30.神聖魔法と魔法焼け
4400字強、少し短めです。
面倒な人は、30-2は、流し読みで、飛ばしてもOKです。
ここから、話は、駆け足で進みますが、更新は……。
5月13日(水)
30-1.神聖魔法と魔法焼け
次の日、俺は、朝食を済ますとボロダー商店へ急いで向かった。
孤児院でのことが頭を過ぎり、警戒して店の中を伺ったが、特に異常はないようだ。
いつものように、挨拶をするとサブバッグを取り出し、ボロダーさんに預ける。
「ボロダーさん、俺に痛めた脚を見せてもらえませんか?」
「見せるぐらいならいいが、どうするつもりじゃ?」
サブバッグの再設定をしているボロダーさんにそう話を切り出すと当たり前の質問が返って来た。俺は、簡単に状況を説明する。
「実は、俺も何か出来ないかと神聖魔法の練習をしてるんですよ。
それで、形になったんで、娘さんの前に、申し訳ないのですが、
ボロダーさんで試してみたいと」
「普段だったら、怒鳴り散らすところだが、娘の前座と聞いては、断れんの」
そう言うと、痛めた脚を見せてくれた。
俺は、もう1つ椅子を持って来て、ボロダーさんの踵をその上に載せる。
ズボンのスソをゆっくりとたくし上げて、患部を見ると膝を中心に包帯が巻いてある。包帯を注意深く外すと、プロお手製の薬の塗られた宛て布がしてあった。
それをめくると紫色に変色した患部が見えてくる。
「安静にしてる分には、平気なのじゃが、動かすとまだ痛みがあるんじゃ」
俺は、頷くと、足の甲と太ももとに、それぞれ手を当てて集中した。
傷んだ花を除けば、神聖魔法の再現は、初めてとなる。
慎重に濁りを探るが、拍子抜けするほど簡単に見つかった。
例えると、動き回れないことへの悲しみだろうか?
ここで俺は、悲しみのイメージの擬人化を試みてみたが、やっぱり無理だった。
美少女との抱擁が~~、と騒いでも仕方が無い。所詮は、妄想だ。
俺は、気を取り直して、悲しみを抱擁するイメージを頭に思い浮かべる。
そして、送り込んだイメージで癒された物が更に別の悲しみを癒す、連鎖反応をもイメージして、そのイメージをボロダーさんの脚へ両方の手から送り込んだ。
俺は、結果を見届けようと、目を開いて魔法を発動した。
俺の手から何か流れ出る。それは、膝の周りまで届くと少し光り、また少し経つと少し光るという明滅をしばらく繰り返した。
ボロダーさんの脚は徐々にだが、良くなってきたかに見えた。
しかし、突然ボロダーさんが大きな声を上げ始めた。
「グゥワ~! 止めるんじゃ! リュウイチ!」
俺は、声に反応して急いで魔法を中止する。
確認すると患部が、さっきより赤く腫れたように見えた。
「申し訳ありません、ボロダーさん。
できれば、何がどうなったのか、教えてもらえませんか?」
「う~む。最初は、心地よかったんじゃが、途中から急に痛み出しての。
まるで、脚の中をでっかい果実でも通ったようだったぞ」
そこへ、ボロダーさんの叫び声を聞いたルネさんが、階段を急いで降りてきた。
ボロダーさんと俺の顔を見て、少し安心すると何があったのか聞いてくる。
簡単に経緯を話すとルネさんは、ボロダーさんの赤く腫れた患部を見て話し始めた。
「リュウイチさん、これは魔法焼けです。時間を置かずに同じ箇所に神聖魔法を
使ったり、未成年が魔法量の加減を間違えると起ると言われています」
「ですが、そんなに多量の魔法を送ったりしていませんよ。
発生した光の強さも極弱いものでした」
ボロダーさんも頷く。
「正確には、神聖魔法のアーツを、短時間に同じ箇所に連続で使用すると、
魔法量過多でこのように赤く腫れますが、未成年の場合も同じ症状が、
起るので、同じように魔法量の加減を間違えたもの言われてます」
ルネさんは、少しだけ微笑ましい者を見るように、ニコリとして続けた。
「でも、未成年やリュウイチさんのような『カラツキ』の場合、
リュウイチさんのおっしゃるように、少ない魔法量でも起るので、
原因がよく分かってないんですよ」
「原因がわかっていないんですか?」
俺は、その話を聞いて、がっかりした。
これだけ、魔法が発達しているのに、そういう事例は研究されていないのだろうか?
