私の悩み
私の判断は合っていたのだろうか。 そもそも正解があるのかも怪しい。 見本という見本はなく、自分勝手に生きていたから私の考えは褒められたものではないかもしれない。 後々になって、後悔するのだから間違っているのだろう。
いつもそうだ。 私————貴船 一果は自分の考えに自信が持てないでいる。
今年の春、私は星丘学園に入学することになった。 お父様は反対されたけど、使用人の上賀茂 歩と一緒という条件で入学を許された。
しかし一つの問題が浮上した。 星丘学園は生徒全員が寮で生活することだった。 寮ではルームメイトを作り、二人に一部屋を与えられる。
お父様はまた反対された。 そこで私が考えたのが女装させることだった。 幸いにも歩は男の子にしては可愛すぎ、スカートを履かせても違和感など皆無であった。 小さいころ、嫌がる歩にメイド服を着せた甲斐があっての考えであった。 今でも部屋にそのころの写真を隠して持つほどに可愛らしかった。
当時と同じく、歩にメイド服を着せてお父様に再度お願いしたところ、「それならまぁ……」と了承を得た。
私は学園に入ることができたが、歩はどう思っているのか。 お父様から了承を得てから、それを考えるようになった。 あまりにも自分勝手ではないのか、上下の関係に物を言わせているようで後ろめたい気持ちになった。 同時に歩に嫌われたらどうしようと不安な気持ちになった。
負の感情を抱えたまま入学を果たし、歩との学園生活が始まった。
歩には特別に目をかけて学園生活を過ごした。 私たちの常識、身の振る舞い方、人生観などなど思いつくことすべてを教えた。 いろいろ知っていたら、歩が使用人でしかも男であることを周りに悟られることなく済むと思ったから。
歩は感心するほど良くやってくれた。 良くやってくれればやってくれるほど、私は不安になった。
男の子にこんなことをさせていいのだろうか。
卒業するまで四年はかかる学園で一度もバレることなく、生活するのは歩にとってストレスになるのではないだろうか。 私が学園に行くために歩の自由を犠牲にしてしまった。 本当の歩を殺してしまったとさえ思うこともあった。
それでも、私は謝ることができなかった。 いつものように何喰わない顔で毎日を過ごし、歩をからかい、私たちのことを教え、無神経のように振る舞った。
言葉にするのが怖かった。 謝罪することはできても、歩から返ってくる言葉を受け入れる度量が私にはなかった。 怨まれてたらどうしよう、「清々する」と言われたらどうしよう。
私は立っていることができるのだろうか。 とにかく、不安で不安で不安で怖くて怖くて怖くて、でも悟られないように上っ面の優しさを吐いて帳消しにしようとした。
先程、部屋を出て行った歩に会いに行った。 そして手紙を置いて戻って来た。
部屋には、もう私しかいない。 自分のベッドに腰かけたあと、歩のベットに座り直した。 コロンと横になると、一瞬だけ歩の甘いにおいがした。
肩の荷が下りた気持ちがしたけど、落ち着くことができない。 ドキドキザワザワソワソワする。 これでよかった、のだろうか。
歩も限界だろうし、私も限界。 歩は連れて来るべきではなかったかもしれない。 私が素直に学園に行くのを諦めていればよかった。 他に好きになれそうな人なんて、できなかったし。
そもそも私が学園に行くたいと言い出したのは、婚約の話を聞かされたから。 相手は豊国家のナントカという人。 会ったこともない人と結婚したくないし、私を仕事の道具と勘違いしているお父様に少しだけ腹が立った。
それだけで学園に行くことを決めた。 表向きは普通の学校であるが、裏ではただのお見合いをされている、という噂をお母様から聞いたことがある。 お父様とお母様はその学園で出会って、結婚したらしく嘘ではないと踏んだ。
だから学園に通って、好きになれそうな男性を見つけて結婚でもしようと考えた。 知らない人とするよりよっぽど良い。 学園に通えるぐらいの家ならどこでもお父様の仕事に支障が出ることもないし。
でも現実はそう甘くなかった。 素敵な男性はおろか、平均的な男性もいなかった。 金持ちのどんぐりが綺麗な恰好をしているだけだった。 一人だけ良さそうな人はいたけど、まぁ、いい。
本音を言ってしまえば————
カタンとドアの方から音がした。 首を伸ばして見ると、床に手紙が落ちていた。 ベッドから溶け出すように降り、四つん這いになって手紙を取りに行く。
手紙を見て硬直する。 手紙は、貴船家の家紋である蓮の花で封されていた。 差出人には父の名が記されていた。
机からペーパーナイフを取り出して封を切る。 歩が帰ることはまだ知らないから、そのことではないと分かりきっているのに分かりきっているのに……。
手紙の一行目は『元気にしていますか』と、私と歩を心配しているような文字が書かれてあった。
手紙の二行目は『勉強の方はどうですか』と、学があることに越したことはないことが書かれていた。
手紙の三行目は————、四行目————、行目————、目————。
手紙の二十一行目、最後の行には『婚約の話が決まった』と、あった。 締めの言葉は『いい加減な父で申し訳ない』だった。