6.教会へ行こう
いよいよ、ヒロイン登場の巻。
4月25日(土)
6-1.食卓でのひととき
次の日、俺は所謂床上げをした。3週間の魔法睡眠で、筋肉が落ちているのか、体がやや重いような気がするが、15歳と言うのは、やはり食べ盛りのようだ。
有名な格言「居候二杯目までは無問題」に従いパンもスープも目玉焼きも、すべてお代わりすると、スノーさんがとても喜んでくれた。
今朝は、メイドさんに代わって、スノーさんが久しぶりに朝食を作ったらしい。
「私ったら、久しぶりの料理で少し不安だったけど、
リュウくんが、いっぱい食べてくれて、とってもうれしいわ」
俺に比べ、小食のブリジットさんをチラ見しながら、うれしそうにそう言う。
ブリジットさんは、商業ギルド新聞という感じの情報誌を読みながら、少量のパンをつまみ、コーヒーを飲んでいるようだ。
「リュウイチは、若いな」
「俺の田舎の方では、こっちと違って朝もガッツリ食べるのが、習慣なんですよ」
過去の海外旅行の経験で、西洋人の朝食は、軽めであることを知っていた俺は、ブリジットさんにフォローを入れて置く。
言い忘れていたが、ブリジットさんは、俺より少し背の高いイケメンな30歳だ。
王都に本店があるブリジット商会の支店の1つ、カーク支店の支店長を勤めている。
先代社長は、ブリジットさんの父親で、ブリジットさんは、その長男にあたる。
そして、ブリジットさんの弟が現社長らしい。
俺は、すべての朝食を食べ終わるとこれからの予定を確認した。
「それじゃ、スノーさん、洗い物の手伝いをしますので、
終わったら教会への案内と夕べの妙案の件、よろしくお願いします」
「うわ~、うれしいな。誰かに洗い物のお手伝いして貰うのって、新婚の時以来よ」
また、ちらりとブリジットさんの方を見る。
「じゃあ、行って来る。昼食までに、一旦帰って来るからな。
リュウイチ、その後はギルドだぞ」
ブリジットさんは、居心地悪そうに席を立つと急いで出かけて行った。
「あなた、いってらっしゃい」
「ブリジットさん、お気をつけて。午後からお願いします」
俺たちは、ブリジットさんを見送ると食器を片付け、外出の準備をする。
着たきりすずめの俺は、すぐに支度が終わった。
一方、スノーさんは、春らしい明るい色の上品な服を着て、日よけのカサをさし、小さなハンドバッグを下げて、まるでデート気分だ。
「外出は久しぶりね~、天気もいいし、デート日和ね」
というか、デートの位置づけだったようだ。スノーさんは、右手で日傘を持ち、左手で腕を組んできた。これって、いいのかな~?
「いいの。いいの。リュウくん相手にこれくらいで、あの人も怒らないわ。
だって、命の恩人ですもの」
俺の心の声が聞こえたかのように答えた。俺は、先日までスノーさんが病気だったことを思い出し、支えるように手を自分の腰にする。スノーさんは、満足げに微笑んだ。
6-2.教会へ行こう
朝食の後片付けを終えた俺とスノーさんは、腕を組んで教会への道をゆっくりと歩いていた。恋人同士の所作というよりも、肉親同士の労わりに近い感じなのか、最初の緊張もやがて解け、俺にも周囲を見渡せる余裕が出て来た。
初めて見る城塞都市カークの町並みは、エルエルが『剣と魔法の世界』と表現した通り、石畳の道沿いに石造りの家といった中世西洋風の建築物が並んでいる。
だが、一見俺には、現実感のないテーマパークの世界としか思えなかった。
更に、街中を行き来する色取り取りの髪の色をした人たちや獣耳や特徴的な体つきをしている者たちの存在が、まるでコスプレ大会か映画のロケに思えた。
キョロキョロと辺りを見回す俺に、スノーさんが、声を掛けてきた。
「あら、リュウくん、獣人さんは、初めて?」
「はい。俺の田舎では、見たことがありません」
だが、しばらく観察していると作り物とは思えないリアルさが、ここにはあった。
そして、一旦視野を広げ、都市全体を眺めれば、元の世界とは、全く違うことが、俺にもすぐにわかっただろう。