「それは、原因を探す必要性が少ないからです。
魔法焼けを起こす子でもスキルを覚えれば、その後問題なく魔法が使えますから。
リュウイチさんも焦らなくて、大丈夫ですよ」
神聖魔法のスキルを覚えるという目的からすれば、原因を深く探るほどの重要性は、確かに少ないな。
「実は、私の知り合いで、同年代で誰よりも早く魔法の発現を成功させた子が
いたのですが、魔法の再現段階で魔法焼けを起こしまして、結局その子は、
それを克服できず、スキルを覚えるまで、神聖魔法を使えなかったんです。
私もよく訓練に協力してこうなりました」
ボロダーさんの痛々しい脚を差して、昔を懐かしむようにルネさんが言った。
30-2.魔法焼けの克服法?
「……そうですか。その人は、どういう工夫をしていましたか?」
もし、可能なら魔法焼けの克服ために、失敗例を聞いておく事は、時間のない俺にとっては有益なことだ。ルネさんは、かなり詳しく説明してくれた。
「そうですね。送る魔法の量を減らしたり――魔法焼けが始まるまでの時間は
長くなりましたが、魔法の効果が薄く、光が弱くなりました。
両手を当てる位置の間の距離を大きく取ったり――同じく魔法焼けが
始まるまでの時間は長くなりましたが、魔法自体の効果は変わりませんでした。
送る魔法の量を最初大きく、途中から弱くしたり――送った魔法量の合計が
一定量を超えると魔法焼けが始まりました。
片手のみ使って魔法を掛けたり――魔法焼けが出るまでかなりの時間が掛かり
ましたが、魔法自体の効果は、時間当たり半分になりました
それで、彼女は、片手で魔法を掛ける方法でかなり練習していましたが、
結局成人を迎えました」
「参考になりました。ところで、どうしてその知り合いの人は、
そんなに必死に神聖魔法の再現に拘っていたのですか?」
俺のような状況に置かれていれば、別なのだろうが、そうでない人が、なぜ?
成人したら使えると分かっているのに、ちょっと必死過ぎだろう?
「実は、私と姉と弟の三人は、カークの孤児院の出身なんです。
その知り合いというのも、やはり孤児でした」
ルネさんが、孤児院出身!? それが、教会から敵視されるボロダーさんの嫁に?
歳だって離れ過ぎなのに、その経緯が完全に謎だな。
「教会では、未成年の内にアーツに匹敵する神聖魔法を再現できた者は、
エリートなんです。エリートは、成人後に教会での高い地位が約束されています。
その子は、魔法の威力が段違いに大きかったので、もし未成年の内に魔法の
再現に成功していれば、今頃は、王都の主教会で仕事をしていたと思います」
なるほど、孤児にとって、教会組織の上層部の一員となれるなら必死になるのもわかる。でも、結局、それが叶わなかったわけか。
「彼女の目的は、それだけではなかったようですが、彼女は、未成年の内に魔法を
使い過ぎた事もあり、今もカークの一治療師に過ぎません。
今回スーリンのことが教会に知れたのは、多分私が彼女に相談したからなんです。
子供の頃、仲良くしていたので、信用していたのですが……」
「そうだったんですか」
多分、藁をも掴む思いで相談したのに、出世のダシにスーリンのことが使われたのだろうと俺は考えていた。
一方、ルネさんは、少しためらった後に別の話を切り出してきた。
「そう言えば、リュウイチさん。あれから1週間経ったのですが……、
『神聖魔法の使い手』の方とは、連絡が取れたのでしょうか?
スノーさんから、何かお聞きしていませんか?」
『謎の神聖魔法使い』の正体が俺だって、スーリンから何も聞いていないのか?
