお嬢様は通されました。 チェック柄の絨毯にソファーとテーブル、椅子があるだけの部屋でした。 お嬢様は部屋に入るなり、椅子を窓際に持っていき、ボクを無視するようにずっと外を眺めています。 ボクはソファーの横に立って、お嬢様を見守ります。
どちらがしびれを切らして声を出してしまうか、子供の喧嘩のような意地の張り合いをしていると、メイドが入ってきました。
「申し訳ありませんが、こちらにお着替えを」
メイドはボクにメイド服を渡して、部屋を出ていきました。
ボクが豊国家に入るとき、何者であるかと尋ねられました。 星丘学園の制服を着ている以上、どこかのお嬢様である証明になります。 これから婚約の話をするうえで、関係ない家の人がいれば豊国家としても、おもしろくありません。
当然、ボクは入れてもらえない立場になっていますが、旦那様が「一果の使用人である」と助け船を出してくれたことで、こうして入れてもらえています。
入れてもらえていますが、女としてです。 持ってきてくれた服も当然、燕尾服ではなくメイド服になります。
進んで着たいとは思いませんが、着ないと旦那様の好意を無駄にしてしまいます。 仕方がありません。
着替えようと、スカートに手をかけたとき「ここで着替えるの?」とお嬢様が外を見ながら言いました。
「お嬢様はどうするのですか?」
構わずスカートを脱ぎ、上着のボタンも外します。
「……それしか選べないの」
「お嬢様がそうするなら、ボクは何も言いません。 どこまでも付いて行きます」
「それだけ?」
「ええ、受けようが受けまいか、関係ありません。 ボクは死ぬまでそばを離れません。 ですので、これはお返しします」
お嬢様の手をとって、昨日いただいた手紙を握らせました。
「……パンツ一丁で、主人の前に出てほしくないんだけど」
「ご容赦を」
「……はぁ~~~~~~~! あんたみたいな不敬な男を世に放ったら、何をするかわかったもんじゃない! だから、また私のそばに置いてあげる」
そう言って、お嬢様は握っていた手紙を細く破り裂きました。
「これで良いんでしょ! 歩!」
「はい、お嬢様」
「まずは着替えなさい、バカ!」
ほどなくして、旦那様がいらしてメイド服を着たボクを一瞬だけ見て、お嬢様になにやら耳打ちをしました。 一言二言、言葉を交わしたあとすぐに移動をしました。
ある一室の前で立ち止まり、旦那様はお嬢様に「この先にいらっしゃる」と、ささやきました。
「歩は外で待ってなさい」
了承の意を示そうとしたら、「歩も来てもらいます」とお嬢様が言いました。
旦那様は激しく首を振って、拒絶するも「給仕をさせます」と言い切り部屋のドアを開けてしまいました。
「貴船 達也が長女、一果でございます。 本日はよろしくお願い申し上げます」
部屋には、机を挟んで二つのソファーがあり、眉間にシワを寄せた大男と昨日、お嬢様の後をつけていた男子学生がいました。 大男は後ろで待機していたボクを顎で指して「そいつは」と言いました。
お嬢様は身体を退かして、ボクは四十五度の敬礼をしました。
「当家で給仕をしております、メイドでございます。 この度、ここで給仕をさせるために連れて参りました。 経験は浅いですが、腕は保証いたします」
大男はつまらなさそうに鼻で笑い、「おい!」と呼びかけました。 すると、豊国家のメイドが表れ「連れていけ」と命じました。
ボクはメイドに給湯室に連れていかれ、紅茶の準備を始めました。 メイドが監視するように、ボクの一つ一つの行動に目を光らせていました。 ボクの実力を見ているのだろう。 年はまだまだこれからだが、お屋敷に勤めた年はあなたより先輩です。
これぐらいのプレッシャーなんて屁でもない。