地球の一般的な城塞都市は、異民族の侵攻から財産である領民を護るため、都市の外周を城壁で囲んだ物だが、この世界の城塞都市には異なる点があった。
それは、所謂迷宮と呼ばれる魔物の巣窟より時折、魔物が湧き出て周辺にもたらす被害を防ぐ役割をも持っているからだ。
この世界の城塞都市は、城を中心とした城壁の三重の同心円と迷宮を中心とした城壁の三重の同心円が繋がった歪な眼鏡のような形状をしているのだった。
俺たちの目指す教会は、城の回りを囲む一番内側の第一城壁のすぐ外側にあった。
そこには、遠くからでも目立つ尖塔が建てられ、礼拝堂を含む建物は、大教会の名前に相応しく非常に大きくて広い。
あるいは、災害や戦いの時に一般庶民の避難先として利用できるように作られているのかもしれない。
大きな扉の隣にある小さな通用扉を通り、薄暗い礼拝所と思われる場所にスノーさんと入る。土曜の午前中とあって、礼拝所にいるのは俺たちだけだった。
スノーさんは、奥へと進むとやがて最奥の場違いな白い円柱の前に両膝を着いて前で両手を組み、祈りを捧げ出した。
(へ~、ここの神さまのお姿は、白い柱なんだな~)
俺がぼやっと考えていると、スノーさんは祈りを終え、立ち上がって左奥の方へ移動を始める。俺は、スノーさんの後ろに付いて行った。
突き当りまで来ると目立たない小さな扉があり、そこを潜ると更に先へと進んだ。
人一人が通れる細い道を奥へと進んで行くと、少し開けた場所に出た。
近くで作業していた子供に声を掛けて二言三言話すと、その子は奥へ走って行き、やがて1人のシスターを連れて戻って来た。
6-3.見習いシスター
スノーさんは、にこやかに微笑むとそのシスターに何やら目配せをする。
シスターは、頷くと呼びに行ってくれた子供に話し掛けた。
「ここの仕事は、もういいですから、向こうの仕事のお手伝いをお願いね」
子供は、返事をすると急いで駆けていく。
それを見届けたスノーさんは、シスターと話し始めた。
「こんにちは、シスター。先日は、大変お世話になりました。
あの助言がなければ、私は今頃、どうなっていたかわかりません」
シスターも微笑み返すと、口を開く。
「こんにちは、奥さま。
そのご様子ですと、ご病気の方はよくなられたようですね」
目の前のシスターは、地球でよくある黒を基調として首周りの白い所謂シスター服を着て、同じく黒のベールで髪を隠していた。
十七、八歳ぐらいだろうか、とても落ち着いた雰囲気の女性だった。
「お陰さまで、王都まで行って参りました」
「噂に違わず王都の聖女さまは優秀なのですね」
シスターは、何か思い出したように話す。
スノーさんは、俺の方を意味有り気にチラリと見て、続ける。
「ええ、そうですね。そういえば、自己紹介がまだでしたね。
私は、スノー=ブリジットと申します。スノーと呼んで下さい」
スノーさんは、目礼すると、シスターもそれに応えるように、自己紹介を始めた。
「わざわざ、恐れ入ります。私は、シスター見習いのアニーと申します」
アニーさんが、俺の方をチラリと見ると、スノーさんは、話を続ける。
「こちらは、………」
「こんにちは。リュウイチロウ=キサラギと言います。よろしくお願いします」
俺が引き継いで自己紹介をし、アニーさんに目礼すると一連の挨拶が終わった。
そして、スノーさんは、俺について、説明を始める。
「彼は今、我が家に滞在しているのですが、ちょっとした困り事を抱えています。
それについて、アニーさんに少しご相談したいことがありまして、お礼方々、
こちらへ参った次第です」
「お二人とも、どうぞアニーとお呼び下さい。
それから、ご相談でしたら私の様な者よりも、もっと相応しい方をご紹介します。
そちらのリュウイチロウさんもその方がいいのでは、ないでしょうか?」
アニーは、俺たちを交互に見てそう提案してきた。
スノーさんは、それには答えずに別のことを尋ねた。
「それでは、アニーちゃん。あなたは、確かカークの生まれでしたね?