魔法焼けを起こしている奴が、期待の人だと、知らせる訳にもいかないよな。
「そっ、その話なら、スノーさんが、もう少し時間が掛かるって伝えて欲しいと」
「そうですか……」
やっぱり、期待していたようだな。早く魔法の再現ができるようにしないと。
それとも、スーリンの症状がよくないのだろうか?
「スーリンの様子はどうですか?」
「お陰さまで、一昨日よりは、大分いいようですが、
神聖水を飲んだ直後と比べるとまた症状が進んだような気がしますわ。
でも、1週間後の行幸までに、どうにかなるような状態でもないと思います」
ルネさんは、そういうと二階のスーリンの元へ戻って行った。
これでは、20日の行幸が完全に中止になったことは、言えないな。
俺は、ボロダーさんから、サブバッグを受け取ると配達へ向かった。
そう言えば、「カラツキ」が何か聞けなかった。ルネさん、妙に納得してたけど、
俺が、スキルを覚えられない理由を聞かれなかったのは、そのせいかな?
面倒な説明をしなくて済んだから、まあいいか。
それよりも、急いで、魔法焼けの対策を考えなくては……。
30-3.動き出した影
この日の10件分の配達を終えたのは、午後4時を優に過ぎてからだった。
遅れた一番の原因は、今朝の魔法焼けの解決策を考えながらの配達のせいだろう。
かなり離れた最後の配達先で、納品する品物の数が足りなくなってしまった。
どうやら、途中の配達先で、配達品の個数を間違えていたらしい。
一旦、ボロダー商店に引き返した俺は、ボロダーさんに、間違った納品先を特定してもらうと、その回収と最後の配達先へ残りの納品を済ませ、店へと戻った。
ボロダー商店の店先から、いつものように中を窺うと、ボロダーさんの怒鳴り声が外まで響いてきた。俺は、身を翻し近くにある武器屋のショーウィンドゥを覘いて品定めをしている振りをしながら、ボロダー商店の店先を観察する。
店内では、長い間、何か言い合いをする声が聞こえていたが、やがてボロダー商店の扉が開くと、知った顔はなかったが、どこかで見たような連中が出て行った。
俺は、連中が視界から消えるまで、武器屋の前でショーウィンドを覗いていた。
そうだ、ロングソードの値段は? ちらりと見ると、立派な装飾を施した鉄製のロングソードが金貨2枚だった。高い……。
俺は、慎重にボロダー商店に入って行き、大きめの声を掛ける。
「ただ今帰りました、ボロダーさん。リュウイチです」
「ん!? おお、リュウイチか?」
ボロダーさんは、既に落ち着きを取り戻していたようだったが、日々の疲れのせいか、顔色はよくなかった。入って来たのが、俺と知って幾らかほっとしたようだ。
「今日は、申し訳ありませんでした」
「まあ、今日中に納品できれば、問題はないぞ」
納品先でも同様のことを言われたので、実際問題ないのだろう。
どんな仕事でも、仕事中は、余計な考え事は止めるべきだな。
「ところで、さっきの連中は何者です?」
「教会の馬鹿共が、また来たんじゃ。『そろそろ、娘も限界じゃろうから、さっさ と言うこと聞け』と言ってきおった。叩き出してやりたかったが、この脚じゃな」
ボロダーさんは、忌々しそうに脚を軽く叩いた。
俺は、ボロダーさんのチェックを受け、依頼達成書を受け取ると、ボロダーさんにもう一度謝罪してから、スーリンとは、会わずにギルドに向うことにした。
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まとめ
俺は、子供たちからも貰ったヒントを元に、俺なりの神聖魔法の再現方法を
考えた。スーリンより先にボロダーさんで再現を試してみることにした。
最初は順調に思えたが、途中で魔法焼けと言う現象を起こしてしまった。
魔法の再現にとって、魔法焼けは現在の所克服できていない課題のようだ。
俺は、いつもの配達の依頼を実行するが、魔法焼けの原因を考えていたため、
配達でミスしてしまった。何とか、配達を終えた俺は、店先で教会の連中に
怒鳴るボロダーさんに気がつく。
店先で時間をつぶし、連中が帰った後、店内に入ると配達のチェックを
受け、ギルドへ向かう。
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