それから見習いシスターとの事ですが、歳は幾つになりましたか?」
「はい。私は、拾い児ですが、拾われた状況からカーク生まれで、今年で16歳に
なるそうです。ですから、しばらくすると正式なシスターになれると思います」
アニーは、余程正式なシスターになれることがうれしいようで、とてもウキウキした様子で答えた。スノーさんは、俺に視線を向ける。
俺も、この会話を聞いて、スノーさんが意図する所がやっとわかった。
俺には、落ち着いた態度のアニーが同い年とはとても思えなかったが、彼女も俺の嫁の候補者の1人だとスノーさんは知っていたのだろう。
俺は、アニーに日本語で話しかけてみた。
『君は、ミヨコか?』
アニーは、きょとんとした顔で俺を見る。
俺は、スノーさんを見つめ、顔を横に振った。
スノーさんは、ちょっと残念そうだったが、気を取り直すとまた話し出す。
「実は、その2つがとても重要なことなの。他言無用にお願いね。
この話は、私が王都に行ったときから始まります……………」
スノーさんは、王都で聖女さまの見たお告げで助けられたが、治療中にスノーさん自身が別のお告げを受けて、俺を助けたそうだ。
そして、俺自身もお告げによってこのカークに大切な人を探しに来たことをアニーに語って聞かせた。すると、アニーは、驚いたように話し出した。
「私も立場上、お告げの話は聞きますが、お告げが3つも重なった話なんて
聞いたこともありません。そちらのリュウイチロウさんが、探し人を見つける
ことに何かとても重要な意味があるのかもしれませんね」
「君の事は、アニーと呼ぶから、俺の事は、リュウイチで呼んでくれ。
この人探しは、俺自身には、重要な意味があるが、他の人にとって、
どんな意味があるのか、俺にはわからないし責任も持てない」
俺は、一旦話を切り、アニーを見つめた。
口では、そう語ったが、多分他人には、何の意味もないだろう。
だが、アニーは、期待がこもった目で俺を見つめている。俺は、話を続ける。
「俺の探し人についても、カーク生まれで、今年の4月1日時点で
15歳の人族の女性ということしか、わかっていないんだ」
「では、リュウイチさん。それだと、私もその候補者の1人のようですが?」
アニーは悪戯っぽい目でこちらを見る。
「多分、アニーは違うと思う。探し人は、俺を見て少し話をすれば、自分自身で
それと分かるはずなんだ。というか、俺の方から見分ける手段は、多分ない」
「それでは、リュウイチさん自体が本当の探し人を特定できない現状では、
広く噂を広めてしまうと収拾が付かなくなる恐れがありますね」
アニーは、少し難しい顔をして、そう言う。
それを見たスノーさんが、いつもの口調に戻って話し出した。
「それで、なのよ」
スノーさんは、後ろからアニーの両肩を押しながら、二人で物影へと向かう。
俺もついて行こうとすると、スノーさんに止められた。女同士の話があるそうだ。
俺は、待っている時間で、この辺りを少し散策してみることにした。
まずは、子供が走って行った方に行って見ることにしよう。
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まとめ
今日は、教会に行く日だ。朝飯はガッツリいっとこうかな。
さて、スノーさんの秘策を実施しに教会へ行こう。
腕なんて組んでいいのかな? 問題ない? そうですか。
スノーさんの知り合いのシスターってなかなかですね。
これから、女同士の秘密会議を開く?
わっかりました、あっちに行ってます。
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